平成23年度学術局研修会報告集 - 千葉県言語聴覚士会

千葉県言語聴覚士会
研修会報告集
平成23年度
千葉県言語聴覚士会
学術局
目
1.第1回研修会
次
平成23年5月15日(日)
テーマ:最重度失語症者の臨床を掘り下げる~出来ることから考える言語訓練~・・・・・1
講師:君津中央病院 言語聴覚士 村西 幸代
2.第2回研修会
平成23年9月11日(日)
テーマ:聴覚障害を知る 補聴器編・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2
講師:当会聴覚障害委員会
テーマ:吃音臨床の現状と課題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3
講師:NPO こどもの発達療育研究所 長澤 泰子
3.第3回研修会
平成24年1月15日(日)
テーマ:症例検討会
(1) 症例発表
①左被殻出血により皮質下性失語を呈した一例・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・4
発表者:千葉・柏リハビリテーション病院 言語聴覚士 高橋 勇人
②重度失語症者に対する回復期リハビリテーション病棟での臨床・・・・・・・・・・・・・5
発表者:新八千代病院 言語聴覚士 荒木 淳子
(2)助言・講演
テーマ:失語症者を支えるということ-訓練室の先に思いをはせて―・・・・・・・・・・6
講師:流山中央病院 言語聴覚士 宇野 園子
第1回研修会・講演
最重度失語症者の臨床を掘り下げる~出来ることから考える言語訓練~
君津中央病院 リハビリテーション科
主査 言語聴覚士 村西 幸代
【はじめに】言語機能の障害のみならず、さまざまな高次脳機能障害が合併している「最重度失語症者」に
おける評価の考え方やそれに基づいた言語訓練プログラムについて、今までの臨床経験から得た視点でまと
めました。
【評価】まず、最重度から重度に至る失語症者を、1)
「やりとり」も成立しない精神活動の低下を伴う最
重度失語症、2)課題理解がまったく得られない最重度失語症、3)言語によるコミュニケーションが取れ
ない重度失語症、4)
「Yes-No 応答」以外の表出がほとんどできない失語症に分類をしました。そして、
その具体的な評価ポイントとして、1)では、話しかける人に対して、視線が向けられるか、話しかけに表
情が変化するか、物の受け渡しができるか、2)では、同形・同色の物の分類や、同じ用途の物同士の分類
が可能か、特徴的な色をもつ物品の絵のぬり絵が可能か、3)では、身近な出来事の質問に対して、
「Yes
-No 応答」が可能か、話しかけに対して、Jargon で話し出してしまわないか、すべて「Yes」で応答して
しまわないか、4)では、日常物品が上手に使用できるか、日常物品の使用模倣ができるか、線画が描ける
のか、4つの積み木の構成が可能か、WAIS-Ⅲで動作性 IQ が60以上か、更に、失語症者がキーパーソ
ンに何かを伝える場面を設けることで、失語症者側の問題点、あるいは、キーパーソン側の問題点を見つけ
る、などを挙げました。
【訓練】1)では、お手玉や小さなボールの受け渡しによって、対人との「やり取り」を行い次第に指し示
された方向に視線が向けられるようにする、2)では、言語理解の障害が著しくても状況判断で遂行できる
ようなマッチング課題を行い、
物品の形や色のマッチング、
次に用途の同じ仲間同士のマッチング、
そして、
物品+文字と文字のマッチング、
更には物品と文字のマッチングとレベルをあげることで理解の改善に繋げ
る、3)では、
「動物」
「乗り物」といった上位カテゴリーでの分類や更にその下位カテゴリーの分類を行っ
たのち、
「動物ですか?」
「鳥ですか?」
「空を飛びますか?」といった質問を行い、
「Yes-No」で応答する
練習を行い、これらの練習にキーパーソンが参加することで、日常生活への反映を目指す、そして4)では、
ジェスチャーや描画など、伝える手段を失語症者自身に考えてもらい、実際のキーパーソンに伝える。そし
て伝わらなかったときには、その原因を一緒に考え、とにかく自分の意思を相手に伝える、などの練習方法
についてお話致しました。
【まとめ】最重度失語症者の場合、既製の評価や訓練ができないため、どこから取りかかったら良いのかが
分からず、目的を見失った訓練を「何となく」継続してしまいがちです。それは、失語症者のみならず、ご
