4. 食道癌の外科治療 (1)胸部食道癌の標準手術(開胸手術) 大阪大学大学院消化器外科 山﨑 誠,土岐 祐一郎 Makoto Yamasaki / Yuuichirou Doki はじめに 胸部食道癌に対する食道切除・ 本稿では,標準治療としての胸 意とするアプローチを採用すると 部食道癌に対する右開胸食道亜全 よい。当科では第 4 肋間前側方切 摘,後縦隔胃管再建術について, 開による開胸を基本としている。 リンパ節郭清は侵襲が大きく,高 とくに胸腔内操作を中心に,当科 度な外科技術が要求される手術で で行われている手術手順に従って B.右上縦隔郭清 ある。今日では多くの施設で行わ 解説していく。リンパ節名は『食 右上縦隔の郭清範囲は図 1 に示 れるようになっているものの,術 道癌取扱い規約』第 10 版 1)に則っ 後合併症の頻度や予後などの治療 た。 すとおりである。 気管右側壁の縦隔胸膜越しに透 成績が施設により異なっているの 見される右迷走神経を確認し,神 が現状である。したがって,食道 経に沿って胸膜を切開する(図 1 胸部操作 癌手術では他の消化器癌よりもさ の赤線) 。右反回神経を起始部 (右 らに厳しいリンパ節郭清が求めら A.開 胸 迷走神経と鎖骨下動脈の交差点) れると同時に,温存すべき神経や 開胸のアプローチは,前側方・ で確実に同定し,鎖骨下動脈の下 血管を確実に温存する正確な手術 後側方・腋窩切開のいずれかで行 を回り込んで走行する反回神経背 操作が求められる。 われることが多いが,各施設で得 側 の リ ン パ 節(#106recR) を 郭 鎖骨下動脈 食道 右反回神経 右迷走神経 奇静脈 右気管支動脈 図 1 右上縦隔郭清 82 コンセンサス癌治療 VOL.11 NO.2 下行大動脈 左下肺静脈 食道固有動脈 胸管 胸管 心囊 ② 左肺 透見された左肺 b ① 大動脈 奇静脈 椎体 c a:仰臥位にて足側よりみた模式図 図 2 中下縦隔郭清 清 す る( 図 1 の 黒 点 線 ) 。 ま た, け温存している。 すると心囊と食道の間は疎な結合 組織なので,心囊壁に沿って左胸 気管前(#106pre)リンパ節を郭 清する場合,図 1 の赤点線に示す D.中下縦隔郭清 膜まで剝離し,背側からの剝離層 領域を郭清する。 中下縦隔では,食道の背側と腹 と合わせる。前後から全周性に剝 側から挟み込むように郭清する(図 離を終えたら,頭尾側に剝離層を 2a) 。 広げていく。尾側では横隔膜脚に C.奇静脈の切除,右気管支動 脈の同定・温存 食道背側の郭清(図 2a ①,図 沿って食道裂孔を全周性に露出さ 奇静脈弓は上下の奇静脈合流部 2b) :奇静脈に沿って胸膜を切開 せるところまで,頭側では左下肺 と上大静脈流入部で二重結紮のう し,下行大動脈前面に沿って,左 静脈の下縁の高さまで剝離して, え切除する。第 3 肋間動脈より分 肺が透見されるまで剝離する。下 気管分岐下の郭清に移る。 岐し奇静脈弓と食道の間を通り, 行大動脈表面の剝離の際,前面か 右気管支基部に向かう右気管支動 らは食道固有動脈があるので,確 E.気管分岐下の郭清 脈を同定・温存する。右気管支動 実に結紮やクリップで止血する。 気管分岐下の郭清では,迷走神 脈の切除・温存に対する確立され 胸管を合併切除する場合には,周 経・気管支動脈の走行を確実に同 たコンセンサスはないが,当科で 囲組織とともに確実に結紮する。 定し,可及的に温存しながら,右 は温存できる症例においては気管 食道前面の郭清(図 2a ②,図 主気管支(#109R)から気管分岐 の血流を良好に保つためできるだ 2c) :心囊に付着する胸膜を切離 部(#107) ,左主気管支(#109L) 83 特集 ■ 食道癌の治療 右迷走神経 左気管支動脈 右迷走神経肺枝 右気管支動脈 左迷走神経肺枝 #107,#109 リンパ節 左迷走神経 #107,#109 リンパ節 a b 図 3 # 107,# 109 郭清 の下縁に付着するリンパ節を郭清 背側への牽引(図 4b ②)をかける からの枝や迷走神経心臓枝を損傷 する(図 3a,赤線) 。#109L 郭清 ことが重要で,この操作で左反回 しないように注意する。 では,左下肺静脈の上縁で分岐す 神経とともに #106recL が視野に る肺枝までを温存し,尾側の迷走 現れる(図 4) 。術野が確保できた I.ドレーン挿入,閉胸 神経は切離する(図 3b) 。左迷走 ら,気管左側壁を鋭的に剝離して, 開胸創の 2 肋間下の後腋窩線よ 神経を温存しながら,頭側に郭清 左反回神経を取り巻く線維や食道 り右肺尖部背側に太いドレーン を続けていくが,迷走神経と交差 枝を切離しながら,#106recL リン (10mm シリコンドレーン,24Fr ト する左気管支動脈を認めることも パ節を一塊にして郭清する。胸部 ロッカーなど)を挿入し,閉胸す 多く,損傷しないように注意する からの反回神経リンパ節の郭清 る。 (図 3b) 。 