ATP(adenosine triphosphate) ① ATP + H2O → ADP + Pi(無機

呼吸
田中健一
■ATP(adenosine triphosphate)
ATPはアデノシンにリン酸が3個結合したリン酸化合物である。端の2個のリン酸間には大量の結合
エネルギーが含まれている。これを高エネルギーリン酸結合という。
①
②
ATP
ATP
+
+
H 2O
H 2O
→
ADP
+
Pi(無機リン酸)
→
AMP
+
PPi(ピロリン酸)
+
7.3kcal(31KJ)
+
10.9Kcal(46KJ)
細胞呼吸で起こるのは①とその逆反応である。②はDNA合成時などに起きる。
無機リン酸とはリン酸イオン(PO43-)の水溶液のことで、単にリン酸と呼ぶこともある。ピロリン酸
は二リン酸イオン(P2O74-)のことで、この二リン酸は以下の反応ですぐ加水分解されるので、DN
A合成は不可逆反応となる。
P2O74-
+ H2O →
2HPO42-
なお、ADPがAMPになるときに発するエネルギーは 6.5kcal/mol で、AMPがアデノシンになると
きに発するエネルギーは 2.2kcal/mol である。
□アセチルCoA(Acetyl-CoA,活性酢酸)
クエン酸回路で消費される有機化合物。補酵素
A(CoA、コエンザイムA)の末端のチオール
基(―SH基)が酢酸とチオエステル結合(R
-CO-S-R’)したもの。なお、補酵素A
はADPとパンテトン酸(ビタミンB5)と2-
チオキシエタンアミンからできている。ビタミンB5のパンテトン酸はよほどの偏食をしない限りまず不
足しない。
■呼吸
呼吸は大きく、外呼吸と内呼吸(細胞呼吸)に分けられ、内呼吸はさらに好気呼吸と嫌気呼吸に分けら
れる。なお、内呼吸を好気呼吸の意味で使うこともよくある。
□外呼吸……多細胞生命体が外界から酸素を取り入れ、体内で消費して二酸化炭素を放出すること。
□内呼吸……生物の組織や細胞が酸化還元反応を行い、エネルギーを獲得すること。
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呼吸
田中健一
○好気呼吸……有機物を完全に無機物まで分解する呼吸で、酸素を使う。ATPの生産効率が高い。
○嫌気呼吸……有機物を完全に無機物にまで分解しない呼吸で、酸素を使わない。ATPの生産効率が
低い。細胞質基質で行われる。発酵・腐敗は嫌気呼吸である。グルコースの高い結合エネルギーを生物
が使いやすい形に変換する代謝過程(解糖系)。
□嫌気呼吸
○乳酸発酵……1分子のグルコースを基質として分解し、2分子の乳酸と2分子のATPを作る反応。
・C6H12O6 → 2C3H6O3 + 2ATP
1分子のグルコースは2分子の
ピルビン酸に分解され、この間に
二つのATPが生成される。この
とき脱水素酵素の働きで四つ水
素原子が生じていて、これが二つ
のNAD+と結合し、NAD・2
[H]となる。ピルビン酸はさらに
NAD・2[H]の水素を使って、
乳酸となる。
○アルコール発酵……1分子のグルコースを基質として分解し、2分子のエタノールと2分子の二酸
化炭素と2分子のATPを作る反応。
・C6H12O6
→
2C2H5OH
+
2CO2
+
2ATP
1分子のグルコースが2
分子のピルビン酸に分解
されるまでは乳酸発酵と
同じ。その後、脱炭酸酵
素によって二酸化炭素を
生じ、アセトアルデヒド
になる。アセトアルデヒ
ドは解糖系(グルコースからピルビン酸が生じる反応)で生じたNAD・2[H]によって還元され、エ
タノールとなる。
○酢酸発酵……酢酸菌が行う発酵で、アルコール発酵でできたエタノールを基質として、酸素を使って
酸化し、酢酸を作る反応。
・C2H5OH
+
O2
→
CH3COOH
+
H 2O
酢酸発酵は酸素を使う反応であるため、酸化発酵と呼ばれる。酸素を使う反応とはいえ、反応が起こる
のは細胞質基質であり、使われる酸素の量は好気呼吸よりも遥かに少ない(基質がC02とH2Oまで分
解されないため)。よって、酢酸発酵も嫌気呼吸の一つである。
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○解糖……起こっている反応は乳酸発酵と同じである。1分子
のグルコースから2分子の乳酸と2分子のATPを作る。乳酸発
酵との違いは、乳酸菌によらないことにある。コリ回路(乳酸回
路)という反応経路をとる。
・筋肉による解糖
筋肉による解糖の基質はグルコースと、筋肉細胞内の貯蔵養分で
あるグリコーゲンとなる。なお、グリコーゲンは右のようにα-
グルコースがグリコシド結合によって重合し、枝分かれが非常に
多い構造になった高分子である。
①グルコースを基質としたとき
乳酸発酵と全く同じなので、2分子のATPを生産。
