巻頭言 北海道大学大学院医学研究科 がん予防内科 浅香 正博 2013 年 12 月、フランスのリヨンにある WHO のがん研究機関 (IARC) で“H. pylori 除菌による胃が ん予防戦略”と題した会議が招集された。IARC 内部から 11 名と外部から招かれた 19 名の専門家に よって 3 日間にわたり、1)国・地域ごとの胃がん予防に向けての取り組み、2)H. pylori 除菌による 健康への効果と影響、3)H. pylori 除菌の費用効果および H. pylori スクリーニング・治療計画の実現 可能性、4)胃がん減少を期待し現在行われているか計画されている H. pylori 治療の臨床研究につい て検討を行った。 IARC は 1994 年、H. pylori を明らかな発がん物質に指定したが、それから 20 年ぶりに開催された 会議であった。私の元に招待状が届いたのは 8 月であり、責任が重大であるとの印象を強く持った。 IARC はがん研究に関する総本山であり、世界中のがんの情報が集まってくるところである。IARC の 最も重要な仕事の一つは発がん物質の認定であり、IARC で認定されたものは直ちに各国政府に伝え られ、それに基づいて各国の政策が決定するのである。12 月 4 日からフランスのリヨンにある IARC 本部のビルの 1 階の会議室で 3 日間、H. pylori と胃がんに関する IARC の作業部会が開催された。 1994 年の IARC の会議で H. pylori を明らかな発がん物質と認定した中心人物である Correa 教授は 88 歳になっていたが大変お元気であり、胃炎の進展と H. pylori に関する基調講演をしてくれた。 1991 年、異なった地域からの疫学前向き研究で H. pylori と胃がんの関わりが初めて明らかにされた のであるが、米国のデータを発表したスタンフォード大の Parsonnet 教授と英国のデータを発表した IARC の Forman 教授がそろって参加していた。H. pylori と胃がん研究ではレジェンドともいえる 3 人 2 巻頭言 の教授の参加のもと、会議は始まった。Forman 教授から、2012 年における世界の胃がんの発生数は 952,000 人であり、中国、日本、韓国の東アジア3 国で約 60%を占めている。死亡者数は 723,000 人 であり、発生数の約 76%が亡くなっている。胃がん発生の割合は発展途上国が 70%を占め、男女比 は 2:1 で男に多く発生すると報告された。 地域別の胃がんへの取り組みが今回の会議のハイライトであり、討論にも時間を十分に取ってくれ た。欧米諸国は胃がんの発生率が少ないために、政府が本格的に対策を進める状況にはなかった。胃 がん撲滅への本質的な対策を訴えたのはわが国と韓国のみであった。これまでわが国はバリウム検診 に基づく二次予防のみを国策として行なってきた。ところが、検診受診率は低下し 10%を切るまでに なってしまった。これでは胃がん撲滅など夢物語なので、H. pylori の除菌を取り入れた一次予防と除 菌後内視鏡による経過観察を行う二次予防の組み合わせによる胃がん撲滅計画を考えた。この計画 には慢性胃炎への保険適用拡大が必須なので、学会から要望書を提出し、厚労省と交渉を行ったと ころ、2013 年 2 月に認可された。そのためわが国の胃がん撲滅計画は現実味を帯びてきたことを述べ た。この会議の報告書は 190 ページにもなり、9 月下旬に発表された。 今号も Helicobacter 誌から興味深い論文を選択してわかりやすいコメントも付けていただいた。特 に、今回は、除菌後胃がんの発生について臨床試験とメタ解析の報告が掲載されており、訳者のコメ ントも含めて熟読いただきたいと思っている。 3
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