教科教育と「こども堺学」 大阪府立大学大学院 21 世紀科学研究機構教授 山東 功 中学校学習指導要領の第 10 節には、 「その他特に必要な教科」として「地域や学校の実態 及び生徒の特性等を考慮して,特に必要がある場合」、学習指導要領で定められている 9 教科 以外に、必要に応じて教科を設けることができると明記されている。この「その他特に必要 な教科」の位置づけについては、高等学校学習指導要領にある「学校設定教科」や「学校設 定科目」と同様に、学校独自で設定できる教科となっており、地域や学校の実情に応じた柔 軟な対応が期待できる教科となっている。なお、小学校学習指導要領には、こうした「その 他特に必要な教科」に関する規定は特に示されていない。 一方、学習指導要領には、教科の枠組みを超えて児童・生徒の自発的な課題学習を促すも のとして「総合的な学習の時間」が設けられている。これは「道徳」や「特別活動」 (小学校 では「外国語の活動の時間」も含む)などとともに、教科外活動として位置付けられている。 具体的な取り組みについては、先の「その他特に必要な教科」と同様、教育現場に運用が委 ねられており、こちらも地域や学校の実情に応じた柔軟な対応がなされている。文部科学省 においても、平成 22(2010)年に『今、求められる力を高める総合的な学習の時間の展開(小 学校編)(中学校編)』を刊行し、実践例や教育活動に対する啓発に努めている。 このように、新たな教育展開を試みようとする場合、 「その他特に必要な教科」として逆に 教科の枠組みを利用する方法と、 「総合的な学習の時間」を利用する方法の二種類が考えられ るけれども、いずれが適切であるかは、それこそ地域や学校の実態に応じて異なってくる。 ただし、小学校学習指導要領には「その他特に必要な教科」に関する規定が存在しない分、 小学校・中学校の連携を考える場合には、 「総合的な学習の時間」の方が柔軟に対応できる可 能性が高い。一方、中学校・高等学校との連携を考える場合は、より専門性を重視するとい う観点から、新たに教科を設ける方が効果的であるとも考えられる。教育課程の設計は、何 を目的とするのかによって多いに変わってくることは十分留意すべき点である。 さて、新たな教育展開については、こうした二種類の方法に拠る以外にも方法が存在する ことも事実である。それは教科教育の内容を充実させていく方法である。具体的には、各教 科における学習内容を横断的に束ねていくことで、 「その他特に必要な教科」や「総合的な学 習の時間」に相当する教育効果を挙げている実例が、全国各地の学校に存在している。有名 な例では、釜石市の津波防災教育が挙げられる。釜石市、釜石市教育委員会、群馬大学災害 社会工学研究室作成による「釜石市津波防災教育のための手引き」 (平成 22 年)には、 「各教 科での地震・津波防災に関する知識の取り込み」として、それこそ全教科にわたる津波防災 の観点からの教材例が示されている。これは、手引きの「はじめに」で述べられた「内陸出 身の教員が多いため、教員自身も津波防災に関する十分な知識を有しているわけではない。 津波防災教育のための時間の覚悟が難しい。津波防災教育のためのテキストや資料がない。 防災教育として,何を教えていいのかわからない。」といった多くの課題に対応するために作 成されたものである。 実際、新たな教育展開に関する問題点については、ここに全て出尽くされていると言って よい。すなわち、教育展開については、1)教員教育(養成)の観点、2)教育課程の観点、 3)教材の観点、4)指導法の観点、のいずれもが十全でない限り、こうした取り組みは画 餅に帰すことになってしまうからである。現場にいる教員は、常に児童・生徒に接する中で 教材や指導法に関する修練を行っており、新たな教育展開についての実践例などは、それこ そ多くのところで目にすることができる。教育系学会・研究会における実践報告などは模範 例の宝庫であり、これらをふまえない教育展開など、一種の退行であるともいえる(まして や、それらを看過する議論は児戯的に等しい)。それゆえに、問題は1) 、2)の、専らシス テムに関する点が極めて重要になってくるのである。つまり、新たな教育展開における教育 システムの問題である。 現在の教員養成システムは、小学校教員も含めて「教科」を中心に構成されている。した がって、環境(防災)や国際社会といった教科を横断するような教育内容については、どう しても扱いが不十分になりやすい。その疎漏を補うためにも「その他特に必要な教科」や「総 合的な学習の時間」が設けられているのであるが、これも教員養成や教育課程の現状とあま り連関していないため、理念的な内容に留まってしまう例が極めて多い。これは教員の採用 や研修を含めて、システムで考えなければならない問題だからである。 今回取り組まれている「こども堺学」が、そのまま「総合的な学習の時間」をスライドし たものであるならば、逆に「総合的な学習の時間」の内容を限定させてしまうか、逆に極め て拡散させてしまう恐れがあるだろう。全国の学校で行われている総合学習の成果と全く変 わらないならば、わざわざ「こども堺学」などと称する必要はないからである。また、地域 の教材に限定させすぎた総合学習の場合、それこそ、緑茶には詳しいが紅茶については全く 知らない、などという偏った知識体系が身についてしまう可能性すら存在する。むしろ、そ うした「総合的な学習の時間」こそ、地域や学校の現場に精通した教員の創意工夫に任せる べきであり、目指すべき「こども堺学」では、教育内容を精査した上に各教科内容との連関 を図った、真の教科横断型体系の構築に取り組むべきであるように思われる。 具体的には、環境(防災)や国際理解、地域社会の歴史・文化といったトピックを、全教 科の中に落とし込みながら、それらを包括するものの一つとして「総合的な学習の時間」を 利用するというものである。この場合、評価や教材の問題も教科を中心にしていけば問題点 は少なくなる。教育課程に関していえば、新学習指導要領の実施によって現在のカリキュラ ムはほとんど飽和状態である。そこに「その他特に必要な教科」などを週 1 時でも設けるこ とは、よほどの創意工夫が必要であろう。それならば、各教科において「こども堺学」の要 素を加味した教育内容を付加し、それらを束ねていくことでも、十分な教育効果が挙げられ るはずである。 「こども堺学」の実現に向けては、教科教育との関係をどのように構築するのかが鍵とな ってくることを、おそらく最も体感しているのは、現場の教員たちである。今後は、こうし た教員の声に耳を傾けていくことで、教育内容の充実を図っていくことができれば、と切に 願う。
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