武蔵野台地およびその周辺における最終氷期の植生変遷 Vegetational change during the Last Glacial Period around the Musashino Uplands, Tokyo 気候気象システム研究室 6111M02 栗原美貴 キーワード:武蔵野台地,最終氷期,花粉,植生変遷 1.はじめに 日本列島におけるMIS5 以降の連続的な植生変遷は, 子ほか,1978;1979)から,MIS 5c の小原台面に相 当すると考えられる. 主に湖底や海底のボーリングコア試料を用いた花粉分 3.調査方法 析 や 有 機 炭 素 含 有 率 から 明 ら か に さ れ て き た 3-1.灼熱減量 (Igarashi and Oba,2006;公文・田原,2009 など). 3-2.花粉分析 関東平野部においては,辻(1983)が過去 14 万年間 花粉分析は 1 試料につき樹木花粉が 150 粒に達する の植生変遷をとりまとめているが,植物化石のデータ まで光学顕微鏡 600 倍で検鏡した. が空白になっている時代もある.これは関東平野に厚 4.分析結果 く堆積している関東ローム層によって,花粉分析を用 結果を花粉ダイアグラムで表した(図 1) .花粉・胞 いた連続的な古環境を解明することは困難であること 子化石産出率の垂直変化に基づき,下位からⅠa 帯, に起因する. Ⅰb 帯,Ⅱa 帯,Ⅱb 帯の局地花粉化石群集帯を設定し 2010 年に日本大学文理学部百周年記念館前 (東京都 た.Ⅰa 帯はスギが約 50~60 %で優占し,次いでコ 世田谷区)において全長 80 m のボーリングコア(百 ナラ属コナラ亜属が約 20~30 %多い.亜寒帯針葉樹 周年コア)が掘削された.この百周年コアの深度 8.7 m は産出量が 5 %未満と乏しい.Ⅰb 帯はスギが約 20~ の武蔵野礫層直上から深度 4.5 m まで有機質シルト層 30 %まで減少し,代わりにコナラ亜属が 40 %前後ま であり,花粉分析に適する.したがって,辻(1983) で増加する.しかし,Ⅰb 帯最上部ではスギが再び で植物化石のデータが得られていない時代の花粉化石 50 %近くまで優占し,コナラ属コナラ亜属が約 25 % 群を抽出できる可能性が高く,武蔵野台地における まで減少する.草本花粉では寒冷な湿地に生息するミ MIS5e 以降の植生変遷を連続的に明らかにできると ツガシワ属‐イワイチョウ属が産出している.Ⅱa 帯 考えられる.また 2009 年には同じく日本大学文理学 はスギが 20 %未満まで激減し,コナラ亜属も減少す 部の敷地内の開析谷において約3.2万年前~2.7万年前 る.その代わりにハンノキ属が約 40~60 %多産し, の 14C 年代値を示す泥炭試料が採取された.本研究で トネリコ属やハリゲヤキ属も増加する.Ⅱb 帯ではク はこの泥炭試料と百周年コアを用いて花粉分析を行い, マシデ属‐アサダ属,ニレ属‐ケヤキ属などの落葉広 武蔵野台地東部における MIS5c~2 の古植生について 葉樹やモミ属,ツガ属,トウヒ属の亜寒帯針葉樹が増 考察する. 加する. 2.調査地の概要 5.考察 本コア掘削地点は,武蔵野台地東部に位置する東京 都世田谷区の日本大学文理学部敷地内(N35°39′ 49″,E139°39′04″,標高 41.2 m)である.深度 5-1.武蔵野台地およびその周辺における武蔵野期の植 生変遷 Ⅰa 帯のOn-Pm1 が降下した後の約9.5 万年前以降, 2.1~2.4 m に姶良 Tn テフラ(AT)が散在し,深度 7.3 調査地周辺には落葉広葉樹を含むスギ主体の林が広が m 前後に箱根東京テフラ(Hk-TP)が認められ,深度 っていたと考えられる.Ⅰb 帯の約 7 万年頃になると 8.7 m 前後の粘土質砂層に御岳第 1 テフラ(On-Pm1) スギが減少し,温帯‐冷温帯落葉広葉樹が増加した. が散在する.