1/4 Asia Trends マクロ経済分析レポート 中国、物価からみえる課題解決の難しさ ~構造改革は不可避だが、問題先延ばしが続くリスクも~ 発表日:2016年9月9日(金) 第一生命経済研究所 経済調査部 担当 主席エコノミスト 西濵 徹(03-5221-4522) (要旨) 年明け以降の国際商品市況の上昇は、これらを輸入に依存するアジアのインフレを誘発する懸念はある が、足下では落ち着いている。他方、過剰設備などに伴うディスインフレが懸念される中国では、商品市 況の上昇がディスインフレ圧力を後退させている。足下では過剰設備の廃棄を反映する動きもみられる一 方、こうした展開が定常化するかは不透明である。さらに、消費財関連の出荷価格は依然低調に推移して おり、先行きは川下の消費者段階でのディスインフレを引き起こす可能性は残っていると判断出来る。 過去数年に亘りインフレ率は政府が掲げる目標を下回るなか、8月のインフレ率は前年比+1.3%と減速 した。コアインフレ率も減速しており、一部を除き景気の不透明感を理由にサービス物価も上昇しにくい 状況が続いている。雇用・所得を取り巻く環境は先行きも劇的な改善が見込みにくいなか、構造改革の成 否は今後の物価を大きく左右するとみられる。改革が大量の失業者を発生させるリスクがあるなか、今後 は政治課題に焦点が移ることで改革は進みにくく、過剰状態によるディスインフレが続く可能性は高い。 足下ではディスインフレ懸念がくすぶる一方、一部の不動産市場ではバブル再燃が懸念される奇妙な状況 が続いている。一昨年末以降の度重なる金融緩和の一方、景気の先行き不透明感は経済活動への充分な資 金供給に繋がっておらず、足下のバブルを生む一因になっている。人民銀は追加緩和に慎重な一方、政府 内には追加緩和を求める声もあり、政策を巡る対立も懸念される。政策の予見性低下により、足下で落ち 着きを取り戻している金融市場が再び中国をきっかけに動揺に見舞われるリスクには注意が必要である。 年明け直後の国際金融市場の混乱を受けて、一昨年後半以降下落基調が続いてきた原油相場は「二番底」を探 る展開となり、一時は1バレル=30 ドルを割り込む水準にまで落ち込んだものの、その後は国際金融市場の 落ち着きと歩を併せる形で上昇に転じている。さらに、先月以降はOPEC(石油輸出国機構)加盟国と非加 盟国の間で増産凍結に向けた協議が前進するとの見方が強まっていることも反映して上昇基調を強めており、 底堅い値動きが続いている。原油をはじめとする多くの鉱物資源を海外からの輸入に依存する多くのアジア諸 国において、国際商品市況の上昇は物価動向や経常収支といった経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の 悪化をもたらすことが懸念されるものの、足下においては食料品価格の安定などが物価上昇圧力を相殺する展 開が続いている。こうしたなか、中国においては様々 図 1 生産者物価の推移 な生産設備の過剰状態が物価の重石となることでディ スインフレが懸念される状況が続いており、川上の物 価に当たる生産者物価は4年半以上に亘ってマイナス で推移している。ただし、このところの国際商品市況 の上昇は徐々にディスインフレ圧力の後退を促してお り、8月の生産者物価は前年同月比▲0.8%と 54 ヶ月 連続でマイナスとなっているものの、前月(同▲1.7%) から一段とマイナス幅は縮小しており、前月比も+ (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 2/4 0.2%と前月(同+0.2%)から2ヶ月連続で上昇するなど物価上昇圧力が高まる動きが確認されている。内訳 をみると、足下では金属や非鉄金属関連などを中心とする加工関連で物価上昇圧力が高まる動きがみられ、こ れは共産党及び政府主導で国有企業を中心とする関連企業に対して合従連衡と生産設備の圧縮を促進させてい る効果が出ていると判断出来る。このこと事態は過剰生産設備の縮小に向けた取り組みと評価出来る一方、直 近の貿易統計においては鉄鉱石や銅などの輸入量が拡大する動きが確認されており(詳細は8日付レポート 「G20終了、中国が抱える問題は解決に向かうか」をご参照ください)、これは先行きにおける生産拡大の 動きに繋がることが予想される。