日本海富山トラフにおける変動地形とメタンハイドレート —「なつ - jamstec

日本海富山トラフにおける変動地形とメタンハイドレート
—「なつしま/ハイパードルフィン」NT0509 Leg2 航海概要報告—
○ 竹内 章 1・張 勁 1・角皆 潤 2・岸本清行 3・西村清和 3・北田 貢 4・三枝俊介 2・前川拓也 1・
南野友里 1・大池優貴 1(1:富山大学,2:北海道大学 3:産業技術総合研究所 4:新江ノ島水族館)
はじめに: 富山トラフにおいては、1990 年代末に海底擬似反射面 BSR によりメタンハイドレート賦
存の可能性が報告された。2001 年度に経済産業省による基礎試錐「佐渡南西沖」の精密調査が実施さ
れ、ポックマーク群と地下のガスチムニーからガスハイドレートの分布が精密に推定された。これに
基づいて 20022003 年度に2本の試錐が実施され、 地層物性や化石年代の解析と地化学分析が詳細に
行われた。2004 年には、東京海洋大学練習研究船海鷹丸 UT04 航海により、「佐渡南西沖」海域で巨大な
メタンプルームとされるソナー反応が発見され、試錐掘削海域は“海鷹海脚”と仮称された。翌 2005
年には、
「なつしま/ハイパードルフィン」NT0509 航海および「かいよう」による同海脚の精査の結
果、ハイドレートの海底露出が報告された。他方、同海域では「淡青丸」KT0511 航海と「長崎丸」NA220
航海により、
海底直上 500m 前後の層にメタン高濃度水塊が発見されたことから、
2006 年9月の NT0619
Leg2 航海では HPD603 潜航でプルーム直下(D海域)の海底観察と採水が行われた。
NT0619 Leg2 航海では、地質構造発達史とテクトニクスの議論に資する目的で、北部フォッサマグ
ナ側と富山トラフ側のそれぞれから北鳥ヶ首背斜と上越海丘を潜航調査対象とした。北鳥ヶ首背斜で
は、NT0510 航海の地形調査で発見した陥没地形が分布するサイトをE海域(HPD602 潜航)とした。
上越海丘では顕著なガスチムニーがある背斜構造の冠頂部(F海域)を HPD604 潜航で調査した。
本航海ではハイパードルフィンによる海底観察、岩石・生物試料採取,保圧型採水器(WHATSII)に
よる採水・採ガス、および MBARI 型プッシュコアラーによる採泥、湧水量計の設置、CTD測定、
DAIPACK によるサイドスキャンソナー(SSS)
・サブボトムプロファイラ(SBP)ならびに「なつしま」
マルチナロービーム測深システム SEABAT8160 による海底地形調査,海底音響探査を行った。
陥没地形(ポックマーク)と寄生丘:北鳥ヶ首背斜・上越海丘・
“海鷹海脚”はいずれも背斜構造をなす。
背斜の冠頂部は胴切り断層でブロック化し、隆起ブロックに複数の円形凹地が集中的に分布している。
これらの凹地は、外径 400m∼800m、深さ数十m程度の鍋底形陥穽である。大略南北に 1.2km 程度の
間隔で配列し、局所的には 250m 程度の間隔まで近接し合体したものも認められる。この凹地全体を包
み込む明瞭な山体はみられないが、ほとんどの凹地が側壁の1箇所に泥火山とみられる寄生丘を伴う。
この寄生丘は、直径 300m前後、比高数 10∼100m程度の顕著な高まりで、凹地縁辺に位置し直近の側
壁をも盛り上げているため、環形の側壁が変形したように見える。これら陥没地形と泥火山の形成に
は一定の時間差が考えられる。
E海域の泥火山では、変色域(メタン湧出に伴う微生物マット)が多数認められた(HPD602)
。この
マウンドでは、オオグチボヤ、イソギンチャク、ベニズワイ、球形海綿類が視認され、NT0510 航海に
より富山湾で群生地が発見されたオオグチボヤの生息範囲は、富山トラフ一帯であることが確認でき
た。採取されたオオグチボヤ(Megalodicopia hians)の標本は、新江ノ島水族館で飼育実験中である。
上述のとおり海底にはメタンガスが活発に湧出する箇所が存在すると予想されたD海域(HPD603)で
は、陥没凹地側壁や外輪のマウンドに海底変色域(微生物マット)群や炭酸塩クラスト帯が認められ
たが、ガスの湧出は観察されなかった。このことからは、海底からの活発なメタンガス湧出と海水中
のプルームは、時間的もしくは空間的に一致していない可能性が示唆された。
晶質メタンハイドレートの発見とその意義:F海域では長円形の丘(H604 丘と呼称)を調査対象とし
た。丘の麓は泥質の低平地、中腹は板状団塊(炭酸塩クラスト)で覆われ、不規則な形状のチムニー
をともなうマウンドや変色域ではベニズワイが密集する。またD海域と同様、大きく顕著な変色域ほ
ど多数の球形海綿が視認された。山頂(水深 972m)の東に隣接してピットクレーターがあり、その外
輪は直径 20mで深さ7∼9mの円形をなす。クレーター内壁の下半部は崖錐や浮泥で覆われた堅牢な
ハイドレート層で構成される。内壁にできた洞窟内では剥き出しの固形ブロックが浮いていた。洞窟
前面でハイドレートの転石(100×80×25cm)を観察した際、付着していた半固結の泥岩が脱落して浮力
が増し、勝手に浮上し始めた。このため、HPD で押さえながら海面下 70m まで上昇させて変化を観察し
た。融解を免れた塊は分裂しつつも海面まで到達し、晶質固形ハイドレートは十分な大きさの塊であ
れば、1000m の深海底からでも固体のまま海面に到達し、昇華することを如実に示した。
音響イメージ探査:HPD602−604 各潜航で、SSS イメージと SBP プロファイルを取得できた。SBP の結
果によれば、どの海域の表層も、塊状半固結泥層に炭酸塩クラストが混在する透明層からなり、その
厚さは低地で厚く(HPD602/603 で 5m程度, H604 で約 12∼13m)の未固結堆積層で埋積されているこ
と、丘陵部に向かい急激に薄化して頂上部で海底面にマージすること,とくに陥没地壁面の寄生丘で
は、被覆層が数十 cm と薄く、その生成が若いこと、下位の半固結泥岩が破砕されていること、などが
明らかになった。とくに F 海域 H604 丘では、固形ハイドレートが挟在し始める層準は海底下1.0∼1.5
mにあり、固形ハイドレート層の上面は海底下 3.0∼3.5mにある。以上から、H604 丘を頂上とする隆
起地形は、岩塩ドームに似たハイドレートドームと考えられる。
まとめ: シャーベット状ハイドレートの海底露出はよく知られているが、今次航海の潜航調査によ
り、緻密な結晶質の固形メタンハイドレートが世界最大規模の露頭として新たに発見・観察された。
この露頭は、この海域の地下でメタンの移動・湧昇が活発であること、泥火山やドームとピットクレ
ーターの存在は地下からのメタン流出が局在化していること、などを示唆している。また、本海域を
震源とする地震動では、地盤の高速破壊が起こり、固形ハイドレートブロックが浮力で勝手に浮上し
海面まで達して大気に大量のメタンを放出する危険性も考えられる。