道徳の時間における問題解決的な学習の在り方 森 美香(千葉市立鶴沢小学校) 〔研修先 千葉大学教育学部〕 道徳の教科化が決定し、道徳教育が今まで以上に重視され、児童がよりよく生きるための基盤となる力を育み、道徳的 実践に結び付く指導が急務となっている。平成 26 年 10 月の中央教育審議会答申では、道徳の時間における指導方法はこ れまで心情追求に偏っていたなど多くの課題が指摘された。 本研究では、道徳的実践力の育成を目的として、道徳の時間において吟味した資料を活用して授業実践を行って検証し、 問題解決的な学習の指導過程を提案するものである。実践授業では、資料は児童にとって身近な素材を扱い、問題場面ま でを区切って提示し、6段階(①資料への導入②資料を途中で切って活用③問題場面の発見と道徳的問題の把握④問題解決 ⑤問題解決策の吟味⑥振り返り)の問題解決的な学習の指導過程を用いた。研究のまとめとして、問題解決に沿ったワーク シートの形式を工夫し、意思決定場面を設定することで道徳的心情、道徳的判断力、道徳的実践意欲と態度を育むことが でき、道徳的実践力を高める指導として有効であることがわかった。 1 問題の所在 において考えると、授業の中で主題となる道徳的 社会の変化が激しい昨今、児童の規範意識の低 価値の自覚を高め、道徳的実践力を育むことが重 下や社会性の欠如等が大きな教育課題となってい 要になる。今まで道徳の授業といえば、資料は多 る。平成 25 年に「いじめ防止対策推進法」が定め 様化してきているものの、資料の中の登場人物の られた。道徳教育の重要性が叫ばれる中、児童が 気持ちの変化を追う心情追求型の指導方法が多か 直面する様々な場面で何が問題かを見極め、自分 った。それに比べて、問題解決的な学習では、資 はどうすればよいかを判断し行動できるように一 料の中の道徳的問題を自ら発見し、それを解決す 人一人が問題を解決する力が必要となると考える。 るために主体的に考えることができる。また、問 「21 世紀を拓く」では、千葉市の道徳の時間の 題解決の過程で一人一人がじっくりと考えた上で 目標について、 「各教科における道徳教育と密接な 話し合いながら解決策を模索することで、道徳的 関連を図りながら、計画的、発展的な指導によっ 実践を促す判断力を培うことができる。 てこれを補充、深化、統合し、道徳的価値の自覚 そこで、道徳的実践力を育む指導方法の一考察 及び自己(それを基づいた人間として)の生き方 として、道徳教育における問題解決的な学習を取 についての考え(自覚)を深め、道徳的実践力を り上げる。しかし、解決方法や具体策の話合いに 育成する授業の工夫改善に努める。 」とあり、道徳 終始したり、学級活動との区別がつかないなどの 的実践力の育成が重視されている。 課題もある。問題解決的な学習に活用する資料の 平成 25 年度に行われた千葉市の学力状況調査・ 吟味や、児童自らが何を学んでいるのかがわかる 意識調査の結果から、児童の実態として、学校生 ような問題把握が重要となる。また、学んだこと 活に対する意識(熱心に掃除をする。時間を守る。 を振り返り、自ら考えを深めることができるよう 係活動に責任を持つなど)は、二極化の傾向があ にすることができる場の設定や適切な指導方法を る。本校でも、道徳性に関する意識の低い児童が、 模索する必要がある。 それを高め、さらに行動につながるように道徳の 2 時間の指導過程の工夫が必要だと感じる。 (1)研究の目的 研究の目的・研究方法 道徳教育においては、道徳的実践に結び付くよ 児童の道徳的実践力を育成するために、道徳の うな指導が急務といえる。どのような道徳教育が 時間における問題解決的な学習の指導方法を開発 必要となるのか、道徳教育の要となる道徳の時間 し、その有効性を明らかにする。 森―1 (2)研究の方法 も見られた。しかしそれに伴って、これらの実践 ①研究主題に関する基礎的理論研究 への批判も顕著に見られるようになっていった。 