医学博士 医第2102号 東北大学医学部医学科卒業 乾癬における補体の

おおこうちきょうこ
氏名(本籍)
大河内亨子(神奈川県)
学位の種類
医学博士
学位記番号
医第2102号
学位授与年月日
平成元年2月22日
学位授与の要件
学位規則第5条第2項該当
最終学歴
昭和55年3月
東北大学医学部医学科卒業
学位論文題目
乾癬における補体の動態に関する研究
(主査)
論文審査委員
教授田上八朗
教授菅村和夫
一517一
教授橘武彦
論文内容要旨
乾癬は乾燥性の紅斑が全身のどこの皮膚にでも生じる慢性疾患である。乾癬の典型的組織像で
は真皮乳頭部の拡張した血管から白血球が表皮内へ遊走し,角層下に集積するという,きわめて
特徴的な所見が認められる。ところで,乾癬および類縁の角層下に無菌性膿疱をみる疾患では,
共通して角層抽出液中に分子量12,000daltonsの強い白血球走化性因子が認められ,乾癬性白
血球走化性因子(PLF)と呼ばれている。PLFの活性の一部はC5adesargの存在によるこ
とが確かめられており,これらの疾患では皮膚病変部で補体が活性化されている可能性がある。
本研究では乾癬における特有の炎症性変化に注目して,炎症性変化に対する補体の関わりを調べ
るため,乾癬の皮膚病変と血液中の補体アナフィラトキシンの濃度を測定し,また血液中の補体
制禦蛋白について検索した。
対象
乾癬のべ225例,掌蹠膿疱症37伊rしばら色粃糠疹などその他の炎症性皮膚疾患」34伊L胼胝腫
などの非炎症性皮膚疾患5例と健常者170例を対象とした。
方法
①角層抽出液の作製:鱗屑を100μg/m]のストレプトマイシン(SM)を含むPBSpH7.4で
洗浄し乾燥させ乾燥重量の20倍のPBS-SM(pH7.4)中で破砕,ホモジェナイズし,11,0009
15分遠心して得られた上清を角層抽出液とした。
②吸引水疱の作製:腹部皮膚に2mldisposablesyringeの外筒のみを固定し,これを200
mmHgの陰圧で持続的に吸引して得られた吸引水疱より水疱液を採取し,最終濃度が0.01Mとな
るようEDTAを加えた。
③desarg型を含むC3a,C4a,C5aアナフィラトキシンの測定はRIAキット(Upjohn)
を用いて行なった。
④Clinhibitor(ClINH),C4結合蛋白(C4bp),H因子,1因子の測定はManciniらの
1
方法による一次元免疫拡散法によった。
結果
アナフィラトキシンが検出された。
薄
.暴
一518一
一旨旨
①乾癬および類縁無菌性膿疱性疾患では,角層抽出液中に有意に高濃度のC3a,C4a,C5a
②乾癬の皮疹部で作製した吸引水疱には乾癬の無疹部および正常皮膚で作製した吸引水疱と比
べ有意に高濃度のC3a,C4aアナフィラトキシンが認められた。しかし,同一症例で血清と吸
引水疱液を比較すると,吸引水疱液で著明なC3a,C4aの上昇がみられた。
③乾癬患者の血清C3a,C4a,C5aアナフィラトキシンはすべて有意に上昇しており,こ
れらはいずれも皮疹の改善とともに有意に低下していた。
④血漿の検索においても,乾癬では炎症性皮膚疾患の中でもとくに正常に比べ有意なC3aお
よびC4a値の上昇が認められた。
⑤乾癬および類縁疾患の血漿中には有意に高濃度のC4bp,H因子,1因子が検出され,これ
ら補体制禦蛋白の濃度は乾癬の皮疹の範囲や治療による皮疹の改善とよい相関を示していた。
考察
乾癬角層抽出液ではC3a,C4a,C5aの三者が高値であることから,病変部で主として補
体のclassicalpa七hwayが活'性化されている可能性の他,乾癬病変部表皮で活性の高いserine
proteinaseが滲出して来た血清のC3,C4,C5を直接分解してC3a,C4a,C5aを生
じる可能性が考えられる。一方,吸引水疱の作製は非侵襲性とされて来たが,今回正常皮膚での
