入門編 3−2章 環化解重合 3−2章 環化解重合 ナイロン-6 やポリテトラヒドロフラン、さらにポリ乳酸などの脂肪族ポリマー類は、 主鎖中に一定間隔で反応性の高い結合であるアミド結合、エーテル結合、およびエス テル結合を持っている(スキーム 3·2·1)。加熱によって生じた活性末端基が、バックバ イティング反応によってその反応性の高い結合部位を攻撃することによって、主鎖が 開裂して環状モノマーが生成・遊離する。これが環化解重合である。ここでは、環化 解重合の進行する要因について説明し、具体的な例として脂肪族ポリエステルの解重 合反応を取り上げて詳述する。 O エポキシ樹脂 ポリエチレングリコール n ポリプロピレングリコール R O O n O O R ポリテトラメチレン グリコール ポリウレタン O O O O O n ポリカプロラクトン O O O O O NH n O O O ポリオキシメチレン O O H N O O ナイロン-6 n n ポリ-L-乳酸 スキーム 3·2·1 環状モノマーとポリマー 環状モノマーの開環重合性 1) ある環状モノマーの開環重合が熱力学的に可能かどうかは、開環重合に伴う自由エ ネルギー∆Gp の変化の大きさによって決定される。 1 ∆G p = ∆Hp - T∆Sp (1) この自由エネルギーの変化が負であれば、その開環重合は少なくとも熱力学的には可 能である(図 3·2·1)。一般的に、6 員環あるいは 5 員環化合物の場合、その環状構造 が熱力学的に安定であるため、開環に伴う自由エネルギー変化は0に非常に近いか正 の値をとる。したがって重合は進行しにくい。環員数が 3 および 4 の場合は ∆Hp の値 が大きな負の値をとり、環員数が 7∼8の場合には ∆S p が小さな負から正の値をもつ ため、自由エネルギー変化は負の値をとりやすく、したがって開環重合が可能となる。 しかし、熱力学的に可能であっても、遷移状態における活性化錯合体を経て進行する ため、反応の活性化エネルギー(Ea )が大きいときには、より小さい Ea を持った他 72 入門編 3−2章 環化解重合 の反応が優先して起こる。図 3·2·2 は、実際の環状モノマーの重合性に関する環員数 と官能基の影響をまとめたものである。 ΔG0lc (kcal/mol) 10 0 -10 -20 2 図 3·2·1 3 4 5 6 環員数 7 8 環状モノマーの開環重合時の自由エネルギー変化概念図 開環重合性 重合は難しい 開環重合性 O O O O O S S H N HN O NH O O H N O O S S H N H N O H N O O O O O O O O 図 3·2·2 O O O O O O O O O O O H N NH O O O O O H N O O O 環状モノマーの開環重合性 2) 2 環化解重合と非環化熱分解反応 2−1 環化解重合 スキーム 3·2·2 開環重合と環化解重合の平衡 73 入門編 3−2章 環化解重合 環状モノマーは、その環構造の歪エネルギーの解放( ΔHp )が重合の推進力である が、重合に伴うエントロピーの減少( ΔS p )は、環鎖平衡を環状モノマー側に押し戻 す(解重合)方向に働く。このような重合/解重合の平衡状態の中で重合を行う方法 が平衡重合である(スキーム 3·2·2)。環構造の歪エネルギーが小さい( ΔHp の負の値 が小さい)化合物の場合、平衡は環状モノマー側に偏在するため重合は進行しにくい。 このような環鎖平衡は、温度の関数として Dainton の式 3 )(2)で表される。 ln[M ]e = (1 / T )(∆H p / R ) − ∆S 0p / R O (2) O kd O 図 3·2·3 O kp O O n p-ジオキサノンの平衡重合時 の平衡モノマー濃度[M] e と重合温度の関 係 4) 開始剤:AlEt 3, Sn(Oct)2 (2)式のように環鎖平衡は平衡モノマー濃度[M]e を指標として表される。図 3·2·3 から読み取れるように、重合を進めるにはより低温で反応を行い、平衡モノマー濃度 を低く抑えるか、あるいは、生成したポリマーを反応系内で結晶化させながら重合を 行う固相後重合法によって重合を完結に近づける方法が考案されている(図 3·2·4)。 O O O O COOH 重合 Sn(OCOR)2 OH 結晶相 OH 結晶化 非晶相 図 3·2·4 結晶化固相後重合法 例:PLLA の合成 5) 重合とは逆に、熱分解による解重合でも、生成したモノマーの濃度[M]e は平衡モノ マー濃度に収束していく(図 3·2·5)。 環化解重合プロセスでは、この環鎖平衡を環 状モノマー側に偏位させるために発生したモノマーをすみやかに気化させ、平衡モノ マー濃度[M]e をつねに低く保ちながら解重合が進行する。 74 入門編 3−2章 環化解重合 図 3·2·5 開環重合−環化解重合の平衡 この環鎖平衡を制御する際に、反応のためのターゲットとなるヘテロ原子/基(スキーム 3·2·2 中のX)が有効にはたらく(スキーム 3·2·3)。