巻頭言 北海道大学大学院医学研究科 がん予防内科 浅香 正博 Helicobacter pylori(H. pylori )の除菌が慢性胃炎にも適用拡大がなされたのは 2013 年 2 月であっ たが、約 1 年を経過して様々な変化が見られている。まずは除菌数の激増であろう。電子レセプトの 解析などからこの 1 年間で約 150 万人に除菌がなされたと考えられている。保険適用以降は消化器関 連領域以外の医師も除菌を行えることになったので、除菌薬として簡便で間違いのないパック製剤が 多く処方されており、唯一の製品であった武田薬品のランサップのシェアが 70%を超えているようで ある。本年 2014 年 2 月からはエーザイの除菌用パック製剤であるラベキュアも発売されたことにより、 除菌におけるパック製剤の重要性はますます増加していくものと考えられる。 日本ヘリコバクター学会の認定医は 1,000 名を超えているが、除菌数に比すとまだまだ充足してい ないのが現状であろう。慢性胃炎を除菌で治癒させることにより胃癌の予防も行い得るので、除菌を 行う医師の責任はきわめて大きい。除菌を行うことはその患者の胃粘膜に一生責任を負う覚悟が必 要であると講演のたびに話しているが、どのくらいの医師に理解していただけているのか多少心配で ある。 わが国で保険が適用されるということは、専門領域を問わずどの科の医師でも除菌が可能になった ことになる。したがって、除菌による予防効果が完璧でない以上、その後の経過観察を綿密に行わな いと胃癌で亡くなる可能性があり、何のための除菌なのかわからなくなる。本誌「Helicobacter 日本 語版」を読まれている方は H. pylori の知識の豊富な方ばかりと思われるので、患者のみならず除菌を 2 巻頭言 行おうとしている医師にも十分な啓発をしていただきたいと思っている。 2013 年 12 月、フランスのリヨンで WHO のがん研究機関(IARC)の胃癌予防に関するコンセンサ ス会議が開かれ出席してきたが、3 日間の会議を終えて感じたことはわが国の胃癌撲滅へ向けた環境 の整っていることの素晴らしさである。胃癌の 5 年生存率でわが国が圧倒的に欧米諸国を凌駕してい るのは、先人たちが早期胃癌の概念を確立してくれ、その診断、治療に血眼になって取り組んでくれ たおかげである。未だに早期胃癌を認めていない欧米諸国は今日にいたって大きな痛手を受けている ことが明らかになった。韓国のみがわが国の早期胃癌の診断基準と歩調を合わせてきたため、胃癌の 5 年生存率がわが国に追いついてきている。ただどの国も H. pylori 除菌の保険適用拡大には苦労して おり、ほとんどの国で未だに胃・十二指腸潰瘍のみが除菌の保険適用疾患となっていることに驚きを 感じている。 ひたすら H. pylori 感染胃炎を除菌治療するだけで確実に萎縮性胃炎の患者は減少し、その下流に ある胃癌の発生も減少してくるのであるから保険適用の威力はきわめて大きいのである。実際、胃・ 十二指腸潰瘍の治療に除菌治療が認可されてから 10 年あまり経過したが、胃・十二指腸潰瘍の発生 頻度は 60%も減少している。これが胃癌にも当てはまることをおおいに期待している。 本号では、興味深い 8 編の論文について抄訳とコメントを付した。読者層を考え、臨床系の論文を 多く選ばせていただいた。いずれもわが国の研究者にとって参考になるものばかりと確信している。 3
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