2015年 春夏号 - 在宅ケアに関する会員情報誌「ランナップ」

春
夏
年2回刊
2015
Vol.11 No.1 通巻40号
[ランナップ]
を応 援します。
ち た
間
る仲
支え
を
人が
ケア
好き・
街が好き、いきいき・はつらつ、在宅
●Basic Eye ─ 対 談
超少子・超高齢・多死社会に
求められる在宅ケア
∼2025年を乗り切り、持続可能なケア体制とするために∼
島崎 謙治 先生[政策研究大学院大学 教授]
<聞き手>
● 読者が行く!─施設訪問 第1回
自己選択・自己決定方式で、
生きる喜びを引き出す
夢のみずうみ村 山口デイサービスセンター(山口県山口市)
<リポーター>
相良 美和子 さん[北九州市立総合療育センター地域支援室 理学療法士]
● 在宅こぼれ話 ─ 第4回
救急隊からの「一本の電話」
太田 秀樹 先生[医療法人アスムス 理事長]
川越 正平 先生[あおぞら診療所 院長]
●QOLの観点から栄養を考える─第25回
● FORUM
軽度嚥下障害患者を対象とした食支援と嚥下体操
∼Oral Nutritional Supplementsの有用性を考える∼
監修:川越 正平 先生[あおぞら診療所 院長]
藤島 一郎 先生[浜松市リハビリテーション病院 病院長]
在宅療養高齢者の栄養管理のポイント
飯島 正平 先生[近畿中央病院第一外科 部長]
対談
超少子・超高齢・多死社会に
求められる在宅ケア
∼2025年を乗り切り、持続可能なケア体制とするために∼
団塊世代が75歳以上の後期高齢者となる2025年には、高齢者数は約3,500万人に達
すると推計されており、医療・介護・福祉サービスを必要とする高齢者数が大幅に増加する
ことが問題とされています。一層の高齢化は死亡者数の急増をもたらし、少子化と相まっ
て、世界がかつて経験したことのない「超高齢・人口減少・多死社会」が到来します。国は
2025年を目途に地域包括ケアシステム構築を目指していますが、それを実現させて社会
保障制度を持続可能なものにするためには、在宅医療や高齢者ケアの新しい仕組み作りと
島崎 謙治 先生
政策研究大学院大学 教授
<聞き手>
太田 秀樹 先生
医療法人アスムス 理事長
ともに、これからの医療やケアの将来像について、社会全体が
認識を共有していくことが不可欠となります。今号では、
「2025
年問題」を人口問題としてみた場合のインパクト、そして来る超
高齢・多死社会に求められる在宅ケアの在り方について、社会保
障法・医療政策を専門とする島崎謙治先生と、本冊子編集顧問
の太田秀樹先生に対談いただきました。
人口問題としての「2015年問題」
~毎年100万人以上の人口が減少する時代に~
太田 2003年に厚生労働省の高齢者介護研究会は、高齢者の
尊厳を支えるケアの確立に必要な施策をとりまとめた報告書を発
左/島崎謙治先生、右/太田秀樹先生
表し、そのなかで、2015年には約800万人といわれる団塊世代が
れは小さな県の総人口が消滅するのに匹敵します。その結果、総
65歳以上を迎えることから「2015年問題」がクローズアップされま
人口は2060年には8,674万人にまで減少すると推計されています。
した。その後、医療や介護の問題は後期高齢者になってから深
総人口の減少以上に大きな問題は、人口の年齢構成の変化で
刻になるということで、団塊世代が75歳を迎える「2025年問題」が
す。生産年齢人口が毎年数十万人規模で急激に減少する一方で、
語られるようになりました。今年は2015年を迎えたわけですが、
老年人口は2040年ごろまで増えると予想されており、2060年には
今後の10年間でどのように「2025年問題」への対処を進めていく
65歳以上の高齢者は全人口の約40%を占めると見込まれていま
かが問われています。そこでまず、
「2025年問題」を医療や介護の
す。100歳以上の人口は、1963年の153人から2010年には約4.4万
問題としてではなく、人口の問題として捉えたときにどのような課
人となり、2060年は約63.7万人と、小規模県の総人口に匹敵する
題があるのかについて、人口問題に詳しい島崎先生に教えていた
数字で増えると予想されています。
だきたいと思います。
都道府県別の高齢者数の増加状況を見ると、東京やその周辺、
島崎 過去50年で人口ピラミッドの形は大きく変化しており、今後、
特に神奈川や千葉、埼玉等の大都市の高齢化が急速に進むという
第一次ベビーブームの団塊世代(1947~ 49年生まれ)
と第二次ベ
特徴があります。高度成長期に地方から大都市に移住してきた団塊
ビーブームの団塊ジュニア世代(1971~ 74年)の影響により、人口
世代がそこで職を得て結婚し、リタイア後もそこで老いていくわけです。
構成が長期的に変化することが予想されています。
世帯構成も大きく変わります。一人暮らしの高齢 世帯数は、