ア 道徳的実践力 例えば、問題の解決策や立場の選択に終始して価 ウ 児童の実態調査や教員の実態把握 イ 問題解決的な学習 値について深く考えていない、実践への意欲付け ②検証授業の計画・実施 が性急な行動化につながる学級活動との区別がつ ③検証授業の分析及び考察 かない等である。これらの批判の中で、問題解決 研究の視点Ⅰ 問題解決的な学習に適した資料の分析 的な学習は価値について内面的に深めさせること ⅰ資料分析の方法 ⅱ自作資料の開発 ができない授業という見方が定着してしまったよ 研究の視点Ⅱ 問題解決的な学習の指導過程の工夫 ⅰ問題発見と把握 ⅱワークシートによる問題解決 うに思われる。道徳授業では、問題解決的な学習 ⅲ解決策の吟味 ⅳシミュレーション は、 「道徳の時間」創設期の実践以後、一部の先進 ④実践後の児童の変容の分析及び考察 的な試み(荻原・清水 1999、柳沼 2006)を除き、 3 殆ど実践されていないと西野(2014)は述べている。 研究内容 (1)研究主題に関する基礎的理論研究 そこで、本研究では、問題発見し、解決にいた ①道徳的実践力について るまでの指導過程の在り方を提案していきたい。 「小学校学習指導要領解説 道徳編」では、 「道 イ 徳的実践は、内面的な道徳的実践力が基盤になけ 問題解決的な学習の必要性 道徳教育が今まで以上に重視され、児童がより ればならない。道徳的実践力が育つことによって、 よく生きるための基盤となる力を育むことが重要 より確かな道徳的実践ができるものであり、その となり、道徳的実践に結び付くような指導が必要 ような道徳的実践を繰り返すことによって、道徳 となる。平成 26 年 10 月の中央教育審議会答申で、 的実践力も強められるものである。 」と述べている。 道徳の時間における指導方法は、これまで「読み また、道徳的実践力とは、 「人間としてよりよく生 物の登場人物の心情のみに偏った形式的な指導が きていく力であり、一人一人の児童が道徳的価値 行われる例があること」など多くの課題を指摘し の自覚及び自己の生き方についての考えを深め、 た。 「『特別の教科 道徳』 (仮称)において、道徳 将来出会うであろう様々な場面、状況においても、 的習慣や道徳的行為に関する指導、問題解決的な 道徳的価値を実現するための適切な行為を主体的 学習や体験的な学習、役割演技やコミュニケーシ に選択し、実現することができるような内面的資 ョンにかかわる具体的な動作や所作の在り方に関 質を意味している。それは、主として、道徳的心 する学習」など多様で効果的な指導方法を積極的 情、道徳的判断力、道徳的実践意欲と態度を包括 に取り入れる重要性を示している。 するものである。 」としている。 そこで、道徳の時間に問題解決的な学習の指導 つまり、道徳の時間において道徳的実践力を育 方法を取り入れることで、児童が道徳的問題につ 成し、道徳的実践につながるよう指導方法を工夫 いて自分の経験と結び付けたり、 「もし自分だった しなければならない。 ら」と自分のこととして考えたりすることで解決 ②問題解決的な学習について 方法を模索するようになるだろう。具体的な場面 ア での問題解決について多角的にとらえ思考を深め 問題解決的な学習の変遷 昭和 40 年代前後、道徳授業の指導過程論が創設 れば、道徳的判断力や道徳的実践意欲と態度を育 期の生活主義から価値主義へと転換しつつある中 み、道徳的実践力を高めると考える。 で、問題解決的な学習の理念を生かしつつ価値主 ウ 義に立脚した指導過程が提起され、実践の広がり 森―2 道徳の時間における問題解決的な学習 多くの研究者、実践家が取り組んできた問題解 決を重視した道徳授業について、柳沼(2006)は 「問題解決型の道徳授業」と命名した。その特徴 ⅰどのような素材か。 (登場人物・場面が身近な日常生活かなど) ⅱどのような内容か。 (葛藤があるか) ⅲどのような結末か。 (答えが示されているか)(岡田 2011) については、 「子どもが自ら道徳的問題の状況を分 ※内容に葛藤がある場合、以下の項目(柳沼 2006)を分析 析し、登場人物の考えや心情を思いやり、実際に ⅳ資料にどのような問題が含まれているかを分析する。 道徳的行為をした場合の結果を予想するため、子 ⅴ問題に含まれる価値を抽出する。 ⅵ問題の対立点(コンフリクト)を分析する。 どもの日常的な道徳的実践にも結び付けやすい。」 ⅶ解決策を分析する。 としている。 「問題解決型の道徳授業」では、道徳 ③児童の実態調査や教員の実態把握 的な問題状況における登場人物の心情をじっくり ア と把握した上で、それではどうすれば具体的に解 調査日時:平成 26 年7月 決できるかを主体的に考え、自律的に価値を判断 調査対象:千葉市立鶴沢小学校第3学年 62 人 することになる。さらに事前・事後の教育活動に 調査方法:記名式、アンケート方式 も関連付けることで道徳的実践を行えるよう配慮 することが大切であるとしている。 児童の実態調査 児童の心理状態や人間関係を理解するために、 特に自己肯定意識、被受容意識、受容意識の3項 本研究では、道徳的実践に結び付く道徳学習を 目で道徳意識調査(最高値8)を行った。 [表1]道徳意識調査の結果 めざし、行動の選択を考える指導方法を模索する。 道徳の時間における問題解決的な学習とは、児童 3 学年全体 自己肯定感 被受容意識 受容意識 が主体的に道徳的問題を発見し、資料における問 平均 6.5 6.0 6.5 題場面においてよりよい行動を判断し、その行動 その結果、被受容意識が一番低かった([表1])。 の原動力となる価値を考えることで解決策を模索 クラス替えから3か月が経ち学級には慣れてきた する学習方法ととらえる。道徳的問題を様々な視 が、互いを理解し合うには時間が足りず、その思 点から多角的に考え、今までの経験やこれからの いや考えを知る機会が必要となる。そこで、道徳 自分に結び付けて、主題の道徳的価値について自 の時間に、意見を交流し合う場面を設定した。 覚を深める。そして、意思決定をする場面を設け、 イ 自分なりの解決方法を見出すことで道徳的実践力 教員の実態把握 文部科学省の道徳教育専門部会が行った平成 24 年の調査結果(小学校)にも「指導の効果を把 を育む。 また、柳沼(2005)が提唱する学習指導過程([資 握することが困難である(48.3%)。効果的な指導 料1])を参考に、指導過程を作成する。発問や思 方法がわからない(33.2%)。適切な教材の入手が 考場面の活動は児童の実態や資料に応じて変える。 難しい(28.1%)。」とある。日々の道徳指導につい 導入 日常生活から道徳的問題を提起する てもその方法について悩む教員が多い。指導方法 展開前段 資料の道徳的問題を解決する を模索することには意義があると考える。 展開後段 問題解決の知恵やスキルを応用する 終末 道徳問題の結論をまとめる また、平成 26 年5月に行われた千葉市道徳主任 会では、配付された「私たちの道徳」の活用につ [資料1]問題解決型の学習指導過程 エ 資料の分析方法 いても協議された。そこで、 「私たちの道徳」に掲 どの資料も解釈次第では多様な見解が引き出さ 載される読み物資料を用いて、問題解決的な学習 れるため、事前にそこに含まれる問題点や道徳的 に取り組む。 価値を分析する必要がある。どのような資料が問 (2)検証授業の計画・実施 題解決的な道徳授業に適しているかを見極める方 ①対象 法を以下に示す。 千葉市立鶴沢小学校 3年1組(30 人)、3年2組(32 人) 森―3 ②期間 平成 26 年9月~11 月 ③検証授業の概要 主題名 資料 一 次 実 践 ねらい [表2]授業内容の一覧 ればよいか行動に迷ったり、悩んだりする葛藤が 相手を思いやり親切に2-(2)思いやり・親切 あり、解決が必要となる流れになっていた。