毎日を輝かせる処方箋 第6回/作家 五十嵐 佳子 - 日本司法書士会連合会

毎日を輝かせる処方箋
第6回
美味しい山形、美味しい日本
作家 五十嵐 佳子
青空の元、秋の風物詩
芋煮会で舌鼓をうつ。
やっとのことで秋がやってきた。芸術の秋、
食欲の秋である。
私の故郷・山形の秋の風物詩と言えば、芋
煮会だ。山形市の中央を流れる馬見ガ崎川の
河原に、家族や友人と集いあって出かけ、河
今年も秋が来たと、季節を感じさせてくれる
豊かな味なのだ。
今年の夏、娘ふたりとパリに行き、キッチ
ン付きのコンドミニアムに滞在し、ぶらぶら
町歩き&食べ歩きを楽しんだのだが、帰って
来て「ああ、食べたい」と真っ先に思ったの
が、白いご飯と芋煮だった。
ソウルフードという言葉をご存じだろうか。
原の石を組んでかまどを作る。そこに大鍋を
英語では、アフリカ系アメリカ人の伝統料理
かけ、里芋、牛肉、コンニャク、ネギなどを
のことを指すのだが、最近では自分の生まれ
入れて、醤油味に仕上げる。大人はビールや
育った環境に根ざした食べ物のことをいうこ
日本酒を片手に、子どもはおにぎりをほおば
ともある。こちらは魂が震える食べ物という
り、芋煮に舌鼓をうつ。青空の元、川のせせ
ところか。私のテッパンのソウルフードが芋
らぎを聞き、涼しく爽やかな風を感じながら、
煮とご飯なのである。
所変われば、ソウルフードもおのずと違っ
1 日を過ごす。
芋煮のルーツは、元禄、文化・文政時代ま
てくるだろう。香川県民はうどん? 大阪出
でさかのぼる。山形県に移り住んでいた近江
身ならたこ焼き? 高知ならかつお? 和歌
商人たちが、ニシンと里芋を煮て、紅花取引
山なら梅干し?
きの慰労会を行ったのがソレだとか。その後、
でもただひとつ、日本全国で変わらないも
明治に入って街の粋筋たちが河原に繰り出し、
のがある。それはご飯。米である。米離れと
それが庶民の楽しみにまで広がりたちまち定
いわれて久しいけれど、日本人はジャポニカ
着したらしい。
米を決して手放さない。
東北各地に芋煮のような風習はあり、山形
県内でも日本海側の酒田や鶴岡の芋煮は豚肉
で味噌味というように素材や調理方法が地域
によって微妙に違う。
新しいブランド米が
続々と誕生。
今はブランド米の時代である。コシヒカリ
けれど、芋煮といえばやっぱり山形だ。里
王国が長年ずっと続いたが、北海道の「ゆめ
芋の味が違う。ねっとりとうまみが凝縮して
ぴりか」、山形県産の「つや姫」、熊本県の「森
いて、柔らかい。今は年中、里芋も流通して
のくまさん」、佐賀県の「さがびより」など
いるけれど、秋になって里芋の旬になると、
など、新しい美味しいお米が販売量をぐんぐ
山形の母が送ってくれる里芋を心待ちにする。
ん伸ばしている。
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月報 司法書士
2013.9 No.499
毎日を輝かせる処方箋
我が家のご飯は「つや姫」だ。もちもちと
夏は緑の草原が出現する。空が高くなり、
した適度な粘り気と歯ごたえ、口いっぱいに
日の光がまぎれもなく秋のものに変わった今、
広がる旨み、飽きのこない程よい甘さ、そし
田んぼは黄金いろに輝きはじめていることだ
てぴかぴかの艶とはっとするほどの白さ。
ろう。たわわに実って穂を垂れた稲が、大海
さらに「つや姫」は農薬・化学肥料の使用
原の波のようにさわさわ音をたてて風にゆれ
を通常の半分以下に抑えた特別栽培米である。
るようになれば、ご飯が炊けるときのものに
認定制度を設け、高い技術を持つ農家に限定
似たほんのり甘くこおばしい匂いがあたりに
して生産を任せられている。そして出荷前に
漂い始める。それこそが稲穂の匂いで、収穫
は、これまで考えられないほど厳しい基準で
の時期はまもなくだ。
たんぱく質含有率を検査し、基準に適合した
農業は高齢化・後継者の不在など多くの問
ものだけを世に送り出している。環境や健康
題を抱えているが、「つや姫」の担い手たち
にも配慮し、美味しさに責任を持てるものだ
は未来に明るい希望を描いていたところが共
けを出荷する、三拍子も四拍子も揃った米で
通していた。消費者の舌をうならせる旨い米
ある。
を作るためにやれることはすべてやる、農業
あまりの美味しさに感動して、 2 年前には
の真の職人がそこにいた。
「つや姫」のことを調べ始めてしまい、誕生
TPP参加で日本の農業はどうなるのか。
のドラマを 1 冊の本「つや姫 10万分の 1 の
カロリーベースで39%という、先進国で最低
米」にまとめた。そのとき約 1 年、おりおり、
の食料自給率の数字も気になる。日本のソウ
山形に戻り、田んぼを歩き、「つや姫」の生
ルフードを次世代にちゃんと手渡したい。日
みの親、栽培している人、指導者など多くの
本の美しい田園の原風景を残していきたい。
人に取材した。そこで胸打たれたのが、田ん
生産者と消費者という垣根を取り払い、日本
ぼの美しさと農家の人々の熱意と優秀さだっ
の農業を、米をみんなで守り育てる時代がき
た。
ている。
「つや姫」が誕生したのは山形県鶴岡市に
い が ら し けい こ
ある県水田農業試験場。鶴岡は、時代小説の
〈五十嵐佳子プロフィール〉
第一人者である作家・藤沢周平の故郷。藤沢
山形県山形市生まれ。お茶の水女子大学文
作品に繰り返し登場する海坂藩のモデルとな
教育学部卒業。
(主婦の友社)、
『ゆうゆう』
『ク
った町でもある。北に出羽富士と呼ばわれる
ロワッサン』(マガジンハウス)など女性誌
秀峰・鳥海山、東南には霊峰・月山をはじめ
を中心に活躍。『八重の桜』
『ゲゲゲの女房』
とする出羽三山に囲まれた地域で、広大な庄
(共にNHK出版)、『つや姫―10万分の 1
内平野がどーんと広がっている。
の米―』(角川学芸出版)、
『ひまわりと子犬
日本の米を、農業を、
みんなで守り育てる時代。
降水量が世界最大級の鳥海山や、ブナを抱
の七日間』『こども小説ちびまるこちゃん』
(共に集英社・こども未来文庫)など著書
多数。趣味は観劇。劇場に頻繁に出没中。
7 月末に「八重の桜」第三巻(NHK出版)
く月山の雪解け水が庄内平野の田んぼをうる
を出版。10月はじめに「八重の桜」第四巻、
おす。苗を植えたばかりの田んぼは鏡のよう
11月に「こども小説ちびまるこちゃん」の
に青空と白い雲を映し出す。田んぼの間に点
8 巻目を出版予定。どうぞご一読を。
在する家々が輝く湖にポッコリ浮いた小島の
ように見える。
月報 司法書士
2013.9 No.499
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