家族にとっても、ST にとっても良策ではありません。ぜひ、それぞれの時期にあったアプローチを、目標
を持って行っていけるよう心がけて頂きたいと思います。
【感想】最後に千葉県言語聴覚士会が立ち上がった経緯と職能活動についてお話をさせて頂きました。職能
組織は、私たちの意見を社会に反映させることの出来る唯一の組織です。設立から10年が経ち、他職種と
の連携など、充実した会となって参りました。しかし自分達の手で、もっと成熟した会に育てることが可能
です。ぜひ、質の高いサービスの提供を考える場として、また自己研鑽の場としても、県士会活動に積極的
な参加を頂きたいと思います。
―1―
第2回研修会・講演
聴覚障害を知る 補聴器編
千葉大学医学部附属病院 耳鼻咽喉科 言語聴覚士 常田 千佳
日本補聴器センター 言語聴覚士 荻洲 えりも
毎年、研修会において補聴器についての質問が多くあります。それだけ臨床現場において、補聴器につい
て関わる機会が多いのであろうと思います。そこで、今年度の研修会は最近の補聴器の機能の話も加え、補
聴器中心の内容としました。概要は次の通りです。
【補聴器の適応と装用指導】
補聴器の適応については、①伝音性難聴と感音性難聴、②語音明瞭度、③聴力程度の3つのポイントに分
けて説明した。①伝音性難聴に対しては補聴効果が大きく、感音性難聴では補聴器装用に加え聴能訓練が必
要である。②語音明瞭度が良いほど、補聴器の効果も大きい。③小児の場合、軽度の難聴であっても、言語
の発達を促し教科学習をしていく上で、補聴器の装用は原則必要である。成人の場合、程度により補聴器の
種類を選択し装用していく。軽度難聴であっても、社会環境や職場環境によって装用が必要となることもあ
る。重度難聴では、補聴器だけでなく書字などの他のコミュニケーション方法や、人工内耳の適応も検討す
る必要がある。
装用指導について、小児の場合、両耳装用が原則であり、補聴器を装用させたうえで、子どもにとって楽
しい事をしながら、音や音声を聞かせ、音を意識させていくことが重要である。成人の場合、両耳装用が理
想であるが、経済的な問題、手指の操作性の問題などから片耳装用となることもある。装用指導としては、
短い時間で装用を始め、徐々に装用時間を長くしていく。静かな場所から徐々に騒音の多い場所での装用へ
と慣らしていく。
【補聴器の選定、補聴器の調整、補聴器の機能、自立支援法、外部機器など】
補聴器の選定においては、価格、出力、機能、形式、本人が扱えるかどうかなどのポイントを比較検討し
て決定していく。
補聴器の調整方法はトリマー法(調整専用のドライバー)と専用調整ソフトを用いる場合がある。デジタ
ル補聴器では専用調整ソフトを用いることが多い。
補聴器の機能は、①出力と利得と出力制限装置、②チャンネル数、③騒音抑制、④指向性マイク、⑤プロ
グラムの「自動切り替え」
、⑥ハウリングキャンセラー、⑦周波数圧縮、⑧データロギングがある。騒音抑
制や指向性マイクなどは周囲の環境によってプログラムされており、環境を補聴器自体が判断し自動で切り
替えもできるようになっている。周波数圧縮することにより、聴力的に聞くことができなかった音を聞くこ
とができるようになる機能を組み込んだ補聴器も出てきている。データロギングという機能により、本人が
聞いていた環境の状態を補聴器自体がデータとして保存している。
どのような環境で音を聞くことが多いか
など補聴器のデータに残るため、そのデータをもとに、また調整を直すこともできる。
自立支援法に該当する機器の機能も様々で、メーカーによっては、騒音抑制、ハウリングキャンセラー、
指向性マイクなどの機能もついている補聴器もある。
外部機器には、FM補聴器、無線周波送信・Bluetooth、リモコンなどあり、環境や聞きたい情報によっ
ていろいろ利用できるようになってきている。
【感想】
今回は補聴器の最新事情も盛り込んだ内容であったため、理解できなかった内容もあったかとは思います
が、企画した委員会としてはいろいろな機能が増えてきていることを分かっていただければと思います。ま
た、今回の研修会に来ていただけなかった方に対しても、ニュースにおいて聴覚障害に関する簡単な知識や
ポイントなど載せていく予定でおります。
―2―
第2回研修会・講演
吃音臨床の現状と課題
NPO 法人 こどもの発達療育研究所
顧問 長澤 泰子