これ 「心と心のあく手」わたしたちの道徳 小学校3・4年 により、児童は資料の問題場面を発見し、共感す 本当の親切は相手に対する思いやりの心をもつことであることを 理解し、親切な行為を進んで行おうとする心情や態度を養う。 ることで問題意識を高め、解決に結び付いた。 基礎的理論研究の資料の分析方法を基にして選 主人公は下校途中に荷物を持って苦しそうに歩くお年 道徳的問題 主題名 二 次 実 践 しやすいものであった。また、問題場面はどうす 寄りに「荷物を持ちます。」と声をかけるが断られる。 んだ資料を活用した。各実践後にこれらの資料が、 二度目にお年寄りの姿を見たときにどうするか。 ねらいとする内容項目について考えやすいか等を 勇気を出して1-(3)勇気 児童に4段階評価(最高値4)で質問紙調査を行 資料 「ひびけ、心のリコーダー」道徳教育映像教材 千葉県教育委員会 ねらい 正しいと思ったことは勇気をもって行おうとする心情と態度を養う。 った。内容項目によって差は見られるが、約 90% 学校生活で友達へのからかいや荷物隠しを注意で の児童が活用した資料は、ねらいについて考えや きずに黙ってやり過ごし、そのことを誰にも言え すかったと答えた([表3])。 道徳的問題 なかった主人公はどうするか。 主題名 三 次 実 践 資料 ねらい 主題名 資料 ねらい 90% 生命の尊さを感じ生命あるものを大切にしようとする心情を養う。 犬を助けたいが、団地では犬を飼えない決まりがあり、 84% 83% 実践 4 実践 5 92% 100% また、4次実践では、終末に記入したワークシ 引き取り手も見つからない主人公はどうするか。 ート(以下 WS と記す)を分析した結果、全員がね みんなで使う物4-(1)公徳心 らいとする公徳心に関連する記述をしていた([資 「水飲み場」3 年生のどうとく 料2]下線部)。このことから、児童は道徳的価値 文溪堂 みんなで使う物を大切にしようとする心情と進ん でみんなのために役立とうとする態度を育てる。 の大切さを感じ取ることができたといえる。よっ て、本研究で活用した資料は、児童にとってねら 公のもとに、友達がやって来る。その後二人はどうするか。 いについて考えやすく、道徳的実践力を担う道徳 主題名 みんなのためにできること4-(2)勤労 的心情を育むことができ、分析方法も妥当であっ 資料 「朝のボランティア活動」実態を基に自作 ねらい 働くことの大切さを知り、進んでみんなのために たと考える。 ・みんなが使う物や場所はきれいに使わないとみんなにめいわく 働こうとする態度を育てる。 なことがわかった。 陸上練習に参加する高学年児童に代わり、ボランティアへの参加が 道徳的問題 楽しみになった。しかし、何回か参加した後、活動の大変さを痛感 ・みんなが使う場所は大切に使った方がみんなも安心して使える から、自分が使った後にもふりかえった方がいい。 するようになる。ある朝寝坊した主人公はこの後どうするか。 ・みんなで使うところはこれからも大切にしていきたい 。 (3)検証授業の分析・考察 [資料2]実践4 【研究の視点①】 イ 問題解決的な学習に適した資料の分析の検証 本研究の基礎的理論研究における資料の分析方 法に基づいた資料を5つ選択して授業を行った。 その中でも5次実践では、分析の観点を基に作成 した自作資料を使って授業を行った。 ア 実践 2 実践 3 学校の水飲み場が汚れていたので使わずに戻ろうとした主人 道徳的問題 五 次 実 践 実践 1 「目の見えない犬」を改作 みんなのどうとく 学研 目の見えない子犬が捨てられているのを見つけ、その子 道徳的問題 四 次 実 践 [表3]資料におけるねらいの考えやすさ 命あるものを大切に3-(1)生命尊重 学習の振り返りでの児童の記述 自作資料の開発 5次実践では、基礎的理論研究における資料の 分析方法に基づいて資料([資料3])を作成した。 