不安定性増す米金融市場 - 日本リサーチ総合研究所

No.65
リサーチ総研
金融経済レポート
金融経済レポート No.65
2014/8/18
不安定性増す
不安定性増す米金融市場
増す米金融市場
- 引き締め局面の相場高は期待薄か
日本リサーチ総合研究所
主任研究員
藤原 裕之
調査研究部
03-5216-7314
[email protected]
最近の市場の不安定性を地政学リスクだけで説明するのは無理がある。低ボラティリティ状態が長期化する中、進行
中のテーパリングとその先に控えている利上げに対する警戒感が根底にあるのは間違いない。
リーマンショック以降、米株価・社債市場を需給面から支えてきたのは海外マネーではなくQEを源泉とした国内マ
ネーである。テーパリングは 10 月に終了し、来年の利上げ時期が焦点となっている。通常、利上げ局面では長期金利
が先行して上昇しはじめ、それに伴って株価も下方調整されることが多い。例外は前回利上げ時(04 年 6 月開始)で
あり、利上げ局面の相場高をもたらしたのが海外マネーの大量流入にあった。今は当時のような大量の海外マネーの
純流入はみられない。米金融市場の好調さを支えてきたのがQEマネーであった点を考えると、少なくとも株式市場
において今はそれに代わる買いの主役が見当たらないため、金融市場の不安定性はしばらく続くだろう。
ただ今のところ金融市場の不安定性が実体経済を巻き込む混乱に発展する可能性は低いだろう。家計部門のバランス
シート調整が終了しつつあるなど、緩和マネーが信用バブルを生んだリーマンショック時とは状況は異なる。
不安定性高まる米金融市場
世界の金融市場はこれまで底堅く推移してきたが、7 月下旬頃から米株式・社債市場を中心に調整色が強まって
いる。
市場の不安感が高まり始めたのは、バーナンキFRB議長がQE3の縮小を発表した 2013 年 6 月にある。テー
パリングを織り込む形で米長期金利はほぼ2年ぶりの水準まで跳ね上がり、新興国の株式や通貨も大きく下落し
た。その後 2014 年に入って市場は落ち着きを取り戻す中、2000 年代半ばから 2007 年ごろまでのグレートモデ
レーション(超安定化)に戻りつつあるのではとの声も聞かれるようになった。そうした中、ウクライナ情勢の
緊迫化や米国のイラク空爆等で地政学リスク高まり、リスク回避志向が強まることで長期金利は低下、株価・社
債市場に調整圧力が起きている。
こうした市場の不安定性を地政学リスクだけで説明するのは無理がある。低ボラティリティ状態が長期化する
中、緩和縮小とその先に控えている利上げに対する警戒感が不安定性の根底にあるのは間違いないだろう。不安
定性の先に何が控えているのか、筆者は米国を巡るマネーフローに手掛かりがあると感じている。
米株式市場に
株式市場に海外マネー
海外マネーはあまり寄与せず
マネーはあまり寄与せず
–
支えてきたのはQEによる国内マネー
米国を巡る国際マネーフローの動きをみると、昨年以降、海外マネーの流入(ネット)が縮小傾向にある。リ
ーマンショック以降も海外マネーは安定的に流入してきたが、昨年 6 月のFOMCを機に流入は減少しかつ不安
定となった(図表1)。
リーマンショック以降の米国に対する海外マネーの動きでもっとも特徴的なのが、株式・社債市場、特に社債
を中心とするクレジット市場への流入が急減した点にある。流入の中心は米国債であった。リーマンショック前
は証券化商品を中心にして新たな金融商品が大量に供給されたが、それを吸収してきたのが海外マネーであった。
リーマンショック以降、社債に対する海外マネーは売り越し基調が定着し、株式への流入も縮小状態となった。
2010 年頃から社債市場は落ち着きを取り戻し、いわゆる「サーチ・フォー・イールド」を反映して信用スプレッ
ドが縮小する中、海外マネーもようやく買い越し状態となったが、買い越し額はリーマンショック前の水準の3
分の1程度にとどまる(図表2)。
(一社)日本リサーチ総合研究所
1
金融経済レポート No.65
図表1 米国を巡る対外資金流出入の推移
図表2 社債に対する資金流出入の推移
(億ドル)
(兆ドル)
2.0
5,000
米国マネー
外国マネー
ネット
4,000
家計
ETF
ミューチュアルファンド
1.5
M-MMF
海外
ネット計
3,000
1.0
資金流入
2,000
資金流入
0.5
1,000
0.0
0
-0.5
-1,000
-2,000
ⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣ
05
06
07
08
09
10
11
12
13
資金流出
資金流出
-1.0
14
(出所)米財務省
ⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣ
04
05
06
07
08
09
10
11
12
13
14
(出所) FRB
リーマンショック後に海外マネーが細る中で米株価を下支えしたのが、年金・ミューチュアルファンドといっ
た国内マネーの存在である。すなわち 08 年 11 月の
QE1から始まったFRBによる資金供給(QEマネ
ー)がこの間の米株価を押し上げる役割を果たしてき
たのは間違いない。QEマネーが直接的に影響を及ぼ
