山賀 博(鮮馬県) 文 - 東北大学

やまが
ひろし
氏名・(本籍)
山賀
博(鮮馬県)
学位の種類
理学博士
学位記番暑
理博第1021号
学位授与年月a
昭和62年3月25日
学位授与の要件学位規則第5条第1項該当
〔π〕(3,7)一p一トロポキノノファン
第五章
ハラルぼまは ぬ
葺きハ阜
次
ヒドロキシ〔π〕メタシクロファン及び単層P一ベンゾキノノファン
結語
一206一
夫平博
第四章
利嘉正
〔π〕(4,6)一p一トロポキノノファン
ア
第三章
ン井瀬間
単層トロポノファン及び単層トロポロノファン
弟_畢
フ向高平
みかハぬ
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序論
ノ授擾擾
第一章
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論文審査委員
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学位論文題自
ト究査
東北大学大学院理学研究科
(博士課程)化学第二専攻
層研主
研究科専攻
論文内容要旨
第一章
芳香環上の2点をメチレン鎖で結んだ単層ファン類は,芳香環の変形と性質の変化を知る上で
好適な化合物である。著者は本研究の第∼の主題として非ベンゼン系芳香族化合物の一貫である
トロポンに於けるこの変化を検討した。同時に検討が進んでいる〔π〕(2,7)トロポノファ
ンの異性体で,最短架橋部に二重結合をもつ単麟ファン〔π〕(3,5)トロポノファン(1α,
π罵9,1ゐ,π凱7)を取り上げ各種物理データからそれらの詳細な構造を調べ,架橋による
歪みをトロポン環がどのように受けとめるかを調べ,また己れが化学反応性にどう反映するかを
調べた。さらにその延長線上の問題として他の非ベンゼン系単層ファンヘの誘導も行ない,今ま
で知られていないトロポロノファン2α,2ゐ,3,アズレノファン4,5を合成した。
∼∼∼∼∼
次に著者は,七員環状キノンであるp一トロポキノンにおける歪みの効果を解明するため,架
橋様式を異にする二種のファン〔π〕(4,6)一p一トロポキノノファン(6,π鷺g,7,
5,4)及び〔π〕(3,7)一P一トロポキノノファン(7,π一12,8,7,6)及びその
対照化合物である〔η〕(乞6)ベンゾキノノファン(旦,π鷺9,7,6)について検討し
た。.それまでキノノファン類の研究はすべて電荷移動の研究の対象とされ,キノンの歪みと性質
の変化の問題は,あまり研究されていなかった。著者の研究によって,電荷移動型ファンに於け
る歪みの効果も正しく評価されると期待される。著者はさらに6,7,8のハイドロキノンの互
変異性についても検討を加えた。
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前期課程における勉,1みの構造,物性の検討の上に立って,それらの合成法を改良し,化
学反応を行ない,これを平面上の3,5一ジメチルトロポン9の反応性と比較した。まずヒドラ
ジンとの反応では,地,1みはいずれも9同様,アミノ化により10α,10ゐを生成し,歪みの
∼∼∼∼∼
差が現れないが,光増感酸化を行なうと,9では2,5位で付加したi3が主生成物(11:13灘3
7)であるのに対し,〔9〕架橋のhでは,4,7位で付加した12が主生成物であり(12α:
ま4α一8:2),16の反応では1%のみが選択的に生成し,架橋による反応性の差が明瞭
に現れた。この生成比の変化は,トロポン環の変形に伴う,立体的な因子と,電子的な因子が,
ファン類における4,7位での付加を有利にしたものとして説明された。
次にこれらの反応を足がかりに,トロポロノファン,アズレノファンヘの変換を試み,10α,
i%から相当するトロポロノファン2α,%を14αから同様3を合成した。また1αの合成過
程で副成する臭化物15より,数段階でアズレノファン4,5を合成した。
更に,得られた2α,%の物性,反応性を検討した。赤外,電子,NMRスペクトルから,
これらトロポロノファンに於て,トロボロン環はほとんど平面状であり,したがってトロボロン
はトロポンに比し,より平面性を保とうとする性質が強いことが明らかになった。この性質は,
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水酸基水素の高速互変異性のためであると思われる。また,メタ架橋体である2α,26を架橋
鎖の位置に関するパラ異性体i6α,166と比較すると,2α,2ゐは,16α,166に比べ歪みの
影響は小さいこともわかった。
第三章
〔π〕(広6)置換型のP一トロポキノノファンは,全く合成されておらず,キノン環変形
の様式,物性,化学性がどのように変化するか,又6のハイドロキノンがどのような挙動を示す
か興味がもたれた。
〔4〕(妬)一Pト・ポキノノファン寧
〔43架橋については,著者が既に前期課程で,ハイドロキノン誘導体17を合成しており,そ
の加溶媒分解を試みたが,水和物19,アセタール体2iを得るのみであった。このうち19は,生成
