放射線誘発バイスタンダー効果: エストロゲン受容体と細胞膜脂質ラフトとの関係 邵 春林 英国グレイ癌研究所 放射線誘発バイスタンダー効果(被ばく細胞の周囲の細胞が放射線に応答する現 象)は、放射線治療の効率を左右するかもしれない。放射線誘発バイスタンダー効果 の癌細胞における現象やその機序に関しては、報告が限られており、不明な点が多い。 本研究では、ヒト乳癌細胞(MCF7 と MDA-MB-231)の細胞集団の一部に、正確な 粒子数のヘリウムイオン(3He2+)を照射した。その結果、バイスタンダー効果は双 方に誘発されるが、バイスタンダー細胞における微小核の誘発頻度は、エストロゲン 受容体(ER)陰性の MDA-MB-231 細胞に比べ、ER 陽性の MCF7 細胞の方がより 高くなることが明らかとなった。MCF-7 細胞にエストラジオール(E2)を処理する と、細胞内の活性酸素種のレベルが増すため、放射線感受性とともにバイスタンダー 効果の誘発も増強された。さらに、これらの増強効果は、ER の競合的拮抗剤である タモキシフェンを併用処理すると認められなくなった。しかし、その一方で、 MDA-MB-231 細胞の応答は、E2 の処理により変化しなかった。 細胞膜にある ER は放射線感受性の決定に重要であることがこれまでに知られてお り、このことは、細胞膜が放射線の重要な標的である可能性を示唆している。この仮 説を検証するために、我々は、T98G(放射線抵抗性神経膠腫)を単独培養、あるい は、AG01522(初代ヒト正常線維芽細胞)と共培養した細胞集団中の個々の細胞の細 胞質に放射線を照射した。その結果、単個の T98G 細胞に照射した場合でさえも、そ の周囲の T98G 細胞や AG01522 細胞にバイスタンダー効果を強く誘発することが明 らかとなった。核を照射しても細胞質を照射しても、バイスタンダー細胞における微 小核の誘発頻度は変わらないことは、特筆すべきである。これらのバイスタンダー効 果は、一酸化窒素の捕捉剤である c-PTIO、あるいは、細胞膜脂質ラフトの阻害剤で ある Filipin の処理によって、完全に認められなくなった。さらなる解析結果から、 バイスタンダー効果の重要な情報伝達分子は一酸化窒素であることを解明した。 以上の結果から、バイスタンダー効果の誘発は、照射細胞の細胞種により相違はあ るが、細胞内の照射部位には依存しないことがわかった。さらに、直接的な DNA 損 傷は、低線量放射線の照射により誘発されるバイスタンダー効果の惹起には必要でな いことがわかった。したがって、細胞集団全体が放射線被ばくのセンサーであると考 えるべきであろう。
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