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富士山南麓の地下水水質,流動と窒素汚染
鹿園直建 荒川貴之 中野孝教
出典
地学雑誌
紹介者
30416005
journal of geography
総合科学専攻
市川恵理
はじめに
本研究では、富士山麓の地下水として自然湧出している湧水をおも
に採集。
水質分析によって特徴を把握、地下水水質組成を形成するうえで基
本となる水-岩石反応の時間を反映していると考えられる湧水高度
による水質の変化、そして人為的な汚染という観点から地球科学的
に考察を行った。
それをふまえ、地下水の起源・流動・汚染などについて検討をおこ
なった
研究対象地域
本研究では富士山麓を大きく南北二つに区分し、南側をさらに東西
に区分して計三つの地域に分けた。
南北についてはほぼ県境に順じて東側は籠坂峠、西側は割石峠へと
富士山頂から引いた直線によって区分し、それぞれ北麓、南麓とし
た。
南麓はさらに富士山頂から愛鷹連峰の越前岳を結ぶ直線によって東
西を区分して、西側を南西麓、東側を南東麓とした。
富士山全域図
分析方法
1)フィールド分析
研究試料のpH 、水温、電気陰性度(EC) 、酸化還元電位
(ORP)、 HCO3-濃度の測定を各試料採集地点にて行った。
2)室内分析
▪ 原子吸光分析
分光光度計を使用し、Na+, K+, Mg2+, Ca2+濃度を測定した。
▪ イオンクロマトグラフィー分析
Cl-, NO2-, Br-, NO3-, SO42-の濃度を測定した
分析結果
1)電気伝導度
電気伝導度は試料水中の全イオン濃度の指標となることから、地下水-
岩石反応の進行度や、人為的汚染の大小を知る手がかりとなる。
次の図2に本研究地域における試料水の電気伝導度の分布を示す。
図2.試料水の電気伝導度(mS/m)の分布
• 富士山頂付近を最低値として、標高1000m以上の湧水試
料や富士宮市北部の比較的標高の高い試料
• の電気伝導値は低く、これらより標高の低いところでは
数値が高いことがわかる。
• また、愛鷹山麓、箱根山麓にもそれぞれ電気伝導度の低
い湧水試料があることがわかる。
• しかし富士山麓の標高500m以下では、電気伝導度のばら
つきが大きい。
図3に本研究における試料水のpHの分布を示す。
図3.試料水のpHの分布
• 南西麓においては、電気伝導度が高い試料は㏗が低く、電気
伝導度が低い試料については㏗が高いという
• ㏗と電気伝導度との対応がほぼあることがわかる
• 富士市の試料でも西から東に電気伝導度が上昇したのに対し
㏗は西から東に下がる傾向がみられる。
• 沼津市の2試料は特に㏗が高いといえる。
• 南東麓においては上記の傾向が必ずしも当てはまらず、電気
伝導度の高い御殿場市と三島市の試料は、
• 御殿場市では㏗は高いが、三島市では逆に低い値を示してい
る。
• また、黄瀬川中流部では㏗が比較的高い。
NO3Na+
Si
図4に南西麓の試料を採取した標高と各溶存成分の当量単位の濃度の関係を示す。
SO42-
Ca2+
Cl-
HCO3-
図4,南西麓の試料を採取した標高と各溶存成分の当量単位の濃度の関係
• 個々の重要溶存成分(Na,Ca2+, Si , Cl-,
No3-,SO42-,HCO3-など)濃度は、南西麓では標高
が低くなるに従い濃度が高くなっていた。
• 富士宮市市街地周辺でも、北東側の標高が高い
湧水から南西の標高の低い湧水に向かって濃度
が高くなっていた。
• また富士市吉原地域では電気伝導度の増加と同
じように西から東に向かって濃度が増加してお
り、特にNO3-濃度の増加が顕著で地下水環境基
準値に迫るほどの高濃度である
地下水の起源と流動系
《富士山系地下水》
SO42-濃度が高くCl-濃度が低いためSO42-とCl-の合計に占める