人為的な盛土以下の層序は上位から,立 花粉組成からⅠa 帯,Ⅰb 帯は冷涼かつ湿潤な気候であ 川ローム層,武蔵野ローム層,下末吉ローム層,広義 ったと考えられる.Hk-TP が降下した約 6.6 万年前以 の武蔵野礫層,上総層群に相当する.本コア掘削地点 降になるとハンノキ属が優占し,トネリコ属やハリゲ は下末吉面と広義の武蔵野面の境界部にあたり谷地形 ヤキ属をはじめとする湿潤環境に適した分類群が増加 になっているが,堆積物の記載と地形,既存資料(稲 することから,調査地周辺は湿地的な環境であったと 考えられる.その要因として,地下水の流出があげら おいては,約 13 万年前以降スギ優占林が続き,約 6 れる.Hk-TP の堆積の時に谷底の浸食が起こり,関東 万年前を境にハンノキ属もしくはトウヒ属・マツ各属 ローム層の下まで浸食されて礫層が露出し,礫層を通 の優占林に変化したとしている.しかし,植物化石の ってくる地下水が一気に溢れ出したため,調査地周辺 データが得られていない時代にスギの衰退期が存在す は湿地的な環境に変わったと考えられる.辻(1983) る可能性がある.百周年コアの花粉分析結果から,ス は,スギやコナラ亜属の減少期を Hk-TP 降下前として ギの優占は約 6.5 万年前まで続く.その後,約 5.5 万 いるが,ハンノキ属の増加期については言及していな 年前前後に針葉樹が減少して,コナラ亜属などの落葉 い.百周年コアの花粉分析結果によって,ハンノキ属 広葉樹が増加する傾向がそれぞれの各地点で見られる. が増加した時期は Hk-TP 降下直後であったことが示 これは,MIS3 の温暖化によるものと考えられる.そ 唆された. して,日本大学文理学部敷地内の最終氷期最寒冷期の 5-2.関東地方とその周辺地域における過去 14 万年前 泥炭試料の花粉分析結果によって(栗原ほか,2012) , の主要花粉化石産出量の比較 最終氷期最盛期(LGM)に向けて再び気候は徐々に寒 On-Pm1 のやや上位でスギが急増したことを広域に 冷化し,亜寒帯針葉樹のツガ属やトウヒ属が増加して 確認するため, 百周年コアの花粉分析結果とMIS5e 以 いったことが明らかにされている.このことは,鹿島 後の連続的な花粉分析が行われている福島県矢の原湿 沖コアの花粉分析結果とも調和的である. 原(叶内,1988) ,茨城県鹿島沖(Igarashi and Oba, 6.引用文献 2006)の花粉分析結果を比較し,辻(1983)を踏まえ 青木かおりほか(2008)第四紀研究, 47, 6, 391-407. て関東地方とその周辺地域における MIS5e 以降の連 Igarashi, Y. and Oba, T.(2006)Quaternary Science 続的な植生変遷を検討した. Reviews, 25, 1447-1459. 各地点の比較の結果から以下のことが推測される. 稲子 誠ほか(1978)日本大学自然科学研究所研究紀, 13, On-Pm1 が降下した約 10 万年前からスギが急増し, 31-42. その後,スギが減少し始めた時に亜寒帯針葉樹が増加 稲子 誠ほか(1979)日本大学自然科学研究所研究紀要, した. Aso-4 が降下した約 8.5 万年前になると気候は温 14, 31-38. 暖化し始め,MIS5a の温暖期に入ると,スギや亜寒帯 叶内敦子(1988)第四紀研究, 27, 3, 177-186. 針葉樹が減少して落葉広葉樹が増加した.その後, 公文富士夫・田原敬治(2009)地質学雑誌, 115, 7, 344-356. MIS4 の寒冷期に入ると再び気候は寒冷化し,スギや 栗原美貴ほか(2012)日本大学自然科学研究所研究紀, 47, 亜寒帯針葉樹が増加した.特に,MIS4 初期のスギ増 165-171. 加は顕著である.辻(1983)は,関東地方中・南部に 辻 誠一郎(1983)アーバンクボタ, 21, 44-47. 図 1 百周年コアの花粉ダイアグラム
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