通訳翻訳論 講義資料

通訳翻訳論 2008.07.09
翻訳・通訳の理論(3)
1.学期後半のまとめ
2.現代の通訳翻訳理論
3.翻訳と通訳の共通点と相違点
4.翻訳通訳は必要悪か?
5.学期末レポートについて
日本の翻訳通訳史(1)
 漢字・漢文の渡来
 漢文訓読法の成立
 読み下し文の普及
 漢文脈
 中国文学の翻訳
 江戸時代:章回小説、伝奇小説の翻訳
 江戸文学における中国文学の影響
日本の翻訳通訳史(2)
 長崎出島での対外貿易

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阿蘭陀通詞、唐通事の制度
江戸幕府の情報収集と長崎通事の活躍
フェートン号事件に端を発する英語学習の始まり
ラナルド・マクドマルドの来日と英語学習
 解体新書の翻訳
 『蘭学事始』に見る翻訳の苦労と工夫
 当時の長崎通詞に対する杉田玄白の見方
日本の翻訳通訳史(3)
 黒船来航と長崎通詞
 幕末の日米交渉における通訳
 幕末日本の言語環境
 開国と英学の始まり
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中浜(ジョン)万次郎の帰国
英語ブームの到来
福沢諭吉の活躍
岩倉使節団、国費留学生の派遣
お雇い外国人
翻訳による新たな概念の導入
日本の翻訳通訳史(4)
 明治~昭和の翻訳文学
 翻訳文学ブーム
 二葉亭四迷、森鴎外、坪内逍遥など
 児童文学の翻訳
 『ピーターラビット』、『小公子』、『フランダースの犬』
 日本文学への影響
 探偵小説、怪奇小説、冒険小説など
 欧文脈の成立
 日本語の変化
日本の翻訳通訳史(5)
 戦争と通訳者
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従軍通訳者となるきっかけ(自律的、他律的)
『アンクルジョンとよばれた男』香港捕虜収容所
『幻影の大連』旧満州国警察通訳の記録
『二つの祖国』日系アメリカ人の苦難
 東京裁判における通訳
 同時通訳を採用
 モニターの存在
日本の翻訳通訳史(6)
 戦後の復興と通訳者
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進駐軍の通訳
生産性本部視察団の米国派遣随行通訳チーム
東京オリンピック、万国博覧会の開催と通訳者
職業通訳者の誕生
 アポロ月面着陸
 西山千氏による実況生中継の同時通訳
 日本国中に同時通訳が知られる契機となる
現代の翻訳理論
今、翻訳について何が研究されているのか。
最近の翻訳研究の内容を紹介
「翻訳学の方向性と構造」
劉宓慶『当代翻訳理論』1993年
翻 訳 理 論
翻
訳
教
育
法
研
究
翻
翻
訳
訳
文
文
体
体
論
論
翻
翻
訳
訳
基
論基
礎
礎
理
理
論
翻
翻
訳
訳
プ
プ
ロ
ロ
セ
セ
ス
ス
研
研
究
究
論翻
訳
方
法
翻訳通訳研究の関連学問領域
比較言語学
記号論、
認知言語学
談話分析
翻訳通訳研究
認知心理学
読みの研究
言語情報処理
哲学
思想
論理学
社会学
教育学
コミュニケーション論
通訳研究の現在
 日本通訳学会『通訳研究』アーカイブ
http://wwwsoc.nii.ac.jp/jais/Kaishi_Archive/index.html
上記から論文をダウンロードできます
創刊号から最新号までのタイトル
『翻訳研究への招待』
 日本通訳学会・翻訳研究分科会による論文集
『翻訳研究への招待』1号
『翻訳研究への招待』2号
通訳翻訳は必要悪なのか
バベルの塔の伝説
世界共通語への希求
英語=国際語なのか
通訳翻訳の存在理由
世界に多くの言語があるのは
なぜか
バベルの塔の伝説(旧約聖書)
人類はもともと一つの言葉を使って
おり、言葉が通じない苦労をしたこと
はなかった。しかし、シンアル平野に
住み着いた人々が煉瓦とアスファル
トを使って天まで届く塔を建てようと企てた。神はこの地に降
りて彼らの建てた塔を見て言った。「おなじ一つの言葉を話し
ているから力を合わせてこのようなことができるのだ。今すぐ
に互いの言葉が聞き分けられないようにしてしまおう」。そし
て神は人々の言葉を混乱させ、その地から各地へ散らした。
世界共通語への希求
 エスペラント語
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



