20-24 14‹ó fiÁW Œ¡fic‚º/fiÁW Œ¡fic‚º - 中小企業診断協会

特集
福祉ビジネスと診断士の役割
∼地域で人々が活き活きと暮らすために何ができるか∼
第4章 「地域」の動向と展望
∼地域における福祉ビジネスの可能性∼
………………………………………………………………………………………………
味田村 正行
東京支部
2
1.福祉ビジネスの地域性
1
福祉ビジネス研究会
介護保険制度における地域性
介護保険制度においては,国民健康保険制
国の制度における地域保健福祉
度と同様に,各地方自治体が保険者となって
国の重要施策は,その国が置かれた環境お
おり,被保険者は,各地方自治体の地域住民
よび時代によって変遷し,時代を生きる国民
である。介護保険制度においては,給付財源
に大きな影響を与える。現在の日本にとって
を含む制度の枠組みおよびサービス内容は,
は,まさに地域保健福祉は,今世紀における
全国一律に規定されているが,地域住民に対
最重要課題の1つとなっている。その位置付
する給付介護サービス内容が,地域住民の介
けにおいて,国の制度での地域保健福祉は,
護ニーズによって異なることから,給付額の
国と地域の関係では,2つの性格を擁する。
財源を構成する地域住民の負担保険料には地
1つ目は,国が保健福祉の基本的な方向性,
域格差が生じている。ちなみに平成18年度の
仕組み並びに地方自治体との分権については,
介護保険制度改正後の各地方自治体の保険料
ほぼ独自に政策決定をすることである。その
の最大格差は,最大の沖縄県予那国町の6,
1
0
0
意思決定の過程においては,他の重要政策分
円と最小の岐阜県七宗町の2,
2
0
0円の約2.
8倍
野(たとえば医療等)と異なり,地方自治体,
となっている。この地方自治体の介護保険制
関係事業者及び受益者が,実質的に関与する
度の負担財政能力の違いは,地方自治体が開
機会は僅少である。保健福祉が,当初の生い
設許認可権を有する有料老人ホーム,特別養
立ちから,社会保障並びに社会保険制度の中
護老人ホーム等の地域における介護サービス
で,「措置」として運用されてきた歴史から
事業者数の差異にも表れている。さらに今回
みれば,当然の帰結であるといえる。2つ目
の介護保険制度改正に伴って導入された,介
は,財政収支の悪化を主要因とする三位一体
護予防サービスの地域密着型サービスおよび
改革の動きの中で,個別政策の各地方自治体
地域支援事業は,まさに地域の知恵と努力が,
における実際の運用においては,地方自治体
その成果に顕著に反映される枠組みである。
への分権および財源委譲が促進されつつある
ことである。その動きに伴い,地域保健福祉
3
地域特性と福祉ビジネスの関係
の運営において,一定の枠組みの中で,自由
地域保健福祉は,さまざまな地域固有の特
度が増し,独自性が生まれる気運が出てきて
性に影響や制約をうけ,独自性のある状況を
いる。国の保健福祉制度における地域の存在
醸成している。地域特性には大別して,地域
が,一層,顕在化しようとしているのである。
地誌特性,地域人口特性,地域事業者特性が
存在すると思われる。地域地誌特性は,地域
20
企業診断ニュース 2
0
0
7.
1
第4章 「地域」の動向と展望
の風土,文化,交通事情等地域を構成する外
割の明確化,関係機関の連携の重要性並びに
的環境を包含する。長い歴史にわたって,そ
「地域において最後まで,健やかに活き活き
れらの特性因子は相互に連関し合い,地域独
と暮らすこと」への認識の高まり等と相まっ
自の環境を育み,住民に対する人的サービス
て,地域ケアへの関心,取組みが,以前と比
である福祉サービスに影響を及ぼすのである。
べて強化された。地域ケアは,福祉の世界に
一方,地域人口特性は,福祉サービスの提供
おいては,「地域福祉」の概念で捉えられて
形態に直接的な関係をもつものであり,地域
きたが,概念的ではなく,現実的に地域資源
の高齢化率,要介護認定率,要介護度の分布
を融合しつつ,その取組みが,開始される時
割合等によって,地域保健福祉状況が大きく
代に入ってきたといえる。
変わることになる。さらに地域福祉サービス
を提供する事業者特性も地域福祉サービスの
2.地域における福祉ビジネスの動き
地域福祉における官の役割と限界
質と供給量の点から,地域福祉サービスニー
1
ズを支える福祉提供体制に影響を与えている。
すでに述べたとおり,「措置」の時代にお
いては,行政が政策決定者であり,またサー
4
地域の介護力格差
ビス提供者であり,福祉サービス受益者は,
地域は,福祉サービスの需要と供給の視点
その行政サービスを無条件に受け入れる存在
からみると,当然ながら地域ごとで異なる様
であった。しかしながら,社会保障制度改革
相を呈している。地域における福祉サービス
においては,官は,抜本的に今までの役割と
