『ミクロ経済分析入門』 意思決定の経済学(経済心理学)(2) 不確実性編 参考文献: 依田高典『不確実性と意思決定の経済学』日本評論社 1997年 第2章「不確実性の意思決定理論」 京都大学大学院経済学研究科 依田高典 助教授 1 1 不確実性の意思決定理論:50年前 • ナイトの危険と不確実性の峻別: 確率理論の適用可能性をめぐって • アローの1951年展望論文: • ノイマン・モルゲンシュテルン期待効用理論か • シャックル不確実性理論か • 期待効用理論が有望 • アローの予言通り、期待効用理論が普及: • 期待効用理論はゲーム理論の基礎概念として大成功。 • しかし現在、期待効用理論は、確率加法性と加重平均(基 数主義)という二つの観点から、現実妥当性が揺らいでいる。 • 奇妙なことに、昨今の期待効用理論の批判的検討は、まさ にシャックルの理論の先駆性を証左。 2 2 聖ペテルスブルグの逆説 コインをはじき、裏表を見る繰り返しゲ−ムを考え、n回目に表が 出た時に2nドルの賞金が貰えるものとする。表が出続ける限りゲ −ムを続行し、より高い賞金に挑戦してもよいが、裏が出ればその 時点で賞金は没収され、ゲームは終了となる。 4 1 H2 ( 1 ) 2 H2 2 ý ( 1 ) n H2 n ý 3 ( 1 ) n H2 n n 1 2 2 2 2 しかし我々はこの賭に∞の価値を見出さない。ベルヌーイは効用 関数を仮定し、この問題を解決。 その期待値は∞: 4 1 HU(2) ( 1 ) 2 HU(2 2 ) ý ( 1 ) n HU(2 n ) ý 3 ( 1 ) n HU(2 n ) n 1 2 2 2 2 例えばU=logならば、このゲームの期待効用はlog4にすぎない。 このベルヌーイの解法こそ危険回避型効用関数と呼ばれるもの。 3 3 期待効用関数 • 期待効用関数定理: 一連の公理体系が満足されるもとで次の等値命題が成立する。 a1 (≧)a2 ⇔ EU(a1)=ΣpjU(x1j)≧EU(a2)=ΣpjU(x2j) 即ち、行為a1がa2よりも選好されるか少なくとも無差別であるとき そのときに限り、a1の期待効用はa2の期待効用以上である。 • 独立性公理: 任意の三つの確率分布P、P*とP**に関して、任意の実数λ∈(0,1]に 関して、P*(≧)P⇔λP*+(1−λ)P**(≧)λP+(1−λ)P**という等値 性が成立する。 もしも確率変数P*がPよりも選好されるか少なくとも無差別であるな らば、確率λで表、確率(1−λ)で裏が出る2つのコインを考え、一 方のコインは表が出ればP*、裏が出ればP**、他方のコインは表が出 ればP、裏が出ればP**とした場合、前者のコインが後者のコインよ りも選好されるか少なくとも無差別でなければならない。 独立性公理は、実数値関数が確率に関して線形(加重平均)である こと(U(p1,…,pn)=ΣpiU(xi)) を保証する。 4 4 危険回避とリスクプレミアム 確率変数P:P=(利得x1,確率1−p;x2,p)、x1>x2 確率変数の数学的期待値の効用U(E(P))と期待効用EU(P): U(E(P))=U((1−p)x1+px2) EU(P)=(1−p)U(x1)+pU(x2) 危険愛好的 ⇔ U(E(P))<EU(P) 危険愛好的な選好 ⇔ 凸の効用関数 ρという定数を考え、 U(E(P)−ρ)=EU(P) とする。(E(P)−ρ)を確率変数Pの「確実性等価」と呼ぶ。ρは「リスク・プレミア ム」と呼ばれる。 効用曲線の曲率が大きいほどリスク・プレミアムの絶対値は大きくなるので、 効用曲線の曲率を危険回避や危険愛好の強さの測度となる。 5 å¯óp U(x1 ) U(E(P )) EU(P) U(x2 ) Éœ Çò2 E(P ) Çò1 óòìæ ê}ÇR-ÇQÅFäÝë“ å¯ópDzÉäÉXÉNÅEÉvÉåÉ~ÉAÉÄ 6 5 保険の経済理論 保険需要者である契約者の期待効用: (U’>0、U”<0、初期所得X,事故損失額Lは正の定数。) 状態1(無事故);確率1−p、所得X 状態2(事故) ;確率p 、所得X−L EU(P)=(1−p)U(X)+pU(X−L) 保険者の提供する保険契約I=(保険料A,保険金額B)として、保険契約者の保険契約後の所得(x1,x 2)、その期待効用EU(P,I)並びにx1のx2に対する限界代替率MRS12: 状態1(無事故);確率1−p、所得x1 =X−A 状態2(事故) ;確率p 、所得x2=X−L−A+B EU(P,I)=(1−p)U(x1)+pU(x2) MRS12 =((1−p)U’(x1))/pU’(x2) 保険契約者の期待効用極大化の一次条件: MRS12=(B−A)/A 即ち、限界代替率と純保険金額の保険料に対する比率が均等化。賭率として公平な保険契約(保険 加入前後の期待所得が等しい契約)を考える。 A/B=p (3.10) 即ち、保険料の保険金に対する比率(保険価格)が事故確率に均等化する。 MRS12 =(1−p)/p ⇔ U’(x1)=U’(x2) となる。以上から、保険契約者の最適保険は、 x1=x2 ⇔ L=B 即ち 、損害額と保険金額が均等化する「完全保険」となる。 