景気循環研究所 嶋中雄二の景気サイクル最前線 No.35 2015 年 2 月 25 日 日銀は、 「インフレ目標」の早期達成に全力を! ~株高・円安下でも、デフレ再突入阻止が重要に~ 説明責任を果たした、昨年 10 月の追加緩和 日銀が 13 年 1 月に政府と合意し、4 月から具体的に運用している「インフレ目標政策」の目的は、通 常、①中長期的な名目アンカーの明示による期待の安定化、②政策運営上の説明責任の明確化や透明性 の向上、③政治的な介入を防ぐ盾の役割、④フォワード・ルッキングな政策運営の実現、等にまとめら れる。 ①と④はここでの主題ではないので論評はしないが、②についてイングランド銀行に関して言えば、 政府の設定するインフレ目標から 1%以上かい離した場合の対応として、総裁が公開書簡で、①かい離 が生じた理由、②対応策、③目標値に回帰するのに要する期間の見込み、④BOEの対応のあり方が政 府の目標と整合的であるか、を大蔵大臣に説明する義務が生じる(中原伸之『デフレ下の日本経済と金 融政策』東洋経済新報社、2002 年、97~105 ページを参照)。 実際、日本でも説明責任を明確にして、対応策をアクションで示した例がある。昨年 10 月 31 日の日 銀による追加金融緩和がそれに該当しよう。黒田総裁は 11 月 25 日の講演で、「『原油価格の下落』と いう長期的には望ましい現象の結果であっても、実際の物価上昇の足踏みが長引くような場合、バック ワード・ルッキングな期待形成は弱まる可能性があります。その結果、2%の実現に疑いが生じるよう なことになれば、『量的・質的金融緩和』のメカニズムが全体として弱まってしまうリスクが生じます」 として、「2%の早期実現の決意にいささかの揺るぎもないことを改めて『行動』の形で示す必要があ ると考えました」と説明している。 こうしたアクションは、場合によっては、15 年 1、2、3 月における消費者物価指数の前年比の実績が ほぼ明確になる 4 月中にも、再び必要となると考えるべきなのではないか。原油価格の下落が主因とは いえ、①消費者物価総合(いわゆるヘッドライン)、②同生鮮食品を除く総合(コア)、③ 食料(酒類 を除く)及びエネルギーを除く総合(コアコアあるいは米国方式コア)、④持家の帰属家賃を除く総合、 ⑤東京都区部中旬速報値、の 5 つの指標がいずれも昨年 12 月時点で 0.5%以下となっており、ヘッドラ インの 12 月と東京都区部の 1 月は 0.3%である(表 1、図 1)。 日銀の 10 月追加緩和時には、9 月のコアが 1.0%(当日発表)、10 月のコアは 0.9%で、1%の大台 割れの土壇場だった。黒田総裁は以前に、「1%割れはない」と言及していたことがあったので、追加 緩和のアクションにより、きちんとアカウンタビリティを果たしたことになる。そして、その後の原油 巻末に重要なお知らせを記載、ご参照下さい。 1 価格の動きから見て、15 年 1~3 月期中のどこかの時点で、上記 5 つの消費者物価指標のどれかがゼロ ないしマイナスに突っ込む蓋然性がかなり高いし、このことはガソリン価格とコアCPIの連動性から 見てもよくわかる(図 2)。海外中銀のケースを見ても、ECBの 1 月 22 日の量的緩和移行は、12 月 の消費者物価総合がマイナス 0.2%(コアは 0.8%)とマイナス化した途端に決定された(図 3)。上記 のイングランド銀行であれば、インフレ目標から 2%以上もかい離したのであるから、対応策が問われ るのは当然である。 表1.消費者物価の推移 全国 13 14 15 12 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 1 ① ② ③ 1.6 1.4 1.5 1.6 1.5 1.6 1.5 1.3 1.2 1.1 0.8 0.3 0.3 1.3 1.3 1.3 1.3 1.5 1.4 1.3 1.3 1.1 1.0 0.9 0.7 0.5 0.7 0.7 0.8 0.7 0.8 0.5 0.6 0.6 0.6 0.6 0.5 0.4 0.4 ④ 図1.