1. 講演の要約
1)研究および臨床の変遷
時代の流れに沿って、①古典的な、注意転換・暗示・リラックス、②精神分析など、③アイオワ式
心理療法、④行動療法などについて言及した。③においては、Bryngelson、Johnson、Van Riper
のセラピーに対する考え方を解説した。とくに Van Riper の考え方やセラピーのプロセスは現在の
セラピーにおける、
「流暢に吃る:stutter fluently」つまり「吃音緩和法:stuttering modification
therapy」の中心になっている。また、④は学習理論の立場から、
「流暢に話す:speak fluently」を
目指す「流暢性形成法:fluency shaping therapy」の中心となっている。
2)原因追及の研究とセラピーへの影響
吃音に関する科学的研究は20世紀になってから、アメリカのアイオワ大学で始められたといって
よい。当初は吃音の原因論を明らかにしようとしたものが多かった。その中でも、特筆に価するもの
は、Orton-Travis による大脳半球優位説と Johnson の診断原因論である。両者ともに吃音の原因
としては否定されているが、吃音のセラピーに対する影響は非常に大きなものだった。
3)吃音のセラピーにおける吃音緩和法と流暢性形成法の対立があった(上記参照)。
その後、Guitar によって、両者を統合したアプローチが行われるようになった。
4)最近の研究報告を概観した。生理学的研究、特に大脳の構造と機能に関するものが多いこと、遺伝
子の研究が行われていること、しかし心理・社会学的研究もかなり多く行われていることに言及した。
5)吃音の症状や進展に関する一般的な基礎知識:定義、症状、進展の様相など
6)現在の吃音臨床:特に学童期のセラピーを中心として、多次元的モデルのひとつである、Healey の
CALMS モデルと、Guitar の統合的アプローチの内容を紹介した。
7)わが国の現状
吃音の研究や臨床の先進国である、アメリカと比べるとわが国の現状は、社会への啓蒙においても
専門家の養成においてもましてや吃音のある人に対するセラピーにおいても、残念なことに大変遅れ
ている。
今後の課題(感想として)
講演者が吃音の勉強を始めた頃のことを考えると、吃音に関する情報は非常に豊富になっている。言語聴
覚士が、吃音を恐れず、一歩踏み出すことにより状況は大きく変わると思う。講演から2週間ほど後で行わ
れた、東京電機大学(千葉キャンパス)における勉強会での参加者の熱気、更に10月初頭に行われた日本
音声言語医学会における、吃音のセッションの盛況さを考えると、わが国における吃音事情が変わっていく
のに、それ程時間がかからないのではないかと思った。皆様のご健闘を祈ります。
―3―
第3回研修会(症例発表①)
左被殻出血により皮質下性失語を呈した一例
千葉・柏リハビリテーション病院
言語聴覚士 高橋 勇人
[はじめに]左被殻出血後に失語症を呈した例に対する訓練経過を考察を加えて報告する。
[症例]50代、男性、右利き、中学校教諭(英語、陸上部顧問)
[原因疾患]左被殻出血
[神経学的所見]意識清明、右片麻痺(BRS:右上肢Ⅲ、右下肢Ⅳ)
[神経心理学的所見]失語症、発語失行、口腔顔面失行
[初回言語機能面評価:第44病日〜50病日]音読が比較的良好であり、呼称時の語頭音ヒントが無効で
自発話が極めて尐なく、語義理解の低下があることから超皮質性感覚失語に類似した症状を呈していた。し
かし、発語失行とプロソディ障害が認められ、古典的分類によるタイプにはあてはまらない失語症状である
と考えられた。認知神経心理学的モデルによる内言語の評価では理解も表出も共に障害要素が多様であるが、
漢字・仮名単語の音読が可能であったことから語彙選択の処理が部分的に機能していると考えられた。
[問題点]表出面:喚語困難による意思伝達困難 理解面:語義・低頻度語理解力低下
[長期目標]ボランティアとして部活動顧問の復帰
[短期目標]表出面:語彙選択能力・喚語能力の改善 発語失行の改善
理解面:語義・高〜低頻度語の理解力の向上
[訓練実施期間]発症後約2ヶ月時から2ヶ月間
[訓練内容]訓練頻度:1回60分の個別訓練を週7回
理解面:聴覚的ポインティング訓練および意味セラピー(高頻度〜低頻度の1/6選択)
表出面:呼称訓練 目標語の音読および写字訓練 口部顔面運動訓練
