最 優 秀 賞 「 心 」

最 優 秀 賞
「心」
(中央大会奨励賞)
朝霞市立朝霞第三中学校
三年 住 田 和 奏
私が中学一年生の職場体験で学んだ場所は保育園だった。私は三歳クラスを担当した。そのクラスは、
明るく元気で人懐っこい子ばかりだった。どこに行っても遊ぼう、遊ぼう、と言われ、もともと子ども
が好きな私はそれが楽しかった。しかし、慣れてきてふと周りを見渡すと、一人だけみんなの輪に入れ
ない子がいるのに気がついた。お昼ごはんの時間になっても電車の図鑑を読むのをやめられず、先生に
何度呼ばれても応えない。少し返事をしたかと思えば、
「ご飯だからやめようね。
」
「イヤだ。
」
「先生の言うこと聞いて。
」
「ご飯いらないもん。
」
というやりとりが繰り返されるばかりだった。私はいてもたってもいられず、先生がご飯をとりに行っ
ている間に彼に声をかけた。
「電車、好きなんだね。
」
「うん。
」
「かっこいいよね。でも、私は電車のことをあんまり知らないから教えてほしいな。
」
「これはね…。
」
一分前の不機嫌な顔から一変、
私は彼の笑顔を初めて見た。そしてたくさんの電車を教えてもらったが、
ご飯の時間まであと少しになってしまった。
「電車ってどうして動くのかな。
」
「分からない。
」
「ご飯をいっぱい食べているからだよ。だから一緒にご飯を食べて、電車みたいに満タンにしてから図
鑑を読もう。
」
「うん!」
そう言って彼は素直に席についた。私はそのとき、
彼の心が私の言葉で動いてくれたことが嬉しかった。
それができたのは、彼の世界に私が一歩足を踏み入れたからかもしれない。そう感じた。
次の日はみんなで土手を散歩することになった。
「あちこち行ってしまうかもしれないけどこの子をよろしくね。
」
と頼まれたのは電車が大好きなあの男の子だった。手を繋いで一番後ろを一緒に歩いた。彼は、
花や草木、
鳥などの生き物を見つけては立ち止まるので、それらについてたくさん話した。
「お花、可愛いね。
」
「あ、鳥だね。
」
彼の視線の先にあるものを捉え言葉にすると、そのたびににこにこしていて、その姿を見ている私も
楽しかった。しかし、立ち止まってばかりではみんなの輪から段々と遅れてしまう。私は、彼の目を見た。
彼も私を見上げた。なにかまた、面白いことを言ってくれるかも、という期待の目だ。私は、
「ヨーイ、ドンッ。
」
と元気良く言って、彼の手を引き一緒に駆け出した。彼は立ち止まることなくみんなの輪に入った。心
が通じた。自然に輪にとけこむ彼を見てそう感じた。なぜ私は彼の心を動かせたのだろう。
私には兄がいる。兄は自閉症という障がいがある。言葉でうまく表現できなかったり、みんなが当た
り前にできることがなかなかスムーズにいかないことがある。だから、私の両親は、幼い頃から彼が何で
喜ぶのか、悲しむのか、楽しむのか、何に怯え嫌がるのか。常に視線の先を捉え、表情の動きを見ていた。
そうやって兄の気持ちに共感し、狭かった世界を広げていった。そんな家族の中で育った私も、自然と
人の心に寄り添うことができるようになっていたのかもしれない。そして、それが自分の世界に入り込
んでいた男の子の心を動かすことができたのではないか。
今は、スマートフォンやインターネットで簡単にコミュニケーションがとれる時代になった。確かに便
利で必要不可欠となっているが、その一方で、簡単、便利、で済ましてはいけないコミュニケーションが
ある。相手の心に寄り添い、一緒に景色を見て感じ、時にはその世界を広げる。私の兄は、家族をはじ
めそのような関わりで支えとなる存在に多く出会えた。そのおかげで毎日楽しく過ごしている。あの男
の子にもそんな存在はいるだろうか。彼の心に寄り添い、動かしてくれる人はいるだろうか。きっとそ
の存在とたくさんの経験が彼の心を満たしてくれるだろう。人との関わりで何が大切か、私は毎日学ん
でいる。