遷移金属錯体の構造探索

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遷移金属錯体の構造探索
脇岡, 正幸
京都大学化学研究所スーパーコンピュータシステム研究
成果報告書 (2014), 2014: 34-35
2014
http://hdl.handle.net/2433/186400
Right
Type
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Article
publisher
Kyoto University
平成 25 年度
京都大学化学研究所 スーパーコンピュータシステム 利用報告書
遷移金属錯体の構造探索
Investigation into the structures of organometallic compounds
元素科学国際研究センター 遷移金属錯体化学
脇岡正幸
背景と目的
パラジウム触媒によるヘテロアレーン類とハロゲン
Scheme 1
化アリールの脱ハロゲン化水素型のカップリング(直接
(a)
的アリール化)は、有機金属反応剤を必要としない原子
Pd cat.
Ar–X + H–Ar'
効率に優れたクロスカップリング反応として注目を集
めている(Scheme 1a)。最近では、有機薄膜太陽電池な
(b)
どへの応用が期待されているπ共役系高分子の合成に
Ar–Ar'
base
–HX
Ar–X, RCO 2 –
Ar–Ar'
PdL n
も応用され、我々のグループを含めて活発に検討されて
いる。今後、活性と汎用性に優れた重合触媒を開発する
X–
(d) reductive
elimination
Ar
(a) oxidative
addition
Ar
L n Pd
L n Pd
ためには、直接的アリール化の反応機構に基づき、直接
Ar'
C3
的アリール化反応に対するヘテロアレーン類の反応性
を支配する因子を知ることが重要である。 L n Pd (H–Ar')
RCO 2H
直接的アリール化反応は、クロスカップリング反応と
(b) coordination
(c) C–H bond
cleavage Ar
C2
C1
O2CR
H–Ar'
O2CR
類似の触媒サイクルにより進行するものと考えられて
いる(Scheme 1b)。クロスカップリング反応との違いはアリール錯体 C1 からジアリール錯体 C3 が生
成する過程にある(step b–c)。この過程について DFT 計算を用いた詳細な研究が行われ、アリールカル
ボキシレート錯体 [PdAr(O2CR-κ2O)L] を中間体とする concerted metalation–deprotonation(CMD)機構に
よりアレーンの C–H 結合切断が起こり、ジアリール錯体が生成する過程が提唱された。しかし、アレ
ーンの C–H 結合切断に対して十分な反応性を示すアリール錯体 C1 は合成されていなかった。そこで
本研究では、直接的アリール化の反応機構に関する情報の収集を目的として、C–H 結合切断に対して
活性を示すアリール錯体の開発を行うとともに、開発したアリール錯体とヘテロアレーン類との反応
ついて速度論的手法ならびに DFT 計算を用いて解析した。
Scheme 2
結果と考察
種々検討の結果、アセテート架橋の二核あるい
H
Me
は四核錯体 [PdAr(µ-O2CMe)(PPh3)]n(C4)が 2-メ
O
チルチオフェン 1 と容易に反応し、対応する直接
O
2/n
的アリール化生成物 2 をほぼ定量的に与えるこ
Ar
C4a–c
とを見出した(Scheme 2)。この反応では、錯体
Ar
C4a Ph
C4b 2-MeC6H 4
C4c 2,6-Me2C6H 3
C4 の半量が 2 とパラジウム黒に変わり、残りの
半量がビスホスフィン錯体 C5 に変換される。ま
た、溶液 IR スペクトルと反応速度の解析結果か
n
2
2
4
ら 、 多 核 錯 体 C4 は 溶 液 中 で 単 核 錯 体 Pd
O
C1a–c
PPh 3
n
Ar
O
2 Me
Pd
Ar
S
2
PPh 3
Me
S
1
(5–30 eq/Pd)
1,4-dioxane
or THF
+ Pd-black + AcOH
Me + PdAr(OAc)(PPh 3)2