[再評価:第117病日~147病日]初回評価から約2ヵ月後に実施した SLTA において理解、表出と
もに改善を認めた。口頭命令が0/10から8/10、復唱は単語5/10から10/10、文2/5から
3/5、呼称0/20から16/20となりその誤りは語性錯語であった。漢字単語の書称0/5から5/
5、仮名単語の書称0/5から4/5となった。SALA 失語症検査の単語の音読Ⅲ-漢字(一貫性)では3
7/60から56/60となった。日常生活場面においても自発話が増加し、同室の他患者様と会話をする
場面が見受けられるようになった。また、血圧・内服薬の管理なども可能となった。
[考察]本症例は再評価時に理解面・表出面ともに大きな改善を認めている。言語中枢の損傷を免れた皮質
下性失語の回復速度は比較的早いという報告があり、今後異なる失語型への移行も想定されるため、変化す
る言語症状に応じてアプローチを改変する必要があると考える。
[助言頂いたこと]宇野先生より:理解面に対して行っていた聴覚的ポインティングおよび意味セラピーの正答
率が10割であるなら難易度を調整した方がよい。表出面は単語レベルだけではなく文レベルのアプローチも実
施した方がよい。長期目標に関しては年齢が50代であるため部活動顧問の復帰だけではなく、非常勤としての
復職を目標にして、それに必要なアプローチを追加したほうがよい。
[感想]本症例は早い段階で言語機能の改善がみられており、その症状の変化にあわせた難易度の調整の難しさ
を実感しました。また、発症年齢が50代と比較的若い事から言語機能面だけではなく社会復帰に向けた社会参
加を支援する必要性を強く感じています。
―4―
第3回研修会(症例発表②)
重度失語症者に対する回復期リハビリテーション病棟での臨床
新八千代病院
言語聴覚士 荒木 淳子
【はじめに】回復期リハビリテーション病棟入院中、意思疎通能力の低下により心理的ストレスが高まり病
棟生活において問題行動が頻繁にみられた重度失語症例について発表した。
【症例】67歳右利き男性。4年制大学卒、自営業。持ち家一軒家で独居。現病歴:発作性心房細動による
左 MCA 領域の脳梗塞。t-PA(経静脈的血栓溶解療法)により保存的加療を受け、発症23日後に当院転院。
既往:高血圧、発作性心房細動。画像所見(当院入院時)
:左大脳基底核(被殻)~島皮質の限局的な低吸
収域と、左大脳深部白質の境界不明瞭な濃度の低下あり。また大脳縦裂の拡大を認め、左右前頭葉萎縮の疑
いあり。神経学的所見:右片麻痺(上肢<下肢)
、右上下肢表在・深部覚鈍麻。神経心理学的所見:観念運
動失行、口腔顔面失行、病識欠如、危険認知能力低下、注意力低下。日常場面において、車椅子のブレーキ
忘れ、フットレストに足を載せたまま起立、立位で用を足す、無断離棟などの危険行為・問題行動がみられ
た。またこれらを注意され自分の思い通りにならないと大声で怒鳴る場面や、主治医に対し自宅退院を訴え
る場面もみられた。
【入院時言語機能】聴理解は単語から困難、読解はごく簡単な内容の単語は可能、表出
は自発話が尐なく未分化ジャーゴンで、
稀に簡単な単語がみられ、
日本語らしいプロソディは保たれていた。
復唱は不良。書字は氏名・住所の一部などのみ可能。
【問題点】①状況判断能力低下②聴理解低下③発話・
書字能力低下。これらの問題点から生じるコミュニケーション障害のために心理的ストレスが生まれ、病棟
生活への不適応場面として現れると考えた。
【LTG】有効なコミュニケーション方法を獲得し、意思疎通能
力を改善させる。
【訓練】実用的コミュニケーション方法の獲得を優先し、コミュニケーションノートを導
入、環境調整を実施。その後聴覚的 pointing 課題、書字課題など機能訓練を実施。
【退院時】日常会話は短
文レベルの理解も可能、表出では依然ジャーゴンが多いが、様々な代償手段を利用可能。意思疎通が円滑に
なったことで周囲の理解が得られ、問題行動はほとんどなくなった。
【退院後】ケアハウスへの退院が決定、
体験入所を実施したが、症例の拒否が強く急遽自宅退院となった。通院や調理は家族・友人の助けを借り、
それ以外の家事は自身で行っている。コミュニケーションノートは利用せず、聞き手が口頭または文字で選
択肢を提示する方法で意思疎通を行っている。他院での言語訓練も行ったが、症例が必要性を感じず、1ケ
月で終了。
