『世界市民』 by 矢根 真二 ([email protected]) 資料URL http://rio.andrew.ac.jp/~yane/class/water/ <2> 直感・論理・科学的判断力? 2人の自分 と 事実判断力 本日の課題 ■ 1 2 3 野矢(06, 8章) 事実判断力の 3 ポイント but その改善の難しさ 判断する 「2人のキャラクター」 注意を払って,論理力を高める 科学的・統計的に考え,事実判断力を高める <前回の復習> 「人生は物語」の意味? 2 1. 「経験する自己」 と 「記憶する自己」 とは? 2. 判断や選択のベースになるのは,どっち? なぜ? 3. 記憶が実際の過去の経験と異なる特徴は? 過去の経験は,「物語」として記憶される 選択 人生 物語 ≒筋の通った過度に単純な記憶 ≠ 過去の自分の経験 1. 2. その強度と終点が物語を決める (ピーク・エンドの法則) 実際の快楽や苦痛の総量や継続時間は無視される ∴ 賢明な判断には,自分の物語のバイアスの認識が必要 例題 アナタの価値判断 と 事実判断 3 自室に置きたい 「たい」: 価値判断 1. テーブルは,どっち? 2. その理由は? 出所 セイラー(09) 1 判断する 「2人 の キャラクター」 4 事実判断と価値判断 1. 事実(記述・実証的)判断: かくあること に関する判断 2. 価値(規範・倫理的)判断: かくあるべきこと に関する判断 システム 1 と システム 2 の キャラ仮説 カーネマン(14, 1部) 1. S1: 自動的に作動する 反射的な直感による素早い判断 意図的にオフにできない 働き者 but バイアス(=系統的なエラー) 2. S2: 注意力を払えば論理的に熟考できる 時間のかかる判断 努力しなければ作動しない 怠け者 and 注意力は希少 ( <S6>経済財) 仮説: まるで自分の中にS1とS2の2人がいるかのように,判断・選択する 補足: 合理的選択から, 直感が乖離する理由? 5 「自分の中の2人」の諸仮説 カーネマン (2014)&アリエリー (2013) 1. 自動的な直感のシステム1(S1) と 努力し熟考するシステム2(S2) S1の素晴らしい処理能力 but 多様なバイアス(系統的エラー) 2. 「記憶する自己」 と 「経験する自己」 <S1> 物語 穏やかで長期の幸せ < 激しい短期の喜び 幸福の計測 3. 合理的経済人の「エコン類」 と 現実の人類の「ヒュ-マン類」 ヒューマンは,常に論理的に一貫した合理性を持つわけではない 4. 社会規範への反応 と 市場規範への反応 の相違 アリエリー(13) 有料化で,かえってインセンティブ(誘引)が低下する可能性 Q1 システム状況の 1 分間 自己診断 6 1. 5台の機械が5分間で5個の電池を作るとき,100台の機 械で100個の電池を作るには何分かかる? 2. 池の睡蓮(スイレン)の葉の面積は毎日倍になり,48日で池を 覆い尽くすなら,池の半分を覆うには何日かかる? 3. バットとボールはあわせて 1 ドル 10 セントで,バットは ボールより 1 ドル高いとき,ボールはいくら? 働き者すぎる 「システム1(直感)」 の 弊害 7 1. 多くの難問を素早く簡単に勝手に判断 but 弊害も自覚 1. 「記憶 連想マシーン」のヒューリスティックな判断にはバイアス 例: 個別的・代表的な例から,全体を安易に推測するバイアス <S1>のハロー効果や後知恵バイアス 勝手な因果関係 と 2. 自信過剰 2. 特に,「何でも安易な因果関係」の創作癖には,要注意 1. 2. 3. 単純な因果関係の物語として容易に記憶は便利 but バイアス ∴ 自分が系統的な過ちを犯していても,自覚・修正できない 注意を要する熟考をせず,誤った直感的判断を繰り返す システム2(熟考)が作動できない 論理・統計・科学 嫌い? 2 注意を払って,論理力を高める 8 熟考のシステム2(S2)の役割 と 怠け者な理由 1. S1(素早い直感)の判断を疑う 自信過剰への注意力 2. 