日本語敎育硏究 第31輯(2015 2. 28. pp.7~28) 韓日翻訳授業における文末表現の指導に関する研究 -性差を表す文末詞の使用を中心に郭銀心* 1) [ 要旨 ] 本稿では、中級以上の韓国人日本語学習者を対象にして、日本語の性差表現に関する知識及び韓日翻訳の 過程に見られる性差を表す文末詞の使用実態について調査を行った。 まず、性差を表す文末詞に関する知識を測るためのテストを行った。次に、発話者の性差を明示し、空欄 にしておいた人称代名詞と文末表現を性別に合わせて翻訳するよう指示した。女性文末詞の使用実態を調べ た結果、学習者たちは文末詞に関する知識をたよりに多様な文末詞を使用していることが分かった。しか し、翻訳の過程においては、文末詞に関する知識が実際の使用に反映されていない点もあった。最後に、現在 韓国で出版されている初級教科書で扱われている性差表現について分析した結果、ほとんどの教科書では性 差表現に関する説明が詳細になされていないことが明らかになった。 この調査の結果をもとに、筆者は、初級の段階から性差表現を指導する必要があり、翻訳授業でも文末詞 の持つ繊細なニュアンスと使い方をより詳しく教えるべきだと提案したい。 キーワード: 韓日翻訳、性差表現、文末詞、日本語教育、初級教材 1. はじめに 一般的に、日本語は性差が大きく表れる言語であり、実際の発話を聞いたり文字化されたも のを見れば、男女の区別が容易にできると言われている。主に人称代名詞·感動詞·文末詞など から性別を判断することができる。これに比べて、韓国語は小説やシナリオなど文字化された発 話を見るだけでは男女差がほとんどなく、会話の内容や前後関係をもとに判断するしかない。 そのため、日本語から韓国語に翻訳する過程で性差が消失してしまったり(장혜선、2010)、女性 文末詞が持つニュアンスや繊細な表現、聞き手に対する態度などにおいて翻訳の限界が見られ る(김순자、2007)など、翻訳上の問題点を指摘した研究もある。 一方、日本語教育の現場においては、作文や翻訳の授業を通して、韓国語から日本語に翻訳す ることで、多様な文型が習得できるよう指導が行われている。しかし、翻訳の際に用いられる文 章は、主に書き手の主張や意見、時事問題に関するものが多く、小説を扱っても地の文を中心 とした翻訳に焦点が当てられている。小説の台詞には、丁寧体とぞんざいな言葉遣いが同時に 使われ、日本語のぞんざいな言葉遣いには性差を表す表現が多く見られる。そこで、筆者は、学 習者の性差表現に関する知識と産出能力がどれぐらいあるのかを調べるため、次のような予備 * 中央大学校 アジア文化学部 講士, 社會言語学, 第2言語習得 8 日本語敎育硏究 第31輯 調査を行った。 2013年11月に韓国C大学の3-4年生15名1)を対象にして、小説『家族シネマ』(柳美里、1997)の 翻訳本である『가족시네마』(김난주訳、1997)の一部を日本語に翻訳させ、文末表現をどのように 処理しているのかを調べた。まずは台詞のみを提示し、登場人物の関係や性別、年齢などの情報 は提供せずに翻訳させた。その結果、女性対女性の会話として認識した学生は8名、女性対男性 の会話として認識した学生は7名であり、各自が予想した性別に合わせて翻訳を行っていた。そ の後、登場人物の性別に関する情報を与えてもう一度翻訳するよう指示した結果、女性文末詞 を使用し女性同士の会話だということが分かるように翻訳した学生は5名であり、その他10名は 女性文末詞を使用している部分と中立的な文末詞を使用している部分が混在し、登場人物の性 別がはっきりしないことが分かった。 女性文末詞を適切に使用している学生の割合が1/3にしか至らなかったということから、日本 語教育において性差表現をどう教えるかという問題が浮上してきた。윤호숙(2009)は、韓国で出 版された初·中級の会話テキストに表われる性差表現の使用実態を調査している。この研究で は、大概は男女のペアで会話が成立しているにも関わらずテキストの中で男性語と女性語に関 する説明がほとんどされていないことを指摘し、性差教育は初級過程から行われるべきだと主 張している。 本稿では、初級の段階を経て中上級のレベルに達した日本語学習者が性差表現に関する知識 をどれぐらい習得しているのか、またその知識を翻訳の過程でどのように活用しているのかを調 べた。さらに、現在韓国で出版されている日本語の初級教材を分析し、そこから見えてくる問題 点を再考することで、初級レベルにおける性差表現の指導についての提案を試みようとした。 そして、従来の翻訳に関する研究は、「日韓翻訳」の性差表現について論じられたものがほと んどであるが、本稿では逆の観点から「韓日翻訳」における日本語学習者の文末詞の使用を通 して、日本語教育への示唆を提供することを目的としている。 2. 調査概要 本稿は、2014年5月にC大学に在学している韓国人日本語学習者64名を対象に実施した調査を もとにしている。調査対象者は、同じ講義を受講している2-4年生であり、男女の比率は男性が 35名、女性が29名である。受講者の構成は、日本語を専攻している学生が49名、その他日本語を 副専攻(または複数専攻)にしている学生が15名である。 調査に入る前の段階として、学習者にアンケートを行い、日本語の学習期間とJLPT及びJPTな どの日本語能力資格の取得、文末詞に関する学習経験の有無を調べた。 以下の<表1>では、JLPTの取得レベル別にグループ分けし2)、性別及び学習経験の有無を表し ている。授業での学習経験を「無」と「有」で示し、授業での学習経験は無くても独自に学んだ 経験がある場合は「独」で示している。授業での学習経験がある「有」と独学で学んだ「独」を 1) 15名は全員日本語能力試験N1を取得しており、作文の実力は中上級であると判断された。 2) 本稿では、調査対象者をJLPTの取得レベル別に分けるが、N2とN3グループを一つに結び、「N1」「N2-3」 「無取得」の三つに分けて分析を行う。
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