の供給力を考察する手法の1つに地域在宅介
受益者との関係の見直しを図ろうとしている。
護力というものがある。この考え方を導入し
官として,財政的な要因を主とする背景から,
た住友生命総合研究所によれば,地域福祉の
社会福祉政策の変更を余儀なくされたこと並
状況を分析するには,有効な手段であり,そ
びに個人の尊厳と自立を目指す福祉サービス
の分析結果によれば,介護力の尺度からは,
の実施において,官の役割の限界を認識した
特徴的な地域差が,明らかになったとのこと
ものと推測される。地域における福祉サービ
である。具体的には,市町村の在宅介護力に
スは,「人々が地域において最後まで活き活
は,大きな格差が存在し,介護サービスの充
きと暮らすこと」を目指すものであり,その
実度が異なっており,さらに同充実度に関し,
実現のためには,受益者に対する高い質の福
町村部と都市部に特徴的な差が顕著に表れて
祉サービスとその担い手となる福祉専門職の
いるとのことである。
存在が,不可欠である。福祉サービスの展開
において,官としては,サービス基盤の構築
5
地域ケアの広がり
が主要な役割となり,サービスの実施におい
社会保障制度改革に伴って,介護保険制度
の導入,障害者自立支援法にもみられる「措
ては,地域のさまざまな事業者と関係者が,
担い手になる時代に変化しつつある。
置」から「契約」への基本理念の変革等の要
因が,地域福祉のあり方に大きな影響を与え
2
苦しい地域中小介護事業者
た。その結果として,具体的な形で発生して
前章の「民の動向と展望」にて,述べたと
きたのが,地域ケアの高まりであり,広がり
おり,介護保険制度の施行に伴い,多様な民
である。「措置」の時代においては,地域福
間事業者が,福祉ビジネスに参入した。当初
祉サービスは,与えられるものであり,地域
は,高齢社会の到来に向けて,大きな市場が
としての独自性の発揮並びに地域の福祉資源
期待できることから参入したが,医療保険制
の有効的活用には,難しい面が存在した。し
度と同様に,収益構造が介護保険制度の報酬
かし,介護保険制度下において,関係者の役
規制に全面的に依存するものになっているた
企業診断ニュース 2
0
0
7.
1
21
特集
め,中小介護事業者を取り巻く経営環境は,
いて,行政に提言していく試みも開始されて
急激に悪化している。国が推進している経営
いる。このように地域には,さまざまな視点
情報の公開と福祉サービスの質の向上施策は,
と感性をもつ福祉ビジネスの担い手が存在し
事業者にとっては,対応が困難な面が散見さ
ており,地域住民ごとに異なる福祉ニーズに
れる。さらに景気回復に伴い,介護従事者の
対応していく動きが,強まっている。
人材の確保はますます困窮度を増している。
活躍する女性パワー
大手事業者はともかく,今後,中小事業者の
2
淘汰は避けられない局面を迎えている。
業種及びサービスによって,女性の活躍度
に大きな差異が存在する。福祉サービスは,
地域福祉サービスプレーヤの台頭
まさに女性がもっとも活躍している分野の1
官の役割の変化と限界並びに民間事業者の
つである。高齢者に対する身体並びに生活サ
参入に伴って,地域において存在感を増して
ービスは,女性が家庭において,長年実践し
いるのが,地域主体の福祉サービスプレーヤ
てきたサービスであり,家事を経験した女性
である。地域においては,「措置」の時代に
ならば,自然に福祉サービスに関する素養を
おいても社会福祉協議会が主体となり,さま
もっているといえよう。さらに福祉サービス
ざまな地域福祉活動を実践してきた。地域の
においては,利用者に対する細やかな配慮と
高齢者見守り活動,子育て支援及び障害者へ
優しい対応が求められるが,女性のもつ特性
の支援を実践するグループが,社会参加意欲
は,まさに合致している。福祉サービスの主
の強い地域の人々に支えられて,一定の役割
要な担い手である看護師並びに保健師等は,
とサービスを提供してきた。一方,自立した
元来,女性が大半を占める専門職であったが,
社会参加意識をもつ地域の人々は,特定のミ
介護保険制度導入以来,ニーズが高くなって
ッションをはたすべく,非営利活動法人を設
いる介護職においても,大半が女性である。
立し,地域にその活動の輪を広げてきた経緯
これは前述のとおり,福祉サービスに女性の
がある。このような旧来の地域福祉活動団体
特性が適合していることに加え,福祉サービ
が,福祉ビジネスの時代を迎えるにあたって,
ス(特に介護サービス)の就業形態が,女性
その主要プレーヤとして脚光を浴びるように
の希望する形態に合致していることがあると
なってきている。
思われる。一方,前項にて述べた地域におけ
3
3.地域福祉ビジネスの担い手
1
さまざまな視点の担い手
るさまざまな活動グループの主体は,ほとん
どが女性である。この現象は,女性が地域に
密着した生活をしており,その過程で地域の