消費者物価の推移 (前年比、%) 3.0 (前年比、%) 東 京 都 区 部 (除 く 生 鮮 ) 2.0 1.7 1.9 2.0 2.0 2.0 2.0 1.7 1.6 1.5 1.0 0.5 0.5 2.5 0.7 0.7 0.9 1.0 1.0 0.9 0.9 0.8 0.8 0.7 0.7 0.5 0.4 0.3 1.5 1.0 0.5 0.0 -0.5 -1.0 -1.5 ③米国方式コア -2.0 -2.5 ①総 合 -3.0 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 (年、月) (注 1)米国方式コアは、食料(酒類を除く)及びエネルギーを除く総合。 (注 2)シャドー部は景気後退期(内閣府)。12 年 4 月の山と同年 11 月の谷は暫定日付。 (注 3)14 年 2Q以降は消費税の影響を除くベース(当研究所試算)。 (資料)総務省『消費者物価指数』 (資料) 総務省『消費者物価指数』 図2.ガソリン価格とコアCPIの関係 (前年比、%) (前年比、%) 40 3 コアCPI(月次、右目盛) 30 ④持家の帰属家賃 を除く総合 ②生鮮食品を除く総合 (日本方式コア) 2.0 (前年比、%) 5.0 2 4.0 1 3.0 0 2.0 -1 1.0 -2 0.0 -3 -1.0 14年12月 0.5% 20 10 0 -10 図3.ユーロ圏の消費者物価指数 総合 コア 11月 0.3 0.7 12月 ▲0.2 0.8 1月 ▲0.6 0.5 CPI総合 CPI除く エネルギー・食品・酒・煙草 15/1 コア 0.5 ガソリン価格(週次、左目盛) -20 15年2月23日 -12.8% (137.9円/㍑) -30 -40 07 08 09 10 11 12 13 14 15 (年) 総合 ▲0.6 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 (注)コア CPI は消費税の影響を除く。ガソリン価格は全国店頭レギュラーガソリン。 (資料)資源エネルギー庁「石油製品価格調査」、総務省「消費者物価指数」をもとに 三菱 UFJ モルガン・スタンレー証券景気循環研究所作成 (資料)Eurostat (年、月) インフレ目標政策が採用されていることのもう一つの重要な利点は、冒頭の③政治的な介入を防ぐ 「盾の役割」をインフレ目標が果たしてくれることである。すでに、日銀内部から「追加緩和は円安を 促し、景気回復に逆効果」との声も上がったとされる中で、統一地方選を控えて、国会でも、事の真偽 は別として「円安は家計や地方の中小企業に負担を課す」との見方が多く出ている。また、政府部内か らも、TPP決着を前に円安・ドル高を回避したいとの思惑からなのか、単に現在の株価上昇や景気の 先行きへの手応えがあるからなのか、すでに複数の高官から「追加緩和は必要ない」といった声が出て いるほか、政府の 2 月の『月例経済報告』から「早期に」の文言が削除されるようなこともあった。 しかし、このような発言や動きは、インフレ目標政策の遂行の義務を負っているとともに、個別の金 融政策の実施のタイミングの判断を含めて「手段の独立性」を行使できる日銀にとっては、従わなくて 巻末に重要なお知らせを記載、ご参照下さい。 2 も許される「雑音」(山本幸三・衆議院議員の言葉)ないしは「お節介」の類なのではないだろうか。 そんなことより、インフレ目標に則って、できるだけ早期のデフレ脱却を目指している中央銀行が、物 価上昇率が一時的にでもマイナスになることを座視していると受け取られることによる、信任の毀損リ スクの方が大きいとはいえまいか。 追加緩和規模は 10 兆円 それでは、次に日銀が追加金融緩和を実施するとすれば、その具体的な時期と政策の中身としては、 どのようなものが考えられようか。タイミングの候補の一つは、5 つの消費者物価指数の前年比のうち、 どれか一つでもゼロないしマイナス化したことが判明した直後の 4 月 7、8 日の金融政策決定会合か同 月 30 日の「展望リポート」の発表を伴う会合であろう。