論理的に熟考して最終判断する 妥当な論理形成に努力 3. ∴ 選択・コミュニケーションの基礎 but 注意を払う費用が必要 If 注意を払えなければ, 直感のバイアスのまま + 誤った推論 論理力: 事実判断を含むコミュニケーションの基礎技術 1. 発信したい(された)情報を,正確に伝える(理解する)スキル 「読み書き・聞き話し」,その論理を「再構成・組み立てる」 ≠ 暗記 2. 特に「安易な因果関係」への懐疑が鍵: 日常会話やニュース 次頁 Q2 便利で危険な直感による因果関係創作癖 9 原因を説明できる? カーネマン (2014, 6章: 基準・驚き・因果関係) 1. 太郎の両親はパーティに遅れた。ケータリング・サービスはもう すぐ来る予定だ。太郎は怒っていた。 2. グーグル成功の原因は? たんなる幸運の度合いは? 3. 米国債価格は上昇中。フセインの逮捕はテロ抑止にならない見 通し。(ブルームバーグのヘッドライン 『ブラックスワン』) 4. 米国債価格は下落。フセインの逮捕の影響でリスク資産に魅 力。(30分後のブルームバーグのヘッドライン) 過去の因果関係の説明は簡単(1-2:不正確, 3-4:矛盾) but 将来は困難 論証に必要な要素 と 評価 10 言語能力としての論理力 ≠ 思考力 野矢 (06) 1. 接続関係 2. 接続構造を理解 例: すなわち,なぜなら,たとえば,しかも,しかし,ただし 議論の大枠 (主題,問題,主張) の把握・設定 3. (解説,根拠,例示,付加,転換,補足) から 「何について」,「何を問い」,「どう答える」かを明確にする 論証の構造 (根拠 導出 結論) と 評価 ( 論証のタイプ) 1. 導出の適切さ 演繹(形式的な論理)の正誤 : 誤なら致命的 2. + 根拠の適切さ (事実に関する) 推測の確度 : 事実判断の説得力 3. + 前提する価値判断 + 対立仮説 の妥当性 価値評価の説得力 ∴ 評価の複雑性・難易度: 演繹, 推測, 価値評価<S3> 演繹の基礎: 対偶の恒真性 け11 前件A(鰯)& 後件B(魚) 命題「A ならば B」が真でるとき,(注) 1. 逆 : 「B ならば A」 偽 (逆は真ならず) 鮪は? 2. 裏 : 「Aでない ならば Bでない」 偽 (逆の対偶) 鮪は? 3. 対偶: 「Bでない ならば Aでない」 恒真 A: 十分条件,B: 必要条件, ┓A A B A ┓B (Aでない), A A ┓B ┓A (Bでない) Q3 十分条件・必要条件 と 逆・裏・対偶 12 1. 十分条件,必要条件,逆・裏・対偶は? (ヒント) 1. 2. 3. 4. 猫ならば,動物である 猫 ⇒ 動物 サブゲーム完全均衡ならば,ナッシュ均衡である A ⇒ B 単位取得には,練習が必要である 単位取得 ⇒ 練習 構造改革なくして,景気回復なし ┓構造改革 ⇒ ┓景気回復 2. 上の命題が真のとき,次の命題の真偽は? なぜ? 1. 2. 3. ナッシュ均衡でないならば,サブゲーム完全均衡ではない 対偶 練習すれば,単位取得できる 逆 構造改革すれば,景気回復する 裏 推測の基礎: 仮説形成 と その評価 13 類推や帰納を含む推測: 仮説形成による導出 ≠ 演繹 根拠 A 仮説 B を仮説形成によって,B A を説明 A: 太郎は学食ではサラダしか食べない, B: 太郎は菜食主義者だ 仮説の確度(妥当性) 演繹は正か誤のいずれか 1. 2. 3. 仮説は,現実をうまく説明している? 仮説形成の根拠・前提は,適切? 他に有力な仮説はないか? ∴ 推測(の評価)には,論理力だけでなく,事実が重要 3 科学的・統計的に考え,事実判断力を高める 14 科学? 科学的手続き(方法)? 科学哲学の入門書 1. 反証(ポパー),パラダイム(クーン),MSRP(ラカトシュ) 以降 2. 科学的(or対象)実在論,反実在論(道具主義等), 観念論 独立性テーゼ・知識テーゼ, 観察可能性 戸田山(05, p. 150,206) 事実判断の科学的方法: as if 仮説 ≒寓話 フリードマン(77) 1. 