日本は既に人口減少社会に突入していますが、今後、減少の
2005年には386万人でしたが、2035年には762万人とほぼ倍増し
スピードは加速し、2040年以降は、死亡数から出生数を差し引く
ます。また、団塊世代以降の男性の未婚率が非常に高く、2010
と毎年約100万人ほどが減少していくと見込まれています
(図1)。こ
年では5人に1人の男性が未婚というのが現状です。身寄りのない
2 Vol.11 No.1
高齢者が増えていくと、家族の代替機能を誰がどのように果たし
太田 国を司る人たちに、その認識はあるのでしょうか。
ていくのかという問題が深刻化します。地域単位でどのように取り
島崎 それはあると思います。昨今、活発に行われている地方
組んでいくのかを考えていく必要があります。
創生の議論は、まさにその一つです。出生率を回復させる策も様々
太田 「地域単位」がキーワードに挙がりましたが、30年後には
なレベルで検討されていますが、大切なのは「産めよ増やせよ」で
消えてしまう自治体があるとも指摘されています。大都市ではより
はなく、 産みやすい環境、生活しやすい環境を整えていくこと
高齢化が深刻化し、地方都市は人口減少が深刻化するとなると、
です。注意しなければいけないのは、これは一朝一夕に変わる
大都市圏と消滅するかもしれない地方自治体の医療・介護の問題
問題ではないということです。即効性のある特効薬はありません。
は全く異質のものだと思いますが、それぞれに何らかの対処法は
そこが大きな問題です。
あるのでしょうか。
太田 そうですね。今年生まれた子どもが生産年齢に達するま
島崎 とても難しい問題です。人口が減少する地方には働き場所
で15年、大学まで行けば 22~23 年はかかるわけですよね。
があまりありません。一方、都会には働き場所はありますが、高
島崎 海外からの移住者を労働力として受け入れれば良いという
齢者の行き場所がなく、地価も高い。そうであれば、地方と都市
議論がありますが、最大の難点は、東南アジア諸国も出生率が低
が提携して相互に移住すれば一石二鳥ではないかという話があり
く、経済発展が進んでいることから、日本だけではなく各国間で
ます。しかし、住み慣れた土地から知らない土地への移住は、精
単純労働力の取り合いになる事態が既に起こっているということで
神的ダメージが小さくありません。ですから、残念ながら即効性
す。介護分野においても外国人労働者を活用する議論がなされて
のある魔法のような対処法はなく、地道な政策を積み重ねていく
いますが、例えば製造業であれば、社会経済情勢によって一度海
ことが正攻法だと思います。
外に移した拠点を再び国内に戻す選択はできますが、介護や医療
の場合にはそういうわけにはいきません。
総人口が3分の2に減少する日本
~国家として存続し得るか?~
社会保障としての医療・介護・福祉への影響
~在宅医療・ケアは成立するのか?~
太田 2025年問題を人口問題として捉えると、非常に深刻な事
態であることがわかります。このままの事態が進行した場合、日
太田 こうした人口問題は、社会保障としての医療や介護、福祉
本は今後、国家の体をなして存続し得るのでしょうか。
にどのような影響を及ぼすのでしょうか。
島崎 社会経済等あらゆる営みのベースは人口ですから、人口
島崎 例えば、2012年度には社会保障給付費の2 分の1を年金
減少が非常に大きな問題であることは間違いありません。そもそ
が占めており、医療が占める割合は 3 分の1ですが、2012年度か
も少子化が原因で総人口が3分の2に減少して人口構造が変わる
ら2025年度の増加額の4 分の3 は、医療と介護が占めてしまいま
という事態は、古今東西、人類は経験したことがありません。
す。2012年度から2025年度までの伸びをみると、年金はそれほ
ど伸びませんが、医療と介護は大幅
(千人)
に伸びることが予想されています。し
2,500
出生数
死亡数
たがって、社会保障の持続可能性の
2039年推計
【死亡中位、出生中位】
死亡数 1,669千人
2,000
焦点が年金ではなく医療と介護にシ
出生数 677千人
合計特殊出生率 1.34
フトします。年金については2004 年
2005年 死亡数 1,084千人
出生数 1,063千人
合計特殊出生率 1.26
1,500
1973年
出生数 2,092千人
死亡数 709千人
合計特殊出生率 2.14
1,000
の年金大改革で経済の伸びの範囲
(参考)
2039年推計 【死亡中位、出生高位】
内で給付を抑え込む改革が行われま
死亡数 1,670千人
出生数 825千人
合計特殊出生率 1.59
したが、医療や介護は抑え込めませ
ん。2020年ころの潜在成長率が 1%
しかないところで医療費や介護費が
500
それ以上に伸びることが予想される
0