したハイドロキノンに相当するトリケトンから反応したと考えられ,i7,18が水酸基吸収をもた
ないことと考えあわせ,〔43架橋体では,七員環がすべて3p2化する23α,236のような型は,
エネルギー的に不利であると考えられた。次に24に対し,加溶媒分解とともに脱臭素を行なった
が,64は得られず20,22を生成した。20は200℃に加熱,脱水すると26を生成するが,これは
6♂が脱CO反応を起こし,さらに還元されたものと考えられた。次にシリルエノレート体25を
合成し,フッ素イオンによる反応を試みたが,π一B勘NFでは,アンモニウム塩に微量に含ま
れている水により,20が生成し,無水DMSO申,無水KFとの反応では,26が生成し,66が室
温下でも脱CO反応を起こすことが示唆された。そこで20に対し,ピリジンー4-5中で,一20℃
で塩化チオニルを作用させたところ,PMRスペクトルでδ5.44pp窩に一重線を示す化合物を
生成し,o-PDとの反応により,これが64であることが示唆されたが,CMRなど,さらに
確かな証拠を得るには到らなかった。最後に64,20の分子力場計算(MMPI)を行ない,それ
ぞれの最安定配座の歪みエネルギー(SE;6♂,52.4ん。α4/肌04,20,一〇.5勧磁/那04)か
ら,6dは歪みを減ずるために水和を起こすことを知った。
〔5〕(4,6)一p一トロポキノノファン旦。
既知物の酸化により得られたジオール27に対して,SωεTπ酸化を行ない,シリルエノール化
すると,28,29,30が得られた。このうち30は,i30℃に加熱すると脱水して3iとなり,i9が
180℃まで脱水しないのと対照的であるが,3工をDDQ酸化しても,60の生成は,認められなか
った。
〔9〕及び〔7〕(4,6)一p一トロポキノノファン至α・旦6
第二章で得られたエンドパーオキシド12α,12みに対してトリエチルアミンを作用させ,ハイ
ドロキノン体を得ようとしたが,32,33を生成した。32は塩基性条件下で,容易に33に転位し,
トロボロン型とならず,DDQをはじめとする各種酸化剤に抵抗し,6を得ることはできなかっ
た。また33も,クロム酸等の酸化をうけず,酸によってもトロボロン型への転位は起こらなかっ
た。これらの事象は,安定なトロポロノファン2α,26に水酸基がひとつ導入されただけで,
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その異性体に対し,エネルギー的に不利になることを示している。
第四章
二層ファン34,35との比較に興味をもち,一連の〔π3(3,7)置換p-1・ロポキノノファ
ン7を合成し,検討した。合成は,36を患発物として,ジチアファンを経由して行ない,ハイド
ロキノン36経て〔12〕〔8〕〔7〕架橋体を得ることができた。〔6〕架橋体は,ビススルホン
体の熱分解により,脱硫体が得られなかった。得られたハイドロキノン体は,いずれも5一ヒド
㌧、
ロキシトロポロン型37で存在すること,分子間の加面面オ漉4型の水素結合が存在することが,
そのスペクトルにより示唆された。ジメトキシ体38も,架橋の減少に伴なう規則的なスペクトル
の変化が観察された。
7のCMR及びPMRスペクトルには,架橋の減少に伴う,4,2位カルボニルの分極鰍害と
5位カルボニルのオレフィン部との共役の減少を示し,分子力場計算により予想されたト耳コポキ
ノン礫の舟型の変形を裏づける。また,フレキシブルな七員環構造を有するトロぷキノン環は,
〔8〕架橋体で既に大きく変形しており,〔7〕架橋体となっても更に大きく変形しないことも
わかった。このような変形に伴い,〔7〕〔8)架橋体の半波還元電位も対応するジメチル体に
比べ約0.1V減少しており,歪みによるLUMO準位の上昇が評価できた。これをもとにして,
二層ファン35α,35みにおいて,CT相互作用に起画するLUMOの準位の上昇は,いずれも
0.9εVと評価される。またファン類のボルタムグラムには,酸化波に康因不明の山が現われて
おり,セミキノンラジカルの不安定性が示唆される。
7の系列のうち,歪みが大きい(8〕および〔7〕架橋体は,6♂と同様に,安定な畷状水和
物39α,3%を生成する。しかし,これらは,20とは異なり加熱や,分子ふるいにより7を再生
することがわかった。
第五章
短架橋体においてシクロヘキサジエノン等の寄与が観察される可能性のあるヒドロキシ〔π〕
メタシクロファン40を合成し,その物性を鹸討したが,架橋の減少による物性変化は〔π〕メタ
シクロファンの場合に準ずるものであり,シクロヘキサジエノン構造の寄与は,〔6〕架橋にお
いても観察されなかった。しかし,さらにひとつの水酸基が導入され,ハイドロキノン型になる
と,o一型では〔6)架橋において,p一型では〔9〕架橋体でケト形(廻及び望)が単離され,
フェノール型が相対的に不利になることがわかった。これは,トロボロン体の結果と軌を一にす
る。〔9〕架橋体,〔7〕架橋体は,43からベンゾキノノファン8べ導くことができたが,〔63
架橋体は,キノンにすることができなかった。このキノン8・は既知の方法で合成した。