地域と接点をもつと,さまざまな人々が,
課題を捉え,問題解決の実践の場に自分を置
存在し,活動していることに驚かされる。健
いた結果であるといえる。福祉サービスは,
全な地域コミュニティが,いまだ形成されて
女性パワーによって支えられているのである。
おらず,旧来の「ご近所」コミュニティも崩
壊しつつある現状において,誠実に地域の発
3
医療と介護の連携
展のために貢献している人々の姿を見ると,
社会福祉並びに医療改革の動きの中で,大
日本の地域の将来にまだ希望を感じることが
きな新しい変化は,「医療と介護の連携」が,
できる。筆者が住んでいる東京・世田谷区に
関係者の議論の対象となり,解決すべき重要
は,約2
7
0の非営利活動法人が活動している。
テーマとして,位置付けられるようになって
地域の支え合い活動組織も世田谷区で約50
0
きたことである。介護保険制度導入以前は,
存在すると聞いている。官,事業者及び地域
介護は福祉の色彩が強く,医療ケアの後期段
の人々が,同じ土俵で議論し,福祉分野にお
階としての介護ケア,あるいは,人々が尊厳
22
企業診断ニュース 2
0
0
7.
1
第4章 「地域」の動向と展望
ある自立した生活を送るための専門支援サー
の高齢者のちょっとした困りごとを有償ボラ
ビスとしての位置付けが,希薄であった。医
ンティアが支援する「街のコンシェルジュ事
療の世界では,医療ケアの方針を決定するの
業(図1参照)
」
,高齢者が気軽に立ち寄れる
は,医師であり,その指揮下において,看護
「街中サロン事業」並びに高齢者に役立つ知
師その他の医療従事者が働いているが,介護
識を教える「樂習教室」を展開している。有
従事者は看護師の助手的存在でしかありえな
償ボランティアが対価として受け取った「ク
かった。しかしながら,介護保険制度の施行
ーポン券」は,地域の「商品券」に交換でき,
後,介護として独立した分野が,認知されつ
商店街活性化事業の機能も発揮している。地
つあることは,喜ばしいことである。医療は
元の高齢者にとっては,
「気軽に立ち寄れる
疾病を治療し,介護は生活を支えるものであ
交流の場」
,商店街にとっては,「高齢者にや
るとすれば,まさに地域ケアにあっては,両
さしい商店街」への取組みが進んでいる。
輪の役割であり,両者の連携が強く望まれる。
図1 街のコンシェルジュ事業
なお,地域福祉ビジネスの担い手の事例を
食事づくり
下記に紹介する。
電球取替
事例1
世田谷ボランティア協会
世田谷ボランティア協会は,1
9
8
1年に世田
掃除洗濯
谷区におけるボランティア活動の推進機関と
して設立され,1
9
9
6年に社会福祉法人として
話し相手
街のコンシェルジュ
サービス
「街コン」
外出支援
再発足し,現在はボランティア情報の提供並
買物代行
趣味支援
庭の世話
びに各種ボランティア活動を推進している。
1
9
9
6年には本格的に障害者ケアへの取組み
を開始し,世田谷区の委託業務として,区立
障害者デイサービスセンター「ふらっと」を
4.地域自立型福祉ビジネスへの展望
1
団塊の世代と元気な高齢者の活用
開設し,主に脳血管障害の人々のリハビリを
2
0
0
7年問題といわれ,各地方自治体とも定
目的に活動を行っている。同施設は地域に開
年を迎えて地域に戻ってくる団塊の世代を地
かれた施設を目指し,積極的にボランティア
域の発展のためにどのように活かしていくか,
の受入れを行っている。「ふらっと」の実績
真剣に取組みを始めている。地域の高齢化が
をもとに2
0
0
2年には,在宅介護支援センター
加速するにもかかわらず,地域の高齢者を支
「結」
,在宅介護ヘルパー派遣事業所「連」,
える介護人材の確保は,介護従事者の業務内
および介護ヘルパー養成センター「学」を開
容に比較しての劣悪な待遇,介護保険制度上
設し,地域の在宅介護並びに介護人材の養成
の報酬の頭打ちによる将来のキャリアへの不
に積極的に取り組んでいる。
安等の要因が重なり,年々難しくなってきて
いる。地域における介護人材の欠如は,地域
事例2
街のコンシェルジュ中延センター
福祉の基盤を崩す深刻な事態である。この事
NPO 法人バリアフリー協会が,地域の高齢
態を打開するために有効な施策として考えら
者の困りごとを中高年の有償ボランティアが
れるのは,地域に戻ってくる団塊の世代の介
支援する共助の仕組みを品川区中延商店街振
護人材への転換である。一応の経済的基盤が
興組合と共同して構築し,2
0
0
4年から活動を
あり,高収入を望む必要もなく,また長年の
開始している。同商店街はさまざまな業種の
キャリアをベースにした高齢者への受容と共
店舗が揃う近隣型商店街だが,地域の高齢化
感への適応力が高い団塊の世代は,介護人材
への対応が迫られていた。事業として,地元
として有用な存在になる可能性を秘めている。
企業診断ニュース 2
0
0
7.