仮説の妥当性は,未知の事実への予測(結論と経験の比較)によって評価 = 自然科学: 反証で生存 + ハードコアとの整合性,ただし 管理実験 2. 仮定の妥当性は,その予測力によって間接的にテストされる 単純性・有益性 仮定 ≠ 現実 (記述的には偽) 予測力のある仮説の例 と テスト技術の進歩 15 フリードマンの as if (あたかも…するよう)仮説の仮定は? 1. 真空中を落下する物体の加速度は,定数g (距離=1/2gt2) 2. 3. 4. 木の葉は,受ける日光の量を最大にするように繁る ビリヤードのプロは,数学を熟知しているかのようにプレイ 企業は,期待収益を最大にするように行動 仮説のテスト技術の進歩 科学的判断の範囲の拡大 1. 2. 統計学の技術(検定・推定),ソフトウェアの操作性 実験法: 対照実験 プラセボ(偽薬),ランダム化実地実験 ニーズィ(14) Q4 因果関係 と 科学的判断力 16 次の正の相関関係( x↑ ⇔ y↑)が意味することは? 類例は? 1. 2. 都市の住民当たりの警官数 x と 暴力犯罪件数 y 家庭のライターの保有数 x と ガンの罹病(りびょう)率 y 熟考(頻度・確率に関する判断)力 の チェック 1. 新睡眠薬を10人に試すと,平均2.3時間の睡眠増。新薬の効果 は有意と言える? ( p 値 = 0.005 < 5% <S3> 第1種の過誤 ) 2. ★ 100万人という人口の1%が感染した奇病,陽性反応 の人の感染確率は? ただし,感受性(有病者の陽性確率) 90%, 偽陽性率(無病者の陽性確率) 5% である。 A4 因果 と 熟考 の基礎 17 相関は,因果(原因→結果)を必ずしも意味しない: 必要条件 マンキュー(14, p.74) 『入門経済学』 東洋経済 1. 逆因果関係: 「x → y」ではなく「y → x」, 「成績 x, 練習 y」 2. 他の変数: タバコ z, たぶんアイス販売額と水死者数: zは? 熟考を要する(直感ではバイアスが生じる)判断 学習・練習 1. 帰無仮説(平均=0)を棄却 = 効果ないとは言えない ≒ 有効 統計学の基本(t 検定) 観測数や分散: Rによる説明例 2. 15% << 90% 基準率(事前確率1%)の軽視バイアス ベイズ推定 ギルボア(12, p.72), カーネマン(14, 14-6章) 補足: ベイズ推定に基づく事前確率の修正法 18 感受性 X = A / (A+C) = 90% 偽陽性率 Y = B / (B+D) = 5% 有病率 Z = (A+C) / (A+B+C+D) = 1% 1. 検査前オッズ L 2. 尤度(ゆうど)比 M 有病 陽性 陰性 = (A+C) / (B+D) = Z / (1-Z) A人 X C人 1-X 無病 B人 D人 1-Y ≒ 0.01 基準率 18 > 1 1 で五分五分,18だから陽性の場合には有病が尤もらしい = A(B+D) / B(A+C) = X / Y = 90 / 5 = 3. 検査後オッズ N 4. 事後確率 O =A/B=L×M= 0.18 = A / (A + B) = N / (1+N) = 0.15 <<90% Y 低い基準率 Q5 & A5 熟考力の自己チェックと応用力 19 尤度比・オッズ計算機にトライして慣れる? 1. URL オッズ計算機 人口の半分が感染している流行病,陽性反応の感染確率は? ただし,感受性は80%で,偽陽性率は10%。 X= 0.8, Y= 0.1, Z= 0.5 ( 特異性 = 1-Y = 0.9) L= 1, M= 8, N= 8 ∴ O= 0.89 >>80% 基準率Lの高さを反映 2. 80%の頻度で識別できる人の「ひき逃げ犯は青タクシー」を,どの程度 信頼する? 但し,街に走るのは緑が85%,青は15%。 犯人:陽性,青:有病 X= 0.8, Y= 0.2, L= 0.15 / 0.85= 0.18 M= 4, N= 0.71 ∴ O= 0.41 <<80% 基準率Lの低さを反映 別解の説明: カーネマン(2014, 16章) 本日の要点 & 次回の準備 20 < 本日 > 事実判断力の 3 要素 と その改善の難しさ 1. 