同国においては国内市場で需給がタイト化して市況が改善すると、民間の中 小・零細企業を中心に収益改善期待から増産の動きを強めることで全体的な生産量が維持される傾向が強いと され、足下における原材料に対する輸入増はこうした動きを反映している可能性もある。さらに、年明け以降 上昇基調が続いてきた採掘及び原材料関連の物価は足下では上昇ペースが鈍化、ないし減少に転じる動きがみ られるなか、上述の要因も相俟って物価上昇圧力が後退する可能性はあると見込まれる。他方、足下において は依然としてエネルギー関連を中心に、食料品や服飾、機械関連など幅広い分野で物価の下落基調が続いてお り、こうした動きは川下に当たる消費者段階における物価上昇圧力の後退を促していると捉えられる。 このように川上段階でのディスインフレ圧力が物価の重石となっており、政府は今年の消費者物価の目標を 「3%」とする方針を掲げているものの、過去4年以上に亘ってインフレ率は目標を下回る展開が続いている。 8月の消費者物価は前年同月比+1.3%と目標の半分程度に留まるなか、前月(同+1.8%)から一段と減速す るなどディスインフレ基調が一段と強まっており、前月比こそ+0.1%と2ヶ月連続で上昇しているものの、 前月(同+0.2%)からそのペースは鈍化しており、物価上昇圧力が高まりにくい状況に直面している。前月 比で上昇している背景には、野菜(前月比+7.9%)や 図 2 インフレ率の推移 卵(同+3.5%)など生鮮品を中心に食料品価格(同+ 0.4%)が上昇していることが影響している一方、昨年 来上昇が懸念された豚肉(同▲1.2%)は前月から2ヶ 月連続で下落するなど上昇に一服感が出ている模様で ある。その一方、年明け以降における原油相場の上昇 による影響が懸念されるエネルギー価格は前月比▲ 0.1%と引き続き下落基調が続いており、物価動向に影 響を与えやすい生活必需品を巡る物価の動きはまちま (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成 ちの展開となっている。ただし、食料品とエネルギーを除いたコアインフレ率は前年同月比+1.6%と前月 (同+1.8%)から一転して減速しており、前月比も+0.1%と前月(同+0.3%)から上昇ペースが鈍化する など、物価上昇圧力が抑えられている。なお、前月コアインフレ率が加速した背景には、今年6月に上海に巨 大テーマパークが相次いで開業したことに伴い観光関連で物価上昇圧力が高まったことが影響しているとみら れるが、足下ではそうした動きが一巡しており、8月については前月比▲1.0%と3ヶ月ぶりに下落に転じて いる。結果、足下では経済成長に伴い都市部を中心に急速に需要が拡大している保健医療やホームヘルパー、 衣類の加工サービスなど一部のサービス物価に上昇圧力がくすぶる動きはみられるものの、全体としてのサー ビス物価は前月比+0.1%の上昇に留まり、前年比ベースでも+2.1%と前月(同+2.3%)から減速するなど 物価上昇圧力は後退している。先行きについては生産者物価の影響を受けることが予想されるなか、足下では 食料品や衣類などに加え、日用品や耐久消費財などの出荷価格も横這いないし下落基調が続いていることから、 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 3/4 物価上昇圧力が高まりにくい状況は続くと見込まれる。 図 3 財新製造業・サービス業 PMI(雇用)の推移 また、足下の企業の景況感をみると、製造業は短期的に 最悪期を抜け出している様子がうかがえるものの、依然 として雇用拡大に向かう展開とはなっていない上、サー ビス業についても大幅な雇用拡大が期待出来る状況には なく、雇用及び賃金を取り巻く環境が大きく好転してい く状況は想定しにくい。こうしたことも物価の重石にな ると懸念される。さらに、民間企業以上に厄介とされる のが国営企業を取り巻く状況であり、仮に共産党及び政 (出所)Markit より第一生命経済研究所作成 府が主導する形で過剰生産設備の淘汰に向けた動きが前進することになれば、相当数の失業者が発生する可能 性があり(7月に人力資源和社会保障部は鉄鋼及び石炭関連で約 80 万人が失業するとの見通しを発表)、労 働者の適切な再配分が進まなければ新たなディスインフレ圧力となることも予想される。