田中 そのみ さん 主席社会開発専門官(ジェンダー開発担当)

田中 そのみ さん
主席社会開発専門官(ジェンダー開発担当)
開発が「開発」たるには、その裨益が性別を問わず、年齢を問わず広くあまねく広がるかどうかに
かかっている。特に、女性が社会的な地位を得て、開発事業に参加することが大事だが、多くの
場合、男性中心の現地社会と、時には開発スタッフ自身の意識が、順調な効果発現を阻む。この
難題に取り組む仕事が、「ジェンダー」だ。その力仕事をしているのが、田中そのみさんだ。
為替トレーダーから通訳に、社会開発に目覚める
1999 年入行の田中そのみです。地域協力・持続的開発
局で主席ジェンダー専門官(Principal Social Development
Specialist (Gender and Development))をしています。前職と
あわせて、アジア・太平洋地域で 15 年以上この仕事をして
います。
大学の教養学部で国際関係学を学び、卒業したのが
気分転換に、マニラ市内のおいしいラー
メン屋さんに行きます!烏骨鶏のスープ
でおいしいんです。
1990 年でした。折しもバブル経済真っ盛りで、同級生たちは
金融業界に進む人が多かったんです。私も、為替トレーダ
ーになったのですが、お金儲けが肌に合いませんでした。2
年で退職して、英語を生かして通訳をしたり、JICA の研修管理員をしたりしていました。研修のた
め来日する途上国の、主として政府関係者を暮らしの面で手助けする仕事です。彼らの仕事を間
近に見ているうちに、開発に興味を持ち始めました。
開発の何に携わろうか、考えました。当時、開発のプロセスから落ちこぼれる貧困層の姿や、
ダム建設等による地域住民強制移住の問題等、開発の「影」の姿が徐々に報道されるようになり、
ネガティブ・インパクトをポジティブに変える仕事がしたいと思いました。結果、社会開発に興味を
持ち、中でも最も社会的弱者とされる貧困層の女性のための開発プロセスについて学ぼうと決め
ました。大学院を探すと、イギリスはサセックス大学の開発学院(Institute of Development Studies)
がいいとわかりました。
奨学金を探していると、日本のアジア経済研究所で 1 年間学び、2 年目は海外で学べる開発ス
クールの存在を知りました。試験を経て、望み通り 1 年間は日本、2 年目はイギリス・サセックス大
学開発学院の MA in Gender and Development に進み、修士号をとりました。1995 年のことです。
世銀のコンサルタント 3 年
その後、財団法人国際開発高等教育機構での1年弱のリサーチアシスタントを経て、世界銀
行で 3 年間コンサルタントをしました。当初、東アジア太平洋局に、ついで南アジア局社会開発課
に配属されました。初めてのミッションが赴任後2週間目のパプア・ニューギニアでした。現地につ
いて学ぶ時間もなく飛行機に乗せられ、現地到着以降は驚きの連続でした。教育や保健医療とい
った基本的な社会指標の男女格差はもちろん、レイプなど女性への暴力のすごさを痛感しました。
世銀時代はほかにも様々行きました。南アジアの貧困と女性の地位の低さは特に衝撃でした。
ADB に移ったのは、ちょっとした成り行きといいましょうか。博士号を持っていないと社会開発
で世銀に採用されるのは厳しく、大学に戻るかアジアを地盤に職を探すか考えていたところ、ADB
のジェンダー専門家の採用募集を見つけました。応募したところ、あっという間に決まった次第で
す。
プロジェクトへの提言と、ジェンダー・センシティブな人材や組織の育成
現在の仕事は、大きく分けて3つあります。1つは、1998 年に ADB が採択した「ジェンダーと開
発」のポリシーを融資、技術援助、リサーチなどのオペレーションを通じて実施できるよう、オペレ
ーション全体をモニタリングすることです。ADB では、2012 年までに全プロジェクトの4割を「ジェン
ダー主流化」するとの目標が設定されています。「ジェンダー主流化」とは、すなわち、男女格差縮
小や女性のエンパワーメントに貢献できるような行動計画をプロジェクトのデザインに組み込んで
いくことです。私の役割は、ADB のプロジェクト担当者に、効果的なアドバイスをすることです。
ADB には現在職員と長期コンサルタントを含め、20人ほどのジェンダー専門員がいます。彼らの
仕事も監督しています。
2つ目は融資を受ける現地の政府、NGO、リサ
ーチ機関、民間セクター等、関係組織や個人に対
し、ジェンダーや女性の地位向上に関する様々な
技術協力を行う仕事です。調査(例えばアジア経
済危機の影響の男女間格差)、政策提言、組織
改革、法律改正(特に男女均等機会法)、裁判制
度改革、政府やプロジェクトスタッフのトレーニン
グなどが含まれます。私自身は現在、メコン地域
の国境地帯における人身売買防止キャンペーン
ジェンダーは開発の潮流に影響されてきま
した。貧困削減プロジェクトが主流のときに
は、地域女性の直接参加の重要性に対する理
解が深まりました。最近は、水道や道路など
の社会経済インフラが男女それぞれのニー
ズを最大限に反映するようなデザインに取
り組んでいます。
のサポートを、ADB の融資する経済回廊に沿って
行うという技術支援のプロジェクトをマネージして
います。
3つ目は、ADB がより効果的にジェンダーの視
点をオペレーションに組み込んで行けるように最
新のリサーチ結果をスタッフに分かりやすく紹介したり、ジェンダー専用の小規模無償トラストファ
ンドのマネジメントを行ったり、ADB スタッフのトレーニングを行ったりします。しかし、中には「うち
の国の女性は宗教的な理由から公的な場に出て働けないのだから、ジェンダーなんて無駄だ」と
いう男性スタッフもいて、その意識改革が必要です。
ジェンダー専門員が足りない部署には専門員をリクルートするかコンサルタントを雇うよう、時
には ADB のマネジメントに提言します。また、ADB のジェンダー関連の業務について外部に報告
します。四半期ごとのジェンダーニュースを発行したり、ウェブサイト(http://www.adb.org/gender)
で定期的に成功例や、セミナー・ワークショップ等での発表、ディスカッションの内容を載せたりし
ています。
ジェンダーとは社会変革を求めること
「ジェンダー」の仕事は社会変革や意識改革
があって、初めて成功するんです。形として見え
ないので、女性を開発のプロセスに参加させるこ
との効果がすぐに社会経済効果として出てこない。
そこが難しい。でも、男性でも女性でも、「モノ」中
心よりも人間中心の開発を重視する姿勢があれ
ば、開発におけるジェンダー格差縮小の必要性
を理解できるはずです。社会変革や意識改革に
は時間がかかりますから、ジェンダーの重要性を今後も訴え続けます。
折りしも2011年の3月8日「国際女性の日」は百周年です。ADB でも「国際女性月間」として、
様々なイベントを行っています(写真)。国連人口基金特別アドバイザーの Nafis Sadik 氏を講師
に迎えたセミナーなどです。こうした啓発活動ももっと活発に続けて行くつもりです。
(取材と構成:吉田 鈴香)