これらの物性を検討した結果,p一ト蔚ポキノノファンヱの場合とは異なり,p一ベンゾキノ
ノファン8では,架橋の減少に伴い徐々に変形の影響が現われ,赤外およびNMRスペクトルで
その変化は顕著である。また,これらのスペクトルから,変形の様式は,特に1位のカルボニル
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炭素が大きくまがっていく乙とが示され,同じ炭素数の架橋周志で比較すると,二属ファンの方
が歪みが少ないことが示された。このような変形に伴い,7と同じく半波還元電位の減少がみら
れ,特に80では,ジメチル体に比べ一〇.25Vに達した。またこれらの電位をもとに二層ファン
44,45のCT相互作用によるLUMOの上昇を見積ると,少なくとも0.12eVであることがわか
った。これらのファン類のボルタムグラムは,どれも2段階で擬可逆的であり,不安定とされた
ハイドロキノンも測定条件下では安定に存在することがわかる。
第六章
以上述べてきた結果をまとめると,1α,坊,2α,20は,いずれも架橋による物性,反
応性の変化は小さく,特に2α,2ゐは,平面性を保とうとする性質が強く,ケト型の寄与は,
観察されない。しかしながら,2にひとつの水酸基が導入されると,もはやトロボロン型では存
在しなくなる。これはヒドロキシ〔π〕メタシクロファンにおいても同様である。p一ト獄ポキ
ノノファン7は〔8〕架橋体で既に大きく舟型に変形し,〔7〕架橋となってもほとんど変化し
ない。これは,p一ベンゾキノノファン8で〔9〕,〔7〕,〔6〕と徐々に1位カルボニルが
変形してゆくのと対照的である。これらの変化に伴い,7,8のいずれにおいても単波還元電位
の減少がみられる。7,8の値をもとに二層ファンのCT相互作用によるLUMO準位の上昇を
見つもることができた。その値は,p一トロポキノノファンで∼0.9eV,p一ベンゾキノノファ
ンで≧0.12eVであった。
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論文審査の結果の要旨
単層ファンは芳香環の架橋による変形およびそれに伴なう物理性,化学性の変化を研究するの
に好個の化合物であり,すでにベンゼン系化合物に於て種々の興味ある結果が得られている。著
者は本論文に於て非ベンゼン系芳香族の一つであるトロポンの3,5位を架橋した〔π〕(3,5)
トロポノファンと,7員環状キノンであるp一トロポキノンを架橋した〔幻(4,6)一および
〔π〕(3,7)一p一トロポキノノファンさらには〔π〕(2,6)ベンゾキノノファンについて研
究した。
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第一章に於てファン類の化学と上記二種の非ベンゼン系ファン研究の意義を概説した後,第二
章で〔π〕(3,5)トロポノファン(π=9,7)を合成し,その反応性を非架橋体と比較し
た。求電子置換反応では架橋の影響は現れなかったが,一重項酸素による覆状付加反応では明ら
かに歪の影響が現れ,これを立体的な因子と電子的な因子から考察した。さらにこの反応を利用
して相当するトロポロノファン,アズレノファンを合成した。
第三章では〔π3(4,6)一p一トロポキノノファン(π罵4,5,7,9)の合成の試みに
ついて述べている。いずれも巣離するには到っていないが,その過程において極めて興味ある異
常反廊が多く観察された。π鷺4の化合物について低温,無水の条件下で目的物のものと思われ
るスペクトルが観測された。また,前駆体がケト型で存在するなどトロボロンの安定性に関し興
味ある知見が得られた。
第四章に於て著者は〔π〕(歌7)一p一トロポキノノファンの合成を行なった。この場合
は〔6〕架橋体は得られなかったが,〔73〔8〕〔i2〕架橋体が合成され,また前駆体がトロ
ボロン型で存在するなど前章の系列と大きく異なっている。これらのキノン体の各種スペクトル
を測定し,その結果から〔12〕架橋体が平面状トロポン環を持つのに対し,〔8〕ではすでに非
平面化し,その程度は〔73でも同様であることを示唆した。また半波還元電位の測定から歪の
影響を調べ,〔7〕〔83架橋体に於て歪によるLUMOの上昇を観測した。この結果に基づい
てすでに合成されている二層キノノファンに於ける分子内電荷移動相互作用を評価した。
第五章では〔π〕(2,6)一P∼ベンゾキノノファンを合成し,その物性を検討した。その
結果,これらのファンは前章同様架橋により変形するが,その程度は架橋鎖の短縮と共に増大す
ることがわかった。この場合も歪によるLUMOの上昇が観測され,前章同様二層ファンに於け
る分子内電荷移動相互作矯が評価された。第六章では全篇に対する結論をまとめている。
以上著者は一連の単暦トロポノファン,トロポキノノファン,ベンゾキノノファンに於て,架
橋による歪の影響を評価し,芳香族化学に貢献し,同時に自ら懲立して醗究活動を行うに必要な
高度の研究能力と学識を有することを示した。
よって由賀博提出の論文は理学博士の学位論文として合格と認める。
一2i3一