直感は常に自動的に作動,but バイアス: 安易な因果関係 「個別・代表的な例 全体」を推測しがち (逆は苦手: 統計学) 2. ∴ 論理的,科学・統計的な事実判断力の学習・練習が不可欠 But 費用が必要: 直感的判断への注意力,熟考力を作動・訓練する努力 < 次回 > 自分にとって良き人生・社会とは? 学習のエンジン <S3> 「考えを疑う 2 = 価値判断力」 の 3 要素 価値判断力 事実判断力, 価値観(正義・善悪), 費用便益 例解 価値判断 と 事実判断 21 1. 正答はない 価値判断: <S3> 主観的な好き嫌い・善悪 2. But 価値判断は,事実判断(客観性・間主観性)にも依存 3. ∴ 無差別なハズ? 事実: 同じサイズ(モノ) 虚心坦懐に見ても考えても, バイアス(系統的なエラー) 1. 知覚の錯覚 (錯視・錯聴) http://www.kecl.ntt.co.jp/IllusionForum/ 2. 認識も錯覚 (認知科学) 錯覚同様,自分では気づかない ∴ 誤認の自覚は,注意を払わないと,難しい: 次頁 参考文献 1 : 大火傷の学生 と 盲目になった少女 22 認知科学・心理学・行動経済学系の最近の成果 合理的意思決定理論と,現実の観察・実験からの乖離(アノマリー) ギルボア (12) 『意思決定理論入門』 NTT 1. 2. 3. 4. 5. アリエリー (13) 『予想どおりに不合理』 ハヤカワ文庫, Kindle カーネマン (14) 『ファスト & スロー 上・下』 ハヤカワ文庫, Kindle ニーズィー・他 (14) 『その問題、経済学で解決できます』 東洋経済, Kindle セイラー・他 (09) 『実践 行動経済学』 日経 アイエンガー (10) 『科学の選択』 文藝春秋 <S1> A1 フレデリックの認知思考力テスト 23 1. If S2が「S1の直感力」を制御できないタイプ (半数以上) 100 分, 24日, 10セント 2. If 直感を疑い,注意を払って「S2で熟考」できるタイプ 5 分, 47日, 5セント カーネマン(2014, 3&5章) 1. 2. 3. S2を働かせるには,費用(懐疑心・注意・努力)が必要 S1: 頭が楽なら顔に微笑 認知しやすいと気分が良くなる ∴ 直感を制御する自覚が重要: 幼児のマシュマロテスト さもなければ,自分の過ちを自覚できず,判断力も改善しない 参考文献 2 : 論証力(論理・科学・統計)の基礎 24 論理・論証とは?(≠小論文) 自己診断と練習法 1. 野矢茂樹 (06) 『論理トレーニング』 産業図書 3,4,6,8章 2. 野矢茂樹 (01) 『論理トレーニング 101 題』 産業図書庫 科学哲学・科学的手続き,具体的方法,統計学 1. 2. 3. 4. 戸田山和久 (05) 『科学哲学の冒険』 NHK オカーシャ (08) 『科学哲学』 岩波 フリードマン (77) 『実証経済学の方法と展開』 富士書房 統計学の基礎(例: t 検定) 授業,ネット,ソフト,入門書 注意: 「形式的な論理」を学習するハードル 25 日常言語の論理的なニュアンス ≠ 論理学の記号 ならば と ⇒ (前件偽は真), 否定(≠反対) と ┓(買えるはず,好き) 1. 厳密な記号論理の範囲では,AもBも命題 前原昭二 (02) 『記号論理入門』 日本評論社, pp.15-8 述語・性質にみえるA,Bは,命題表現の簡略形,と考える 命題A: すべてのxは鰯である,命題B: すべてのxは魚である 命題と命題関数: ∀x(A(x) ⇒ B(x)), A(x) ⇒ B(x) 2. 対偶以外の同値変形, 「⇒ と ┓」で十全な結合子 戸山田和久 (00) 『論理学を作る』 名古屋大学,p.51
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