7 Çò2 Çò1 ÅÅÇò 2 Çh0 Çh1 Çx0 Çò1 ê}ÇR-ÇRÅFï€åØÇÃåoçœóùò_(Çh) 8 6 シャックル理論の独自性 シャックル:不確実性を生涯のテーマとして探求し続けたケインジ アン経済学者。学界からは敬されつつも遠ざけられた。その理論は 非常に難解なので、ここでは取り上げない。 シャックル理論と期待効用理論の相違点: • 第一に、期待効用理論は加法性公理(あるいは独立性公理)を前提 とする理論であるが、シャックル理論は加法性公理(あるいは独立性 公理)を認めない理論である。 • 第二に、期待効用理論は加重平均理論であるが、シャックル理論 は加重平均を認めない理論である。 • 従って、期待効用理論とシャックル理論は、確率加法性と加重平 均の妥当性をめぐって比較検討されなければならない。 9 7 エルスバーグの反例 2つの壷A1とA2があり、それぞれの中に赤玉(R)と黒玉(B)が計100個入っ ている。A1は赤玉と黒玉が等確率であることが判っているが、A2は赤玉 と黒玉の確率分布がどのようなものか判っていない。 被験者は先ずA1とA2のどちらかの壷を指定し、次に赤と黒の色を指定し た上で、玉を1つ引くように求められる。もしも指定した色と玉の色が一 致すれば賞金が貰えるが、一致しなければ賞金は貰えない。 A1:(赤玉R1,確率1/2;黒玉B1,確率1/2) A2:(赤玉R2,確率?;黒玉B2,確率?) もしも「論拠不十分の原理」が適用されるならば、いずれの壷といずれ の色それぞれ無差別なはず。しかしA1(>)A2という選好が観察される。 主観的確率をP(・)として解釈すれば、P(R1)=P(B1)、P(R2)=P(B2)、 P(R1)>P(R2)、P(B1)>P(B2)、P(R1UB1)=P(R2UB2)となる。 ここで、P(R2)<P(R1)=1/2、P(B2)<P(B1)=1/2なので、P(R2)+P(B2) <P(R2UB2)となる。即ち、主観確率の確率加法性公理が破綻する。 10 8 アレの反例 択一問題1 A1:(賞金$100,確率1) A2:(賞金$500,確率0.1;賞金$100,確率0.89;賞金$0,確率0.01) 択一問題2 B1:(賞金$100,確率0.11;賞金$0,確率0.89) B2:(賞金$500,確率0.1;賞金$0,確率0.9) この択一問題に対して、意思決定者はA1(>)A2かつB1(<)B2と いう選好を持つことが観察される。 この選択は、 (X, P; Z, 1-P)(>)(Y, P; Z, 1-P) ⇔ (X, P; W, 1-P)(>)(Y, P; W, 1-P) を要請する独立性公理に関する体系的破綻を意味する。 11 1 0/ 11 1 0/ 11 5 00 5 00 Ç`1 Ça1 0 .1 1 Ç`2 0 0 .1 1 1 /1 1 Ça2 0 1 /1 1 0 .8 9 0 .8 9 1 00 1 00 1 00 0 ÉAÉåÇÃîžó·Ç²ãAåãéÂã` ê}ÇR-ÇUÇÅ ê}ÇR-ÇUÇÇ 12 9 期待効用理論の一般化 (1) 主観的確率理論 典型例ΣS(p)x: 利得の線形性を保持し、確率の線形性を緩和。 (2) プロスペクト理論 典型例ΣS(p)U(x): 確率と利得両方の線形性を緩和。 (3) リグレット理論 典型例ΣpQ(U(xij)−U(x-ij)): 実現しなかった利得の影響を考慮。 (4) 相互依存理論 典型例ΣpU(x,p) or ΣS(p,x)U(x): 結果と確率の相互依存性を考慮。 (5) マックス・ミニ期待効用理論 典型例MINp∈P[ΣpU(x)]: 期待効用基準と辞書式順序基準を折衷化。 13 10 プロスペクト理論(1) トベルスキ・カーネマンの画期的業績 (1) 編集過程: a 類型化(coding):参照点(reference point)で利得を正領域と負領域 に分類 b 結合化(combination):等利得の確率和算 c 分離化(segregation):確実な利得部分と危険な利得部分との分離 d 切捨化(cancellation):通常の独立性公理 e 単純化(simplication):小さい差異の無視 (2) a b c d 評価過程: S(p);意思決定加重値(decision weight) 意思決定加重値には次のような特質がある。 単位和を満たさない(S(p)+S(1−p)≦1) 低確率は過大評価 非比例性(S(pq)/S(p)≦S(pqr)/S(pr)) 末端近くでの非連続性 14 10 プロスペクト理論(2) V(x);利得の主観的価値 ケ−ス1;p+q<1あるいはx≦0≦yあるいはx≧0≧yの場合、 V(利得x,確率p;利得y,確率q)=S(p)V(x)+S(q)V(y) ケ−ス2;p+q=1かつ、 0≦y≦x あるいは0≧y≧xの場合、 V(利得x,確率p;利得y,確率q)=V(y)+S(p)(V(x)−V(y)) (ケ−ス1と2が一致するのはS(p)+S(1−p)=1の時だけ。) 利得の主観的価値には次のような特質がある。 a 参照点からの乖離によって定義 b 利得における凹、損失における凸 c 利得よりも損失の方が勾配が急 15 Çr Çu 1 Çò 0 0 Ço 1 ÉvÉçÉXÉyÉNÉgóùò_ ê}ÇR-ÇVÇÅ ê}ÇR-ÇVÇÇ 16
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