4-165 平成 22 年電気学会全国大会 マルチエージェントモデルに基づく詳細な 列車運行および旅客行動を再現するシミュレータの開発 ∗ 中村 恭平 , 富井 規雄 (千葉工業大学) Train Traffic Simulator for Detailed Behavior of Trains and Passengers based on Multiagent Model, Kyohei Nakamura, Norio Tomii (Chiba Institute of Technology) 務をこなし, かつ相互に連携を取りながら安全で安定した輸送 1 はじめに を実現している。 最近, 大都市圏の朝ラッシュ時において, 列車の遅延が頻繁 2.2 列車運行と旅客行動の相互作用 に発生することが問題となっている。遅延がひとたび発生する 特に都市圏の鉄道システムのシミュレーションを行なううえ と, 他の列車に遅延が伝播するため, 鉄道会社は列車の遅延の で, 旅客行動と列車運行の間の動的な相互作用を再現すること 発生防止に強い関心を持っている。 は非常に重要である。例えば, 混雑によって, ある列車に遅延 これらの問題を防ぐためには, 問題の発生原因を特定し, 改 が生じた場合, この列車を待つ次駅の乗客は遅延の分だけ増加 善策を考案することが必要である。さらに, 改善策を実施した してしまう。これにより, 次駅での乗降時間が増加し, 列車の 際の効果を事前に予測し, 評価することが求められる。そのた 停車時分が延びてしまうため, 列車の遅延は雪だるま式に増加 めの一つの方法として, 改善策を実施した場合の挙動をシミュ することになる。 レーションによって確認する方法がある。しかし, 鉄道は, 後 このように, 列車運行と旅客行動は互いに影響を与えるため, 述するようにさまざまな要素が複雑に関連して成立しているシ 運行状況を正確に再現するためには, 旅客行動を再現し, かつ ステムである。したがって, 鉄道システムのシミュレーション 両者の相互作用を再現する必要がある。 では, これらの複数の要素の挙動ならびに要素間の相互作用を 再現する必要がある。 3 解決すべき課題 これまでに, 鉄道の運行状況を再現することを目的として, 列 本稿で開発するシミュレータでは, 1 章で挙げた既存のシ 車運行と旅客行動の相互作用を加味したシミュレータの開発が ミュレータの手法を参考にしつつも, 下記の課題に対して取り 行なわれている [1][2]。しかし, これは, 列車の走行を駅での到 組む必要がある。 着および出発の 2 つのイベントのみで表現する離散的なシミュ • 列車の走行を信号システムをも陽に考慮して連続的に再現 レータであり, 駅間の列車の挙動を連続的に表現するものでは すること ない。そのため, 列車の進入速度によって時隔の値が変わるな • 旅客の行動を乗車位置の選択, 案内の有無等も含めて詳細 どのことには対応できていない。列車の走行を連続的に再現す に再現すること ることを目的としたシミュレータの開発も行なわれている [3] • 列車運行と旅客流動間の動的な相互作用を詳細に再現する が, 旅客行動を加味していないため, 鉄道システム全体の挙動 こと を再現するためには十分ではない。 筆者らは, 列車ダイヤや鉄道の施設等を改良して鉄道の運行 サービスの改善をはかる際に, それらの効果を事前に定量的に 4 課題に対するアプローチ 本稿では, 3 節で示した課題に対するアプローチとしてマル 評価することを目的として, マルチエージェントモデルに基づ く詳細な列車運行および旅客行動を再現するシミュレータの開 チエージェントモデルを採用する。 発に取り組んでいる。本稿では, このシミュレータの構想と現 4.1 本稿のシミュレーション対象 本稿では, 鉄道を構成する要素のうち, 列車, 信号, 旅客, 案内 段階の研究開発状況を紹介する。 をエージェントとみなす。各エージェントが, 自律的に行動を 2 鉄道システムのシミュレーション 行い, 図 1 に示す情報のやり取りなどの相互作用によって, 鉄 道システムの再現を行なう。 2.1 鉄道システム 鉄道はさまざまな要素が複雑に関連して成立しているシステ 4.2 列車走行の再現 ムである。要素には大きく分けて設備と人が存在している。設 各列車および信号システムをエージェントとみなす。列車の 備は, 車両, 線路, 信号などがあり, 人は, 運転士, 車掌, 駅員な 走行は, 位置や速度を運動方程式により微小間隔で求め, また どがいる。