宇宙物理の未解決問題

第二土曜会・講演要旨、2016年1月9日13時
宇宙物理の未解決問題 〜銀河宇宙線の話題を中心に〜
オーストリア宇宙科学研究所、太陽圏プラズマ部門
成田康人
宇宙空間は地上では実現不可能な低密度・高エネルギーの物理の実験の場を提供し、宇宙空間の現象を調べるこ
とは物理学に大きく発展してきた。宇宙物理は現代物理学の基盤となる相対性理論と量子力学のうち、相対性理論
が大きく活躍する分野でもある。かつては神話ととらえられていた天体の運行も万有引力や一般相対性理論の構築
により物理としての記述が可能になり、また宇宙項と暗黒物質の存在を認める現代宇宙論(ラムダCDM理論)では1
2個のパラメータを上手に選択することにより、宇宙背景放射と銀河の空間分布の観測を理論計算から再現できるよ
うになった(なお、統計的な分布やスペクトルが精密検証可能であるのであって、どこの方角のどの距離に背景放射
の量がどれくらいでどのような銀河や星が存在するという予言ができることを意味しない)。現代宇宙論は1990年代
のCOBE衛星や2000年代のWMAP衛星の宇宙背景放射の観測、銀河の大規模構造探査、Ia 型超新星爆発の遠
方観測などに基いており、それまでの定性的な議論ではなく精密な定量検証が可能になったことは驚くべきことであ
る。興味深いことに、素粒子の標準模型に登場する26個のパラメータと宇宙論のパラメータの整合性はない。
宇宙空間をさまざまな空間スケールで眺めてみると、高エネルギーの宇宙線とよばれる粒子が至る所で登場する。お
よそ100年前に宇宙空間から降ってくる高エネルギー粒子として認識され、かつて1940年代は新粒子を発見するた
めの素粒子物理学の実験場であった。高エネルギー粒子を詳細に研究することにより、太陽系の中、星間空間、銀河
の様子が少しずつ見えてくる。粒子加速器のエネルギー限界に至った今日でもさらに超高エネルギーの天体素粒子
として我々に遠方の銀河、銀河団の情報を与え続けてくれる。
本稿では、銀河宇宙線の話題を中心に、宇宙物理の未解決問題をいくつか紹介したい。宇宙線物理の歴史的な背景
と現在の観測結果から始め、地球近傍の高エネルギー粒子の振る舞い、太陽系の宇宙線問題、星間空間と超新星爆
発、銀河から銀河団そして宇宙論の空間およびエネルギーの尺度を徐々に大きくとって眺めていく。具体的な構成は
[1] 宇宙線のまとめ、[2] 地球近傍・太陽系のプラズマ、[3] 星間空間と粒子加速・散乱、[4] 系外銀河から銀河団、宇
宙論、[5] 未発見粒子の順である。
宇宙物理学は、自然科学のほんの一部でしかない。しかしながら、観測ができる範囲で、我々が住む周りの空間の物
理状態を知ることは知的好奇心に応えてくれるのみならず、宇宙開発の技術を促進し、また我々の生活を安全・豊か
にしてくれる。地球近傍のプラズマ・電磁場環境は今日では宇宙天気として認識されている。第二土曜会の話題は多
岐にわたり、素粒子・高エネルギー物理学、非線形物理学、脳神経学、心理学、生理学、芸術論を包括する。宇宙物理
学の視点の議論から、第二土曜会の主題とする人間と自然界の本質を理解する手助けになれば幸いである。