すのは米国債市場であるが、ポートフォリオ・リバラ
ンスや市場参加者の期待に働きかけるアナウンスメン
ト効果などを通じて株式市場に流れ込む好循環を生ん
図表3 マネタリーベースと株価の推移
(兆ドル)
マネタリーベース(左軸)
NYダウ(右軸)
4.5
18,000
4.0
16,000
3.5
14,000
3.0
12,000
10,000
2.5
8,000
だと考えらえる。08 年 11 月のQE1から積み上げら
2.0
れてきたマネタリーベースと米株価の動きは同じ歩調
1.5
で上昇を続けてきた(図表3)
1.0
6,000
0.5
4,000
2,000
04
05
06
07
08
09
10
11
12
13
0
14
(出所) FRB
テーパリング終了と利上げで何が起きるのか
テーパリング終了と利上げで何が起きるのか
–
05 年の再来は期待できず
~違いは海外マネーの大きさ
上記のように、海外マネーが細る中で米株価はQEマネーによって押し上げられてきた。しかしテーパリング
は 10 月にも終了し、来年の利上げ時期が議論される状況にある。米株価は量的緩和から緩和縮小・利上げ局面に
向かい、09 年から続いてきたマネタリーベースと株価の関係が崩れることで、株価下落が引き起こされるリスク
は否定できない。
通常、利上げ局面では長期金利が先行して上昇しはじめ、それに伴って株価も調整されることが多い。94 年の
利上げ時では長期金利が大幅に上昇し、99 年の利上げ時はITバブル崩壊のきっかけをつくった。これに対し、
04 年 6 月から始まった前回利上げ時は長期金利が横ばいで推移し、株価は最高値を更新し続けるという特異なケ
ースであった(図表4)。当時のFRB議長であったグリーンスパンに「謎(conundrum)」と言わしめた現象で
ある。期待インフレ率の低下など理由は様々論じられているが、おそらくもっとも大きな理由は需給面、すなわ
ち米国に対する海外マネーが利上げ後も大量に流入し続けたことにある。00 年代半ばから 07 年の資金流入の過
半を支えていたのが海外マネーであり、これが長期金利の上昇を抑制して株価を押し上げてきたと考えられる。
翻って今回も 04 年以降のような現象が起きる可能性はあるのだろうか。当時のように海外マネーの大量流入が
(一社)日本リサーチ総合研究所
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金融経済レポート No.65
図表4 FFレートと長期金利の推移
続いていていれば利上げフェーズでも金融市場の動
揺は避けられよう。しかし今は当時のような大量の
(%)
9
海外マネーの純流入はみられない。金融市場の好調
利上げ局面
年国債利回り
10
FFレート
8
さを支えてきたのがQEマネーであった点を考える
7
と、少なくとも株式市場において今はそれに代わる
6
買いの主役が見当たらない。QEマネーをバックに
5
株式市場の好需給をもたらしてきた企業の自社株買
4
いもテーパリング開始以降ペースが急減している。
3
2
社債市場の悪化を受けて自社株買いのための社債発
1
行が困難になっていることが背景にある。低格付け
0
社債に投資する投資信託からの資金流出も加速して
(出所) FRB
おり、QEマネー→社債による資金調達の増加→企
業の自社株買いの増加、という好循環はなくなりつ
つある。
実体経済に与える影響は比較的小さい
–
今後の焦点は、①金融市場の大調整は起きるか、②それによる実体経済への影響はどうか、にある。①につい
ては正直なところ未知数な面が多い。上記のように、マネーフローの状況をみると金融市場の不安定性は確実に
増している。ウクライナ情勢等の地政学リスクや社債スプレッドの拡大など懸念材料は尽きない。もっとも今は
リーマンショック前のような信用バブルの状態にあるとは言えない。当時は証券化商品を中心に新たな金融商品
が大量に供給され、クレジット・金利市場双方でレバレッジが一段と拡大した。しかし現在は前回危機時に問題
となった複数の証券化商品を再証券化したCDO(債務担保証券)の発行はなお低水準にある。
さらに重要な点は家計部門のバランスシートにある。米家計のバランスシート調整はリーマンショックから6
年を経てようやく終了局面にきており、リーマンショック前のような過大な負債を抱えている状態ではない。最
近は消費者ローンに増加の兆しが出ているが、住宅ローンは依然として返済超の状態にある(図表5)。現状、米
国経済は実体経済を巻き込んだ信用バブルの状態とは言えず、②の実体経済に与える影響もリーマンショックの
ような大混乱となる可能性は低いだろう。
図表5 米家計部門の借入・返済の推移
(兆ドル)
16.0
14.0
消費者信用
住宅ローン
12.0
10.0
8.0
借入超
6.0
4.0
2.0
0.0
-2.0
-4.0
-6.0
ⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣ
03
04
05
06
07
08
09
10
11
12
13
返済超
14
(出所) FRB
(一社)日本リサーチ総合研究所
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