伯母が私に自分の大島紬をくれたのは、三十年近く前のことです。 「これは私が大好きな着物やけん、裕子に是非着て欲しか。これは龍郷柄ていうてね、ハブの背 中とソテツを模様にしとるとよ」 初めて見るその着物は暗い黒褐色で、幾重にも重なった菱型の中に小さな赤い花にも見える文 様が描かれた不思議なものでした。着物と聞いて京友禅のような華やかな彩色を想像していた私 は少し意外に思い、ヘビが苦手だったこともあって「ハブの柄だなんて・・・」と尻込みしたの を覚えています。 その様子を笑いながら見ていた伯母は、 「これはね、おいちゃんと一緒に奄美大島を旅行して龍郷という町で買うてもろうたとよ。あん なに美しい場所はほかに無か。海がびっくりするくらい青うてね。ソテツと芭蕉の木が茂ってね。 住んどる人が皆明るくてね」 病弱であまり外に出ることのなかった伯母にとって、南国の自然と人の温かさは忘れられない 思い出だったのでしょう。しかし、私はその大島紬に袖を通さず、箪笥にしまい込んだままにし ていました。 伯母はすでに亡くなり、私はあの頃の伯母の年齢に達しつつあります。そんなある日、部屋の 整理をしていた私は、偶然にも再びあの大島紬を目にしました。 車輪梅と滋味溢れる泥で染められた深い色。ソテツとハブの背模様は生命あるものの喜びに満 ち、つややかな光沢と緻密な絣柄は、作り手の確かな技術を感じさせました。私は長い間この美 しさに気づかないままだったのです。あの日、少女のように嬉しそうに思い出話をしていた伯母 が目に浮かび、思わず伯母の名を呼びながら泣き続けました。 いつかこの着物を着て、その故郷を訪ねてみようと思います。伯母が愛した龍郷の里をこの目で 見て、その美しさを伝えたいのです。この大島紬を、今度は私が誰かに譲る日のために。
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