薄膜におけるテラヘルツ分光とその応用 σ1 σ2

薄膜におけるテラヘルツ分光とその応用
高橋 陽太郎
東京大学大学院 工学系研究科 量子相エレクトロニクス研究センター
Terahertz spectroscopy on thin film
Youtarou Takahashi
QPEC, School of Engineering, The University of Tokyo
3
x10 cm)-1
 (m
遠赤外から紫外領域にわたる分光的な計測手法は物性現象の研究によく利用されるもののひ
とつである。物質の光学応答から、バンド間遷移、自由電子によるプラズマ周波数、フォノンやマグ
ノン等の素励起や電子のサイクロトロン運動など様々な現象を観測することができる。最も古典的
な方法は、物質の透過光や反射光の強度の測定から物質の光学応答のスペクトルを求める手法
である。通常、光の振動電場の位相成分を観測するのは困難であることから、クラマース・クロニッ
ヒ変換を用いて複素屈折率や複素誘電率などを求めることになる。一方、近年のフェムト秒領域
の短パルスレーザーの発展により、遠赤外領域に対応するテラヘルツ帯(0.1 THz(0.4 meV)~5
THz (20 meV))の光の電場波形をテーブルトップの装置で容易に観測することが可能になった。こ
の時間領域テラヘルツ分光法を用いることで、物質の透過波の電場強度と位相の同時計測により、
高い精度を持つ光学測定を行うことができる。その特徴を用いた顕著な例が薄膜試料を用いた伝
導電子のダイナミクスの観測である。
古典的な金属の光学応答は一電子に対するドルーデ・ローレンツモデルによって記述すること
ができ、電子の平均的な散乱時間によりきまる幅 1/を持つゼロ周波数モードが光学伝導度に現
れる。しかし、金属の光学応答は伝導電子の密度に依存するプラズマ周波数によって支配 され、
金属光沢を示すプラズマ周波数以下の帯域では反射率が1となるため詳細な構造は覆い隠され
ていしまう。このため、伝導電子の動的な性質の観測は著しく低いプラズマ周波数を持つ物質に
限られていた[1]。テラヘルツ分光法と薄膜試料を用いることで、これまで観測不可能であった金属
の複素光学伝導度の直接観測が可能となる。テラヘルツ電場の透過波形を[薄膜試料+基盤]と
[基板のみ]の両者において測定することで、複素光学伝導度が求まる(下図 (a)参照)。我々は代
表的な強相関金属である Sr 2 RuO 4 (120 nm)の光学伝導度の測定を行い、4 K において下図(b)に示
す複素光学伝導度を観測した[2]。光学伝導度実部(1 )の=0 での値が、dc での伝導度に相当す
る。1 のピークの幅が平均的な電子の散乱時間に対応し、そのエネルギーは 2 meV 程度と非常に
小さい値を示している。テラヘルツ帯で得られた複素光学伝導度スペクトルは dc での様々な輸送
特性のデータを用い定量的に解析することが可能である。複素伝導度スペクトル上の点線は、こ
れまでの研究から知られている各伝導バンドの有効質量、キャリア数を用いたドルーデ・ローレン
ツモデルによるフィッティングであり、dcとテラヘルツ領域の伝導度を良く再現する。これらのスペク
トルの解析から得られた各バンドの散乱時間は、dc のホール係数、ホール抵抗の磁場依存性の
結果とも良く一致している。このよう
(b) 350
に薄 膜 試 料を用いたテラヘルツ分 (a)
Metal thin film + substrate
4K
光で得られたデータは定 量的な解
300
析が可能であり、幅広 い応用が期
1
250
待できる。講演では実 験や解 析 手
200
法に加え、周 辺 の話 題 を取り入れ
150
解説する。
2
substrate
[1] M. Dressel and M Scheffler,
100
Ann.Phys.(Leipzig)15.535 (2006)
50
[2] Y. Takahashi, et al., Phys. Rev.
0
B89, 165116(2014)
0
2
4
6
8
Energy (meV)