政策の中身としては、マネタリーベースを操 作目標とする現行の枠組みを今更変えるわけには行かないため、日銀当座預金を減少させることになる 「付利撤廃」などは実施されにくいだろう。 追加規模は 10 兆円程度が望ましい。なぜなら、当初、15 年上期に名目経済成長率を、政府の中期目 標 3%に持って行くために設定されたと考えられる、14 年末のマネタリーベース残高 270 兆円に、10 月 末の追加緩和で 5 兆円上乗せした 275 兆円は、前年 13 年末の 202 兆円に比べ 36%の増加となっている が、追加緩和後の 15 年末の残高は今のところ最大で 365 兆円と、前年比では 33%増になり、少し鈍化 した形になっている(表 2)。名目成長率は原油安の恩恵もあって、15 年上期には目標通り前年比 3% 程度に達するが、これを維持し、しかも消費者物価が一時的にせよ、再び陥りそうになっているデフレ の淵から引き上げるためには、やはり前年末と同程度の前年比 36%、残高にして 375 兆円程度が必要だ ろう。すなわち、これまでのマネタリーベースの年間の最大可能増加額 90 兆円に、10 兆円を新規に追 加した 100 兆円の増加になる。 表2.「量的・質的金融緩和」におけるマネタリーベースの目標とバランスシートの見通し (兆円) 12年末 (実績) マネタリーベース 13年末 (実績) 14年末 (見通し) 追加緩和のケース 15年末 (見通し) 138 202 275 365 375 - 64 46 73 36 90 33 100 36 35 35 増加額 前年比(%) (14年末を当初の270兆円とした場合) (バランスシート項目の内訳) 長期国債 CP等 社債等 ETF J-REIT 貸出支援基金 その他とも資産計 銀行券 当座預金 その他とも負債・純資産計 15年末 (見通し) 89 2.1 2.9 1.5 0.11 3.3 158 87 47 158 142 2.2 3.2 2.5 0.14 13 224 90 107 224 200 約280兆円 2.2 2.2 3.2 3.2 3.8 約6.8兆円 0.18 約0.27兆円 18 297 93 177 297 (注) 『追加緩和のケース』は景気循環研究所予測。 (資料)日本銀行「『量的・質的金融緩和』の拡大(14 年 10 月 31 日)」をもとに、三菱 UFJ モルガン・スタンレー証券景気循環研究所が一部修正。 では、何を購入するべきか。長期国債については 1 兆円程度買い増しし、ETFを 0.8 兆円、社債を 0.2 兆円の追加購入して計 2 兆円となるが、来るべき追加緩和では、それを目的とする必要はないもの の、地方創生や景気対策を側面支援することにも繋がる地方債(14 年 9 月末残高 75.1 兆円)や政府関 係機関債(同 78.7 兆円)を、各々4 兆円ずつ新規購入すれば、計 10 兆円となる(表 3)。 巻末に重要なお知らせを記載、ご参照下さい。 3 表3.日銀の買入対象となりうる資産 残高 日銀保有分 (兆円) (兆円) (%) 長期国債 860.7 215.5 25.0 社 債 72.0 3.3 4.6 地方債 75.1 - 公募地方債 57.8 - 政府関係機関債 78.7 - 財投機関債 33.1 - ETF 10.6 社債並みで 3.4兆円 - 社債並みで 3.6兆円 - 4.3 40.5 (注 1)残高は 14 年 9 月末時点(ETF は同年 12 月末時点)、日銀保有分は 15 年 2 月 20 日時点。 (注 2)地方債と政府関係機関債は、時価ベース。但し、内訳の公募地方債と財投機関債は簿価ベース。 政府関係機関債には政府保証債や地方公共団体金融機構債などを含む。 (資料) 日本銀行「資金循環勘定」、「営業毎旬報告」、日本証券業協会「公社債発行額・償還額等」、 投資信託協会「契約型公募投資信託の資産増減状況」をもとに三菱 UFJ モルガン・スタンレー証券景気循環研究所作成 黒田総裁は、13 年 4 月 2 日の衆議院予算委員会で、「期待を裏打ちする大胆な金融政策をとり、目標 を必ず実現しなければならない」とした上で、同月 4 日、「消費者物価の前年比上昇率 2%の物価安定 目標を 2 年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現する」と宣言し、明確なコミットメント を伴う「量的・質的金融緩和」を開始した。