吸引水疱でも血清に比べ高濃度のC3a,C4aが測定されたことから,吸引水疱を作製する過
程で新たに大量のアナフィラトキシンが生成されたと考えられる。しかし,乾癬皮疹部での吸引
水疱液で有意に高濃度のC3a,C4aが測定されたことは乾癬病変に特有の起炎物質の存在ある
いは乾癬表皮の特異性を示唆するものかもしれない。乾癬では血清中のC3a,C4a,C5a,血
漿中のC3a,C4aも正常に比べ有意に上昇しており,血漿中のC4bp,H因子,1因子も有意
に増加していることから,乾癬の末梢血においても補体が活性化されていると考えられる。しか
し,血液中のC3a,C4a,C5a値と乾癬の病勢や皮疹の範囲との間には相関がみられなかっ
たことから,末梢血中のアナフィラトキシンは皮膚とは異なる機序で産生される可能性も考えら
れる。以上,乾癬および類縁皮膚疾患では皮膚においても末梢血においても補体が活性化されて
いると考えられるが,その活性化は初期炎症反応の結果,二次的に生じている可能性も否定でき
ず,今後の解析が期待されるところである。
一519一
審査結果の要旨
乾癬は病理組織学的に異常な表皮の増殖と角層下膿疱に代表される炎症性変化を特徴とする難
治性皮膚疾患である。しかし,本症の発症病因は未だ解明されてはいない。
本研究は乾癬および類縁疾患に共通して認められる角層下無菌性膿疱に注目して,角層下に好
中球を遊走させる重要な因子の1つとして補体の存在を考え,これら疾患において補体が実際に
どのように関与するかを解明することを目的として,皮膚および末梢血を対象に,補体アナフィ
ラトキシンならび1こ補体制禦蛋白の動態を検索したものである。
皮膚の検索では,角層抽出液ならびに吸引水癌液を対象として補体アナフィラトキシンの測定
が行なわれ,一方,末梢血の検索では血清および血漿を対象に補体アナフィラトキシンの測定,
血漿を対象に補体制禦蛋白の測定が行なわれている。
角層抽出液を対象としたC3a,C4a,C5aアナフィラトキシンの検索では,乾癬および
類縁無菌性膿疱性疾患で対照の正常角層に比し,有意に高濃度のC3a,C4a,C5aが認め
られ,これら疾患の皮膚病変部で明らかに補体が活性化されていることが確かめられた。さらに
吸引水疱の検索では,同一症例で血清と吸引水疱液を比べると,吸引水疱液で著明なC3a,C
4aの上昇がみられるものの,乾癬の皮疹部で作製された吸引水疱には,乾癬の無疹部ならびに
正常皮膚で作製した吸引水疱と比べ有意にC3a,C4aアナフィラトキシンが増加しているこ
とから,これら補体の活性化の要因として,乾癬病変に特有の起炎物質の存在,あるいは乾癬表
皮で増加しているserineproteinaseの関与の可能性を示唆した。
一方,末梢血の検索から乾癬患者の血清ならびに血漿ではC3a,C4a両アナフィラトキシ
ンの有意な上昇が認められること,さらにこれらがいずれも皮疹の改善と共に優位に低下するこ
とから末梢血の補体アナフィラトキシンが皮疹の状態を密接に反映していることを明らかにした。
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また,血漿中の4種の補体制禦蛋白,すなわちClinhibitor,C4結合蛋白,H因子,1因子
の検索では乾癬および類縁疾患でC4結合蛋白,H因子,1因子の有意な上昇と,これら補体制
禦蛋白と皮疹の範囲や治療による皮疹の改善との間に高い相関を認め,末梢血中の補体アナフィ
ラトキシンと共に,補体制禦蛋白も乾癬の病態のよい指標となる可能性を指摘した、
以上,本研究は乾癬および広く炎症性皮膚疾患を対象として炎症と補体との関わりを,末梢血
のみならず,直接,皮膚病変において鱗屑および吸引水疱液を用いて解明した点が画期的であり,
竜き
乾癬の炎症反応における補体の密接な関与を立証し,本症の病因解明に大きな貢献を記したもの
で,学位授与に値するものと認める。
il
講
一520一