資料は、児童と同じ3年生を主人公として、本校 で行われている朝のボランティア活動という学校 生活を素材とした。葛藤を盛り込んだ内容で、結 資料分析の方法 1から4次実践までに活用した資料は、いずれ も登場人物は児童と同年代であり場面も学校生活 などの日常生活を扱い、題材が身近で内容把握を 末は問題提起型とした。ねらいは「4-(2)勤労」 で、集団との関わりを学び、自分も誰かのために 役に立ちたいという思いを高められるようにした。 森―4 実際のボランティアの参加状況などは、学級担任 ので資料の内容を教員がじっくり吟味する必要が や児童にインタビューをして、資料に活かした。 ある。問題解決する意欲が高まるように道徳的問 題について共通理解し把握する。 資料前半 5つの実践を終えた後に行った質問紙調査の結 果、90%(26/29 人)の児童が、道徳的問題を発見 できたと回答している。 また、「問題を発見すること」と、「困った時の 資料後半 考え方がわかる」ということは相関係数が 0.60(CORREL 関数による。以下同様)で、この二 つは正の相関関係があり、その関係性は強い。こ 努力 1-(2)、公徳心 4-(1)、勤労 4-(2)、愛校心 4-(3) のことから、道徳の学習の中で、資料における道 [資料3]5次実践の資料「朝のボランティア活動」 問題場面では、主人公の気持ちの葛藤からどの ように行動するかを考え解決方法を模索した。本 徳的問題を発見できれば、どうすればよいかを考 えられるようになるといえる。 資料を活用した授業では、行動を起こす原動力は、 さらに、 「問題発見」と「授業後の実践」の相関 自分だけではなく他者との関わりや集団との関わ 係数は 0.61 で、この二つも正の相関関係にあり、 りが大きく影響することを考えることができた。 その関係性は強い。つまり、資料の中で道徳的問 【研究の視点②】 題を発見できれば、授業後の道徳的実践に結び付 道徳の時間における問題解決的な学習の指導過程 くともいえる。この2点から、資料の中の問題発 の工夫の検証 見は、問題解決的な学習を行う上で、問題解決を 問題解決的な学習の指導過程([資料4])は、実 促し、その後の道徳的実践に結び付ける大変重要 践を重ねるごとに、よりよい指導過程となるよう な役割を果たすと考えられる。だからこそ、問題 に修正を加えて授業に取り組んだ。問題解決的な 発見やその把握は丁寧に行い、資料への共通理解 学習の主な指導過程を検証の視点とし、この指導 と共感を重要視して進めることが大切である。 方法の有効性について考察する。紙幅の関係上、 イ 主に4次実践を取り上げる。 児童が道徳的問 ① 資料への導入 ② 資料を途中で切って活用 ③ 児童による問題場面の発見と 道徳的問題の把握 ④ 問題解決(個人→全体) ⑤ 問題解決策の吟味 (シミュレーションは内容項目や資料 によって取り入れる) ⑥ 振り返り 題を解決するにあ たり「どうする」 「わけ」「けっか」 の思考の流れをフ ローチャートで書 く WS([資料5] )を活用する。問 題解決的な学習を [資料4]問題解決的な学習の指導過程 ア ワークシートによる問題解決 問題発見と把握 積み重ね、記入に 展開前半で、資料の結末を知らせずに途中まで 慣れてきたので、 を提示する。その後、一枚の場面絵を提示し、そ 枠線を減らして片 れを基に本時で考えたい道徳的問題について話し 側のみとし、児童 合う。資料の中には、複数の問題場面が存在する が自由に考えられ 森―5 [資料5]児童のワークシート るように自由度の高い形式とした。記入時間は3 ①行動⇒理由⇒結果の予想を考えることで日常生活に おいて問題が起こり、困ったり悩んだりしたときに、 分ほど確保する。展開の前半と後半で2回、自分 どのように考えればよいかを学ぶことができる。 が主人公だったらどうするかを問い、意思決定を ②行動の理由を考えることで、一つの行動をするにも する場を設ける。