3)脳室周囲白質軟化症(PVL)

N―175
2000年9月
1
.レクチャーシリーズ―クリニカル u
p
d
a
te
―
3
)脳室周囲白質軟化症(P
V
L
)
鹿児島市立病院
周産期医療センター科長
茨
座長:大阪市立大学教授
聡
荻田 幸雄
はじめに
近年の画像診断法の進歩により,脳白質の病変,とりわけ脳室周囲白質軟化症(p
e
riv
e
n
tric
u
la
rle
u
k
o
m
a
la
c
ia以下 P
V
L
)の存在が認識されるようになってきた.それに伴い,
皮質脊髄路に存在する P
V
Lは,低出生体重児の脳性麻痺の原因として,にわかにクロー
ズアップされてきており,その予防は,低出生体重児の障害なき生存(in
ta
c
ts
u
rv
iv
a
l)
にとって重要な課題である.
PVL と脳性麻痺
脳室周囲白質部特に三角部には,頭頂葉に存在する運動中枢からの神経線維いわゆる皮
質脊髄路が存在するため,P
V
Lの存在する児では,その連絡が絶たれ,痙性麻痺となる.
脳室に一番近いところを,下肢を
支配する皮質脊髄路が通っている
ので,下肢の痙性麻痺を伴うこと
運動支配領域
が多く,左 側 に P
V
Lが 存 在 す れ
ば右側の痙性麻痺を,両側に存在
躯
上 幹
足
すれば両側の痙性麻痺を伴う(図
左脳
右脳
肢
1)
.P
V
Lの 範 囲 が,大 き け れ ば
顔
口
大きいほど,その障害の程度は大
きくなり,上肢を支配する皮質脊
髄路まで,その範囲が両側に広が
れば四肢麻痺となり,視放線に達
すれば,視野狭窄などの視力障害
をきたすことになる.
PVL の診断
P
V
Lの診断は,新生児早期に,
大泉門からの頭部超音波断層検査
に て,脳 室 周 囲 高 エ コ ー 域
(p
e
riv
e
n
tric
u
la
re
c
h
od
e
n
s
i-
PVL
皮質脊髄路
左半身へ
(図 1)P
V
Lと脳性麻痺(文献 1より引用)
P
e
riv
e
n
tric
u
la
rle
u
k
o
m
a
la
c
ia
(P
V
L
)
S
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to
s
h
iIB
A
R
A
Perinatal Medical Center, Kagoshima City Hospital, Kagoshima
K
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s:L
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・
C
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lp
a
ls
y
N―176
日産婦誌5
2巻9号
tie
s:P
V
E
)
,直径3
m
m
以上の 胞(c
y
s
ticP
V
L
)として診断される.生後 6ヵ月以降
では,比較的小さな 胞は消失してしまうので,C
Tまたは M
R
Iで,脳室周囲(特に三
角部)の白質の減少,脳室(特に三角部)の拡大および脳室壁の不整および脳室周囲の異
常所見として診断される.組織学的に診断される P
V
Lのすべてを,現在の画像診断の精
度では,診断できないのが現状である.しかしながら,臨床的に問題となる脳性麻痺にま
で進展する P
V
Lは,これらの画像診断により診断できると考えられている.
PVL と発症素因(図2)
低出生体重児に P
V
Lが発症しやすい素因として以下の理由が考えられている.
1
)解剖学的特徴(血管支配)
脳室周囲白質は,脳室側からの動脈と脳表からの動脈の灌流境界領域に一致し,特に低
出生体重児では,虚血に陥りやすい.
2
)脳血流自動調節機能(a
u
to
re
g
u
la
tio
n
)の未熟性
低出生体重児の脳血流自動調節能の調節範囲は狭く,低血圧により容易に脳低灌流状態
になりやすい.
3
)低出生体重児における大脳白質の脆弱性(v
u
ln
e
ra
b
ility
)
大脳白質は,神経細胞の軸索と髄鞘を形成するオリゴデンドログリア細胞などのグリア
細胞と血管より構築されているが,オリゴデンドログリア細胞は急速に分化しており,そ
の代謝は活発で,虚血により生じるブドウ糖供給の途絶やグルタミン酸放出に対し障害を
受けやすい.
周産期における PVL 発症危険因子
低出生体重児では,脳室周囲白質が陥りやすい解剖学的,生理学的特徴と脳白質自体の
脆弱性を有するために P
V
Lを発症しやすいと考えられるが,その外因は単一のものでは
なく,これまでに,生理学的側面からは脳血流を障害する因子と生化学的側面からは細胞
脳灌流圧の低下
脳血管抵抗の上昇
(心拍出量の低下,
(低CO2血症)
体血管抵抗の低下)
生理学的側面
脳血流量の低下(虚血)
大脳白質障害
細胞障害性因子
エンドトキシン(敗血症)
生化学的側面
興奮性アミノ酸(グルタミン酸)
サイトカイン(TNF-α,IL-6 etc)
フリーラジカル(NO,
活性酸素 etc)
(図 2)P
V
L発症に関与する因子(文献 1より引用)
N―177
2000年9月
障害性因子の関与が考えられている(図 2)
.また,その受傷時期としては,出生前と出
生後の両方が報告されている.
1
)脳血流を障害する因子(図 3)
脳血流=脳灌流圧(体血圧) 脳血管抵抗であるので,脳血流を障害する因子として,
脳灌流圧の低下(低血圧)を来す病態と脳血管抵抗が上昇する病態が考えられる.