C5a–c
Chart 1
[PdAr(O2CMe-κ2O)(PPh3)](C1)との平衡にあり、
N
C1 が真の活性種として 1 と反応することが明ら
H
Me
S
3 (0.39)
かとなった。
錯体 C4a–c は、Chart 1 に示す種々のヘテロア
レーン類と反応して対応する直接アリール化生
Me
成物を生成した。括弧内に、競争反応(1,4-ジオキ
S
S
5 (8.2)
34
H
H
S
4 (1)
H
S
(3.9)
N
Ph
S
(35)
H
C6F 5 H
(95)
サン, 90 °C)により求めたフェニル錯体 C6a に対する相対反応性比を示す。ビチオフェン 5 は、構造的
類似性が高いにも関わらず、モノチオフェン 1 に比べてかなり高い反応性(8.2 倍)を示した。また、ベ
ンゾチアゾール 3 (pKa = 27)は、チオフェン 1 (pKa = 42)よりもはるかに酸性度が高いにも関わらず、
かなり反応性が低いことが分かった。そこで次に、これらの理由についてモデル錯体
[PdPh(O2CR-κ2O)(PH3)] (C1d)を用いて DFT 計算による解析を行った。
Figure 1 に 1 の反応座標を示す。反応は、1 の配位、CMD 機構による C–H 結合切断、ジアリール錯
体 C3d からの還元的脱離の三つの素反応により構成され、還元的脱離の遷移状態(TSRE)がエネルギー
的に最も高かった。すなわち還元的脱離が直接的アリール化反応の律速段階である。この結果は、1
の重水素化ラベル実験の結果(kH/kD = 1.0)とも一致した。ビチオフェン 5 も同様の経路で反応し、1 の
反応に比べて還元的脱離の遷移状態が少し低いことが分かった。 ‡
Me
Ph
S
H
‡
O
Me
O
Pd
O
Pd
H
O
PH 3
TSRE
TSCH
Ph
H
Ph
S
Pd
Me
S
O
‡
Me
O
PH 3
Me
25.2
21.2
PH 3
C3d
Me
13.9
TSCO
substrates
C1d + 1
Me
+ PH 3 C1d
S
O
Ph
H
O
Me
Pd
Me
S
Pd
O
H
O
Me
Ph
Ph
S
1.9
0.0
O
Me
C2d
5.8
H 1
PH 3
C3d
Pd
O
Me
products
S
–11.8
Ph
Pd
PH 3
PH 3
C2d
Figure 1. Energy change (ΔG, kcal/mol) in direct arylation
[PdPh(O2CMe-κ2O)(PH3)] (C1d) estimated by DFT calculations.
of
+ MeCO 2H
2-methylthiophene
(1)
with
一方、ベンゾチアゾール 3 と C1d との反応では、右の図のように 3 が窒素原子により
パラジウムに配位するため C–H 結合切断の前駆錯体となる配位錯体が顕著に安定化し
S
(ΔG = –5.0 kcal/mol)、この安定化エネルギーが律速段階である C–H 結合切断(kH/kD = 3.3)
H
‡
の活性化エネルギーに加算されるため(ΔG = 23.8 + 5.0 = 28.8 kcal/mol)、反応が遅くなる
ことが分かった。実際、C1c と 3 の配位錯体(C2c’)が結晶として単離された(Figure 2)。
O
N
Ph
Pd
O
PH 3
Me
従来、直接的アリール化反応に対するアレーン類の反応性は
C–H 結合切断過程のみを考慮に入れて議論されることが多かった。
これに対し本研究の結果は、直接的アリール化が多段階反応であ
り、素反応の各段階が複雑に絡み合ってアレーン類の反応性が変
化していることを示している。
参考論文
(1) Wakioka, M.; Nakamura, Y.; Hihara, Y.; Ozawa, F.; Sakaki, S.
Organometallics 2013, 32, 4423.
Figure 2. ORTEP drawing of
C2c’ with 50% probability
ellipsoids.
(2) 脇岡正幸、小澤文幸 OM News 2013, 66.
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