東アジアは安定化するか - 三井物産戦略研究所

図表 3. 2014 年の東アジア関連の主な出来事
東アジアは安定化するか
三井物産戦略研究所
アジア室
岸田英明
Sep. 2014
3.2%
18.7%
出所:両国政府統計、対外純資産は IMF、軍事支出は SIPRI
図表 2. 各国の貿易、訪問外国人に占める中国の比率(2013 年)
日本
米国
韓国
北朝鮮
台湾
貿易全体に占める
対中貿易の比率
20.2%
14.4%
21.2%
89.1%
21.8%
訪問外国人に占める
中国人の比率
12.6%
2.5%
35.5%
─
35.8%
出所:各国政府統計、北朝鮮は KOTRA
などの難しい問題で歩み寄りができるほどには成熟して
いない。 米国は今後、 成長を続ける中国に対し、 「関
与と牽制」 のいずれをも強めていくことになろう。
日本―中国との安保対立は長期化
中国にとって日本は、 ①米国のアジアで最も重要な
同盟国であり、 ②中国のアジア戦略に唯一対抗し得る
国力を備えた同じアジアの国であり、 また、 ③共産党の
統治の正統性 (=戦前の抗日) の根にある仇敵という、
強い政治的な意味合いを持つ。 経済パートナーとして
の日本の価値は、 GDP 規模で日本を凌駕したという自
信も手伝って、 相対的に低下している。 こうした対日認
識が、 強気の対日姿勢を生んでいる。 日本の対中外
交のスタンスは、 領土 ・ 歴史問題の影響を極力排除し、
経済やその他の政府間協力を拡大させたい、 というもの
であるが、習政権は関係改善の条件─日本による 「領
土問題の存在承認 (その上で問題を 「棚上げ」)」 と 「首
相の靖国不参拝確約」 ─にこだわり、 さらに 2015 年
の 「反ファシズム戦争勝利 70 周年」 に向けて対日批
判のトーンを強めているのが現状だ。 今後安倍政権の
姿勢変化や中国の内政安定化などの条件がそろえば、
首脳会談が実現し、 政治関係が一定の間、 小康状態
に入る可能性はある。 ただ日本は今後、 米国のアジア
戦略の主要なパートナーとして、 ともに対中牽制を強め
ていくと考えられることから、 中国との安全保障上の対
立は長期化する可能性が高い。
韓国―行き詰まる「米中等距離外交」
韓国も米国の同盟国であるが、 中国は韓国を、 「経
済関係の強化」 や 「北朝鮮問題での協力」、 「歴史問
題での対日共闘」 などのカードを用いて、 自国の強い
影響下に置くことができる国と見ている。 一方韓国にとっ
て中国は、 最大の経済パートナーとして、 かつ、 北朝
鮮に対して決定的な影響力を持つ隣国として、 米国と
並び、 最も重要な外交相手に浮上している。 習 - 朴槿
恵両政権下で両国は急速に接近した。 習主席は 2014
年 7 月の訪韓時に 「苛酷な抗日戦争時に両国人民は
支え合った」 と述べ、 これまで抗日の歴史をもって 「朝
鮮半島唯一の合法政権」 を標榜してきた北朝鮮の面
子をつぶし、 韓国を持ち上げた。 首脳会談では中韓
FTA の年内妥結の目標も合意された。一方韓国では「過
度の対中接近は韓米同盟の弱体化を生む」 という懸念
が広がりつつある。 例えば中国が主導するアジアインフ
ラ投資銀行をめぐり、 米国は韓国に不参加を呼びかけ
ており、 韓国は米中の板挟みに遭っている。 朴政権は
これまで 「米中等距離外交」 を志向してきたが、 その
舵取りは次第に困難さを増してきている。
北朝鮮―核開発路線の転換めぐり岐路に
中国にとって北朝鮮は唯一の軍事同盟国であり、 在
韓米軍に対する緩衝国であるという特殊な利害関係を
持つ。 中国の近年の対北政策は、 ①政権の安定化が
第一であり、 そのために必要な支援を行う一方で、 ②
核兵器開発には反対する、 という 2 点を基調としてきた。
2011 年 12 月に誕生した金正恩政権は、 このいずれに
も問題を抱えていた。 特に胡錦濤政権から習政権への
移行期であった 2013 年 2 月に核実験を行ったこと、 同
年 12 月に中国が対北外交における北朝鮮側のキーマ
ンと位置付けていた張成沢国防委員会副委員長を処刑
したことは、 中国の対北不信感を決定的にさせた。 一
方金正恩政権から見ると、 先代の遺志であり、 「主体
(チュチェ) 思想」 に基づく国家建設に不可欠である核
開発に反対し、 韓国と手を握る中国は 「裏切り者」 (北
朝鮮の士官学校 ・ 姜健総合軍官学校に掲げられたス
ローガン) と映る。 中国は毎年 50 万トンの原油を北朝
鮮に供与してきたが、 2014 年 1-6 月は輸出を止めてい
る模様だ。 拉致被害者調査を柱とする日朝間の 「ストッ
クホルム合意」 (2014 年 5 月) は、 経済的に困窮した