眼科医ザメンホフ(L.L.Zamenhof)
1887年に考案した国際共通語
言語による差別をなくすことが目的
世界中の人々にとっての第二言語
自国中心主義と利害関係を排除する言語
2007年の使用人口は100万人(日本はそのうち
1万人)、世界人口の0.03%を占めるに過ぎない
 なぜ普及しなかったのか?
英語は国際語なのか?
 英語の使用人口
 母語と第二言語の合計で約10億人(うち母語話
者は3億8千万人)
 使用人口が多い理由
 近現代において英米
両国が世界の経済・
産業などをリード
 実用性のある言語
 英語のレベル差大
 日本も英語使用国
言語と思考の関係
 サピア、ウォーフの仮説(言語相対性仮説)
言語は話者の世界観に差異的に関与する
 言語の多様性=世界観の多様性
≠文字や音声の多様性
 周囲の環境に左右される生活様式の多様さと
言語様式の多様さには密接な関係
 言語は異なる文化を持つ人々の生活観と世
界観を反映する
 「現実の世界」は言語習慣によって形成される
外国語を使うということ
 第二言語話者の不利
 習得に膨大な時間と努力を必要とする
 母語話者の運用力には容易に達し得ない
 抽象的、哲学的な議論の難しさ
 母語話者との対話における不利
 価値観、文化、発想への影響
 その言語が用いられている文化や価値観が刷り
込まれる
 英語の全世界的な普及にともなう英語圏文化の
世界的拡大
言語には優劣はない
言語に価値の優劣はない
世界には6000もの言語がある
どの言語もその母語話者にとってはかけがえのな
いもの
どの言語でも必要十分なコミュニケーションが可能
英語母語話者と非英語母語話者のコミュニケーシ
ョン
言語は道具ではなく世界観
非母語で話すことの制約
通訳者を使うことで解消する「言葉の壁」
非英語母語話者と英語通訳者
 英語の発言しか認めない「国際」会議
 英語は世界共通語という幻想
 通訳料金節約のため
 各国に特有な社会状況を知らない英語通訳者
 日常的な事柄であればあるほど理解できない
 第二言語あるいは外国語を話す困難
 なまり、不適切な語彙、破格な文法
 英語の強制による非英語通訳市場の縮小
 ドイツ語、フランス語通訳者の受注減
英語と通訳にまつわる実例
 内容:某企業のアジア地域管理者セミナー
 隔年に一回、日本で開催され、アジア地区系列各社の管
理職が参加
 参加国:インドネシア、マレーシア、タイ、台湾等
 通訳サービス:
 英語 → インドネシア、マレーシア
 タイ語 → タイ
 中国語 → 台湾
 形態:ウィスパリングおよび逐次(質疑応答)
セミナー会場のレイアウト例
英語通訳者
インドネシア
マレーシア
講師
(日本語)
タイ
タイ語通訳者
台湾
中国語通訳者
英語通訳者の困難
 英語の通訳者はインドネシア、マレーシアの企業文
化や社会状況に関する知識を持っていない
 質疑応答の際に参加者の提起する問題点がよく理解で
きない
 相手の状況にあわせた説明の仕方、適切な補足などは
行えない
 インドネシア、マレーシアの英語に慣れていない
 聞き取りに苦労する
 理解されているかどうか自信が持てない
 参加者にとって英語はあくまでも外国語
マレーシアの参加者
 マレーシアの華人社会出身
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

