11 山形県 天童市立第一中学校 3年 後藤 陽佳

平成 26 年度「土砂災害防止に関する絵画・作文」作文中学生の部 優秀賞(事務次官賞)
「安心なくらしは備えから」
ごとう
はるか
山形県 天童市立第一中学校 3年 後藤 陽佳
平成 24 年、中学校に入学。毎日、重い荷物を背負って通学する日々が始まった。
通学路の途中に気になるところがあった。通学路に面した山の斜面が、コンクリートのフレーム
で固められているのだ。
その山は、私の住む天童市のシンボルでもある舞鶴山。幼稚園から小学生の時まで、遠足に行っ
たり、お花見をしたりして親しんできた山である。私にとっては、とても身近な自然の遊び場であ
る。
そこが、コンクリートで固められていて、私は、なんだかその景色に違和感を覚えた。
「なんで
あんな風にするの?せっかくの自然が台無しじゃない?かっこ悪くて、いやだなあ。
」家族に話し
てみた。すると母は、
「でも、あのフレームがないと、山が崩れてきて、危ないんだよ。ふもとに
住んでいる人は、大雨が降ると、山を見て心配しているらしいよ・・・。
」と、コンクリートの理
由を教えてくれた。
確かに、山が崩れてきたら困る。家や道路に土砂が流れ込んだら、くらしに影響がでる。それは
頭で理解できるのだが、私はどこか釈然としない気持ちで、毎日、山のコンクリートフレームを眺
めながら学校に通った。
平成 25 年、2年生に進級。中学校にも慣れ、部活動に汗を流す毎日だった。
7月、梅雨が明けず、雨が続いた。その日は特に強い雨が降っていた。私は武道館で柔道部の練
習をしていた。
「バン。」急に、天井の照明が消え、練習で使っていたタイマーも動かなくなった。
「どうした?」
「何だ?」部のみんなは、あわてて電気が消えた原因を探った。回ってきてくださ
った先生が、
「停電です。原因不明です。
」と知らせてくれた。何だかわからないまま、その日は下
校した。
次の日、停電の原因を聞いて驚いた。大雨で地面が緩み、裏山の木が、電線に倒れかかったため
だという。山に近いほうの校舎に行ってみると、木が倒れただけでなく、斜面も崩れて土がむき出
しになっているのが見えた。
「ここでも山が崩れる?こんなに危ないところだったの?」驚くと同
時に、背中がゾーッとする恐さを感じた。
部活をする武道館も、同じ山に面している。この停電の日以来、雨の日は、練習していても、山
が崩れたり、木が倒れてきたりしないか、不安な気持ちがわいてきて、なかなか集中できなかった。
そんな私を見て、顧問の先生は、
「陽佳さん、もうすぐその心配もいらなくなるよ。新しい学校
ができたら、道場も新しくなる。安全な道場で、思いっきり練習できるよ。
」と励ましてくださっ
た。
私たちの中学校は、天童市内で1校だけ改築することになり、工事が進んでいた。改築は古くな
ったためだと思っていた。それも理由の1つではあるが、最大の理由は、校舎が土砂災害特別警戒
区域にあったからだ。しかも、レッドゾーンと言われる、とても危険な場所なのだという。
大雨による被害が停電程度で済んだのは不幸中の幸いと言うべきかもしれない。
冬、山から離れた平らな土地に、新校舎が完成。新しい武道館は、畳も部室もきれいになった。
何よりも、山が崩れてくる心配のない、明るい環境。春の大会に向けて、部員全員が気合いを入れ
て、練習に打ち込んだ。
平成 26 年、最高学年の3年生に進級。ピカピカの校舎で授業を受けたり、オープンスペースで
修学旅行の話し合いをしたり、充実した毎日を過ごした。中学校生活最後の大会も、自分なりに精
一杯取り組んで、よい形で終わり、少し余裕がでてきた下校の途中、コンクリートフレームで固め
られた舞鶴山の様子が以前と違っていることに気づいた。草木が伸び、コンクリートを覆い、私の
親しんだ自然の山に近づきつつあった。もう緑はなくなるのかと思い込んでいた私にとっては、う
れしい気づきだった。
「コンクリートで固めることで、緑が失われることはないんだ!」それまで
無機質な固まりにしか見えなかったコンクリートが、この日から私たちのくらしと自然と共存でき
るものだと思えるようになった。
山のコンクリートフレームと新校舎の移転から私は、大きな災害にいたる前に防ぐ備えをして、
安全なくらしをつくる大切さに気づいた。その備えのおかげで私たちの生活は守られているのだ。
そして、私が高校生になり、山の前を通らなくなってもあのコンクリートフレームは私たちの町を
守ってくれるのだろうと思うと、災害のない平凡な毎日こそが貴重であるのだと感じている。