また、友達の意見を聞いた後に いろいろな理由があることに気付くことができる。 納得できるものがあれば加筆してよいとした。意 ③資料にはない解決方法まで模索することができ、問 題に対しての様々な解決方法を知ることができる。 思決定や加筆について WS を分析し、考察した。 まず、意思決定について考察する。1次決定で、 これらのことから、児童が道徳的問題に出会っ 「二人で片付ける。」の行動を選択した児童が一番 た際に様々な問題解決策を考え、行動した後の結 多く、15 人だった。理由は、 「飲みたくない、気 果の予想をすることで行動する自分だけでなく、 持ちが悪い、このままでは使えないから。 」という 周囲への影響を考えることができ、多角的に考え 自分の不快感を挙げていた。2次決定でも「二人 判断したことから、道徳的判断力を育むことがで で片付ける。 」が一番多く 20 人となり、5人増え きたといえる。 た。 「みんなが困っている、次の人に迷惑、みんな さらに、資料の内容を黒板の左側に示し、右側 が飲めるように。 」など、他者のことを考えた理由 に児童の意見を板書で整理して示す([資料6])こ が多くなった。 「次の人に迷惑になる。」(WS「わ とで一人では考え付かなかったことに気付くこと け」の囲みの中)ということを加筆している児童 ができ、多角的な思考を促すことにつながった。 ①資料の内容把握 ([資料5])もいた。最終的に「二人で片付ける。 」 ②問題解決 という行動は全員が WS に記入しており、この行 動の正当性を児童が実感した結果だといえる。 次に加筆について考察する。全体での話合いか ら、児童が加筆した行動で一番多かったのは、 「み んなに呼びかける。 」(WS「どうする」の囲みの中) である。これは資料にはない解決方法である。そ の場の解決だけでなく、今後同じことが起きない ようにしたいという思いに共感した児童がこの行 [資料6]4 次実践の板書の実際 WS を基に板書整理をするときは、指名計画を 動を加筆したと思われる。 また、実践終了後の質問紙調査の結果では、実 し、複数指名するなど工夫することで時間短縮に 践を通して 97%(28/29 人)の児童が WS は「書き つながった。解決方法の理由や結果について、価 やすかった」と回答した。 「WS の書きやすさ」と 値項目に関わるものやそれに相対するものなどは 「困った時の考え方がわかる」というのは、相関 色分けして分類するなど、留意する必要がある。 係数が 0.58 で、この二つは正の相関関係にあり、 ウ 問題解決策の吟味 関連性も強いといえる。つまり、WS が書きやす 展開後半の話合いで出されたたくさんの解決策 かった児童は、困った時にどうすればよいかが考 に対して、よりよい解決策を吟味する。グループ えられたといえる。フローチャート式の WS を使 で話し合ったり、役割演技を行ったりする。4次 うことで、問題解決を行い、どのように考えれば 実践では、役割演技を行い具体的にどのように行 よいかということを理解できたともいえる。 動すればよいかを考えた。そのとき、どのような このことから、問題解決に沿った WS を活用す るよさとして、以下の3点が挙げられる。 役割演技をするのかを教員側から固定することな く、自由に演じるように伝えて進めた。 森―6 ※役割演技を行う場面の状況を丁寧におさえた。目の前に汚れ かったり、また、時間の調整も難しいことから、 た水飲み場があることを全員が想像しやすいように言葉をか けると、児童は顔をしかめた。その上で、演者は登場人物の気 シミュレーションの内容や位置付けを模索する必 持ちや様子(よしおは怒っていて、ひろ子は「もう…」と水を 要性がある。例えば、どの内容項目を学習する際 止める様子)をしっかり捉えるように配慮して役割取得した。 