北朝鮮が日本に近づくなかで実現した可能性が高い。
ただし日本が北朝鮮の核開発を看過して大規模な支援
を行う可能性は低く、 北朝鮮は核開発路線と対外政策
の調整をめぐり、 大きな岐路に立っている。
733
中国は米国を、 経済 ・ 技術 ・ 文化 ・ 軍事などが最
も発達した大国と評価し、 中国の海洋戦略や台湾問題
における最大の障害と見る一方で、 協力を通じて得ら
れる利益も多い最大の利害関係国だと見ている。 習政
権は米国に対し、協調を基調とする 「新型の大国関係」
構築を提唱、中国を米国と 「対等な大国」 と位置付け、
中国の国益や発展モデルの尊重を求めている。 一方
米国にとって中国は、 自身が主導して築いてきた地域・
世界秩序に対する挑戦者だと映るが、 同時に世界最大
の潜在市場として、 またエネルギーや気候変動などの
世界的な問題に大きな責任を持つ国として、 協力が不
可欠な外交相手でもある。 習政権下の中国は東シナ海
や南シナ海での活動を活発化させながら、 上海協力機
構やアジア相互協力信頼醸成措置会議、 アジアインフ
ラ投資銀行 (設置準備中) などを通じて、 米国の影響
力を排除したアジア政治 ・ 経済 ・ 金融秩序を築こうとし
ている。 オバマ政権はこれに対抗して、 アジア太平洋
の同盟国との関係強化を図っている (一部の中国人ア
ナリストはこれを 「アジア版 NATO 結成に向けた動き」
と警戒している)。 両国はこうした対立の解決が困難で
あることを認めつつ、 「米中戦略 ・ 経済対話」 などの枠
組みを通じて、 危機管理のためのメカニズム作りと共通
利益の模索を進めている。 これまでに多分野で協力を
拡大 ・ 深化させてきたが、 その関係は海洋秩序や人権
中国
13.5 億人
964 万 km 2
9.1 兆ドル
4.2 兆ドル
4.0 兆ドル
2.0 兆ドル
1,880 億ドル
10.2%
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米国―中国に対する「関与と牽制」ともに強化
米国
3.1 億人
962 万 km 2
16.7 兆ドル
3.9 兆ドル
0.1 兆ドル
▲ 4.5 兆ドル
6,400 億ドル
1.5%
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図表 1. 米国と中国の各種指標比較(2013 年)
2014 年という年は将来、 米国抜きのアジア秩序形成
を図る中国と、 アジア太平洋重視 (リバランス) を唱え
る米国との対立構造が鮮明化した 1 年だった、 と評価
されるようになるだろう。 1970 年代以降の改革開放で再
興を果たした 「古くて新しい大国」 と、 20 世紀以降の
世界秩序をリードしてきた 「新しくて古い大国」 ─こ
の両大国の対立を軸に、 東アジアの国際関係が揺らい
でいる。
中国の習近平政権は 「海洋強国」 や 「中華民族の
偉大な復興」、 「アジア新安全保障観 (=アジアの安
全はアジアの国々で築く)」 といった民族色、 アジア主
義色の強いビジョンを唱えている。 これらのビジョンに推
進力を与えているのが、 同国の近年の急速な経済的 ・
軍事的伸長である。 中国はその軍事支出が 2008 年、
GDP が 2010 年にそれぞれ世界第 2 位に、 貿易額が
2013 年に米国を抜き第 1 位となった (図表 1)。 この
間、 周辺国の間では中国との経済関係の比重が大きく
高まった (図表 2)。
本稿は、 台頭する中国と、 米国および周辺 4 カ国 ・
地域 (日本、 韓国、 北朝鮮、 台湾) との関係を整理し、
東アジアの今後を展望する上で鍵となる視点を提供す
ることを目的としている。
韓国の求めに応じ、中国が「安重根義士記念館」を
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オープン(中国・ハルビン)
2 月 史上初の中台・両岸関係事務担当閣僚会談(中国・南京)
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台湾学生による立法院占拠(台北)
3 月 中韓首脳会談(オランダ・ハーグ)
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日米韓首脳会談(同上)
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日米首脳会談(東京):オバマ大統領「尖閣は日米
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4 月 安保条約の適用対象」
米韓首脳会談(ソウル):日米韓の情報交換が重要