家庭内言語は潮州語
コミュニティ内での言語は広東語
華人社会の共通語は北京官話
日常生活はマレー語で(他民族とも通じる言語)
英語は教育によって習得したもの
 英語よりは中国語を聞く方が理解しやすい
 実際は台湾側の通訳を聞いていた?
 日常生活で最も使用頻度が高いのはマレー語
伝達効果の改善
 改善案
 インドネシア語、マレー語通訳者の手配
 デメリット
 コストは高くつく
 英語1名体制 → 二名体制に変更
 優秀な通訳者を確保することが難しい
 もしレベルの低い通訳者なら英語のほうがまし。
 メリット
 母語で自由にリラックスして質問できる
 聞き手の社会状況、風俗習慣を理解している通訳者
 何といっても理解しやすい
通訳・翻訳者の存在価値と使命
 世界の人々に、自らの母語を用いて自由闊達
に意見を述べる機会を提供する
 国際会議での意見交換などに通訳は不可欠
 言語による不便、不利益、差別を排除する
 コミュニティ通訳による社会的弱者への奉仕
 個別言語の地平を拡大する
 翻訳通訳による新たな思想や概念、表現形式の
導入
通訳者と資格
 現在、日本で資格を必要とするのは観光案内
を行う通訳案内士のみ
 現在、司法通訳者に対する資格認定を検討中
 オーストラリア、アメリカ、中国ではすでに通訳
資格認定試験を実施
 オーストラリア:NAATI
 アメリカ、カナダ、オランダ、ドイツなどは
司法通訳者に特化した資格認定制度
オーストラリア通訳・翻訳国家認定資格(NAATI)
 NAATI (The National Accreditation Authority for
Translators and Interpreters)
 1977年設立、1983年7月1日オーストラリア連邦政府及び州
政府から共同出資を受けて、独立組織として再設立
 移民局を始め、政府に提出する公式な翻訳や、国際的な会議に
おける通訳は、NAATIの公認翻訳家または通訳者でないとで
きない
 NAATIレベルⅡ :準プロ級(コミュニティ・レベルの通訳)
 NAATIレベルⅢ:プロ級(一般通訳・翻訳)
 NAATIレベルⅣ:Advanced (国際会議の通訳)
 NAATIレベルⅤ:試験ではなく業績で認定(ベテラン)
 NAATI資格取得はオーストラリア永住権取得に有利
アメリカの司法通訳者資格認定制度
 1988年連邦議会による「連邦裁判所通訳人法」 制定
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法廷通訳に必要な専門的知識を有する人材を要請・確保すること
適切な能力を有する法廷通訳人の名簿作成・公表
法廷通訳人に関する各種データの収集と統計等資料の公表
カリフォルニアの法廷通訳人資格試験において、例年500~600
人の受験者中、合格率は9%にとどまり、ニューヨーク州においても
7.5%となっており、相当高水準の通訳能力を担保しようとしている
ことが窺える。
 裁判所通訳人資格試験(Federal Court
Interpreters Examination):スペイン語、ナバホ
語、ハイチ・クレオール語
 課題:上記以外の外国語は裁判官の裁量による。
翻訳と通訳はどう違うか
翻訳と通訳の共通点と相違点について
翻訳・通訳における技術
語学力と翻訳通訳の熟練技術の違い
語学力:ある個別言語内の運用力を問題にする
翻通訳技術:二つの個別言語間を自由に行き来する能力
高い語学力を前提とする
起点言語
受容・理解
言語の四技能
翻
訳
・
通
訳
行
為
目標言語
再構成・表出
言語の四技能
翻訳と通訳の相違点
 テクスト全体の予知
 翻訳:訳出すべき内容は事前に全て提示される
テクスト全体を読んでから訳し始める
段落ごとに読みつつ翻訳する
文単位で翻訳する
 通訳:話し言葉を時間軸に沿って順次訳出する
テクスト全体を全て聞いてから訳すことはまれ
逐次通訳:
短文逐次:一文ごと
一般的逐次通訳:段落ごと、1~3分ごとに訳出
同時通訳:情報単位ごとに切り分けて訳出
翻・通訳の時間的制約
●:最も普通,○:割に多い,△:少ない,×:ほとんどない
訳出する時点でどこまでの情報が提供されているか。
翻訳
逐次
同時
時間的制約
一字一句
×
×
△
高
情報単位
×
×
◎
一文単位
○
△
△
段落
○
◎
×
テクスト
◎
×
×
低
逐次通訳と同時通訳
 逐次通訳:一般的にパラグラフごとに訳出
 後続するパラグラフの情報は推論は可能だが確
定はできない。
 同時通訳:一般的に情報単位ごとに訳出
 一文の後半も確定できない状況のまま訳出開始
 テクスト(発言)の冒頭では特に後続情報が未知
 テクスト全体の意義や意図を事前に把握する
ことで訳出の精度は上がる。
音声言語の特徴
 何度も繰り返し受容することは不可能
 表出された瞬間に消え去る
 一度聞いてすぐに内容を理解する必要
 頭ごなし(順送り)の情報処理
 通訳のための記憶保持
 記憶保持と再生支援のためのノート(逐次通訳)
 原発言との適切な距離を維持(同時通訳)
 訳出の完成度を上げるチャンキング(同時通訳)
空間と時間
 翻訳




