確率過程論基礎 笠原 初到達時間 定義 状態空間 S = {0, 1, 2, . . .} を持つ離散時間マルコフ連鎖 {Xn : n ≥ 0} を考える. このマルコフ連鎖の遷移確率行列を P = (pij ),初期確率分布ベクトルを a = (a0 , a1 , . . .) とする.X0 = i (i = 1, 2, . . .) のとき,このマルコフ連鎖が初め て状態 0 を訪れるまでの時間 T = min{n ≥ 0 : Xn = 0} を初到達時間 (first passage time) と呼ぶ. 63 確率過程論基礎 笠原 ここで行列 B を B = (pij ), i, j ≥ 1 で定義する.B は P の部分行列となっていることに注意する. p01 p02 · · · p 00 p10 P = B p20 . .. 以降では,初到達時間 T に関する以下の諸量について考察する. 1. T の補分布:Pr{T > n}, n ≥ 0 2. 最終的に状態 0 を訪れる確率:Pr{T < ∞} 3. T の k 次モーメント:E[T k ] 4. T の母関数:ψ(z) = E[z T ] 64 確率過程論基礎 笠原 T の補分布 i ∈ S に対し,以下の記号を定義する. vi (n) = Pr{T > n|X0 = i}, v(n) = Pr{T > n}. このとき,v(n) は次式で与えられる. v(n) = ∑ ai vi (n) i∈S 定理 2.21 v(n) = (v1 (n), v2 (n), . . .)⊤ (⊤ は転置) とすると,v(n) は次式を満 足する. v(n) = B n e, n ≥ 0. (19) ここで e = (1, 1, . . .)⊤ である. 65 確率過程論基礎 笠原 証明 vi (n) = Pr{T > n|X0 = i} ∞ ∑ = Pr{T > n|X1 = j, X0 = i} · Pr{X1 = j|X0 = i} j=0 = ∞ ∑ pij · Pr{T > n|X1 = j, X0 = i} j=0 = pi0 · Pr{T > n|X1 = 0, X0 = i} + ∞ ∑ pij · Pr{T > n|X1 = j, X0 = i} j=1 ここで事象 {X1 = 0} は事象 {T = 1} と等価であることから,n ≤ 1 に対して Pr{T > n|X1 = 0, X0 = i} = 0. 66 確率過程論基礎 笠原 よって vi (n) = ∞ ∑ pij · Pr{T > n|X1 = j, X0 = i} j=1 = ∞ ∑ pij · Pr{T > n|X1 = j} (マルコフ性) j=1 = ∞ ∑ pij · Pr{T > n − 1|X0 = j} (斉時性) j=1 = ∞ ∑ pij vj (n − 1) j=1 これより行列表現の次式を得る. v(n) = B · v(n − 1), n ≥ 1. (20) 上式を繰り返し用いることにより v(n) = B n · v(0), n ≥ 1. 67 確率過程論基礎 笠原 i ≥ 1 に対し,事象 {X0 = i} は T ≥ 1 を意味し,vi (0) = 1 となることから v(0) = e また,B 0 = I (I は単位行列) より,n ≥ 0 に対して (19) 式が成立する. (21) 68 確率過程論基礎 笠原 例 2.2 以下の遷移確率で表現される 2 状態 S = {1, 2} を持つ離散時間マルコフ 連鎖を考える. α 1−α , P = 0 ≤ α, β ≤ 1. 1−β β 1−α α 1 2 β 1−β 初期状態が 2 のとき,T を状態 1 への初到達時間とする.このとき B = (β) と なり, v2 (n) = Pr{T > n|X0 = 2} = β n , n ≥ 0 を得る.これより Pr{T = n|X0 = 2} = v2 (n − 1) − v2 (n) = β n−1 (1 − β), n≥0 となり,T が幾何分布となることがわかる. 69 確率過程論基礎 笠原 吸収確率 vi (n) = Pr{T > n|X0 = i} は n について単調非減少かつ有界であるから,極限 vi = lim vi (n) n→∞ が存在する.このとき ui = 1 − vi = Pr{T < ∞|X0 = i} は,マルコフ連鎖が状 態 i から始まって最終的に状態 0 を訪問する確率となる.特に,0 から 0 への遷 移確率が p00 = 1 のとき,ui を吸収確率 (absorption probability) と呼ぶ. 定理 2.22 v = limn→∞ v(n) とするとき,v は v = Bv (22) かつ v ≤ e を満足する最大の解で与えられる. 70 確率過程論基礎 笠原 証明 (20) 式 v(n) = Bv(n − 1) の両辺に対して n → ∞ とすると,(22) を得る. 今,w ≤ e を (22) 式をみたす別の解とする.(21) より v(0) = e ≥ w を得る.ここで k = 0, 1, . . . , n に対して v(k) ≥ w を仮定する.w = Bw であり,かつ B は非負行列であることから v(n + 1) = Bv(n) ≥ Bw = w となり,帰納法によって v(n) ≥ w がすべての n ≥ 0 に対して成立する.結果 として v = lim v(n) ≥ w n→∞ が得られ,v が最大解であることが示された. 71 確率過程論基礎 笠原 初到達時間の平均 状態空間 S = {0, 1, 2, . . .