1
23
特集
一方,今までは介護サービスには,体力的に
不向きだと考えられていた高齢者のうち,元
図2 地域自立型福祉ビジネスに向けて
地域の動き
福祉ビジネスの地域性
・介護保険制度
・地域特性
・介護力格差
・地域ケア
気な高齢者は,肉体的にも適応可能な介護サ
ービス分野を選択すれば,介護人材として十
分活躍する可能性が高い。団塊と高齢者世代
・苦しい事業者
・新しい担い手
・女性パワー
・医療/介護連携
地域で新しい展開
が,地域の人々を支えていく仕組みの構築が
・団塊/高齢者の活用
・地域社会資源の統合
望まれる。
人々が活き活き
と暮らす
2
地域福祉実務家の誕生と連携
地域の人が地域
を支える
地域自立型福祉ビジネスの実現
「措置」の福祉時代には,福祉サービスの
運営も人材育成も行政的な観点で行われてお
共有および連携を通じての資源の統合化がな
り,受益者ニーズに立った対応は欠けていた。
されていないのが,実情である。また,その
新たな福祉サービスが発生しつつある現状に
ような調整機能を発揮できる人材の育成が遅
おいては,受益者ニーズを満足させるために,
れている面もある。地域住民に対し,的確な
経営力およびサービスの質の向上が求められ
福祉サービスの提供ができる,専門知識とリ
るとともに,それを実現できる新しいタイプ
ーダーシップをもつ人材の養成が喫緊の課題
の福祉実務家の誕生が期待されている。ここ
である。さらに,地域社会資源の統合におい
数年の福祉を取り巻く経営環境の変化を誘因
ては,
医療分野と同様に IT の活用がカギにな
として,社会福祉法人を中心として,経営を
ると思われ,その取組みの推進が期待される。
担える有能な人材が育ちつつある。また,新
地域自立型福祉ビジネスへの挑戦
しい福祉ビジネスの到来を好機に捉え,民間
4
企業から,新たに福祉ビジネスに参入する人
さまざまな困難な状況に直面している日本
材も増えており,これらの人材が近いうちに
を変えるには,やはり,地域から変革を実現
福祉ビジネスを支える有為な人材に成長する
することが重要である。福祉は,そのような
ことが予測される。一方,介護従事者の中に
地域の挑戦にとって,まさにふさわしいテー
もこの変化の中で,自分の専門性を高め,キ
マであり,地域の変革の原動力となる分野で
ャリアアップを考える人材も散見され,自立
ある。その動きを支える理念は,「地域自立
した介護従事者として活躍する舞台が出現し
型の福祉を目指し,地域の人が地域の人を支
つつある。他業界では従来から存在していた,
える仕組みを構築すること」である。「地域
業務に精通した専門職の誕生は,福祉ビジネ
の人々が,活き活きと暮らすこと」を目指し,
スの発展に大きな推進力になると思われる。
地域の社会資源並びに人的資源を結集し,地
域の福祉ニーズに沿って,福祉サービスを提
3
地域社会資源の統合
供していく仕組みとしての新しい福祉ビジネ
地域の人々は,最後まで自分らしく地域で
スへの取組みが求められている(図2参照)
。
過ごしたいと思っている。地域の人々の生き
方はまったくさまざまであり,身体的・生活
ニーズは,個人によって異なるものである。
その独立した存在である個人を支えるには,
地域に存在するさまざまな社会資源の有機的
活用が,必須の条件である。現在の地域にお
いては,多様な社会資源が存在するものの,
それらが独立して存在しており,相互の情報
24
味田村 正行
(みたむら まさゆき)
いきいきコンシェルジュ経営オフィ
ス代表。早稲田大学理工学部卒。1993
年中小企業診断士登録。総合商社,医
療・介護法人勤務を経て2006年独立。
現在,医療・介護経営に関するコンサ
ルタント並びに高齢者介護関連サービ
スにて活動中。
企業診断ニュース 2
0
0
7.
1