役割演技① にもシミュレーションは取り入れるべきか、シミ どうしようかと数回やりとりした上で、水道が 汚れていることを先生に言うことに決めた。 役割演技② ュレーションを一つ教員から提示して考えさせ、 演者は、迷いながら自分たちでごみを取り除く 行動を行った。すぐにとれないところに切実感が 次にそのような場面がないかを児童が考える場を あった。演者が水飲み場のたまった水の中に手を 入れた瞬間、観衆から「あっ。 」と声が出ていた。 もつなど課題が多いことが明らかになった。 [資料7]4 次実践 役割演技の様子 解決策の吟味では、資料の問題場面での具体的 (4)実践後の児童の変容 ①A児の変容 な行動を考えられるように役割演技([資料7])を A児は学習や生活において何事にも時間がかか 取り入れた。状況把握を丁寧に行うことで、水道 るが、あきらめることなく最後まで課題に取り組 のごみを片付けた方がよいことはわかるが、汚い む。しかし、困ったことがあると自分から動くこ ものを触りたくない気持ちもあり、なかなか片付 とがあまりできない。1次実践では、個別支援を けられず、それでも次の人のことを考え、片付け 行っても反応がなく、困惑しているようだった。 ることのよさを実感できる役割演技となった。解 そこで、問題解決にあたり「自分ならどうするか、 決策の吟味で役割演技を取り入れると、具体的な 相手や周囲が幸せになるにはどうするか」など立 行動を疑似体験し、切実感をもって考えられた。 場をかえて考えるよう発問を工夫して支援した。 エ [表4]5つの実践終了後の調査結果 シミュレーション 展開後半のシミュレーションでは、学習した内 実践1 容項目に関して、資料から学んだことを応用して、 実践2 想定した具体的な生活場面でどのように生かせば 実践3 よいかをグループで話し合い、全体で考えた。 実践4 実践5 「みんなで使う物や場所について何か困ったことはありません か。そのとき皆さんどうしますか。理由も考えましょう。例え 問1 問2 問3 1 1 3 3 4 1 1 3 2 4 2 1 3 4 4 (A 児の自己評価) 問1:自分の考えをもつ ことができたか。 問2:問題についてよい 解決策が考えら れたか。 問3:学んだことを生活 に生かしていこ うと思うか。 5つの実践終了後、質問紙調査を行った。その ば、掃除ロッカーを開けたら、箒が倒れてきた。中を見たら、 塵取りにはまだゴミが入っていた。あなたならどうしますか。」 結果([表4])を分析し、以下の3点を考察した。 ・次の人も自分も困るから、自分で片付ける。 ア ・片付けた後に先生や皆に、片付けられてないことを伝える。 実践1では、学習の流れが理解できずほとんど ・自分が汚さないように気を付ける。 [資料8]4次実践 自分の考えをもつことに関して 記入できなかったが、実践3からどの項目におい シミュレーションの様子 「自分たちで片付ける。 」という意見に付け足し ても変容が見られる。犬を飼ったときに死んでし て「その後に先生にも言う。 」という意見が出され まったという A 児の経験と資料を結び付けていろ た。さらに、資料で学んだ「皆で使う物は大切に いろなことを考えられた。資料への共感が高まる 使い、汚れていたら皆にも伝え、次に同じことが ことで自分の考えをもつきっかけとなった。 起きないようにする。 」という意見が出た。4次実 イ 問題解決について 践のシミュレーションの様子([資料8])から、今 回を重ねる毎に学習に慣れ、WS も書けるよう 日学んだことを応用して実際の生活でどのように になり、最終的には「書きやすくなった。 」と質問 生かせばよいかを考えられたことがうかがえる。 紙調査で回答した。学習の手順を理解しづらい児 しかし、方法論に終始する危険性があったり、 童は、支援として声かけを増やすことで、道徳的 生命尊重に関連したシミュレーションは行いづら 問題の解決策を考え、判断できるようになった。 