SO42-の割合を求めることで富士山水系と愛鷹山および箱根山水
系を明確に区分できる。
平均が77%→富士山水系
平均が30%以下→愛鷹山・箱根山水
系
これによると沼津市のNo.32が約28%、No.33が約11%になり
南西麓と定義した試料のうちのNo.32とNo.33を除いた全資料の平均約61%(47
~75%)と比べて非常に少ないことがわかる。また愛鷹山神社(No.49)の試料は
29.4%である。よって
これら3試料はおもに愛鷹山水系の地下水であると考えられる。
《南東麓では》
北側:扇状地堆積物(御殿場泥流二次堆積物)
南側:三島市へと流下している新富士火山旧期溶岩流(三島溶岩流)
と地質が異なっている。
御殿場の付近においては、三島溶岩流が堆積する南側の地区と、泥流が
覆う北側の地区との間で地下水のありかたに差があり
三島溶岩流沿と御殿場市北部から南への地下水流動があると考えら
れる。
南東麓地域の地下水流動系は大きく分けて御殿場泥流上の御殿場市北部地域、
黄瀬川流域の三島溶岩流沿いおよび愛鷹山・箱根山水系があると考えられる。
地下水質の特徴と窒素汚染
分析の結果、南西麓の標高の低い場所ではほかの地域よりNO3-
濃度が高い試料がみられた。
富士玄武岩質火山の主要造岩鉱物は、斜長石、輝石、カンラン石
である。よって水‐岩石反応による各陽イオン成分の溶出は次式の
ような反応が主体をなす。
この式より、HCO3-濃度と、全陽イオン濃度は等当量比
になる。
そこで両者の関係を図5に示す。
この直線からのずれが大きい試料は共通してNO3-濃度が高い試料であるので、
人為的汚染の影響を考慮にいれる必要がある。
そこでこの地域の土地利用のされ方をみるために図6に、国土地理院の土地利用図を示
茶畑にまかれる主な肥料
有機質肥料やアンモニア系化成肥料
アンモニア系化成肥料として代表的なもの
硝酸アンモニウム・硫酸アンモニウム・リン酸アンモニウムなど
これらの化学肥料は散布された後に水に溶解、あるいは空気中で容易に分解
しアンモニウムイオンが発生する。
酸化還元電位の測定結果により、この地域の地下水はすべて酸化的条件にあ
る。よってアンモニウムイオンNH4+は土壌中の硝酸化成菌の働きによって酸
化されNO2-を経てNO3-となる。
これにより窒素が土壌に吸着されにくい硝酸態になることで地下水中に流出されやす
地下水中のNO3-濃度が上昇したと考えられる。
また、この反応によりH+が生成しpHが低下すると考えられる。
この図よりNO3-濃度の上昇とpHの低下が対応していることがわかる
ここで図13に南西麓吉原地域湧水の電気伝導度および各溶存成分濃度の月変化
と降水量の関係を示す。
電気伝導度の図と対応
するように、大雨の後
に濃度が大きく上昇す
るのはNa+,Ca2+,NO3,SO42-である。
以上により地下水の硝
酸性窒素汚染がある吉
原地域においては、大
雨の後に汚染が顕著に
増大するといえる。
結論
1)地下水水質
陽イオン濃度、H4SiO4濃度は標高の低下とともに高くなる傾向があるが、山麓や地域
によって特異的な傾向を示す。主な原因としては水‐岩石反応の進行が考えられる。
2)窒素汚染
南西麓地下水は硝酸性窒素汚染が顕在化しており、大雨の後に汚染が増大する。
硝酸性窒素の汚染源は裾野地域に広く分布している茶畑に散布された無機化学肥料と
考えられる。
南東麓地下水は高高度地域と低高度地域で溶存成分濃度が大きいなど特異な傾向があるが、
顕著な窒素汚染はみられない
3)地下水流道系
南西麓の地下水流道系には潤井川沿いと富士山体の裾野方向に流下する2つの流動系が存在し、
下部ではそれらの水系の地下水が混合している。
南東麓の地下水流道系には、富士山系である御殿場市北部の御殿場泥流上と三島溶岩流沿いの
流動系があり、後者には愛鷹・箱根山系由来の地下水が混入している。