例えば、ポリマー主鎖あるいはモノマーの環 構造を形成する原子群の中に C 以外のヘテロ原子たとえば O や N が存在した場合、このヘ テロ原子とそれに隣接する炭素原子間で電子が偏在し、これら電子が偏在した場所が開環 重合および環化解重合におけるターゲット原子/基となり、連鎖反応(開環重合と環化解重 合)を進行させる。 X C R* M R X M M R M X C X n-1 R C* X C M X n C* n+1 M R C* X M C X n C X C* スキーム 3·2·3 環鎖平衡系の反応 開環重合−環化解重合のエネルギーと反応座標の関係がスキーム 3·2·4 に示されている。 モノマーの環のひずみが小さいほど⊿Hp は小さく、また、活性化錯合体を形成しやすいもの ほど分解の活性化エネルギー(Ed )は小さく、結果として、環化解重合が速やかに進行する。 X 活性化錯合体 Ep Ed X n ⊿Hp スキーム 3·2·4 重合−解重合のエネルギーと反応座標の関係 75 入門編 3−2章 環化解重合 2−2 天井温度(Tc ) 天井温度とは、下式(3)で表される各高分子特有の物性値であり、一般的には、 [M]=1 mol/L の条件で行われ、全てのポリマーがモノマーに還元された時、[M] e =1 mol/L の時の温度が天井温度(Tc )である。ここで、添字“s”は溶液系を表している。 Tc = ∆H ss0 (3) ∆S ss0 + R ln[M ]e 2−3 環化反応以外の熱分解反応 高温下での熱分解反応は、望ましい環化解重合反応以外にもいくつもの副反応が起 こりやすく、その制御は低温での重合反応以上に難しい。既に 1970 年代に Lüderwald らは、脂肪族ポリエステルの解重合反応の基本的な考え方を示した(スキーム 3·2·5)。 即ち、カルボニル基のα位炭素上の活性水素とエステル酸素からβ位の炭素上の水素 (疑似 6 員環形成水素)の有無、および生成する環状モノマーの環の安定性が重要な 要因となる。 α位炭素上水素とβ位炭素上水素を持たない場合(ポリビパロラクトン(PPvL)) は、環化解重合が選択的に起こり、環状モノマーおよび環状オリゴマーを形成する。 α位炭素上水素とβ位炭素上水素が同一の水素であった場合(ポリ-3-ヒドロキシ 酪酸(PHB)およびポリプロピオラクトン(PPL))では、容易に活性水素の引抜き反 応が起こり、PHB の場合にはクロトン酸エステル末端、PPL の場合にはアクリル酸エ ステル末端を持った鎖状生成物が生じる。 これらの活性水素がいずれも存在するが同一水素では無い場合(ポリ-δ-バレロラク トン(PVL)、ポリ乳酸(PLA)、およびポリカプロラクトン(PCL))の場合、環化解 重合と擬似6員環形成−β 位炭素上水素の引抜き反応が競争的似起こり、環状モノマ ー/オリゴマーの生成と末端オレフィン鎖状生成物の双方が生成する。その選択性には 環構造の安定性(6(PVL)、5 員環>7 員環>その他の環)が重要な要因として働く。 3 まとめ 環化解重合は、環状モノマーと鎖状ポリマーとの間の平衡関係の中で取り扱うこと ができる。平衡に関与する要因として開環および閉間(環化)反応における自由エネ ルギー変化が重要であり、環化解重合の選択性向上のためには、環構造の安定性が顕 著に影響する。さらに、鎖状ポリマー上の反応性部位(活性水素など)の存在は、環 化解重合の活性化エネルギーよりも小さい活性化エネルギーで進行する反応を促し、 環化以外のさまざまな熱分解反応を引き起こしやすい。 76 入門編 3−2章 環化解重合 O PPL O H O + n H H O O PHB O OH O H O O O OH + O O n H H O O O O PPvL O n O O n O O O PVL O H HH H O n O O O H3 C H n O H O O O L,L O OH O O PLLA + O O + O PCL H H O O H H スキーム 3·2·5 O O O O O n O H OH O O + meso O O O n n=1,2 O + O 脂肪族ポリエステルの化学構造と解重合特性 参考文献 1)三枝武夫, 講座 重合反応論 開環重合(I), 化学同人 (1971). 2)H. K. Hall, Jr., A. K. Schneider, J. Am. Chem. Soc., 80, 6409 (1958). 3)F. S. Dainton and K. Ivin, Q. Rev., 12, 61 (1958). 4)H. Nishida, M. Yamashita, N. Hattori, T. Endo, Y. Tokiwa, Macromolecules, 33, 6982 (2000). 5)S.-I. Moon, C.-W. Lee, I. Taniguchi, M. Miyamoto, Y. Kimura, Polymer, 42, 5059 (2001). 77
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