【反省点】症例の人間関係や生活歴などの情報収集不足。症例本人に意思疎通能力の認識を促す
ことができなかった。帰宅念慮への配慮不足。症例が望む生活の環境設定が想定できなかった。継続的な支
援の必要性を周知出来なかった。
【宇野先生より助言頂いたこと】重度失語症患者様へは、まず確実なコミュニケーションルートを作ること
が必要で、フリートークで通じる経験を積み重ねること。出来ない点を探すだけでなく、出来る点を見つけ
る。注意機能など言語以外の訓練も必要。退院後の生活を見据えた具体的な長期目標を立てるべき。近所づ
きあいの活用をもっと考えてもよかった。
【感想】今回の症例発表を通して、患者様の退院後の生活を思い描くことの大切さを再認識した。質疑応答
や情報交換会で助言頂いたことを、今後の臨床に生かしていきたい。最後に、今回の発表にご指導、ご助言
頂いた先生方に深く感謝申し上げます。
―5―
第3回学術局研修会(助言・講演)
失語症者を支えるということ-訓練室の先に思いをはせて-
流山中央病院
言語聴覚士 宇野 園子
失語症の臨床を進める上では、訓練室内での機能訓練にとどまらず、訓練後の生活を見据えた取り組みが
大切であることを述べ、地域での失語症者を支援する活動を紹介した。
失語症者の抱える問題は多岐にわたるが、臨床において言葉の問題にばかり関心が向いてしまうと、リハ
ビリテーション本来の目標を見失ってしまう危険がある。
長期目標として患者の将来の生活とそこで必要と
されるコミュニケーションの形を予想したうえで、患者の問題に優先順位をつけ、「今何をするか」を考えて
いくことが必要である。その際には、問題を言語機能の視点からのみならず、コミュニケーション全体や自
己意識などの問題も含めて多面的に捉えなくてはならない。そのために ST は問題を一人で抱え込まず、積
極的に他職種、他施設と連携を取ることが求められる。ベテラン患者の声を聞くことも参考になる。
かつて ICIDH の視点では、機能改善があって初めて社会参加が実現できると考えられがちであったが、
機能改善のみにとらわれたリハは、改善が緩やかな失語症においては患者を「リハビリ人生」に導いてしま
う虞がある。現在の ICF の視点は、障害を患者固有のものとせず、社会参加が機能の改善を促したり、環
境の変化に応じて活動範囲が変化したりと、問題を多面的に捉え、より自由な取り組みを可能にする枠組み
となっている。
筆者は、リハの目標は、障害の完治や職業復帰ではなく、
「障害の有無にかかわらず、病前と変わらぬ存
在価値を自分に見出し、安心して主体的に生活できるようになること」であり、そのために必要なものは以
下の5つであると考える。
1.患者自身の精一杯闘病したという達成感
2.最大限の医療、福祉サービスを提供されたという満足感
3.かけがえのない者として扱われているという自己存在感
4.障害された機能を除けば、病前と同様に能力を発揮できるという自己認識
5.これでも何とかやっていけそうだという予感
訓練室内で最善を尽くすことは言うまでもないが、目標を達成するにはそれ以上に長い時間がかかる。失語
症者は所謂リハ終了後も長い人生を失語症と共に生きていく。病院での関わりは、その始まりにすぎず、
ST はより遠くに視点をおいて失語症者の支援にあたりたい。リハの流れが急性期→回復期→維持期へと短
期に分割されているからこそ、施設から施設への連携を密にし、複数の ST が目標を共有しながら患者を支
えていきたい。
失語症者の支援団体であるイギリスの Connect やカナダの Pat Arato 失語症センターでは、失語症者が
健常者と同様に主体的に生きることを目指して、さまざまなグループ活動のほか、失語症者の意思を引き出
す会話方法(Supported Conversation for Adults with Aphasia:SCA=失語症者のためのサポート付き会
話)の普及や、失語症を理解して失語症者と対等な立場でコミュニケーションを援助する会話パートナーの
養成などの事業を展開している。日本では2000年から NPO 法人和音が失語症会話パートナーを養成し
ている。
失語症友の会は、リハ終了後の外出先と便利に考えられがちだが、失語症者による自主活動として、ST
同士の連携の場として、また地域での啓発活動としても意義のある活動である。
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