橋都はしづめ 秀爾しゅうじさん 投資専門官

はしづめ
しゅうじ
橋都 秀爾さん 投資専門官
ADB は開発機関か、金融機関か?と問う声がときどきある。だが、どちらか一方に決め付けること
はない。両機能を併せ持つ機関である。その ADB の機能をそのまま体現したような、若くして土木
工学と最先端の金融技術の融合を果たした人材がいる。橋都秀爾(はしづめ・しゅうじ)さんだ。
金融と土木工学、両方修める
2007 年 に 入 行 し た橋 都 秀 爾 で す 。 民 間 部 門 業 務 局
( PSOD ) イ ン フ ラ ・ フ ァ イ ナ ン ス 第 2 課 で 投 資 専 門 官
(Investment Specialist)をしています。30 歳の時にヤング・プ
ロフェッショナルとして入行しました。
土木工学と金融の両方のバックグラウンドがあるというの
は珍しいかもしれません。どちらも ADB の業務で役に立って
います。まず大学では、土木工学を学びました。当時から途
4 歳の娘と 1 歳半の息子の 2 人の子ど
もがいます。大事なことについては子
どもたちと日本語で会話をしたい。で
すから日本でも教育を受けさせたい
と思いますが、マニラでの生活の方が
家族との時間が作れます。
上国でのインフラ造りを志していたのですが、インフラを造る
にも技術的側面だけでなく資金調達が大事だ、と考えるよう
になって、修士課程修了後の 2001 年にアメリカの投資銀行、
JP モルガンに就職しました。JP モルガンでは不動産の証券
化などを担当し、非常に有意義な日々を過ごしましたが、金
融業界はキャリアを積むほどプレッシャーがかかり、体力的にもきつい。途上国でのインフラ造り
に貢献するという長期的目標もありましたので、出身の東京大学にいったん戻って助手になりまし
た。
その後はアメリカの大学で PhD を目指そうかと思っていたのですが、結局は研究より実務を重
視してハーバード大学のケネディ行政大学院修士課程に入り、国際開発を学びました。
経済性と開発インパクトのバランスを考える仕事
ADB の特徴の一つとして、主として国を相手にする公的セクターと、民間企業相手の民間セク
ターが一つの機関の中に共存していることが挙げられると思います。私の現在の仕事は民間セク
ター担当で、国の保証がない民間インフラ案件に携っています。
審査に当たっては、投資モデルを作り、それに基づいてリスクを分析します。発電所や鉄道、
送電と、どのようなセクターであれ、リスクを考え、どれだけキャッシュを生むか、いくら貸し出せる
かを考えるのは、JP モルガン時代にやってきたことと共通です。その意味ではこれまでの経験を
生かすことができる仕事です。一方で、ADB はあくまでも開発機関で利潤追求が目的ではありま
せんので、リスクが低くても開発インパクトが小さかったり、ADB が積極的に関与する理由が見出
せない案件には参加しません。この点では留学中に学んだことが役に立っています。
東、東南アジアでのインフラ投資案件を担当中
入行 1 年目は南アジア局で、スリランカの財政改革プ
ログラム(Fiscal management reform program)やバングラ
デシュのインフラ金融機関への融資を担当しました。財
政改革プログラムというのは、IMF(国際通貨基金)のよう
にマクロの数字を見るものかと思っていましたが、税制の
すごく細かいところまでアドバイスしたり、税関への新しい
機器の導入も目標に入っているなど、地に足の着いた支
援となっていることが印象的でした。
その後 2008 年に、今の民間部門業務局に移り、肩書
きも現在のようになりました。私がいる第2課は東アジア
と東南アジア、太平洋州が担当地域です。
現在は、ラオスの水力発電案件を担当しています。ダ
大学時代に、友人と「日本人がなかな
か行かないところに行こう」と、バッ
クパックを背負ってマダガスカルへ行
きました。独特の自然と文化がありま
した。開発をめざす原体験だったと思
います。
ムには批判もありますが、内陸国で他の資源も乏しいラ
オスにとって、電力需要が伸びている周辺国への電力輸出はとても重要です。環境や社会への
影響を軽減することの他、ダム自体のコストや安全性、水量が十分にあるか、電力買取の条件、
融資条件の交渉、などなど考えるべきことは多岐に渡りますが、まさに土木と金融が交叉するよう
な案件なので非常にやりがいがあります。また、民間向けの国際金融公社(IFC)が別組織になっ
ている世界銀行に比べて、一つの組織の中で民間部門と公共部門が協働できることは ADB の大
きな強みだと、この案件を通じて実感しています。
他にもタイの国境からカンボジアのシェムレアップまでの送電線、中国での都市ガス供給やゴ
ミ焼却発電などの案件も担当しています。色々なセクターや国の案件を経験できるのは、困難も
ありますが、非常に楽しいです。
民間の銀行と比較すると、ADB の審査は時間や手間がかかる一方、環境・社会影響評価も含
めて幅広く分析を行います。そのため、ADB が融資可能であると判断することは、借り手の民間
企業にも、民間の銀行にも安心感を与えるようです。また、ADB は民間の銀行より長期の貸し付
けを行ったり、各種の保証をつけたり、国によっては現地通貨建てで貸し出せる場合もあります。
今後は、自分で1つの案件を初めから最後まで通して担当することが求められてくるでしょう。
中長期的には、民間セクターのバンカーとしてのキャリアを積むか、ADB の中で公的セクターも含
めて幅広い経験を積んでいくか、見極めたいと思っています。
(取材と構成:吉田 鈴香)