〈資料〉 現代ドイツの国外移住に関する主要なデータ 近 藤 潤 近年のドイツでは長引いた経済の不調を背景にして様々な変化が現れてい る。政治面ではハルツ改革やアジェンダ2010の政策が重要であろう。それは 2002年にスタートしたシュレーダー政権の2期目に与党であるSPDおよび同盟 90 ・ 緑の党と最大野党のCDU・CSUとの非公式の大連立によって推進された ものであり、2005年のメルケル大連立政権の成立後も継続されている。幅広い 分野に亘るその一連の政策で焦点に据えられたのは労働市場政策である。すな わち、標準的雇用関係という従来の正規雇用と並んで種々の形態の非正規雇用 に道を開くとともに、とりわけ膨大な数の失業者に対するこれまでの手厚い失 業給付を見直し、貧困への転落の不安を挺子にして求職へのインセンティブを 強める政策が実施された。こうした政策を頂点とする社会国家の縮小に対して は強い反撥が生じたのは当然であり、旧東ドイツ地域を中心に1989年のDDR 崩壊過程を想起させる「月曜デモ」の大きな反対運動が巻き起こったのは記憶 に新しい几 ドイツではこのようにして長引く経済低迷のために生活不安が広がっただけ でなく、安定した職に就くのが困難になっており、未来に希望を持てない人々 が増えているのが現実といえよう。実際、学業を終えても望んでいる仕事につ ける者は限られており、なかでも高学歴者は期待が大きいだけに失望を味わわ なければならないケースが増大している。近年のドイツで希望する仕事や安定 した生活を国内で見出すことに見切りをつけ、むしろその実現を外国に託して 国外に移住する人々が増えているのはそのためである。もちろん、異なる文化 や環境のなかで暮らしてみたいという興味や冒険心から国外移住を決断する 人々が存在するのはいつの時代も同じであろう。またわが国でも見られるよう -287- 三 に、最近では物価をはじめ生計費が安いなどの理由から老後を国外で過ごした いという退職者の世代が増加しているのも見落とせない。けれども、ドイツに おける近年の国外移住の高まりは、そうした理由では十分に説明できないのも 確かであり、そのことはアメリカやオーストリア、スイスなどが主要な目的地 になっていることから明らかといえよう。その意味で、やはり経済の不振がド イツ人が国外移住する最大の原因だといわばならないと思われる。 筆者は移民問題の角度からドイツにおける国外移住の動向に注目し、2006年 秋にひとつの論考を執筆した。本誌45号に発表した「現代ドイツの「移民の背 景」を有する人々と国外移住」と題する論文がそれである。この論考は2007年 10月に公刊した拙著『移民国としてのドイツ』(木鐸社)にも収録したが、その 際、前年秋以降に新聞などに掲載された関連記事などを参照しながらかなり加 筆した。けれども、その段階でもドイツで国外移住に関する信頼できる研究や まとまった資料は存在せず、系統性のない報道などをつなぎ合わせて実態に迫 る以外に方法がなかった。その意味で、国内に流入する移民については大量の 研究やデータが存在するのと対照的に、国外移住はほとんど未開拓の領野であ り、空白状態にあったのである。 それだけに2007年秋に連邦人口研究所から『ドイツからの国外移住』と題し た研究報告書が発行された意義は大きいといえよう。それはL.ザウアーとA.エ ッテの二人の共同著作であるへ副題に「ドイツ国籍者の国際移民に関する研 究の現状と最初の成果」とつけられているように、その報告書は本格的な研究 というよりは試論的な性質のものというべきであろう。けれどもそこには貴重 なデータなどが含まれており、それらはドイツの国外移住を考察する場合には 欠かせないものばかりだといっても過言ではない。また、この報告書とほぼ同 時点の2007年9月5日にはドイツを代表する世論調査機関であるアレンスバッ ハ研究所が定期的に発行する『アレンスバッハ報告』14号で国外移住に焦点を 当て、移住する意思の有無、移住の意思がある場合にはその理由などに関する 調査結果を公表した几さらにこれらを受ける形で週刊誌『フォークス』が9 月17日発売の2007年38号で国外移住問題を特集し、世界各地に住み着いたドイ -288 - ツ人の現状を紹介している几 このように、これまで空白に近かったドイツ人の国外移住に関する知見が着 実に広がりつつあるのが現在の状態だといってよい。これを踏まえ、ドイツの 移民問題の実相に遣るために以下でこれら三つの報告などから重要と思われる データを取り出し、紹介することにしたい。移民法をはじめとする近年の一連 の政策転換の結果、ドイツは移民国に変貌しつつあるといえるが、その場合、 ともすれば受け入れの側面ばかりに注目しがちなのが実情だといっても誤りで はない。その点を考慮するなら、以下のデータの重要性は明らかだといえよう。 なぜなら、現在ではドイツが移民の送り出し国になっている姿がそれらから浮 かび上がってくるはずだからである。 注 巾 拙稿「ドイツの月曜デモ(2004年)に関する一考察」本誌44号,2006年参照。 (2)Lenore Forschung Sauer und und Andreas erste Staatsbiirger, Wiesbaden und Bevolkerung, Ausgabe (3) Allensbacher (4) Focus, Nr.38,2007, Ette, Auswanderung Ergebnisse aus Deutschland: zur internationalen Stand Migration der deutscher 2007. この報告書の概要については次を参照。 Migration 8, 2007, S.5f. Berichte, Nr.l4,2007. S.174ff.特果のタイトルは,「私たちはもう立ち去った」である。 なお,『朝日新聞』夕刊で2007年8月27日から8月31日まで「欧州│新移民」と題して ヨーロッパ内での様々な移民に光を当てた連載が5回にわたって掲載されている。 付記 本稿の校正の段階で国外移住に関する雜たな調査報告が公表された。 ドイツ経済研 究所(DIW)の週報に掲載されたC.ティール,S.マウ,J.シュップの3人の共同論文 がそれである。その成果を取り入れることはもはや不可能なので,ここでは新たな論 考が発表された事実を指摘するにとどめる。 Claudia dauerhafter Diehl, Steffen Mau und Jiirgen Schupp, Verlust von Hochschlabsolventen, 289 Auswanderung in: Wochenbericht von Deutschen: des DIW, kein Nr.5,2008. 図1 図2 ドイツ国籍者の流入と流出(1975 2006年) 後発アオスジードラーを除くドイツ国籍者の流入と流出(1993 290 2006年) 図3 図4 ドイツ人の流出の目的地域(1975 ドイツ人の流出の目的国(1975 291 2006年) 2006年) 図5 図6 国外移住者の目的国(2006年) 希望する移住先(2007年) 292 図7 リii !}!}■) Focus, op.cit.. タF国在住のドイツ人の数と人口比率(2005年) S.旧). 293 図8 (出典) Sauer 地域別にみたドイツ国籍者の国外移住(2003 Li.a., ( p.cit..S.36. - 294 2005年) 図9 ドイツ人国外移住者の年齢構成(2005年) 295 図10 年齢層でみたドイツ人国外移住者(1975 図11 国外移住の理由 296 2005年) 図12 婚姻面からみた国外移倖者(198S. 297 199S. 200?;:^)
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