法と経済学(file 3) コースの定理と市場メカニズム 今日の講義の目的 (1)コースの定理の基本的な考え方を理解する (2)最小限の政府の役割と経済学の関係を理解 する (3)なぜコースの定理だけでは分析が終わらな いのかを理解する (4)市場メカニズムと法の関係を理解する 法科大学院法と経済学 file3 1 パレート効率性 ・パレート改善:誰の経済厚生を悪化させることなく、少なく とも一人の経済厚生を改善する ・パレート効率的な資源配分:パレート改善の余地のない資 源配分 パレート効率性:望ましい資源配分であるための必要条件 (例)可能なルールが3つある。ルール1からルール2への 変更はパレート改善。ルール2からルール3、ルール3か らルール2への変更はともにパレート改善ではない ⇒パレート効率的なルールはルール3かルール2。どちらか のルールが望ましい。 法科大学院法と経済学 file3 2 基本例 ・潜在的な売手、買手それぞれ最大1単位のみ取引 ・潜在的な買手の支払意志額 100、90、80、70、60、50、40、30、20 ・潜在的な売手の費用 15、25、35、45、55、65、75、85、95 法科大学院法と経済学 file3 3 基本例での効率的資源配分 効率的な資源配分になるための条件 (1)取引しなかった売手、買手から一人ずつ選ぶ。 →支払意思額≦費用が成り立たなければならない。 ~もし成り立たなければ、この取引で売手・買手とも 厚生があがる(パレート改善の余地がある)。効率 的な資源配分になるための条件 (2)取引した売手、買手から一人ずつ選ぶ(実際に売 買したペアを取り出しているとは限らない)。 →支払意思額≧費用が成り立たなければならない。 ~もし成り立たなければ、この取引をやめれば売手・ 買手とも厚生があがることになる。 法科大学院法と経済学 file3 4 効率的な資源配分 ・潜在的な売手、買手それぞれ最大1単位のみ取引 ・潜在的な買手の支払意志額 100、90、80、70、60、50、40、30、20 ・潜在的な売手の費用 15、25、35、45、55、65、75、85、95 →効率的な取引量5単位(100、90、80、70、60が 買う。 15、25、35、45、55が売る。) 法科大学院法と経済学 file3 5 相対取引でうまくいかない例? ・潜在的な売手、買手それぞれ最大1単位のみ取引 ・潜在的な買手の支払意志額 100、90、80、70、60、50、40、30、20 ・潜在的な売手の費用 15、25、35、45、55、65、75、85、95 マッチング 100 ~95 90 ~85 80 ~75 70 ~65 60 ~55 50 ~ 45 40 ~ 35 30 ~ 25 20~15 →9単位の取り引きが成立?過剰生産? 法科大学院法と経済学 file3 6 基本例(市場均衡の効率性) ・潜在的な売手、買手それぞれ最大1単位のみ取引 ・潜在的な買手の支払意志額 100、90、80、70、60、50、40、30、20 ・潜在的な売手の費用 15、25、35、45、55、65、75、85、95 →効率的な取引量5単位 市場均衡では価格Pが60≧P≧55の範囲に収まって需 給が均衡し取引量は5単位になる。 法科大学院法と経済学 file3 7 完全競争市場での需給均衡 P(価格)>100 S(供給量)=9 D(需要量)=0 100 ≧P≧95 S=9 D=1 95 ≧P≧90 S=8 90 ≧P≧85 S=8 D=2 85 ≧P≧80 S=7 80 ≧P≧75 S=7 D=3 75 ≧P≧70 S=6 70 ≧P≧65 S=6 D=4 65 ≧P≧60 S=5 60 ≧P≧55 S=5 D=5 55 ≧P≧50 S=4 50 ≧P≧45 S=4 D=6 45 ≧P≧40 S=3 40 ≧P≧35 S=3 D=7 35 ≧P≧30 S=2 法科大学院法と経済学 file3 D=1 D=2 D=3 D=4 D=5 D=6 D=7 8 市場均衡の効率性 買手 支払意志額≧P→購入 売手 費用≦P→販売 (1)実際に取引したどの売手、買手のペアーを とっても支払意志額≧P≧費用が成り立つ (2)実際に取引しなかったどの売手の費用≧P、 どの買手の支払意志額≦P。どのペアーをとって も支払意志額>費用が満たされない。 ⇒市場均衡は効率的になる。 法科大学院法と経済学 file3 9 相対取引再考 マッチング 100 ~95 90 ~85 80 ~75 70 ~65 60 ~55 50 ~ 45 40 ~ 35 30 ~ 25 20~15 →9単位の取り引きが成立?過剰生産? ここで95と 20が交渉し20から95が財の転売を受ける(転売価格 は20より大きく95より小さい)。