市川伸一・伊東祐司(編)『認知心理学を知る<第3版>』おうふう 第12章 確からしさの判断 執筆者:市川 伸一 授業者:寺尾 敦 atsushi [at] si.aoyama.ac.jp Twitter: @aterao 室蘭工業大学 集中講義「認知心理学」 人間の論理的思考は 何に基づくのか? • 可能性1:論理形式的なルール – 論理学でのルール.課題内容に関係なく,特定 の論理構造の問題には,同じルールが適用され る.人間は合理的に思考できる. • 可能性2:個別の問題ごとに考える • 可能性3:ある程度抽象化された文脈,目的 に応じて決められたルール – 目的・文脈の例:許可を与える,違反者を探す 室蘭工業大学 集中講義「認知心理学」 この章で学ぶこと • 日常,われわれはそれなりにうまく,確からし さの判断を行っている. • しかし,その判断は確率論的に正しいルール に基づいたものではない. • 簡単に判断を行うことができ,多くの場合に はその判断が正しい思考ルールである, ヒューリスティックを用いている. • これにより,時に深刻な,一貫した誤り(バイ アス)が生じる. 室蘭工業大学 集中講義「認知心理学」 1.日常的状況での確からしさの判断 • 日常にわれわれが行っている確からしさの判 断は,確率的に正しいのか? 室蘭工業大学 集中講義「認知心理学」 リンダ問題 • リンダは31歳で独身,ものをはっきり言うタイ プで,頭が良い.大学では哲学を専攻した. 学生として,差別問題や社会主義の問題に 強い関心を持ち,反核デモにも参加した.以 下の選択肢を,可能性が高い(probable)と思 う順に並べよ.(次のスライド) 室蘭工業大学 集中講義「認知心理学」 リンダ問題(選択肢) 1. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8. リンダは小学校の教師である 書店で働いており,ヨガのクラスを取っている 女性解放運動に熱心である 精神医学のソーシャルワーカーである 女性投票者同盟のメンバーである 銀行の現金出納係である 保険のセールスマンである 銀行の現金出納係であり,女性解放運動に熱 心である 室蘭工業大学 集中講義「認知心理学」 病院問題 • ある町には,2つの病院がある.大病院では 毎日約45人,小病院では約15人の赤ん坊 が生まれる.当然ながら,約50%の赤ん坊 が男児である.しかし,正確には男児の出生 率は日によって異なっており,50%より高い 日もあれば低い日もある.ところで,1年のう ちで,60%以上が男児であったという日の数 は,大病院と小病院ではどちらが多いだろう か.(大病院?小病院?どちらも同じ?) 室蘭工業大学 集中講義「認知心理学」 • 連言錯誤:事象 A と B の連言(A and B)の確 率が,単独事象より高く評価されることがある. (リンダ問題) • 標本の大きさの無視:比率だけを考え,分母 の大きさを無視してしまう.(病院問題) 室蘭工業大学 集中講義「認知心理学」 代表性 • 代表性(representativeness):もっとも典型的な 事象との類似度 – 標本と母集団,事例とカテゴリ,行為と行為者,ある いはより一般には,結果とモデルの間の一致の程度 である(Tversky & Kahneman, 1983) • 代表性ヒューリスティック:人間は,確率判断を 求められたとき,代表性により判断する. – 代表性の高い典型的な事例は,必ずしも高頻度(高 確率)ではない.例:ハリウッドの女優にとって,「4回 以上の離婚歴がある」は,「民主党に投票する」より も代表的. 室蘭工業大学 集中講義「認知心理学」 • 病院問題での代表性ヒューリスティック – 男児の出生率50%という事象は,代表性が高い. – この代表性判断には,標本の大きさは入ってい ない. • リンダ問題での代表性ヒューリスティック – リンダは,それぞれのクラス(小学校教師,銀行 員,女性解放運動に熱心な銀行員,・・・)の典型 的なメンバーにどれくらい似ているか? – 代表性に基づいて,P(T&F) > P(T) と判断される. 室蘭工業大学 集中講義「認知心理学」 huristics-and-biases アプローチ • Amos Tversky と Daniel Kanemanによる主張 (Tversky & Kahneman, 1974) • Many decisions are based on beliefs concerning the likelihood of uncertain events such as the outcome of an election, the guilt of a defendant, or the future value of the dollar. 