鉄道は, これらの要素が自分に与えられた役割や業 列車相互の影響を信号システムにより再現する。信号システム 2010/3/17~19 東京 -271(第 4 分冊) ©2010 IEE Japan 4-165 平成 22 年電気学会全国大会 好を加味した経路探索が可能となる。 図1 図3 エージェント関係図 経路探索ネットワークの乗車駅構内部分 4.4 列車運行と旅客流動間の相互作用の再現 はデジタル ATC を模したものを用いる。列車は信号システム 案内をエージェントとみなす。案内は, 各列車から現在の運 より, 先行列車や駅など停止すべき対象までの距離を受け取り, 行状況を受け取る。その情報をもとに, 旅客に対して, 案内ダ 最適な速度パターンを算出することで, 列車相互の影響を再現 イヤを渡す。旅客は案内ダイヤを用いた経路探索を行なうこと することが可能である。 で, 現在の運行状況に応じた経路探索が可能となる。案内ダイ 4.3 旅客行動の再現 ヤについての詳細は文献 [4] を参照していただきたい。 各旅客をエージェントとみなす。旅客の行動は, 運行状況と 自身の嗜好を加味した経路探索により, 自身の不効用が最小と 5 実験 なるように決定するため, 各旅客の行動および全体での流動を 詳細に再現することが可能である。 朝ラッシュ時における鉄道システムのシミュレーションを行 なった。実験に用いたデータは, 実際の路線データおよび旅客 4.3.1 旅客行動モデル データを参考に, 8 時から 9 時半の 1 時間半分の上り線, 列車本 旅客行動をモデル化したものを図 2 に示す。旅客は出現時刻 になると駅に出現し, 乗車駅の利用改札から, 降車駅の利用改札 数は 14 本, 駅数は 23 駅, 旅客数は 25000 人程度である。図 4 に実行例として, 列車走行のシミュレーション結果を示す。 までの経路探索を行なう。その後, ホームに移動を行ない, ホー ム上の列車待ち人数を加味した経路探索を行なう。その結果よ り, 決定した経路に従って, 列車に乗車し, 目的地に向かう。 図4 図2 実行例 旅客行動モデル 6 おわりに 本稿では, マルチエージェントモデルに基づく詳細な列車運 4.3.2 経路探索 各旅客の目的地までの経路探索は, 最短経路を求めるダイク 行および旅客行動を再現するシミュレータを開発した。今後 ストラ法を用いる。基本的には従来の列車経路探索 [1][2] を用 は, 本シミュレータを用いて改善策の効果を評価する実験を行 いるが, 本稿では, 駅構内の移動経路に関してもダイクストラ なっていく。シミュレータの残された課題は, それぞれのエー 法を用いて経路探索を行なう。 ジェントの動きををより詳細にすることや, 新たな要素の追加 駅構内の移動経路をネットワークの形で表わしたものが図 3 などを行なうことにより, 鉄道システムのより詳細な再現を目 である。駅構内の改札, 階段および乗車位置をノードで表わし, 指すことが必要である。 ノード間の移動時間をアークで表わす。経路探索では, 乗車駅 参考文献 および降車駅の駅構内経路探索と列車経路探索を組み合わるこ とで, 各旅客の列車乗車位置を含めた経路探索を行なうことが 可能となる。 また, 各旅客の嗜好を経路探索に加味するために, 旅客の属 性を設定する。例えば, 混雑を避けたい旅客の場合, 経路探索 において, 混雑している列車の走行に関するアークや車両の乗 [1] 國松武俊・平井力・富井規雄: 「列車運行・旅客行動シミュレーションシ ステムの開発」鉄道総研報告 Vol.21, No4, 2007. [2] 國松武俊・平井力・富井規雄: 「マイクロシミュレーションを用いた利用 者の視点による列車ダイヤ評価手法」電学論 D (in print). [3] 平尾裕司・長谷川豊・稲毛弘苗・平栗滋人: 「列車制御シミュレータ UTRAS の開発と信号方式の評価」 鉄道総研報告 Vol.9, No1, 1995. [4] 金井里司・富井規雄: 「鉄道ネットワーク全体を考慮した最適接続決定ア 車位置に関するアークの重みを増大させることで, 各旅客の嗜 2010/3/17~19 東京 -272(第 4 分冊) ルゴリズムとその評価」 第 16 回鉄道技術連合シンポジウム, 2009. ©2010 IEE Japan
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