高等学校における地学教育の現状と問題点

高等学校における地学教育の現
状と問題点
地質学雑誌 第114巻 第4号 157-162ページ、2008年4月
田村糸子
2007年3月28日受付
2007年10月13日受理
紹介者:小山研究室
芹澤沙季
はじめに
日本の現状
日本は繰り返し、地震や津波、火山噴火などの自然災害を受けてきた。
近年では、地球温暖化などの地球自然環境の急激な変化により、巨大台
風・異常気象による自然災害の増加が懸念されている。
被害を軽減するためには、自然災害発生のメカニズムに関する基礎知
識の普及が必要不可欠。
現在の高等学校の教育現場では、「地学」を学ぶ機会が減少
本論では、高等学校における地学教育について
・現行の学習指導要領導入後の地学の開設状況
・受講者数の変化
・地学教員の配置や新規採用の現状
を述べる。
次に
地学教育が消滅寸前の危機的状況になった要因について検討する。
高等学校の地学教育の現状
1.高等学校理科カリキュラムにおける地学分野
2003年度施行の現行高等学校教育指導要領(文部省、1999)
理科は11科目設置された。
履修条件
「理科基礎」・「理科総合A」・「理科総合
B」の3科目の中から1科目以上含んで、2科
目以上である。(Ⅱのつく科目はⅠを履修した
後に履修する)
理科基礎
天動説と地動説などの宇宙観の変遷およびプレートテ
クトニクスの成立
理科総合B
地球の移り変わり、自然のつり合い、地球環境の変化
地学Ⅰ・地学Ⅱ
地球と宇宙に関する基本的な概念や原理・法則の理解
をめざし、より発展的な概念や探究方法を学習する科
目と位置付ける。
高等学校の地学教育の現状
2.理科各科目の開設状況
99.4%
大部分の高校が1年次で「理科総合
A」または「理科総合B」を全員必修の
形で設置している。
「理科総合A」を設置している高校が
圧倒的に多く、「理科総合B」の2倍以
上になっている。
また、「理科基礎」は非常に少数であ
る。
従来の物理・化学・生物・地学の科目で
は、「化学Ⅰ」を開設している学校が目
立つ。
高等学校の地学教育の現状
2.理科各科目の開設状況
「物理Ⅰ」・「生物Ⅰ」は80%以上の学
校で、「化学Ⅰ」は70%以上の学校で開
設されている。
進路などを念頭におき数科目から選択必
修としている学校が多い
1・2学年の合わせた開設状況
「地学Ⅰ」が開設されている学校は
著しく低く、およそ3校に1校の割
合でしかない!!
物理Ⅰ
83.7%
化学Ⅰ
99.5%
生物Ⅰ
94.1%
地学Ⅰ
31.2%
高等学校の地学教育の現状
3.地学関連の教科書刊行数(種類)
理科基礎
物理・化学・生物・地学の分野を含むた
め、実際の授業実施にあたり敬遠される
という予想から
ⅠとⅡの合計
地学Ⅰ・地学Ⅱ
実際の需要数が見込まれないと予想され
た。
物理
17種
化学
18種
生物
19種
地学
7種
地学は他の3分野の半分にも
満たない!!
高等学校の地学教育の現状
4.地学関連教科書の需要数
1993年4月から適用された教育課程
(旧課程)の1995年・2002年
2003年4月より適用された教育課程
(現課程)移行期の2003年・2004
年
現課程完全実施の2005年・2006年
減少傾向
高等学校在学者数
1987年
2006年
2005年
2006年
560万人(ピーク)
349万4千人
442万6000冊
430万冊
12万6000冊の減少
高等学校の地学教育の現状
4.地学関連教科書の需要数
3%
理科基礎より少ない!
「地学Ⅰ」を学ぶ生徒数は
7つの選択必修科目中最も
少なく、「物理Ⅰ」の3分
の1、「化学Ⅰ」「生物
Ⅰ」の7分の1程度となって
いる。
高等学校の地学教育の現状
5.地学の教員数
1)地学教員数の著しい減少傾向
第5表 東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県における高等学校の学校数および地学教員数
(学校数は2006年度で地学教員数は2005年度である。)
東京都
神奈川県
千葉県
埼玉県
学校数(校)
288
215
163
195
地学教員数(名)
67
72
119
110
東京都や神奈川県の教員数の減少が著しく100名を割り込んでいる。
東京ではおよそ4校に1人、神奈川で3校に1人。
学校数の半数にも満たない
高等学校の地学教育の現状
5.地学の教員数
2)地学教員の新規採用者の現状
減少
東京都では、2005年度、中学校・高等学
校共通で理科教員として45名を採用した。
内訳は
物理が13名
化学が18名
生物が14名 であった。
地学は募集されなかったため、採用はな
い。
1997年から2006年に至る10年間、東京都では、高等学校地学教員の採用試験は行わ
れていない。神奈川県においても10年以上にわたって、高等学校地学教員の新規募
集が行われていない。
長期間、新規採用がなかったために、地学教員の高齢化が著しく進んでいる。
高等学校地学教育の問題点
1)時間数の減少
2003年から施行された現学習指導要領
「情報」2単位、「総合的な学習の時間」3単位の必修
他教科の時間数が削減→理科の総時間数も減少された。
進路実績を重要視する学校では、受験に関係の少ない科目を軽視する
傾向が強い。
理科のどの教科を削減するかという各高等学校現場における話し合い
の中で、その影響を最も受けたのが地学であったと推定される。
高等学校地学教育の問題点
2)地学教員数の減少
生徒数の減少
教員数を減少
必修となった「情報」の教員の採用数の代わりに、履修者の少ないかつ、
受験に影響の少ない「地学」の教員の補充が真先に見送られた。
地学を教える教員が不在となれば、地学はますます開設され
なくなり、地学教育衰退につながっていく。
今後、団塊の世代の教員の退職に伴って、地学教員を補
充するための採用が行われるかどうかが重要!!
高等学校地学教育の問題点
3)非受験科目の軽視
●2006年
「必修漏れ」や単位の振替が多くの高等学校で発覚
実際の高等学校現場では、生徒の進路重視、大学受験が最優先されると
いう事実を如実に示している。受験に関係ない科目・教科は軽視、もし
くは学ばなくてもよしとする風潮がある。
地学は
◆大学入試センター試験の理科区分で物理と組み合わされているため受験
科目として受けにくい。(林、1996)
◆多くの私立大学で受験科目として課されていない。
地学は軽視されている科目の一つである。
今後の課題
高等学校では、進路・入試に対応した科目選択制が増加傾向にある。
また、受験の負担になるため、文系進学希望者は理科数学科目を、理
系進学希望者は国語社会科目を、必要最低限の単位で済ませてしまお
うという傾向も見られる。
狭く偏った知識しか持たないことになる!!
・狭い断片的な知識では限界がある。断片的な系統性のない知識は、実
際には役に立たず真の学力とはいえない。
・理解を深めるためには、新しく入ってくる情報を、基礎知識でさまざま
な角度から検討し、解釈する総合的な力が必要となる。
現在の高等学校において、なにを学ぶのか、なぜ学ぶのか
を地学や理科、教育関係者だけでなく、幅広い視点で、改
めてもう一度問い直すことが必要である。