は,胸管が鎖骨下動脈を横切る高 さまでとしているが,頸部からの F.食道の離断 操作で十分郭清可能であるので, 腫瘍の局在にもよるが,基本的 無理に胸部から郭清を進める必要 に上縦隔で食道を離断する。離断 はない。 の際には胸管や気管を損傷させな 開腹,用手補助腹腔鏡(HALS) , 腹腔鏡などのアプローチがある。 食道切除再建時の胃管作成におけ いよう食道のみを剝離して linear H.#106tbL,#106pre の郭清 るポイントのみ概説する。リンパ stapler で切断する。#106recL の郭 #106tbL,#106pre は 不 必 要 に 節郭清は胃周囲(#1,#2,#3) ,腹 清時の牽引に用いるため,食道周 広範囲に郭清すると気管虚血をき 腔 動 脈 系(#7,#8a,#9,#11p) , 囲の剝離は切断可能な範囲のみに たす可能性があるので,癌の根治 腹部食道周囲(#19,#20)であり, 留めておく。 と安全性のバランスを考慮して郭 胃癌における郭清と同様であり,本 清範囲を決定するように術前のプ 稿では省略する。 G.左反回神経の同定,#106recL ランを立てておくことが重要であ る。 郭 清 時 の 注 意 点 と し て は, A.胃大彎側の授動 左反回神経周囲の郭清は気管左 #106tbL では大動脈弓下から出る 胃 大 網 動 脈 よ り 3cm 程 度 離 れ 側(術野では気管の奥) (図 4a) 左気管支動脈がリンパ節の間を通 た大網を切離しながら,左胃大網 にあるため,気管膜様部のロー るので可能な限り温存して郭清す 動脈を根部で結紮切離する。左右 テーション(図 4b ①)と食道の る。また,#106pre では上大静脈 の大網動脈は合流しない症例も多 の郭清 84 腹部操作 コンセンサス癌治療 VOL.11 NO.2 左鎖骨下動脈 ① 気管 左反回神経 左反回神経食道枝 ② 左肺 椎体 胸管 a:仰臥位にて足側よりみた模式図 b:視野展開後の模式図 食道 左反回神経食道枝 ① ② 左反回神経 c:視野展開の例 図 4 # 106recL 郭清 ①気管のローテーション ②食道の牽引 く,大網内のアーケードからの血 トワークを重視して作成された胃 干異なるが,本稿では後縦隔経路 流を期待して大網を多く残す施設 管である。各施設で慣れた方法を について述べる。胸腔操作で準備 もあるが,胃内の壁内ネットワー 行うことが勧められるが,それぞ しておいた連結糸に胃管先端を接 クにより左胃大網動脈の領域の胃 れの胃管の特徴を生かして作成す 続して挙上する。挙上前の準備と の血流は維持されるので必ずしも る。幽門形成の意義は議論のある しては,胃管が締め付けられない その必要はない。 ところではあるが,当科では用手 ように食道裂孔を開大し(4 横指 的に幽門形成を施行している。 が入る程度に横隔膜脚左縁を切離 B.胃管作成 現在よく用いられている胃管 は,大彎側細径胃管と亜全胃管の する) ,胃管に傘袋をかぶせて挙 再 建 2 種類である。前者は右胃大網動 A.挙上経路作成 脈の血流を,後者では胃壁内ネッ 胃管の挙上は再建経路により若 上時の抵抗を減らして副損傷を防 いでおく。 85 特集 ■ 食道癌の治療 a:残食道にアンビルヘッド挿入 b:自動吻合器の装着 c:自動吻合器の合体 図 5 Circular stapler による食道胃管吻合 B.胃管挙上 あるが,本稿では circular stapler D.ドレーン挿入,閉創 胃管を挙上する際には,胃管お を用いた器械吻合(端側吻合)を 腹部には左横隔膜下にドレーン よび血管の損傷を起こさないよう 86 述べる。 を挿入し,腹壁は 2 層で閉腹する。 に愛護的に行う。そのとき,頸部 頸部食道にまつり縫いをかけア からの引きと腹部からの押しの協 ンビルヘッドを挿入する(図 5a) 。 合には,両側頸部外側に S-B tube 調が重要であり,頸部からの過度 また,胃管先端からアンビル本体 などの吸引式ドレーンを挿入し, の引っ張りは胃管の損傷につなが を挿入(図 5b)し,できるだけ尾 閉創する。頸部からの吻合部への るので注意する。また,胃管がね 側の後壁大彎寄りで吻合する(図 ドレーンは留置していない。 じれないように胃管に指を添えな 5c) 。胃管先端を縫合器で切離, がら腹腔内より送り込む。 断端を閉鎖する。吻合部からは 1 ●文献 横指以上開けて切離するように心 1) 日本食道学会編:食道癌取扱 C.吻合 がける。胃管先端の埋没が終了し 手縫い吻合,circular stapler に たら,腹腔内より胃管を緩やかに よ る 器 械 吻 合,linear stapler に 牽引し,食道・胃管のたるみをとっ よる三角吻合やデルタ吻合などが ておく。 頸部は,3 領域郭清を行った場 い 規 約, 第 10 版 補 訂 版, 金 原出版,東京,2008.
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