投 稿 進展した上顎洞癌に対して根治的に超選択 的動注化学放射線療法を施行した2例 宮崎大学医学部 感覚運動医学講座 顎顔面口腔外科学分野 市來 剛、迫田 隅男 《宮崎大学医学部歯科口腔外科症例シリーズその325》 緒 言 治療効果と副作用の判定 治療効果と副作用の程度は日本癌治療学会 抗 癌剤の静脈内投与と放射線療法では局所 の固形がん化学療法効果の判定基準により判 制御困難な例をわれわれは多数経験している。 定した。 それに対して動注療法は高濃度の薬剤を腫瘍 組織に到達させ、全身的にも副作用が少ない方 症 例 1 法である。 今回、進展した上顎洞癌に対して根治を目指 患 者:50歳、男性 し,超選択的動注化学放射線療法を施行した2 主 訴:左側上顎歯肉の腫脹と疼痛 例を経験したのでその概要を報告する。 家 族 歴:母が胸腺腫にて死去。 既 往 歴:幼少期に中耳炎にて両側鼓膜破裂。 方 法 C型肝炎を認めた。 現 病 歴:2006年 10月に左側上顎歯肉腫脹の 超選択的動注療法について ため、某歯科医院を受診し、切開処置を受けた Seldinger法により大腿動脈からカテーテル が改善せず、別の某歯科医院を受診。紹介にて を挿入し、外頸動脈造影を行い、原発巣の支配 某大学口腔外科を受診した。口腔癌と診断され 血管を同定し、カテーテルを超選択的に挿入し たが、帰郷での治療を希望して 2007年 1月当科 た。支配動脈が複数の場合は腫瘍に占める各動 初診した。 脈の割合をおおまかに判定し、その割合で薬剤 口腔外所見:左側頬部腫脹が認められた。 総投与量を適宜分割し、持続注入器により動注 口腔内所見:左側上顎結節から左側前歯部歯肉 した。動注終了後に血管内膜保護の目的でス にかけて 55mm× 38mm大の硬結を伴う限局性の テロイド剤(ソルコーテフ 100mg)の注入を行っ 腫瘍を認めた。腫瘍の中心に潰瘍を認めた。 (写 た。 真 1A) 放射線療法について MRI所見:左上顎洞内に充満する腫瘤性病変 4MV X線(電子線)を 1日 1回 2Gy,直交(右前・ を認めた。T2強調画像にて不均一な高信号を認 左前)を週 5日照射した。 めた。(写真 2A) 初診時臨床診断:左側上顎洞癌 病理組織学的診断:扁平上皮癌 処置ならびに経過:放射線療法として、 4MV X線 (電子線 )を 2Gy/日、5回 /週を原発巣 に 60Gy頸部に 40Gy外部照射した。 写真1 治療前後の口腔内写真。 A:治療前 左側上顎結節から左側前歯部歯肉にかけて 55mm×38mm大の硬結を伴う限局性の腫瘍を 認めた。腫瘍の中心に潰瘍を認めた。 B : 治療後 肉眼的に腫瘤は消失していた。 写真2 治療前後のMRI所見。 A:左上顎洞内に充満する腫瘤性病変を認めた。 T2強調画像にて不均一な高信号を認めた。 (矢印) B : 左側上顎部~眼窩下部の不均一な高信号は ほぼ消失していた。 化学療法として TS-1 80mg /日 28日間連続 投与により合計 2240mg、超選択的動注化学療 法として、Seldinger法で大腿動脈からカテー テルを超選択的に挿入し、腫瘍の支配動脈と 思われる顎動脈と顔面動脈に 2:1の割合で 1回 CBDCA 226.3mgを 2回合計 452.6mgを動注した。 (写真 3A,B) 写真3 症例1の血管造影写真。 顎動脈と顔面動脈にCBDCAを動注した。 A : 顎動脈が造影され、腫瘍血管網の大部分が 造影されている。 B : 顔面動脈が造影され、腫瘍の下方~前方血 管網が造影されている。 さらに、遠隔転移の予防のため放射線治療 血液学的所見:CRP,AST,ALT, γ- GTの上昇が 終了後 40日目より DOC60mg/m2,5-FU750mg/ 認められた。他に特記事項は認められなかっ m2,CDDP70mg/m2を静脈点滴して 1クールとし、 た。(表 1) 43日間の休薬後に 2クール目を実施した。合 計 2クールを施行し、合計 DOC199.6mg,5-FU 2525mg,CDDP 236mgを投与した。 (図 1) 図1 超選択的動注化学放射線療法と 全身化学療法の日程(症例1) 表1 当科初診時の血液検査所見(症例1) 治療前後の口腔内写真にて、肉眼的には腫瘤 は消失していた。(写真 1B) MRIでの画像評価では、治療前は腫瘍に対 して不均一な軽度高信号を示していたが、治療 後はほぼ消失していた。(写真 2B) 有害事象は、白血球減少 Grade4、口内炎 Grade3、貧血 Grade2であった。 症 例 2 患 者:61歳、男性 主 訴:右側頬部腫脹 現 病 歴:2007年 5月、右側頬部腫脹と義歯 不適合により某歯科医院を受診。6月14日に某 病院歯科口腔外科を紹介により受診した。生検 で扁平上皮癌の病理診断を得たため、加療目的 で 2007年 6月当科初診した。 家 族 歴:特記事項なし 既 往 歴:特記事項なし 写真5 治療前後のMRI所見 A : 治療前 右側上顎洞を充満するように腫瘤性病変 を認めた。