との認識で一致
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米司法当局が中国人民解放軍将校ら 5 人を米企業に
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対するハッキング容疑で訴追
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「アジア相互協力信頼醸成措置会議」が開かれ、
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5 月 海宣言」を採択(中国・上海)
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日中中間線上空で自衛隊機と中国軍機が異常接近
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日朝協議で拉致被害者等の全面調査の実施に合意
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(ストックホルム)
2 度目の中台・両岸関係事務担当閣僚会談(台北)
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6 月 米ハワイ沖で第 24 回環太平洋合同演習(リムパック) ࢜ࣂ࣐኱⤫㡿эᨭᣢࠕḼ㏄ࡋࠊᨭᣢࡍࡿࠖ㸦᭶᪥㸸᪥⡿㤳⬻఍ㄯᚋࡢ఍ぢ࡛㸧
開始。中国海軍が初参加
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中韓首脳会談(ソウル):中国首脳が北朝鮮指導者と
7 月 会談するより先に訪韓するのは初めて
第 6 回米中戦略・経済対話(北京)
台湾―対中協議のモメンタムが低下
11 月 APEC 首脳会談、米中首脳会談、日中首脳会談(?)、
(予定)日韓首脳会談(?)
(北京)
中国にとって台湾は 「不可分の領土=核心的利益」
1月
̶台頭する中国と向き合う米国および周辺 4 カ国・地域̶
人口
面積
GDP
貿易額
外貨準備高
対外純資産
軍事支出
実質 GDP 成長率
(2004 ~ 2013 年平均)
軍事支出伸び率(同上)
図表 4. 東アジアの国際情勢:軍事同盟および FTA 締結の状況
である。 一方台湾にとって中国は最大の経済パートナー
であるが、 安全保障上の最大の脅威でもある。 また外
交上のボトルネックともなっており、台湾は中国の 「理解」
がなければ、 第三国と経済協定を交わしたり、 国際機
関へ参加するのが困難な状況に置かれている。 2008 年
に発足した馬英九政権は、 規制だらけであった中国と
の経済関係を劇的に自由化させたが、 急速な対中接近
は、 特に若年層の反発を招き、 2014 年 3 月には 「両
岸サービス貿易協定」 の批准に反対する学生たちが立
法院 (国会) を占拠する事態を生んだ (ヒマワリ学生運
動)。 経済協議を加速させて政治協議の実施へ弾みを、
という中国の狙いは不透明さを増している。 2014 年 2 月
には中国 ・ 南京で初の中台 ・ 両岸関係事務担当閣僚
同士の会談が実現、 6 月には台湾で 2 度目の会談が
行われたが、 中国側の張志軍 ・ 国務院台湾事務弁公
室主任が台湾民衆の激しい抗議に遭い、 中台首脳会
談などの敏感な議題には踏み込めなかった。 馬総統の
任期が 2016 年 5 月に迫り、支持率の低迷が続くなか、「両
岸平和協定」 の締結などを目指す政治協議の実施は、
次期政権以降の課題となる公算が高まっている。
求められる危機管理メカニズムの整備
東アジア情勢は今、 アジア戦略をめぐる米中対立を
軸に、 中韓の接近と中朝の離反、 日朝交渉の進展、
日本の防衛戦略シフトなどの様々なファクターが絡み合
い、 不安定化している。 情勢変化を占う上で注目すべ
きは朝鮮半島の 2 カ国だといえる。 米国のアジア戦略
に対する日本の立場は明確であるし、 台湾は対中関係
上、 敢えて立場を示すことはないが、 同じく米国のアジ
アリバランスを支持している。 一方、 北朝鮮は核問題で
譲歩さえできれば外交オプションが大きく広がるし、 韓
国はなお米中の狭間で揺れており、 それぞれ立場が定
まっていない。 長期的に見ても、 東アジアの緊張を解
消することは困難だ。 しかし、 緊張の緩和やコントロー
ルであれば、 外交的手段によって達成することが可能
だ。 各プレーヤーは域内国 ・ 地域間の対話パイプを拡
充するとともに、 偶発的衝突を防ぐための軍事情報交
換などの危機管理メカニズムを早期に築く必要がある。
Sep. 2014