95が(自分では作らないで)こ の財を100に売る。 →20の価値が失われるが95の費用が削減できて、この75の利 益を20と95で分け合えば2人とも厚生が改善(パレート改善) ⇒パレート改善の余地がある限り相対交渉が続き、パレート効率 的な資源配分になるまで交渉は止まらない。 =コースの定理の世界。 法科大学院法と経済学 file3 10 コースの定理のエッセンス 少数の人間しか取引しなくて(売手も買手も少なくて)制 度化された市場(築地市場や東京証券取引所のような 市場)が存在しない領域でも、更に外部性の問題があ り市場の失敗があると考えられているような領域でも、 当事者間の話し合い(取引・交渉)によって外部性の問 題を内部化し、効率的な資源配分が達成される →市場メカニズムが機能する領域が、それまで信じられ ていたよりも大きいことを示す 法科大学院法と経済学 file3 11 外部不経済 ・潜在的な売手、買手それぞれ最大1単位のみ取引 ・潜在的な買手の支払意志額 100、90、80、70、60、50、40、30、20、10 ・潜在的な売手の費用 15、25、35、45、55、65、75、85、95 ・消費(生産)1単位あたり10の損失を第3者に与える →効率的な取引量4単位、市場均衡における取引量は5 単位⇒過大生産に伴う損失が発生 ~一単位の生産(消費)に10の税をかければ効率的に 古典的なピグー税の世界 法科大学院法と経済学 file3 12 需給均衡(課税前) P(価格)>100 S(供給量)=9 D(需要量)=0 100 ≧P≧95 S=9 D=1 95 ≧P≧90 S=8 90 ≧P≧85 S=8 D=2 85 ≧P≧80 S=7 80 ≧P≧75 S=7 D=3 75 ≧P≧70 S=6 70 ≧P≧65 S=6 D=4 65 ≧P≧60 S=5 60 ≧P≧55 S=5 D=5 55 ≧P≧50 S=4 50 ≧P≧45 S=4 D=6 45 ≧P≧40 S=3 40 ≧P≧35 S=3 D=7 35 ≧P≧30 S=2 法科大学院法と経済学 file3 D=1 D=2 D=3 D=4 D=5 D=6 D=7 13 需給均衡(課税後) 100 ≧P≧95 S=8 D=1 90 ≧P≧85 S=7 D=2 80 ≧P≧75 S=6 D=3 70 ≧P≧65 S=5 D=4 60 ≧P≧55 S=4 D=5 50 ≧P≧45 S=3 D=6 40 ≧P≧35 S=2 D=7 法科大学院法と経済学 file3 95 ≧P≧90 85 ≧P≧80 75 ≧P≧70 65 ≧P≧60 55 ≧P≧50 45 ≧P≧40 35 ≧P≧30 S=7 S=6 S=5 S=4 S=3 S=2 S=1 D=1 D=2 D=3 D=4 D=5 D=6 D=7 14 相対交渉による解決 売手、買手だけのマッチング→再交渉を繰り返せば市場 均衡と同じになるはず(5単位の取引) 100 ~15 90 ~ 25 80 ~ 35 70 ~ 45 60 ~55 被害者が交渉に参加 最後の取引をやめると売手買手あわせて5余剰が減る。 一方被害額が10減る。被害者は5以上10以下のお金 を払って取り引きをやめてもらう。⇒パレート改善 交渉がまとまって取引量は4になる ~ピグー税をかけなくても効率的な資源配分に ⇒コースの定理の世界 法科大学院法と経済学 file3 15 コースの定理 (1)権利の帰属が明確 (2)情報が完備 (3)交渉(取引)に費用がかからない →交渉によって効率的な資源配分が達成される 法科大学院法と経済学 file3 16 コースの定理の例 甲はピアノを弾きたい。隣の乙はその騒音に迷惑して いる。考えられる資源配分は以下の3つ。 (1)ピアノを弾かない (2)防音装置をつけてピアノを弾 く(3)防音装置なしでピアノを弾く ピアノを弾く甲の利益をU、ピアノの音に対する乙の 被害をL、防音装置の設置費用をCとする。 デフォルトルール (A)乙の了解なしに甲はピアノを弾くためには防音装置 が必要→乙の受忍限度が低い or (B)甲は自由にピアノ弾くことができる→受忍限度が高 い(ピアノの音を我慢せよと裁判所に言われる) 法科大学院法と経済学 file3 17 この例での効率的な資源配分 (a) L>U かつ C>U ⇒ (1)「ピアノを弾かない」が効率的 (b) L>C かつ U>C ⇒(2)「防音装置をつけてピアノを弾く」が効率的 (c) U>L かつ C>L ⇒ (3) 「防音装置なしでピアノを弾く」が効率的 以降簡単化のためU>Cのケースのみ考える (ケース(a)を考えない) 法科大学院法と経済学 file3 18 交渉過程 (A)+(b) ルール受忍限度低かつ防音装置を付けてピアノ を弾くのが効率的 ⇒デフォルトルールが効率的⇒デフォルトがそのまま実現 (A)+(c) ルール受忍限度低かつ防音装置なしでピアノを 弾くのが効率的 コースの定理の世界 交渉によって防音装置なしでピアノを弾く状態が実現 「補償金をもっと払うから防音装置を付けない」という交渉 は本当にまとまるか? 