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(年)
2
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図1 出生数・死亡数の推移および将来推計
2011年までは、厚生労働省統計情報部「人口動態統計」、2012年以降は、国立社会保障・人口問題研究所『日本の将来推計人口』
(平成24年1月推計)より作図
なか、この状態が本当に持続可能な
のでしょうか。そういう面から見ても、
非常に厳しい状態を迎えることは間
違いないと思います。
2015 年 春・夏号
3
対談
超少子・超高齢・多死社会に
求められる在宅ケア
太田 在宅医療の場合、何かあったとき
には 深夜でも1 時間あれば駆けつけるこ
∼2025年を乗り切り、持続可能なケア体制とするために∼
とができます。年齢や様々なリスクを考え
太田 人口減少がこのまま進んだ場合、今後、
て保存的に診療することになれば在宅でも
在宅医療やケアは成立するとお考えでしょうか。
十分に対応できるので、重装備の治療は
島崎 医療や介護が年金の問題と異なるのは、
できませんが、状況に応じて適切な対応が
年金はお金だけの制度ですが、医療や介護はサー
できるというのは、在宅医療の強みです。
ビスの提供をしなければいけないという点です。
島崎 母が倒れたときに、在宅医ではない
人手不足が深刻化するなかで、必要なサービスを
のですが、かかりつけ医に電話したところ、
「救急車を呼んでくれ」といわれました。太
満たすことができるのかどうかが問題となります。
太田 生産年齢人口が減少するなか、将来必要
太田 秀樹 先生
田先生は、どのように対応されていますか。
とされる介護量に比して、それだけの人を介護や医療の領域だけ
太田 栃木にある当院では、まず医師や看護師が出向き、医療者
で使うわけにいかないということですね。
が救急車を呼ぶかどうかを判断することを原則としています。しか
島崎 2025年の労働力人口は約6,000万人と推計されていますが、
し、東京等の都市部では「早く救急車を呼んでいればこうならなかっ
うち8.6~11.5%が医療や介護に従事することが予想されています。
たじゃないか」
といった苦情が出る可能性が高いかもしれません。
厚生労働省の雇用政策研究会の試算では、経済成長と労働参加
島崎 そういう人もいるかもしれませんね。
が適切に進んだ場合、2030年に医療・福祉の就業者数は962万人
太田 こうした医師と患者の信頼関係の希薄さが、日本の医療を
となり、製造業の就業者数とほぼ同程度になると予想されています。
複雑にしている不幸な要因の一つでもあるでしょう。
太田 人口が減少するなか、医療や介護の担い手をどのように
確保するかが、いま以上に深刻な問題となりそうですね。
島崎 若年者の取り合いになるというのが実情だと思います。さ
多死社会の地域包括ケア
(在宅ケア)
の姿
~死を直視せざるを得ない時代に~
らに景気が良くなると、その景気の良い分野に人が集まることにな
島崎 もう一つ、私がびっくりしたのは、搬送先からも転院先の
るでしょう。
病院からも、「延命治療はどうされますか」と尋ねられたことです。
太田 今後ますます医療や介護の需要が増えることが予想されて
太田 一般的に、90歳の認知機能が低下した高齢者が脳梗塞に
いますが、医療や介護産業は経済を牽引する要因になり得るとお
なった場合、できる治療は制限されますので、病気を治したり、
考えですか。
命を長らえさせる治療だけではなく、苦しみを除く医療という選択
島崎 医療、介護はそもそも需要があるので成長産業です。しか
があっても良いと思います。仮にお亡くなりになったとしても、安ら
し、経済全体の成長率を高めていく産業であるかどうかは別の
かな死は最善の医療の結果であったという認識を国民が持たない
話です。中期的には労働力の供給が需要に追いつかなくなること
限り、2025 年は乗り切れないと考えています。
を考えると、結局、財政制約に加えて人的資源の制約が高まって
島崎 フランスのある哲学者は「太陽と死は直視することができな
いくことになるでしょう。
い」といいましたが、太陽を直視する必要はなくとも、死は直視せ
太田 そうすると、いずれ限界が来るということでしょうか。
ざるを得ない時代が来ると思うのですが、いかがでしょうか。
島崎 最も大変な時期は、団塊世代が85歳を迎える2035~2040
太田 どのようにしたら安らかに天寿を全うしていただけるのか、
年だと考えています。しかし、まずは目前に迫った2025年を乗り
そこにどのような医療が必要なのかということを国民全体で共有
越えることが喫緊の政策課題です。10 年先というと遠い未来とい
していく必要があります。それができていないから、95歳の人に
うイメージを持たれる人も多いかもしれませんが、実はそうでもな