②グリコーゲンを基質としたとき
グリコーゲンから分解されてできたグルコースは 1 分子のリン
酸が付加されているので、1分子のATPを使って、4分子のATPが作られる。したがって、差し引
き3分子のATPが生産される。
・乳酸(CH3ーCH(OH)ーCOOH)……筋肉の収縮を妨げる疲労物質。細胞内で次のよう
に処理される。
①乳酸の約5分の1は休息することで酸素が十分に送られると、脱水素反応を受けてピルビン酸(CH3
-CO-COOH)に戻り、ミトコンドリアに入って、好気呼吸に使われる。
②乳酸の約5分の4は乳酸発酵と逆の反応(糖新生)をたどり、グリコーゲン合成酵素によってグリコ
ーゲンに再合成される。この糖新生はコリ回路の一部である。
□腐敗……微生物が酸素を使わずにタンパク質などの有機物を分解し、人間にとって有害な物質をつく
る現象。発酵も微生物の作用による分解であるので、腐敗と発酵の違いは厳密に定義できない。人間に
とって有害なものを腐敗、有益なものを発酵と呼んでいるにすぎない。
□好気呼吸……有機物を少しずつ分解していく三つの反応系からなる。
1、解糖系……1 分子のグルコースが2分子のピルビン酸にまで分解され、2ATPを生産する過程。
細胞質基質で行われる。解糖では2分子の乳酸ができるまで反応が進むので、その点が異なる。
2、クエン酸回路(TCA回路)……解糖系でできたピ
ルビン酸が二酸化炭素と水素に分解され、2ATPを生産す
る過程。ミトコンドリアのマトリックス内で行われる。
3、電子伝達系(酸化的リン酸化)……クエン酸回路
でできた水素原子がH+とe-に分かれ、そのe-だけを電子
伝達物質が受け渡しして、34ATPを生産する過程。ミトコンドリアの内膜(クリステを含む)で行
われる。電子と水素イオンは最終的に酸素と結びついて、水になる。
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●解糖系
①ATPによるリン酸化
グルコースはそのままでは安定な物質なので、2分子のATPによってグルコースをリン酸化し、化学
反応を起こしやすくする。このとき、フルクトース 1,6-ビスリン酸ができる。
②2ピルビン酸の生成、4ATPと2NAD・2[H]の生産
・解糖系では、グルコース1分子当たり差し引き2分子のATPが生産される。同時に、2分子のNA
D・2[H]と2分子のピルビン酸(CH3-CO-COOH)がつくられる。
・細胞質基質で行われる。
・解糖系は好気呼吸の一部であるが、酸素を必要としない嫌気呼吸の一部でもある。
・C6H12O6
→
2C3H4O3
+
4[H]
+
2ATP
●クエン酸回路(TCA回路、クレブス回路)
①ピルビン酸からアセチルCoAまで
・ピルビン酸(C 3)は脱水素酵素(dehydrogenase)のはたらきで水素原子2個を失い、脱炭酸酵素
(decarboxylase)のはたらきで二酸化炭素を放出し、アセチルCoA(アセチル基はC2)になる。こ
こではずされた2HはNAD+に渡されて、NAD・2[H]となり、電子伝達系で使われる。CO2は細
胞外に放出される。
・この反応はミトコンドリアのマトリックスで起きるが、狭義のクエン酸回路ではない。
・ピルビン酸+NAD++CoA
→
アセチルCoA+NAD・2[H]+CO2
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②アセチルCoAのアセチル基(C2)とオキサロ酢酸(C4)が結合してクエン酸(C6)と補酵素Aと
なる。
③脱水素反応、脱炭酸反応、水の転化などを受けながら、クエン酸(C6)→ケトグルタル酸(C5)→
コハク酸(C4)→フマル酸(C4)→リンゴ酸(C4)→オキサロ酢酸(C4)と変化していく。コハク
酸から脱水素されて生じた水素はFADに預けられるが、それ以外の水素はNADに預けられる。
④オキサロ酢酸は新しく入ってきたアセチルCoAと結合して、再びクエン酸回路経路をたどる。
・2C3H4O3
+
6H2O
→
6CO2
+
20[H]
+
2ATP
・2分子のピルビン酸がアセチルCoAを経てクエン酸回路に入り、6分子の水が添加され、6分子の
二酸化炭素と20原子の水素とに分解され、2分子のATPがつくられる。
・これはミトコンドリアのマトリックスで行われるが、まだ酸素は使われていない。
●電子伝達系(酸化的リン酸化)
・シトクロム(cytochrome)類……鉄を含む色素ヘムとアミノ酸が 100
個以上つらなったタンパク質からなる。チトクロム、サイトクロムとも
書かれる。右はシトクロムP450の立体構造の図である。
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呼吸
田中健一