他方、来月に開催予 定の六中全会(第 18 期共産党中央委員会第6回全体会議)以降は、来秋に開催予定の共産党大会を目途に今 後の共産党首脳人事を巡る動きが活発化するとみられ、共産党内部でも経済問題以上に人事を巡る政治課題が 中心となることで課題解決が前進しない事態も考えられる。そうなればサービス物価に対する悪影響は先延ば しされる一方、過剰設備を背景とする生産や在庫の過剰感がもたらすディスインフレ圧力はくすぶることとな るなど、課題解決の道のりが一段と厳しくなることも懸念されよう。 足下の物価を巡ってはディスインフレが懸念される状況にある一方、不動産市場においては一部の大都市部を 中心にバブルの再燃が警戒される奇妙な状況にある。主要 70 都市の不動産市場は一昨年の春をピークに下落 基調を強める展開が続いてきたものの、一昨年末以降の人民銀行による度重なる金融緩和措置を背景に昨年春 を底に上昇基調に転じており、足下では直近でピークを迎えた一昨年の春を上回る水準となるなど市況は高止 まりしている。7月時点においても、深圳(前年同月比+40.9%)や廈門(同+39.2%)、上海(同+27.3%)、 北京(同+20.7%)など大幅な上昇をみせている都市が出ており、こうした一部の都市では実質的な購入抑制 策が採られる動きがみられる一方、三線都市や四線都市などを中心に市況が下げ止まらない都市も多数存在す るなど跛行色が一段と鮮明になっている。こうした動きは都市部と地方部との間の経済的格差を一段と拡大さ せているほか、地方部を中心とする不動産の過剰在庫と 図 4 マネーサプライの伸び率(前年比)の推移 その裏打ちにある過剰融資は不動産や金融といった関連 セクターにとって潜在的なリスク要因となることが懸念 されている。このように一見して矛盾する状況が共存す る異常な事態となっている背景には、一昨年以降の人民 銀行による金融緩和の影響で狭義のマネーサプライ(M 1)の伸び率は足下で大きく加速するなど金融市場には 潤沢な流動性が供給されている一方、金融市場全体でみ た広義のマネーサプライ(M2)の伸びは頭打ちしてお (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成 り、供給された流動性が幅広い経済活動に充分に活用されていない実態が影響している。こうした状況は昨年 における株式市場でのバブルの発生及びその後のバブル崩壊を招いたほか、足下における不動産市場のバブル 再燃に繋がっている一方、不動産セクターは同国内でも相対的にレバレッジ比率の高い分野ゆえに対応を誤る 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 4/4 と金融市場全体に甚大な悪影響を及ぼすリスクもある。こうしたことから、人民銀行はさらなる金融緩和には 慎重な姿勢をみせる一方、政府内には金融緩和を求める動きもくすぶるなど政策運営を巡る対立が表面化する ことも予想される。ただし、足下の状況は緩和マネーに依存し過ぎたことが新たなリスクを招いていることを 勘案すれば、同国が取り組むべきは金融緩和への過度の依存を止めるとともに、構造改革路線を今一度巻き戻 すことが必要であることは言を待たない。とはいえ、上述したように今後の中国においては政治課題に重点が 置かれる可能性が高まっており、そうなれば経済政策の重点は短期的な景気維持にシフトすることは避けられ ず、根本的な構造改革の前進は期待しにくい。足下では当局による為替介入を背景に外貨準備が再び減少基調 を強める動きもみられるなど、金融市場の動きを当局が無理矢理抑えている様子がうかがえるが、政策の予見 性低下などに繋がる動きが表面化すれば、昨年夏場以降のように金融市場が再び動揺するリスクも抱える。足 下の国際金融市場は落ち着きを取り戻しているものの、再び中国を理由にした動揺に見舞われる可能性には注 意が必要と言えよう。 以 上 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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