SSR マーカーを用いたアミタケの遺伝構造の解析 1. はじめに 外生菌根菌は、樹木の根と外生菌根を形成して樹木の無 機養分吸収を促進する一方、光合成産物を受け取って自ら の炭素源とするという共生関係を結ぶ一群の菌類であり、 森林における物質循環でも大きな存在であることが明らか にされつつある。また、森林に発生する外生菌根菌の子実 体には、マツタケをはじめ、ホンシメジやイグチ類など優 良な食用キノコとして国の内外を問わず市場に広く流通す るものも多く、その遺伝構造の解析や発生位置の経年変化 などから推察される繁殖様式を明らかにすることは、森林 生態系の理解のみならず、森林を利用した食用キノコの増 産にも資するものと考えられる。 これまで、地掻きや除伐といった林内施業が外生菌根菌 の子実体発生量に及ぼす影響については、正負両方の効果 が報告されていることから、アカマツ天然林内に設置した 試験地に優占して発生したアミタケを対象に、林内施業後 の子実体の発生状況とジェネット分布の経年変化を調査し、 施業がアミタケの発生動態に及ぼす影響について検討をお こなってきた。 その際の遺伝構造の解析方法には、PCR 法を利用した ISSR 多型解析法、および、菌類の自己/非自己の認識機構 である体細胞不和合性(somatic incompatibility)と呼ばれる 性質を利用し、菌類の種内の遺伝的関係を解析する手法と して古くから用いられる対峙培養、 の2種類を用いてきた。 現在最も識別能力が高いとされる SSR マーカーについ ては、 ここ数年になって簡便な開発方法が報告されており、 Lian et al.(2001)の方法によってアミタケについても数種 類の SSR マーカーを開発することができた。 本研究では、新たに開発した SSR マーカーを用い、試験 地に発生したアミタケについてジェネットの再解析を行い、 上記 2 手法による解析結果との比較を併せて行うことを目 的とした。 2. 材料と方法 ・試験地:広島県加計町のアカマツ天然林に 10m×10m の 試験地を 4 区画設置し、2 区画で除伐および地掻きの施業 を 1996 年 8 月に行った。その後、1998~2001 年の 4 年間、 アミタケ子実体の発生開始から終了まで 1~2 日おきに子 実体を採取し、発生位置を記録した。採取した子実体は持 ち帰って分離を行い、ジェネットの解析に用いた。 ・SSR マーカーによるジェネットの解析: 分離菌株の培養菌糸から抽出した DNA を鋳型として、 数遺伝子座について解析を行った。 3. 結果と考察 ・ジェネット分布と遺伝子頻度の経年変化 最も多くの多型の見られたマーカー Sb-CA1 および、 Sb-CA4 について、その対立遺伝子頻度の分布の経年変化 を図-1、2 に、ヘテロ接合度の観察値(Ho)と期待値(He) を表1に示した。解析結果は両者で完全に一致していた。 表 1.Sb-CA1, CA4 の対立遺伝子数とヘテロ接合度の経年変化 いずれの年、いずれの処理区においても、ヘテロ接合度 は観察値の方が期待値よりも高く(表 1) 、胞子散布による 繁殖を盛んに行っていたことを示唆するものと考えられた。 その一方で、いずれの処理区においても、毎年発生位置 を大きく変えながらも、同一の遺伝子型の子実体が4年に わたって優占して発生していたことから、菌糸の成長によ って土中に広く分布した菌糸マット中から毎年ランダムに 子実体発生を行っている可能性も考えられ、今後、地下部 におけるアミタケの菌根とそのジェネット分布についての 調査を行っていく必要があるものと考えられた。 ・対峙培養および ISSR 多型解析との結果の比較 調査期間を通じて大きく優占していた各ジェネットにつ いては、ほぼ完全に一致する結果が得られた。しかし、対 峙培養や ISSR 多型解析で同一のジェネットと判定された 菌株でも、本研究での解析結果では異なるジェネットに属 すると判定されるものも少数ながら存在した。それらは、 Sb-CA1, CA4 の各遺伝子座でホモ接合となっている場合が 多く、ISSR 多型が優性マーカーであることに由来する識別 能力の限界である可能性が考えられた。 引用文献 Lian C, Zhou Z, Hogetsu T (2001) A simple method for developing microsatellite markers using amplifying fragments of inter-simple sequence repeat (ISSR) J. Plant Res. 114: 381-385 0.60 0.50 Sb-CA1 117-127 6 Sb-CA4 159-169 6 1999年 2001年 5 6 0.40 0.30 0.20 0.10 0.00 1 2 3 4 図-1 Sb-CA1、CA4 の対立遺伝子頻度の経年変化 両者で完全に一致する結果が得られたため、一つの図で示す。 縦軸は遺伝子頻度、横軸は対立遺伝子を表す。図中の対立遺伝子 1-6 のサイズはそれぞれ、CA-1 では 127,125,123,121,119,117bp、 CA-4 では 169,167, 165,163,161,159bp であった。 施業区1 対照区1 0.80 0.80 1998年 2000年 0.70 0.60 1999年 2001年 0.70 0.60 0.50 0.50 0.40 0.40 0.30 0.30 0.20 0.20 0.10 1998年 2000年 1999年 2001年 5 6 1998年 2000年 1999年 2001年 5 6 0.10 0.00 0.00 1 2 3 4 5 6 1 2 施業区2 3 4 対照区2 0.80 0.80 1998年 2000年 0.70 0.60 1999年 2001年 0.70 0.60 0.50 0.50 0.40 0.40 0.30 0.30 0.20 0.20 0.10 0.10 0.00 0.00 1 遺伝子座 サイズ (bp) 対立遺伝子数 1998年 2000年 2 3 4 5 6 1 2 3 4 Ho He 図-2 各区における対立遺伝子頻度の経年変化 0.959 1.000 0.994 0.885 0.753 0.707 0.797 0.806 (1998年) いずれの処理区においても、複数の遺伝子型の同一ジェネット (1999年) が調査期間を通じて優占しており、遺伝子頻度の変動は新たなジ (2000年) ェネットの発生ではなく、各ジェネットに属する子実体の発生本 (2001年) 数の変動が主な要因であった。
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