①NAD・2[H]からFADへ水素原子を渡す
解糖系やクエン酸回路ではずされた水素原子は主にNAD+と結合して、NAD・2[H]となっているの
で、その水素原子をFADに渡す。このときNAD・2[H]1分子に対して、ATPが1分子生産され
る。
②FADH2からシトクロム類へ電子を渡す
水素を受け取ったFADH2の水素原子は次のシトクロムbに移るとき
にH+とe-に分離する。そして、e-だけがシトクロム類の分子の中に
含まれるFeをFe3+とFe2+とに交互に変換させながら、シトクロ
ムb→シトクロムc→シトクロム a へと受け渡されていく。このとき、
FADH21分子につき、ATPが1分子生産される。
③水の合成
シトクロム a に受け渡された電子は、外呼吸によって取り入れられた酸素に渡されO2-となる。この酸
素イオンが上の②で水素原子から分離された水素イオンと結合して水ができる。このとき、ATPが1
分子生産される。
・2H+
+
O2-
→
H 2O
+
3ATP(2ATP)
・電子伝達系でのATP生産量
NAD・2[H]を起点とした場合は3ATP、FADH2を起点とした場合は2ATPとなる。電子伝達
系全体では以下のようになる。
・24[H]
+
6O2
→
12H2O
+34ATP
○クエン酸回路で酸素は使われていないと上に書いたが、電子伝達系で酸素が消費されないとすると、
クエン酸回路で生じるNAD・2[H]またはFADH2の水素も消費されない。このため、酸素がなけれ
ばクエン酸回路は停止してしまう。一方、解糖系で生じるNAD・2[H]の水素はピルビン酸やアセト
アルデヒドの還元に消費されるので、解糖系は酸素がなくても行われ続ける。
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・呼吸鎖複合体とATP合成酵素
電子伝達系はミトコンドリア内膜にある四つの酵素複合体と一つのATP合成酵素によって引き起こさ
れる。シトクロムはそれぞれの複合体の一部として存在している。
このうち複合体ⅠとⅢとⅣはプロトン(水素イオン)をマトリックスか
ら膜間へ輸送している。このため、膜間とマトリックスの間に電気化学
的プロトン勾配が生じる。この勾配を利用してATPが合成されること
は化学浸透説と呼ばれる。複合体Ⅰにフラビン酵素のFMNが含まれて
いる。複合体ⅠとⅢ、ⅡとⅢの間で電子伝達を仲介しているのはユビキ
ノンと呼ばれる有機物である。ユビキノンは補酵素Q(CoQ)、ビタミンQとも呼ばれる。特に高等生
物のユビキノンはイソプレン基が10個あるので、コエンザイムQ10との別名を持つ。
○好気呼吸の一般式
・C6H12O6 + 6O2
+
6H2O
→
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6CO2
+
12H2O
+
38ATP
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■脂肪を基質とする呼吸
脂肪は脂肪酸とグリセリンに分解されてから、呼吸基質として使われる。
○脂肪酸……脂肪酸と補酵素Aのチオエステルである脂肪酸アシルCoA(fatty acyl-CoA)になる。
そこから分子鎖の端の方から炭素2個ずつが切り離され、一つずつアセチルCoAになる。なお、脂肪
酸からアセチルCoAを生じる代謝経路はβ酸化と呼ばれ、ミトコンドリアのマトリックス内で起こる。
アセチルCoAになった後は、クエン酸回路、電気伝達系へと進む。
○グリセリン……ATPによるリン酸化を受けてリングリセリン酸となって、解糖系の途中から入る。
■タンパク質を基質とする呼吸
タンパク質は消化液によってアミノ酸に分解される。その後、脱アミノ作用によってアミノ酸からアミ
ノ基(-NH2)が切り離されて、アミノ酸の種類に応じた各種の有機酸(ピルビン酸、アセチルCoA、
ケトグルタル酸、オキサロ酢酸)ができ、解糖系やクエン酸回路の途中から入る。
◇コリ回路(Coli cycle)
嫌気呼吸の過程において筋肉でグルコース
(glucose)から乳酸(lactate, lactic acid)
を作り、糖新生の過程において肝臓で乳酸か
らグルコースに戻すまでの経路のこと。なお、
ピルビン酸(pyruvate, pyruvic acid)を乳酸
に、乳酸をピルビン酸に化学変化させるため
には、ともに乳酸脱水素酵素(LDH, lactic
dehydrogenase)が必要である。嫌気呼吸(解
糖)では2ATPが生成し、糖新生では6ATPが消費されるので、コリ回路では1回あたり4ATP
が減少している。つまり、コリ回路はエネルギー消費系である。
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