文字テクスト
紙に印刷されて流通
字幕、インターネットなどはモニターで閲覧
翻訳による産出物は「空間」を必要とする。
 通訳




音声テキスト
時間軸に沿って提示される
発言者と交代でまたは同時に時間を占有する
通訳による産出物は「時間」を必要とする
発信者と受信者
 翻訳
 オリジナル・テクストは原則的に他の個別言語に訳出される
ことを前提しない
 翻訳者、読者は作者にとって未知であり、直接的な反応を観
察することができない
 通訳
 オリジナル・テクストは常に訳出されることを前提する
 話し手、聞き手、通訳者が同じ場所にいて、それぞれの反応
を見ることができ、コミュニケーションの当事者である意識が
生まれやすい
 参与者の反応による調整が可能である
テクストタイプと情報伝達(1)
 一般翻訳:文字→文字
 字幕翻訳:文字・音声・映像→文字・音声・映像
 テレビ字幕:音声・映像→文字・音声・映像
 放送通訳:音声・映像→音声・音声・映像
 原稿つき同時通訳:文字・音声・視覚情報→音声・視覚情報
 即興型同時通訳:音声・視覚情報→音声・視覚情報
 原稿付き逐次通訳:文字・音声・視覚情報→音声・視覚情報
 逐次通訳:音声・視覚情報→音声・視覚情報
 電話通訳:音声→音声
テクストタイプと情報伝達(2)
 翻訳者・通訳者が発信する情報のみに頼る
 翻訳:文字から文字へ
 電話通訳:音声から音声へ
 オリジナルの視聴覚効果も受容者に伝達
 映画、テレビ字幕:オリジナル音声と映像
 二カ国語放送:オリジナル映像
 同時通訳:オリジナル視覚情報
 逐次通訳:オリジナル視覚情報・聴覚情報
通訳=オリジナル視聴覚情報+訳出言語情報
まとめ:翻訳と通訳の共通点
 共通点




異なる二つの個別言語間で行われる
発信者と受信者のコミュニケーションに役立つ
受信→理解→転換→発信の過程
目標言語で伝達されるのは起点言語の意味と意義
のうち伝達が必要な部分である
 伝達の可能性は様々な制約を受けるが翻通訳者は
伝達の必要性に応じて種々の方策を用いる
 いずれも人による言語行為であるため、訳出の良
否は個人の資質(知識)に依存する
まとめ:翻訳と通訳の相違点








テクスト全体を事前に提示されるか否か
空間を必要とするか時間を必要とするか
反復利用と流通が可能かどうか
起点言語テクストの情報を記憶する必要性
時間的制約による説明や解説の制限
起点言語と目標言語の語順の影響の有無
発信者・媒介者・受信者が可視であるか
訳出を前提しているか否かによるテクストタイプ
の違い