その成果は株価や為替、雇用といった指標に大きく表れて おり、アベノミクスの「第 1 の矢」である異次元緩和の威力をまざまざと見せつけることになった。批 判されている円安も、これなくしては地方創生の切り札となり得るインバウンド消費や国内生産回帰は 考えられなかった。 しかし、問題は、肝心のインフレ目標達成への信認が揺らぎ始めていることだ。一部には、既に対外 公約となっている日銀のインフレ目標の水準を引き下げるべきだとの主張まで見られるが、賛成できか ねる。他方、3 月からのECBによる量的金融緩和の開始で、ユーロがどの程度下落するかも新たなポ イントになってこよう。現在の株高と円安の持続性にもよるが、仮に株高・円安の中にあっても、現状 の日銀は、放置すればバックワード・ルッキングな期待形成をデフレ方向へと後退させかねない、消費 者物価指数のマイナス化の進行を、水際で阻止するという断固とした姿勢を、再びアクションで示すべ きなのではないか。 (以上) 三菱UFJモルガン・スタンレー証券 景気循環研究所 東京都千代田区丸の内 2-5-2 三菱ビルヂング 参与 景気循環研究所長 嶋中 雄二 03-6213-6571 [email protected] 巻末に重要なお知らせを記載、ご参照下さい。 4 本資料は信頼できると思われる各種データに基づいて作成されていますが、当社はその正確性、完全性を保証するものではありません。本 資料で直接あるいは間接に採り上げられている有価証券は、価格の変動や、発行者の経営・財務状況の変化およびそれらに関する外部評価 の変化、金利・為替の変動などにより投資元本を割り込むリスクがあります。ここに示したすべての内容は、当社の現時点での判断を示している に過ぎません。本資料は、お客様への情報提供のみを目的としたものであり、特定の有価証券の売買あるいは特定の証券取引の勧誘を目的と したものではありません。本資料にて言及されている投資やサービスはお客様に適切なものであるとは限りません。また、投資等に関するアドバ イスを含んでおりません。当社は、本資料の論旨と一致しない他のレポートを発行している、或いは今後発行する場合があります。本資料でイン ターネットのアドレス等を記載している場合がありますが、当社自身のアドレスが記載されている場合を除き、ウェッブサイト等の内容について当 社は一切責任を負いません。本資料の利用に際してはお客様ご自身でご判断くださいますようお願い申し上げます。 当社および関係会社の役職員は、本資料に記載された証券について、ポジションを保有している場合があります。当社および関係会社は、 本資料に記載された証券、同証券に基づくオプション、先物その他の金融派生商品について、買いまたは売りのポジションを有している場合が あり、今後自己勘定で売買を行うことがあります。また、当社および関係会社は、本資料に記載された会社に対して、引受等の投資銀行業務、 その他サービスを提供し、かつ同サービスの勧誘を行う場合があります。 三菱UFJモルガン・スタンレー証券の役員(会社法に規定する取締役、執行役、監査役又はこれらに準ずる者をいう)が、以下の会社の役員 を兼任しております:三菱UFJフィナンシャル・グループ、三菱倉庫。 債券取引には別途手数料はかかりません。手数料相当額はお客様にご提示申し上げる価格に含まれております。 本資料は当社の著作物であり、著作権法により保護されております。当社の事前の承諾なく、本資料の全部もしくは一部を引用または複製、 転送等により使用することを禁じます。 c 2015 Mitsubishi UFJ Morgan Stanley Securities Co., Ltd. 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