市川伸一・伊東祐司(編)『認知心理学を知る<第3版>』おうふう 第15章 社会的分散認知 執筆者:野島久雄 授業者:寺尾 敦 atsushi [at] si.aoyama.ac.jp Twitter: @aterao 室蘭工業大学 集中講義「認知心理学」 1.個人に閉じた認知から 社会的な認知へ • 認知心理学は,1人の人間の中で生じる認知 過程を研究対象としてきた. • しかし,人は他者や道具と相互作用しながら 認知活動を行っている. – 友達に相談する – 辞書で調べる • 他者,道具,文化といった,外の世界との相 互作用を積極的に考えた認知研究が必要. 室蘭工業大学 集中講義「認知心理学」 2.認知過程と社会のかかわり • 社会的相互作用に注目が集まるようになった のは,1980年代以降. – 社会における人の学習プロセスの研究 – 道具のデザインの研究 – コンピュータネットワークの広がり(3.1節) 室蘭工業大学 集中講義「認知心理学」 2.1. 社会の中での人々の学習 • 道具のマニュアルは,それにそって順に学習 を進め,道具の使用に熟達していくように作 られている(ように見えることが多い). – 知識の蓄積によって熟達化する • しかし,人の実際の行動は,こうした想定に 反するものである. – マニュアルを読まないで,まずは使う – 他者からの支援がある 室蘭工業大学 集中講義「認知心理学」 • 社会的な関係は,集団内での学習プロセス に組み込まれていることがある.たとえば,正 統的周辺参加: – 後述する状況論の立場のひとつ.「認知的徒弟 制」と呼ばれる. – 本物の仕事の一端を請け負う – 他者からの支援を受けながら学習 – 周辺的な仕事から,中心的・全体的仕事へ 室蘭工業大学 集中講義「認知心理学」 2.2 インタフェースデザインと 外界とのインタラクション • 日常場面で様々な行動をするとき,われわれ は対象の性質や特徴をとらえて,それに対し て適切な行動をとっている. – 木箱や岩は,椅子の代わりになる – 段ボール箱はだめかもしれない • 対象の側が,われわれに対して特定の行為 を行うよう訴えているように思える. – アフォーダンス – 適切な行為をアフォードするようにデザインする 室蘭工業大学 集中講義「認知心理学」 • われわれは,道具の使用において,アフォー ダンスを利用している.頭の中にある知識だ けでなく,外界にある知識も使っている. – 突き出たものを押す – 丸いものを回す • 適切なアフォーダンスが利用できるようにデ ザインされた道具は使いやすい. – 不適切な例は,テキスト図15-1 室蘭工業大学 集中講義「認知心理学」 3.社会的分散認知という 考えの広まり • 社会的分散認知:知的行為が,人と人の間, あるいは,人と道具の間に分散して,個人を 超えたひとつのシステムとして機能していると いう考え方. (東京大学出版会『認知心理学5 学習と発達』第2章参照) 注意:テキストには明確な定義が書かれていないので,他の文献を参照 します. 室蘭工業大学 集中講義「認知心理学」 3.1 ネットワーク社会における学習 • 1980年代以降,コンピュータを相互に接続し て,情報通信を行うネットワークが広まった. • 1990年代にはWWWが出現した. • コンピュータネットワークでつながった社会で の学習や認知を研究する枠組みとして,社会 的分散認知の考え方が有効である. 室蘭工業大学 集中講義「認知心理学」 3.2 個人の学習プロセスと 社会のかかわり • 初心者と熟達者の比較研究は,伝統的な認 知心理学の研究において多く行われてきた. • しかし,多くの人は,ある領域において初心 者と熟達者の中間にいる. • 個人は,他者や道具とかかわりながら,どの ように有能さを発揮できるようになっていくの だろうか? – 社会的分散認知の枠組みで 室蘭工業大学 集中講義「認知心理学」 4.状況的認知 • 人間の行為を社会的分散認知システムに埋 め込まれたものとしてとらえた場合,学習とい う現象は,こうしたシステムと学習主体との協 調関係の構築過程として理解される. (東京大学 出版会『認知心理学5 学習と発達』第2章参照) – この過程をどのように分析していけばよいか? 室蘭工業大学 集中講義「認知心理学」 • 状況論:学習主体の行為やそれを可能にして いる知識などを直接とらえようとするのではな く,学習主体をとりまく多様な事物の諸関係, すなわち,学習の文脈を入念に記述すること で学習現象をとらえようとする立場. (東京大学出 版会『認知心理学5 学習と発達』第2章参照) – 注意:テキストでの,状況論が認知モデルを否定 しているという記述は,少し不適切だろう(ギブソ ンは「認知的処理」を否定しているけれども).外 界とのインタラクションを重視ということ. 室蘭工業大学 集中講義「認知心理学」 • 状況論は,あらゆる認知活動が頭の中に閉 じておらず,状況に開かれていると主張する (香川, 2011『認知科学』). • 個人内の心的過程を否定するのではない. 個人の「中」と「外」という線引きの発想から根 本的に離れようとする. – 環境を含めての自己.環境決定論ではない. – 内外の区別を明確にすることはできない 室蘭工業大学 集中講義「認知心理学」 • 研究例:バーテンダー養成スクールの学生, 卒業生,インストラクターが,カクテルをつくる 過程の分析(Beach, 1993). – 初心者の学生は,酒の名前の言語的なリハーサ ルを頻繁に行い,マニュアルを頻繁に参照. – 卒業生やインストラクターは,グラスの形状やグ ラスにすでに注がれた液体の色など,具体物を 参照.具体物のこうした情報を参照できなくする と,うまくカクテルを作ることができなかった. 室蘭工業大学 集中講義「認知心理学」
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