T2強調画像にて不均一な軽度高 信号を示していた。 (矢印) B : 治療後 側上顎部~眼窩下部の不均一な高信号は ほぼ消失していた。 口腔外所見:右側鼻閉感と右側頬部腫脹が認め た。 口腔内所見:右側上顎結節から右側上顎臼歯部 歯肉にかけて硬結を伴う限局性腫瘤、腫瘤の中 心に 15mm× 15mm× 15mm大の潰瘍を認めた。(写 真 4A) 写真4 治療前後の口腔内写真 A:治療前 右側上顎結節から右側上顎臼歯部歯肉に かけて硬結を伴う限局性腫瘤を認め、腫瘤 の中心に15mm×15mm大の潰瘍を認めた。 B : 治療後 肉眼的に腫瘤は消失していた。 表2 当科初診時の血液検査所見(症例2) 2Gy/日、5回 /週を原発巣に 60Gy、頸部に 40Gy 外部照射した。 また、超選択的動注化学療法として腫瘍の支 MRI所見:右側上顎洞を充満するように腫瘤 配動脈と思われる顎動脈と顔面動脈に 3:1の割 性病変を認めた。T2強調画像にて不均一な軽度 合で DOC50mg/m2と CDDP 50mg/m2を 3クール合 高信号を示していた。(写真 5A) 計 DOC 243.5mg、CDDP 243.5mg動注した。 (写真 6) 血液学的所見:CRP(1.32mg/dl)の上昇が認 さらに全身化学療法として 5-Fu600mg/m2を 1 められた。他に特記事項は認められなかった。 クール 3日間投与し、43日間 (1回目 )、69日間 (2 (表 2) 回目 )の休薬後、3クール合計 8766mg静注した。 臨 床 診 断:右側上顎洞癌 病理組織学的診断:扁平上皮癌 (図 2) 治療前後の口腔内写真にて、肉眼的には腫瘤 は消失していた。(写真 4B) 処置ならびに経過 MRIでの画像評価では腫瘍に対して、治療 放射線療法として、4MV X線(電子線)を 前は不均一な軽度高信号を示していたが治療 由の持続動注療法の報告が多い 2)。さらに ,HFT 法は、Fuwaら 3)の報告によれば、カテーテルの 偏位、閉塞などのトラブルが認められ、さらに、 カテーテル自己抜去の危険性もあり、ヘパリン 持続点滴の厳重な管理が必要である。しかし、 連日の同時放射線治療が可能であり、抗腫瘍効 果が期待できる 1)。Seldinger法または、HF T法の利点、欠点を熟知し、症例に応じた選択 写真6 症例2の血管造影写真 顎動脈と顔面動脈にDOCとCDDPを動注した。 A : 顎動脈が造影され、上方の腫瘍血管網が造 影されている。 B : 顔面動脈が造影され、下方の腫瘍血管網が 造影されている。 が望まれる。一方、 Seldinger法、HFT法と もに脳血管障害、脳神経麻痺などの合併症を生 じる可能性があるという点では動注時には細 心の注意を払う必要がある。 本症例では、2症例とも腫瘍の主な栄養動脈 を顎動脈と顔面動脈の 2種類認めたため、カ テーテル留置に関するトラブルが少なく、腫瘍 の栄養動脈が複数認める腫瘍への動注が可能 な Seldinger法による大腿動脈からのカテーテ ル挿入を選択した。 本症例の動注時期であるが、文献によると 動物腫瘍では腫瘍血管の拡張は 15Gy照射に続 いてみられるとされていて 4)、放射線治療開始 10Gy~ 15Gy照射時に動注することで抗癌剤の 図2 超選択的動注化学放射線療法と 全身化学療法の日程(症例2) 腫瘍内濃度が上昇することを期待した。 今回、症例 1で使用した CBDCAは濃度依存性 に抗腫瘍効果を発揮する薬剤であり、その抗腫 後はほぼ消失していた。(写真 5B) 瘍効果は蛋白非結合型プラチナによってもた 有害事象は、白血球減少 Grade4、口内炎 らされ Grade3と判定し、貧血 Grade1であった。 する 6)といわれている。本症例も放射線の増感 5) 、癌細胞のDNA合成、分裂を阻害 効果を期待して、 10Gy~ 15Gy先行照射後、超 考 察 選択的動注療法を施行した。 抗癌剤に関して、症例 1では CBDCAの投与量 進展口腔癌に関して根治的に手術を行えば、 は Calvertの公式に従って、決定した。化学療 顔面変形、嚥下障害、言語障害などの障害が発 法単独であれば、AUC値は 7.0を目標値として 生する可能性が高い。近年、超選択動注化学 するが、放射線化学療法の場合は AUC値は 4.5 放射線療法において原発病巣のコントロール ~ 5.0を目標値とするため、症例 1では AUC値 が高い確率で得られるようになった。したがっ を 4.5とした 7)。 て、患者のQOLを治療により低下する。今回、 CDDPは癌細胞のDNA合成、分裂を阻害する。 患者のQOLを考慮し、根治的に超選択的動注 腎毒性に注意が必要である。 化学放射線療法を 2例施行した。 DOCは近年、細胞分裂をM期で停止させること 頭頸部癌に対する動注療法は浅側頭動脈か により抗腫瘍効果を発揮する taxan系薬剤であ らカテーテルを目的とする腫瘍栄養血管の分 る 6)。