学 位 論 文 要 旨 落葉広葉樹環孔材における孔圏道管形成機構 と水分

学
位
論
文
要
旨
落葉広葉樹環孔材における孔圏道管形成機構と水分通道に関する研究
The mechanism of formation of earlywood vessels and water conduction in
deciduous ring-porous hardwoods
環境資源共生科学専攻
工藤
森林資源物質科学大講座
佳世
木質バイオマスは、再生可能な資源であり、また大気中の二酸化炭素を固定
して形成される。したがって、持続可能な社会の構築に向けて、木質バイオマ
スの高度有効利用と持続的な生産が求められる。広葉樹において道管は、根か
ら樹幹、葉へとつながる 3 次元的なネットワークを構築し、樹木の成長に不可
欠 な 水 分 の 通 道 を 担 う 、非 常 に 重 要 な 器 官 で あ る 。ま た 、道 管 の 数 や 大 き さ は 、
樹木の水分通道性や生存戦略だけではなく、樹木が生産する木材の密度や容積
密度に大きな影響を与える。そのため、道管の形成機構を理解することは、木
質バイオマスの材質の変動性を理解するために非常に重要であるといえる。広
葉樹環孔材は、成長輪の最内層に大径の孔圏道管を形成する。孔圏道管は、当
年のみ水分通道機能を有するため、毎年孔圏道管が形成されることが、環孔材
の生命活動維持にとって非常に重要であると考えられる。そこで本研究では、
樹幹全体における孔圏道管の形成過程、芽や当年シュートの成長過程、樹幹内
の水分布の関連性を明らかにすることで、広葉樹環孔材における孔圏道管形成
機 構 を 解 明 す る こ と を 目 的 と し た 。 特 に 、 1)孔 圏 道 管 の 形 成 開 始 と 分 化 終 了 時
期 の 解 析 、 2)孔 圏 道 管 形 成 に 与 え る 外 的 お よ び 内 的 要 因 の 解 析 、 3)形 成 層 帯 に
おける孔圏道管形成位置の解析、を行った。
形成層活動再開から水分通道開始までの、樹幹全体における孔圏道管形成過
程を明らかにするために、樹幹軸方向の道管要素の分化過程、当年シュートの
発 達 過 程 、樹 幹 内 の 水 分 布 の 変 化 を 同 じ 時 系 列 で 比 較 し た 。そ の 結 果 、コ ナ ラ 、
ハリエンジュ、クリの樹幹において、頂芽付近において早期に道管要素の分化
が完了することが明らかとなった。また、孔圏道管の形成は開芽前に開始し、
開芽時点では樹幹上部のみでせん孔の形成が認められ、樹幹全体においては水
分通道可能な当年の孔圏道管ネットワークは完成していないことが明らかとな
った。一方、樹幹全体における孔圏道管ネットワークによる水分通道が開始さ
れた後に、当年葉の拡大やシュートの伸長が認められたことから、当年の孔圏
道管のネットワークによる水分通道は芽の初期成長には寄与していないが、葉
の展開、成熟、シュートの伸長にとって非常に重要であることが示唆された。
また、当年の孔圏道管の水分通道開始には、前年の孔圏外道管のネットワーク
による水分通道が寄与している可能性が示唆された。
孔圏道管の形成開始のシグナルを特定するために、休眠期のコナラ樹幹に対
する局所的加温処理および摘芽処理が孔圏道管形成に与える影響を解析した。
休 眠 期 の コ ナ ラ 苗 木 に 対 し 、局 所 的 加 温 処 理 + 摘 芽 の 複 合 処 理 を 行 っ た と こ ろ 、
加温部で早期に形成層活動の再開と道管要素の分化が誘導された。コナラ樹幹
において、樹幹周囲の温度上昇が形成層活動再開および道管要素の分化開始の
直接的な引き金であり、芽の存在や成長は必須ではないことが実験的に明らか
となった。開芽時には、局所的加温処理個体の加温部において大径の道管が接
線方向に並んで形成されていたが、局所的加温+摘芽の複合処理個体の加温部
では、小径の道管がわずかに認められるのみであった。このことから、形成層
活動を維持し、大径の孔圏道管を継続的に形成するためには、芽の存在や芽お
よび葉の成長に伴うオーキシンなどの充分な供給が必要であると考えられる。
孔圏道管の形成位置の規則性に関して、詳細に解析を行った。コナラにおい
て、当年の最初に形成される孔圏道管は、放射方向に配列した前年の孔圏外道
管 と 同 じ 放 射 列 に 形 成 さ れ る と い う 規 則 性 が あ る こ と が 分 か っ た 。し た が っ て 、
同じ形成層帯の中でも道管要素への分化が決定している領域、もしくは道管要
素 へ 分 化 し や す い 条 件 が 揃 っ て い る 領 域 が 存 在 す る 可 能 性 が 示 唆 さ れ た 。ま た 、
樹幹下部よりも樹幹上部、特に頂芽付近において前年木部と接している孔圏道
管が多いことも明らかになった。
本研究から、落葉広葉樹環孔材の孔圏道管の形成は、樹幹周囲の温度上昇に
よって開始し、形成開始において芽の存在や芽の成長は必須ではないことが明
らかとなった。孔圏道管は頂芽付近から分化が完了し、開芽時には樹幹全体に
おける孔圏道管のネットワークによる水分通道は開始しておらず、芽の成長開
始に寄与していなかった。しかしながら、樹幹全体における当年の孔圏道管ネ
ットワークによる水分通道は、当年シュートの伸長開始時には開始しており、
当年シュートの発達にとって非常に重要であると考えられる。また、芽の存在
や芽の成長は、大径の孔圏道管が継続して形成されるために必要であることが
示された。さらに、前年の孔圏外道管の配列が当年の孔圏道形成位置や水分通
道開始時における前年木部から当年孔圏道管への水分供給において重要な役割
を担っている可能性を指摘した。本研究において、樹木を個体レベルで捉える
視点をもち、孔圏道管の分化過程、当年シュートの発達過程、樹幹内の水分布
を解析し、それぞれの関連性を解明することで 3 者を有機的に結びつけ、落葉
広葉樹環孔材における孔圏道管形成機構を明らかにすることができたといえる。