} を持つ離散時間マルコフ連鎖 {Xn : n ≥ 0} において, ui = Pr{T < ∞|X0 = i} = 1 を仮定する. このとき,T の条件付き期待値を以下のように定義する. mi = E[T |X0 = i] また,ベクトル表現 m = (m1 , m2 , . . . , )⊤ を導入する.このとき,以下の定理 が成立する. 定理 2.23 i ≥ 1 に対して ui = 1 を仮定する.このとき,m は m = e + Bm (23) を満足する最小の非負解として与えられる. 72 確率過程論基礎 笠原 証明 mi = E[T |X0 = i] ∞ ∑ = E[T |X0 = i, X1 = j] · Pr{X1 = j|X0 = i} j=0 = ∞ ∑ pij · E[T |X0 = i, X1 = j] j=0 ここで E[T |X0 = i, X1 = 0] = 1 であり,かつ E[T |X0 = i, X1 = j] = 1 + E[T |X0 = j] = 1 + mj , より次式を得る. mi = 1 + ∞ ∑ pij · mj , j≥1 i≥1 j=1 上式を行列形式にすると (23) を得る. m が非負の最小解となるのは定理 2.22 と同様の議論より証明される. 73 確率過程論基礎 笠原 例 2.3 表の出る確率が p,裏の出る確率が q = 1 − p のコインを連続して投げ る試行を考える.Xn をその時点までに連続して表が出た回数(連)を表す確率 変数とする.X0 = 0 として,初めて k 回連続して表が出るまでの試行回数の平 均を考える. 今,{Xn : n ≥ 0} をマルコフ連鎖として定式化する.例えば k = 3 のときの遷 移確率行列 P は次式で与えられる. 0 1 2 0 q p 1 q 0 P = 2q 0 3 0 0 3 0 0 p 0 0 p 0 1 状態 3 は吸収状態であることに注意すると,B は次式で与えられる. 0 1 2 0 q B = 1q 2 q p 0 0 0 p 0 74 確率過程論基礎 笠原 初到達時間 T を T = min{n ≥ 0 : Xn = k} で定義すると,(23) 式より mi = 1 + q · m0 + p · mi+1 , mk = 0 上式を再帰的に解くことにより, ( ) 1 + m0 (1 − pk−i ), mi = q 0≤i≤k−1 0≤i≤k−1 上式で i = 0 とおいて,m0 を解くと次式を得る. ( ) 1 1 m0 = −1 k q p 75 確率過程論基礎 笠原 初到達時間の平均:有限状態空間の場合 状態空間 S が有限な集合 {0, 1, 2, . . . , N } からなり,状態 0 が吸収状態となって いるマルコフ連鎖 {Xn : n ≥ 0} を考える.このとき,遷移確率行列 P は次式の ような構造をもっている. 1 0 ··· 0 p p · · · p 10 11 1N P = . . . . .. .. .. .. pN 0 pN 1 ··· pN N ここで過渡的な状態の遷移を支配する遷移確率行列 B は p · · · p1N 11 . .. . .. .. B= . pN 1 · · · pN N で与えられることに注意する. 76 確率過程論基礎 笠原 n ステップ遷移確率行列 P (n) は帰納法により 1 0 (n) n P =P = n r⊤ B n の形になることが証明できる.ここで 0 は要素がすべて 0 の行ベクトル,r ⊤ n は 対応する列ベクトルである. 過渡的な状態 i, j ∈ S \ {0} に対する n ステップ遷移確率の極限は 0 だから, B n は n → ∞ で零行列に収束する.これより (I − B)−1 = I + B + B 2 + · · · の存在が言える.平均初到達時間ベクトル m は (23) 式より m = e + Bm で与 えられることに注意すると,m は最終的に m = (I − B)−1 e で計算できることがわかる. 77 確率過程論基礎 笠原 初到達時間の母関数と高次モーメント 初到達時間 T の確率母関数として次のものを定義する. ϕi (x) = E[z T |X0 = i] = ∞ ∑ z n Pr{T = n|X0 = i}, i≥1 n=0 また,以下のものを定義する. b = (p10 , p20 , . . .)⊤ ϕ(z) = (ϕ1 (z), ϕ2 (z), . . .)⊤ 定理 2.24 ベクトル ϕ(z) は次式を満たす最小の解である.z ∈ [0, 1] ϕ(z) = zb + zBϕ(z) (24) 78 確率過程論基礎 笠原 証明 ϕi (z) = = E[z T |X0 = i] ∞ ∑ E[z T |X0 = i, X1 = j] · Pr{X1 = j|X0 = i} j=0 = ∞ ∑ pij · E[z T |X0 = i, X1 = j] j=0 ここで事象 {X0 = i, X1 = 0} は T = 1 を意味することから E[z T |X0 = i, X1 = 0] = z また j ≥ 1 に対し,事象 {X0 = i, X1 = j} が起こった条件の下での T の分布 は,X0 = j から開始したという条件の下での 1 + T の分布と同一になることに 注意すると E[z T |X0 = i, X1 = j] = E[z 1+T |X0 = j] = zϕj (z) 79 確率過程論基礎 笠原 これら二つの結果から次式を得る. ϕi (z) = zpi0 + z ∞ ∑ pij · ϕj (z) j=1 上式を行列表現することで最終的に (24) 式を得る. 最小解であることは,定理 2.22 と同様の議論より証明される. 80
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