5-Fuは代謝拮抗剤であり、副作用は主に 岐部近くに設置する選択的動注、Seldinger法 白血球減少、胃腸障害、口内炎である。 を用いた大腿動脈からの超選択的動注と浅側 横山 頭動脈からのカテーテルを留置できる超選択 で有意に手術回数の減少を認めている。また、 的動注動注(HFT法)三つの方法に分類される。1) CDDPと 5-FUを用いた超選択的動注療法よりは 一般的には上顎癌に対しては浅側頭動脈経 るかに優れているといわれている 8)は CDDP単独の動注よりも DOC併用群 4)。さらに、 古阪 5)によると CDDPと DOCの超選択的動注と 2)今井茂樹、業天真之、他:頭頸部癌における 5-FU静注により舌癌 19例の全症例組織的 CRで 放射線療法併用超選択的動注化学療法の あり、また、吉岡 6)は CDDPの超選択的動注に より進行舌癌の組織学的 CRを得ている。 検討.頭頸部腫瘍29(3):463-467,2003. 3)Fuwa,N.,Ito,Y.,et al.: A combination そのため、症例 2では、CDDPと DOCの超選択 therapy of continuous supeselective 的動注と 5-FU静注施行したが、副作用に十分 intraarterial carboplatin infusion and に注意すれば、癌細胞の DNA合成、分裂、代謝 radiation therapy for locally advanced を阻害するため、効果は十分に得られると思わ head and neck carcinoma.A phase I れる。 study.Cancer89:2099-2105,2000. 有害事象に関しては、白血球減少が出現し、 4)池村邦男、大矢亮一、他:口腔癌に対する Grade4であったため、Gー CSF製剤投与にて対処 超選択的動注療法.口腔腫瘍 19巻 2号 : した。白血球減少に伴う肺炎、敗血症から死亡 25-36,2007. した症例 9、10)も報告され、注意が必要である。 5)大矢亮一、池村邦男、他:口腔癌進行症例 また、口内炎が Grade3を認め、含そう剤、ア に対する超選択的動注化学療法と放射線 イスボールによる口腔内冷却、氷嚢による皮膚 照射併用療法の経験.口腔腫瘍 8巻 4号: 冷却などで対応した。 287-293,1996. 治療効果については、2症例に対して、肉眼 6)藤内 祝 :口腔癌に対する化学療法―最近 的な腫瘍の消失と MRIで不均一な軽度高信号の の抗癌剤、投与法についてー .歯科臨床研 消失のため、臨床的 CRとした。しかし、本人 究 1:27-33,2004. の承諾を得られず、生検を施行していないた 7)古阪徹 :頭頸部癌における Docetaxel, め、病理学的 CRの確定は得られなかった。 Cisplatin,5-Fluorouracilによる超選択的 予後について、文献により調査したところ、 動注療法 .癌と化学療法 33巻 9号:1241- 古阪ら 4)は DOC、CDDP、5-Fuによる超選択的動 1246,2006. 注療法により舌扁平上皮癌に対して治療を施 8)吉岡秀郎:超選択的動注化学療法にて根治 行した結果、生存率は 92.7%(追跡期間中央値 的に治癒した舌癌症例について .大歯会誌 : 45.7か月)であった。 10-11, 2006 2. 本症例であるが、症例 1に関しては患者の希 9)L.J.C.van Warmerdam,S.Rodenhuis,et al: 望により、転院となり、予後不明である。症例 The use of the Calvert formula to deter 2に関しては、現在まで 3年 10カ月経過してい mine the optimal carboplatin dosage. るが再発、遠隔転移もなく経過良好である。 J Cancer Res Clin Oncol 121:478-486, 1995. 結 語 10)横山純吉:動注療法の位置付けと展望 頭頸部癌.癌と化学療法 29巻 2号 :169- 今回、われわれは進展した上顎洞癌に対して 175,2002. 超選択的動注化学放射線療法を施行した 2例を 11)志賀清人、横山純吉、他 :超選択的動注化 経験したので報告した。 学療法を用いた頭頸部腫瘍の治療.頭頸部 腫瘍 29巻 (3): 457-462, 2003 参 考 文 献 12)長谷川賢作、山本祐子、他:頭頸部癌に対 する超選択的動注療法の経験 .耳鼻臨床 1)藤内 祝:頭頸部癌に対する動注化学療法. 癌と化学療法 32巻13号:2024-2029、2005. 97巻 2号:147-154,2004.
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