室蘭工業大学 集中講義「認知心理学」 • … people rely on a limited number of heuristic principles which reduce the complex tasks of assessing probabilities and predicting values to simpler judgment operations. • In general, these heuristics are quite useful, but sometimes they lead to severe and systematic errors. 室蘭工業大学 集中講義「認知心理学」 2.ベイズ的な確率推定問題の難しさ • 条件つき確率:事象 B が生じたという条件の もとで,事象 Aが生じる確率.P(A|B) • 結果(B)から原因(A)を推測するということが しばしば行われる. • ありうる原因それぞれについて,その結果が 生じる確率がわかっていれば,ベイズの定理 を用いて P(A|B) を計算できる. • 人間はこれをうまく計算できる? 室蘭工業大学 集中講義「認知心理学」 タクシー問題 • ある街のタクシーの85%は緑で,15%は青 である.あるときタクシーによるひき逃げ事件 が起きた.そこに目撃者が現れて,「青のタク シーがひいた」と証言した.この証人がどれく らい正確かを,同じような状況下でテストした ところ,80%の場合は正しく色を識別できる が,20%の場合は実際と逆の色を言ってし まうことがわかった.さて,証言どおり,青タク シーが犯人である確率はどれだけか. 室蘭工業大学 集中講義「認知心理学」 • 事前確率(目撃情報がない時点での確率)の, 緑85%,青15%を考慮する必要がある – それぞれのタクシーが事故を起こす確率はすべ て等しいとする • しかし,ひとはこれを考慮しない.(基準率無 視[base-rate fallacy]) • 人間はベイズの定理のような形式的ルール をうまく使えない. 室蘭工業大学 集中講義「認知心理学」 • 代表性ヒューリスティックは,よい仮説を好む. – フェミニストの銀行員(リンダ問題での仮説) – 青タクシーがひいたとしたら,「青タクシーがひい た」という証言は代表性が高い. • アンカリングと調整:基準点をひとつ決めて, そこから多少の調整をするというヒューリス ティック.タクシー問題の誤答(80%)は,この 現れかもしれない. 室蘭工業大学 集中講義「認知心理学」 3.確率判断の研究のインパクト • 1960年代ごろまでは,人間の直感的な確率 判断はほぼ正しいと考えられてきた. 一般的に言えば,人間の思考は(数学的な意味 で)合理的だと考えられてきた. • しかし,人間の確率判断はしばしば不正確で, 非合理的であった. Tversky と Kahneman は,誤った確率推論は個別 的に生じるのではなく,ヒューリスティックによって 体系的に生じると主張した. 室蘭工業大学 集中講義「認知心理学」 4.直感は改造できるか • 例題:ある病気の患者は全人口の2%である. この病気にかかっているかどうかを調べるた めに,ある試薬を与える.この試薬はこの病 気にとても敏感で,これにかかっている人の 95%に反応があらわれる.ただし,この病気 にかかっていない人の10%にも,反応があら われてしまう.この試薬によって反応があら われた人が,本当にこの病気にかかっている 確率はいくらか? 室蘭工業大学 集中講義「認知心理学」 ルーレット図(Ichikawa, 1989) P{病気}=0.02 円の全面積 =1 P{病気でない}=0.98 室蘭工業大学 集中講義「認知心理学」 は,実際はもっと小さい領域 P{病気 and 陽性} P{病気}*P{陽性|病気} =0.02×0.95 P{病気|陽性} P{病気でない and 陽性} P{not 病気}*P{陽性|not 病気} =0.98×0.10 室蘭工業大学 集中講義「認知心理学」 = + P{病気 | 陽性} ベイスの定理 P{病気で陽性} P{陽性} P{病気で陽性} P{病気で陽性} P{病気でないのに陽性 } p{病気} p{陽性 | 病気} P{病気}P{陽性 | 病気} P{病気でない}P{陽性 | 病気でない} 0.02 0.95 0.02 0.95 0.98 0.10 0.019 0.019 0.098 ルーレット図は タクシー問題でも使える 0.16 室蘭工業大学 集中講義「認知心理学」 • メンタルモデルとして利用可能な道具を工夫 すれば,人間の直感を改造できるかもしれな い. 室蘭工業大学 集中講義「認知心理学」 11章・12章のまとめ • 人間の論理的思考,確率的思考は,論理的, 確率的に正しいものではない. • しかし,その状況ごとにばらばらな思考をして いるのでもない. • ある程度抽象化された目的や文脈のもとで, 特定のルール・方略に基づいて思考している. – そうした思考の結果は,論理的・数学的結果と一 致するかもしれないが,大きく異なることもある. 室蘭工業大学 集中講義「認知心理学」
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