2
)細胞障害性因子(図 4)
白質障害をもたらす細胞障害性因子として,まず,グラム陰性桿菌の細胞壁成分である
エンドトキシン,虚血性神経細胞死に関与するとされている興奮性アミノ酸(グルタミン
酸)が考えられている.虚血などにより神経細胞内の A
T
Pが不足すると,シナプス前神
経細胞は脱分極しグルタミン酸を大量に放出する.グルタミン酸は,シナプス後神経細胞
2
+
膜の N
M
D
A
(N
-m
e
th
y
l-D
-a
s
p
a
ra
te
)レセプターを開くため,細胞内へ大量の C
a
が
脳血流=脳灌流圧÷脳血管抵抗であるので,
脳血流が低下する病態は,
脳灌流圧の低下もしくは
脳血管抵抗の上昇が考えられる.
1)脳灌流圧(体血圧)の低下を来す病態.
(臨床)
低酸素血症
動脈管開存症
アシドーシス (PDA)
出血や失血
徐脈
呼吸障害
(胎児期および
心不全
新生児期)
敗血症
双胎間輸血症候群(TTTS)
a)心拍出量の低下
循環血液量の減少
心収縮力の低下
心拍数の低下(徐脈)
b)体血管抵抗の低下
2)脳血管抵抗の上昇を来す病態.
低CO2血症
過度の人工換気
(図 3)脳血流を障害する因子(文献 1より引用)
細胞障害作用
グラム陰性桿菌など
エンドトキシン
神経細胞
シナプス前神経終末
アストロサイト
ミクログリアなど
Ca2+
興奮性アミノ酸
(グルタミン酸)
サイトカイン
TNF-α
IL-6
etc
顆粒球
マクロファージ
フリーラジカル
NO(一酸化窒素)→HO−,
NO2−など
活性酸素(O2−,
H2O2など)
(顆粒球,
キサンチンオキシダーゼの関与)
(図 4)P
V
L発症に関与していると考えられる主な細胞障害因子
N―178
日産婦誌5
2巻9号
2
+
流入し,C
a
依存性酸素であるプロテアーゼやフォスフォリパーゼが活性化され,細胞
は自己消化を起こすと考えられている.
そのほかに,主にミクログリアから分泌されると考えられている T
N
F
α ,IL
-6
,
IL
-1
,
IL
2
などのサイトカインや虚血,再環流障害において重要な役割を演じているとされている
フリーラジカルの関与も考えられている.
PVL 発症予防および治療の可能性
1
)分娩管理
a
)徐脈の予防
胎児および新生児では,心拍出血は心拍数に正比例するため,高度変動一過性徐脈や持
続性徐脈は,低心拍出血量による低血圧となると考えられるため,P
V
L発症危険因子と
して,胎児心拍数モニタリング上の高度変動一過性徐脈および持続性徐脈の発生が報告さ
れている2).低出生体重児の P
V
L発症を予防し,障害なき生存をめざすためには,胎児
徐脈を発生させない分娩管理が必要かもしれないが,今後の更なる検討が待たれるところ
である.
b
)子宮内感染の管理
細菌感染が P
V
Lの重要な危険因子とする報告があり,子宮内感染の管理の進歩により,
P
V
L発症を減少できる可能性がある.
2
)薬物療法
薬物療法として,前述の細胞障害性因子の作用を阻害する方法と障害された神経細胞の
再生を促す方法が考えられている.細胞障害性因子の作用を阻害する方法として,キサン
チンオキシダーゼの阻害剤であるアロプリノール,活性酸素のスカベンジャーである
S
O
D
(s
u
p
e
ro
x
id
ed
is
m
u
ta
s
e
)
,N
O
合成酵素阻害剤や N
M
D
A
レセプター阻害剤,
アポトーシスの阻害剤などが報告されている.また,臨床でも,アロプリノールや興奮性
2
+
アミノ酸(グルタミン酸)の大量放出による神経細胞内への C
a
流入を阻害すると考え
られている硫酸マグネシウムの効果が検討されているが,いまだ定まった評価はないのが
現状である.また,障害された神経細胞の再生を促す方法として,神経成長因子などの投
与の可能性が考えられている.
3
)呼吸管理
過度の人工換気による低 C
O
血症により脳血管が収縮した場合にも,脳虚血が生じ,
2
P
V
Lが発症すると報告されており,低 C
O
血症を予防する呼吸管理が,重要であると考
2
えられている.そのために,人工呼吸器による強制的陽圧呼吸ではなく,児が自分で,換
気量を調整でき,低 C
O
血症になりにくい持続陽圧呼吸(c
o
n
tin
u
o
u
sp
o
s
itiv
ea
irw
a
y
2
p
re
s
s
u
re;C
P
A
P
)特に,鼻腔カニューレを用いた n
a
s
a
lC
P
A
Pが注目されている.
おわりに
P
V
Lの予防は,低出生体重児の障害なき生存(in
ta
c
ts
u
rv
iv
a
l)にとって重要な課題
である.しかしながら,その病態解明はいまだ十分ではないのが現状である.今後,P
V
L
の病因が明かとなり,有効な予防法や治療法が確立され,不運な赤ちゃんがひとりでも減
ることを望むものである.
《参考文献》
1
)茨
聡.脳室周囲白質軟化症.日産婦誌 1
9
9
8;5
0:6
7
5
―6
8
4
2
)茨
聡,池ノ上克,鮫島 浩,松田義雄,蔵屋一枝,丸山有子,平野隆博,浅野仁,
丸山英樹,波多江正紀.未熟児における脳室周囲白質軟化症(P
V
L
)発症の周産期
危険因子の検討.日産婦誌 1
9
9
5;4
7:1
1
9
7
―1
2
0
4