Document

認知的浮動による連言錯誤の説明
1中垣
啓○ ・ 2伊藤 朋子
1早稲田大学 ・ 2早稲田大学大学院 教育学研究科
07_09_18日本心理学会第71回大会@東洋大学
0.はじめに
0-1.認知的浮動(中垣,2006)とは


「条件確率文・連言確率文解釈課題」の結果から。
確率解釈における双方向の認知的浮動性(cognitive
fluctuation)の存在。
P(p∣q) ←→ P(p&q) ←→ P(q∣p)


連言確率P(p&q)は条件付確率P(q∣p),P(p∣q)とほとんど区別
されない。
命題操作システム内での条件文と連言文との浮動性に
基づいて説明した。
0-2.連言錯誤とは

「リンダ問題」(Tversky&Kahneman,1983)で確認された
認知的バイアス。
規範解 P(p&q)≦P(p),P(p&q)≦P(q)
しかし,多くの人には,
P(p&q)>P(p),P(p&q)>P(q)
と判断する傾向(連言錯誤)がある。
0-3.リンダ問題とは

「31歳の独身で,聡明で,活動的なリンダ」という女性
の描写(D)が与えられたとき,「リンダは現在銀行員で
ある(B)」という文と,「リンダは現在銀行員で,女性解
放運動に熱心である(B&F)」という文とでは,どちらの
方が確からしいか。
規範解・・・P(B∣D) ≧ P(B&F∣D)
 多くの人の判断・・・P(B∣D) < P(B&F∣D)
 連言錯誤の出現!

1.目的

中垣(2006)の研究


「認知的浮動は,認知システムに内在する固有の現象であ
る」。
主題化された課題である「リンダ問題」
(Tversky&Kahneman,1983)などにみられる連言錯誤の出現
メカニズムを説明した。
↓

本研究

認知的浮動による説明が,構造を維持しつつも内容を単純化
した形式的な課題の判断パターンにも適用できる,領域普遍
的な説明であることを示す。
2.方法



調査対象者・・東京都内私立大学生64名(mean20歳)。
手続き・・・問題冊子を教室で配布し,集団形式で実施。
課題・・・形式的な課題である「連言文・選言文確率ラ
ンクづけ課題」(課題I~課題IV)。

本発表では,「連言文確率ランクづけ課題」(課題I)を扱う。
「連言文確率ランクづけ課題」

表に文字,裏に数字が印刷されたカードが入っている袋の中か
ら,ランダムに1枚のカードを取り出し,
このカードについて「表の文字は母音である」という情報が与え
られたとき,
P(E∣母音),P(9∣母音),P(D∣母音),P(E&9∣母音),P(母音∣母音)
に関して,可能性(確率)が大きいと思われる順に番号をつけさ
せた。


連言文の確率P(E&9∣母音)と,
その連言肢の確率P(E∣母音),P(9∣母音)
のランクづけを分析対象とする。
連言規則(conjunction rule)に従った正判断は,
 P(E∣母音) > P(9∣母音) > P(E&9∣母音)。
∵ 「表の文字は母音である」という情報が与えられていることから,
一般には,P(E∣母音) > P(9∣母音)。
3.結果

正判断


①「部分的連言錯誤」

P(E∣母音) > P(E&9∣母音) > P(9∣母音)


出現率49%。
出現率42%。
②「全面的連言錯誤」

P(E&9∣母音) > P(E∣母音) > P(9∣母音)

出現率9%(低かった)。
4.考察
4-1.「部分的連言錯誤」の出現メカニズム

① P(E∣母音)>P(E&9∣母音)>P(9∣母音)は,


P(E∣母音)>P(E&9∣母音)という正判断と,
P(E&9∣母音)>P(9∣母音)という連言錯誤からなる。


↑ 認知的浮動による説明が可能。
P(E&9∣母音)とP(9∣母音)の比較は,
↓ 「条件付確率と連言確率の認知的浮動性」から,

P(E&9&母音)とP(9&母音)の比較へと認知的に浮動する。
↓ Eなら母音を説明できることから,E→母音が主体に読み込まれると,


P(9&母音∣E)とP(9&母音)の比較へと認知的に浮動するため,
P(9&母音∣E) > P(9&母音)と判断される。
↓ 故に,設問には,

P(E&9∣母音) > P(9∣母音)と解答。「部分的連言錯誤」の出現!
4-2.「全面的連言錯誤」の出現メカニズム

② P(E&9∣母音)>P(E∣母音)>P(9∣母音)は,



P(E&9∣母音)>P(9∣母音)と,
 ↑ 認知的浮動による説明が可能(「部分的連言錯誤」の前スライド参照)。
P(E&9∣母音)>P(E∣母音)という2つの連言錯誤からなる。
 ↑ 認知的浮動による説明が可能。
P(E&9∣母音)とP(E∣母音)の比較は,
↓ 「条件付確率と連言確率の認知的浮動性」から,

P(E&9&母音)とP(E&母音)の比較へと認知的に浮動する。
↓ もし,P(E&9&母音)がP(E&母音∣9)へと認知的に浮動すれば(※1),


P(E&母音∣9)とP(E&母音)の比較,すなわち,
P(E∣9)とP(E)との比較になる。
↓ これらの確率の大小は論理的には決められないが,一部の人は(※2),

P(E∣9)>P(E)と判断する。
↓ 故に,設問には,

P(E&9∣母音)>P(E∣母音)と解答。
「全面的連言錯誤」の出現率が低かった理由
P(A∣B) ← P(A&B) ← P(B∣A)
という認知的浮動が生じるためには,事象Aと事象Bとの関連性が高くなけれ
ばならない(Quinn&Markovits,1998)。

しかし,本課題では,

「裏が9である」という事象と,「表の文字は母音である」「表がEである」という事象
との関連性は低い。
↓


P(E&9&母音)がP(E&母音∣9)へと認知的に浮動したり(前スライドの※1),
P(E∣9)>P(E)と判断したりすること(前スライドの※2)が稀になる。
↓
全面的連言錯誤の出現率が低くなる。

「全面的連言錯誤」の非頑強性は,認知的浮動による連言錯誤の説明の妥
当性を保証するものと考えられる。
4-3.認知的浮動による説明の領域普遍性

「リンダ問題」(Tversky&Kahneman,1983)にみられる
連言錯誤。


「競技問題」(Tversky&Kahneman,1983)にみられる
Conjunction Error。


本課題の「部分的連言錯誤」に相当。
Dual
本課題の「全面的連言錯誤」に相当。
認知的浮動による説明では,Tversky&Kahneman
(1983)が取り上げた連言錯誤全般の出現メカニズムを
包括的に説明できる。
5.まとめ

認知的浮動による説明は,



連言錯誤の出現メカニズムに加えて,
ベイズ型推論課題の判断タイプの説明(伊藤,
2006)にも適用可能。
命題推論,確率推論全般に適用可能な,領域
普遍的な説明であることが予想される。
文献




伊藤朋子. (2006). ベイズ型くじびき課題における推論様式の発達. 日本発達心理学
会第17回大会発表論文集, 584.
中垣 啓. (2006). 条件確率文・連言確率文の解釈―連言錯誤を如何に説明するか―.
日本心理学会第70回大会発表論文集, 912.
Quinn, S., & Markovits, H. (1998). Conditional reasoning, causality, and the
structure of semantic memory:Strength of association as a predictive factor for
content effects.Cognition, 68, B93-B101.
Tversky, A., & Kahneman, D. (1983). Extensional versus intuitive reasoning: The
conjunction fallacy in probability judgment. Psychological Review, 91, 293-315.