田島 英介さん 教育専門官

田島 英介さん 教育専門官
開発はその地に住む人のためになされる。その効果の角度を決定付けるのは、目に見えにくい社
会開発、中でも「人」そのものにめがけて実施される教育によるところが大きい。生涯を通じて教
育の機会を得ることは人として生きるうえで必要、と主張するのが、田島英介(たじま・えいすけ)さ
んだ。
金融市場からグラミン銀行のボランティアへ転身、教育に目覚める
2008 年に入行した田島英介です。東アジア局都市社会開発課で教育専門 官(Education
Specialist)をしています。国でいえば、中国とモンゴルが担当です。
僕が大学を卒業した 1994 年頃はちょうど金融派生商品のニーズが増えている活気のある時期
で、僕も外資系の銀行に入り金融市場取引の業務に足を踏み入れました。ディーリングルームで
売った買ったを繰り返し、数字で結果が出てくることを楽しんでいましたが、30 歳を前にして、ふと
思ったんです。これでいいのかなと。画面で数字を追う毎日でしたので、この仕事は何か実生活
に根付いてないんじゃないか、と。そして、国際協力の仕事をやりたいと思うようになりました。
銀行を辞めて、まずは何より国際協力の現場を見たかったので、バングラデシュのグラミン銀
行でボランティアを始めました。住み込んでいた村で、ある NGO が識字教育をしていたので、何気
ない気持ちで見にいってみました。一日の農作業でクタクタ
に疲れているはずの参加者たちですが、教室の中は、皆、
文字への欲求とか、何かを修得したいとかいうような、切実
な気持ちで満ちていました。当然のように教育の機会が与え
られていた僕にとっては、ショックでしたね。また、彼らが必
要としているのは、目先のお金や基礎インフラだけではない
ということを感じました。そうか、途上国であろうが先進国で
長崎の出身ですので、国際平和とか国
際協力が大事だと、どこかで意識の刷
り込みがあったのかもしれません。
あろうが、学ぶことは人が人として生きて行くうえで大事なこ
となんだ、と。僕が「教育」に目覚めたのはそのときでした。
開発の中でも教育分野での支援をやりたいと思いました。
イギリスで修士号取得、しかし辛かったコンサルタント時代
2000 年にイギリスのサセックス大学で農村開発の中のノンフォーマル教育の修士号をとりまし
た。パリに在住しながら国連機関のポストなどに応募し始めたのですが、開発の実務経験がない
ということで、うまくいきませんでした。そんなとき、ユネスコ(国連教育科学文化機関)の教育局が
スタッフコンサルタントを募集していたので CV を送ったところ、採用されました。
ですが、コンサルタントは非正規ですし、短期契約をつなぐのでは人生設計もままならない。収
入の面でも辛い。正規職員になりたいと切望しましたね。
ADB の資金力をバックに自分の幅を広げたい
そして 2004 年、ユネスコのベトナム・ハノイ事務所の教育プログラム専門官ポジションに採用さ
れました。教育計画の策定、教育統計の質の向上、カリキュラムや教材の評価・開発、教員養成、
少数民族教育、高等教育改革など、ベトナム教育訓練省をカウンターパートとして、幅広く政策レ
ベルの支援をしました。
ベトナム政府だけではありませんが、途上国政府は、資金力のあるドナーの言葉に耳を傾ける
傾向があります。また、いくら質の高い政策提言を行っても、資金がないという理由で実現できな
いと意味がありません。開発機関で仕事をする上で、資金力が一つの重要な要素なんだと痛切に
感じました。僕自身も、次第に違う組織でもっと幅広く開発に取り組みたい、開発金融機関のオフ
ィサーなら新しい何かができるのではとの思いから、2008 年に ADB に来ました。
ハードとソフトを融合させた教育支援にこだわる
ADB での現在の仕事ですが、中国では、主に2つのことをやっています。1つめは、中国の職業
訓練と高等専門学校の発展のための政策研究と、提言です。中国は省によって開発の度合いや
ニーズが全く異なるので、地域事情に合わせて研究や提言をしています。経済発展の為の雇用
につながる職業訓練のニーズが高く、中長期的な人材育成が政府の優先課題になっています。
2つめは、四川大地震の復興の為の緊急援助のプロジェクトです。被害を受けた陝西省の小中
学校 12 校の学校再建のためのプロジェクトの立案調査をした際には、ハードだけではない、教員
養成や教材の作成などのソフト面の重要性を省の役人に訴えました。ハード面では、女子トイレ
の設置と質の向上には力をいれましたね。女子の就学率の向上にも繋がるし、教育開発の視点
では重要です。
モンゴルで教育分野のリーディングドナーを
務めるADB
モンゴルでは、基礎教育のプロジェクトの
実施と高等教育改革のプロジェクトの立案を
担当しています。モンゴルは中国と全く違っ
て、幼児教育から、初等、中等、職業訓練、
高等教育と幅広いニーズがあります。また、
ドナーの結束が強く、ADB はリーディングド
ナーです。ですから、ADB のプロジェクトの
昭和の任侠映画が好きです。仕事でも筋をとおします(写真は
モンゴルのプロジェクトでの学校訪問の様子)
。
なかで、ユニセフ(国連児童基金)が設計した小中学校を建設するというような、互いの比較優位
を生かし、機関の枠を超えた協力を実施しています。高等教育改革の案件では、ADB、世界銀行、
ユネスコが共に政策提言を行い、ADB のプロジェクトを通じて政府が改革のイニシアティブを実施
できるよう、プロジェクトの立案をしています。
教育支援は、貧困削減や経済発展のために必要というのが ADB の基本的な考えです。国連は
基本的人権の考えから教育支援を行います。どちらにせよ、広い開発のコンテクストの中で、人が
人として生きていくために必要なものではないでしょうか。バングラデシュの識字教室の参加者の
熱気を思い出し、業務に励む毎日です。
(取材と構成:吉田 鈴香)
ADB の教育支援にご興味の方は以下ご参照
http://www.adb.org/Education/default.asp
田島さんが担当した政策調査をとりまとめた成果物は、以下のサイトよりダウンロードできます。
中国職業訓練
http://www.adb.org/Documents/Books/Financing-TVET-PRC/financing-TVET-PRC-en.pdf
中国基礎教育
http://www.adb.org/Documents/Brochures/PRC-Education-for-All/Investing-for-the-Future.pdf