森―7 ウ 実践意欲と態度について 4 実践5の解決策の吟味で、グループの話合いに 研究のまとめ (1)成果 おいて「僕なら、どんなことがあっても朝ボラに ①問題解決的な学習において、葛藤があり児童の 参加する。 」と強く主張している姿が見られた。自 生活場面を題材とした資料の結末を示さないこと 分の考えをもてるようになり、また、自分になか で、ねらいに沿った問題解決を促すことができた。 った意見を友達の意見から見つけることで考えが 児童は道徳的価値の大切さを感じ取ることができ、 深まり、学んだことを生活に生かそうとする道徳 これらの資料を活用することで道徳的心情を育む 的実践意欲と態度の育成にもつながった。 ことができた。 以上のことから、問題解決的な学習を行う上で ②問題解決的な学習過程で、行動やその理由、結 資料の精選と問題解決に沿った WS の工夫により、 果を予想するフローチャート形式の WS を活用す 道徳の時間に自分の考えをもって主体的に取り組 ることや児童の考えを板書で整理し、分類して示 み、学んだことを生活に生かそうとする道徳的実 すことは、児童が困ったり悩んだりしたときにど 践意欲と態度を育むことができたといえる。 う考えればよいかを学ぶことに有効だった。 ②学級の傾向 ③問題解決やその吟味を行う過程で、自分ならど 5つの実践終了毎に学習の指導過程に関する質 うするかを問う意思決定場面を設けることで、 問紙調査(4段階評価)を行った。その結果([表 様々な状況下でどのように行動するかを判断する 5])から、どの項目においても実践を重ねるごと 力を育むことができた。 に数値が高まっていることがわかる。問題解決的 ④6つの段階を踏んだ問題解決的な学習の指導過 な学習の指導過程は、これらの調査結果の特に問 程を行うことで、学んだことを実生活で生かそう 1の結果から、自分の考えをもって授業を進める とする道徳的実践意欲と態度が養われることがわ ことができたことや、問5から学習を楽しいと感 かった。 じていることから、主体的に授業に取り組んだこ (2)課題 とがわかる。問4の「学んだことを生活に生かす ①6段階の指導過程は、時間の調整を図るために か」についても、高い数値が見られ、道徳的実践 実践を積み重ね、時間配分の軽重を考慮していく。 意欲と態度を育んだといえる。 ②ねらいにせまるために、シミュレーションによ [表5]5つの実践終了後の調査結果(平均値) って実生活に即して考えていくことが大切である。 問1 問2 問3 問4 問5 3.3 3.2 3.1 3.3 3.5 シミュレーションは、想定しやすい具体的な場面 3.4 3.3 3.2 3.5 3.7 を検討する。 3.6 3.6 3.6 3.6 3.7 ③問題解決的な学習では、感動資料や生命に関わ 3.5 3.7 3.5 3.7 3.8 る資料を活用するときには、内容の葛藤について 3.6 3.8 3.6 3.7 3.8 充分吟味する必要がある。 【主な引用・参考文献等】 研究の視点2の検証や(4)児童の変容の結果か ○荒木紀幸他「道徳性を発達させる授業のコツ ピアジェとコー ルバーグの到達点」北大路書房(2004) ら、問題解決的な学習の指導過程は、道徳的実践 ○荻原武雄・清水保徳「問題解決学習としての道徳授業」明治図 力(道徳的心情、道徳的判断力、道徳的意欲と態 書(1999 ) 度)を育む上で有効性が明らかとなった。また、 その指導過程([資料4])は、6つの段階を踏むと よいことがわかった。 ○西野真由美「道徳の時間における問題解決学習再考」日本道徳 教育方法学会第 20 回研究発表大会(2014) ○文部科学省「小学校学習指導要領解説 道徳」(2008) ○柳沼良太「問題解決型の道徳授業~プラグマティック・アプロ ーチ~」明治図書(2006) 森―8
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