法科大学院法と経済学 file3 19 交渉過程 (A)+(c) ルール受忍限度低かつ防音装置なしでピアノ を弾くのが効率的 デフォルトから効率的な状態に移ると甲はCの利益。 乙はLの損失。甲は乙にXだけお金を払って防音 装置設置の義務を免除してもらう。甲はX≦Cなら 払ってもよく、乙はX≧Lなら受け入れる。(c)だか らC ≧Lのはず。 →交渉の結果防音装置なしでピアノを弾く。 ⇒デフォルトルールが非効率的⇒デフォルトを交渉 の出発点として効率的な状態が交渉によって実現。 法科大学院法と経済学 file3 20 コースの定理とルールの中立性 ・デフォルトルールが(A)(B)いずれであっても交渉の 結果効率的な資源配分が達成される。 ・効率的な資源配分が一つなら、デフォルトルールと 実現される状態は無関係 ⇒ルールの中立性:デフォルトルールの設計は実現さ れる状態と無関係 但し所得分配には大きな影響 デフォルトルールが(A)なら甲から乙への所得の移転、 (B)なら乙から甲への所得の移転があり得る 法科大学院法と経済学 file3 21 コースの諸仮定の意味 ・権利の帰属が明確:デフォルトルールがはっきりして いる。=交渉の出発点がはっきりしている。 ・情報が完備⇒これ以上ふっかけたら相手は拒否する と知っている⇒お互い無茶はいわない ・取引費用がゼロ⇒取引費用が大きいと効率的な資 源配分に移行できず、デフォルトルールが実現 ~この場合には任意規定の設計も重要 法科大学院法と経済学 file3 22 コースの定理の重要性 ・市場観の革新 ~分権的な相対取引の集積⇔集権的な(整備された) 市場 ・相対交渉・契約の重要性の見直し ⇒法と経済学、契約の理論の出発点の一つ ・任意規定と強行法規の違いの認識 ⇒強行法規の非効率性を明らかにする 法科大学院法と経済学 file3 23 なぜ強行法規が必要なのか? (1)第3者効果:当事者が合意しても第3者に悪影 響を与える契約は契約自由の原則に任せられない。 例1長期契約、高額な違約金⇒将来の新規参入を抑制 例2約款⇒合理的に契約条項を読まない⇒ひどい(消 費者に一方的に不利な)契約ばかりになってしまう。 ~このメカニズムは後述 (2)スタンダードパッケージ: みんなが同じ契約だといちいち契約を読む必要がなく なり費用が削減できる ←実際には法律よりも上場規則に適している 法科大学院法と経済学 file3 24 効率的な契約条項が生き残る 消費者に著しく不利な条項 ⇒消費者は買わなくなる(より安い価格でしか買わな くなる) ⇒供給者は自主的に効率案的な条項の契約を出す このメカニズムが働くための大前提~消費者は契約条 項をきちんと理解した上で買う 実際には消費者は読まないことの方が多い 法科大学院法と経済学 file3 25 消費者に不利な契約条項が生き残る 消費者に不利な条項~消費者はこれを認識しないで買う ならどんな契約条項でも同じ価格⇒供給者は自分に最も 有利な条項にする誘因 読まない消費者が悪い?消費者の自己責任? 約款論 消費者は約款を丁寧に読まない。読まないのが合理的。 読んで悪い契約条項を見つけても再交渉の余地がない ので無意味。全供給者が最悪の契約を提示していれ ば、契約を読んでよい供給者を捜す努力も無意味。 ⇒供給者もよい契約を出す誘因なし~悪循環 法科大学院法と経済学 file3 26 約款論 消費者がみんな約款を丁寧に読む。 これを所与とすると供給者もよい契約を出す誘因をもつ。 ⇒市場メカニズムが機能するようになる。 消費者の努力~外部性(第3者効果):自分の利益だけ でなくすべての消費者の利益になる。 みんなが読むというのは均衡として維持できない ~フリーライダーの誘因があって消費者の努力は過小 供給。 ~強行法規の理論的根拠 消費者契約法・金融商品取引法でも同じ理屈 法科大学院法と経済学 file3 27 ピアノの例再考:損害賠償 甲はピアノを自由に弾くことができるが、乙に与える被害L を賠償するルールにする 甲の利得 ピアノを弾かない 0 防音装置を付けて弾く U ー C 防音装置なしで弾く U ー L 甲が一番利得の大きな行動を取る→効率的な状態を実現 賠償制度を通じて損害を内部化しているから ⇒不法行為に基づく損害賠償(藤田先生の講義) 法科大学院法と経済学 file3 28
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