がん検診をするという事態が起きているのです。それは医療に対
く、既に足元からいろいろな場所で崩れています。例えば、東京
する過信というか、あるいは医療があまりにも信頼され過ぎた結果
では救急搬送される人の3 分の1が 75歳以上です。私事ですが、
なのかもしれませんが、明確に無駄な医療だということを誰かが
先日、都内に住む母が夜の 9 時ごろに脳梗塞で倒れて救急車を
いわない限り、いつまでたってもそういうことが起こるでしょう。
要請したのですが、最終的に受け入れ先が決まって入院できたの
島崎 ある病院長が、病院で80歳過ぎの患者さんが亡くなった
は明け方の 4 時ごろでした。似たような状況があちこちで起きてい
際に、その遺族から「病院にいるのになぜ人が死ぬのですか」
とい
るのが現状です。
われたと憤っていました。病院神話というか、医療に対する過信
4 Vol.11 No.1
はそういうところまできているのでしょうか。
活環境が与えられれば、療養病床であろうが
太田 病院過信の背景には、昔は病院で死
介護老人保健施設であろうが、どこで暮らし
ぬ人は少なくて、病院に行けば治って帰ってく
ても良いと思っています。そして一人ひとりの
るという時代が続いたことがあるのかもしれま
ケア従事者が多機能になるかしかないと考え
せん。実際、死亡者数は1980年代まで70〜
ています。今までの医学ではより高い専門性
80万人で推移しています。その時代を経験し
が求められ、私が専門としていた整形外科で
た人たちが今、高齢化しているのです。
も脊椎外科、手、足、股関節、膝というよう
在宅医療の推進は財政論から語られた経
に細分化が進んでいました。それだけ精度の
緯もありますが、効率的で無駄のない医療を
高いケアができたのですが、高齢化が進むな
提供していくには、病気を治すことを本来の機
か、より高度でより専門的なケアでなくとも全
能とする病院と、看取りまでを含めて生活を支
島崎 謙治 先生
身を診られる医師が必要とされるようになって
えることを目指す在宅医療とが、機能を分担することが重要です。
きています。看護師も介護職でも、医療の部分に踏み込んでいく
島崎 人口減少社会において医療・介護需要が増大するなか、機
必要があります。従来の価値観や規範を変えていかないと、これ
能強化と効率化が政策課題となりますが、地域の医療や介護の
からの在宅医療・ケアは成立しないと思います。
現状、そして将来像について、認識を共有していくことが重要ですね。
島崎 おっしゃるとおりだと思います。痰の吸引など、介護職にも
太田 2014年に成立した「医療介護総合確保推進法」では、国
医療的ケアを実施できるようにする検討会があり、太田先生や私
民の役割として、国民は適切な医療を選び、適切な医療を受ける
はこれに賛成しました。私が賛成した一つの理由は、そうしない
こととされています。これは、高齢者が老衰で命を終えるときに
と介護職の賃金を高くできないからです。つまり、専門性があれ
必要なのは、急性期の救命のための医療ではないということです。
ば、それに見合った賃金は出せます。仕事内容が変わらないのに
そうした認識を社会全体でぜひ共有してもらいたいですね。
介護報酬を上げて賃金を上げていくというのは、ある意味、労働
人口減少社会における在宅医療と
各専門職に求められる多機能化
市場をゆがめることにもなりかねません。やはりタスクシフトして、
一定の専門性に対する対価として賃金を支払う形にしていく必要が
あると思います。
太田 超高齢・多死社会を迎える2025 年以降の在宅医療の姿
太田 専門性の高い仕事をしているという合理的な根拠を示すこ
はどうなるとお考えですか。
とにもなるわけですね。
島崎 在宅医療は、信頼できる在宅医、訪問看護、訪問介護、
島崎 そうです。同時に、専門性に対して誇りを持って働けるよう
住まい等の様々な条件によって大きく変わってくると思います。植
にしていくことが大切です。
物には窒素・リン酸・カリウムの3 要素が必須であり、いずれかの
栄養素が足りないと最も少ない栄養素に生育が左右されるという
「リービッヒの最小律」の法則があります。在宅医療にもそれと似
肩車型社会における高齢者ケア
~求められる「生活を支える医療」への転換~
たような面があって、その中のどこかレベルが低いところに規定さ
太田 現在は65歳以上高齢者を2.4人で支えている騎馬戦型で、
れてしまう気がします。
2050 年には1.2人で支える肩車型の社会になると予想されていま
「一人暮らしでも在宅医療は可能」といわれていますが、それは
すが、国としては、その辺りについてどのような検討を進めている
条件が満たされればであって、家族の介護力に依存する形態であ
のでしょうか。
ることは間違いありません。今後、人口減少社会を迎えるなかで
島崎 私に国の代弁はできませんが、
「医療は医学の社会的適用
家族の介護力に期待できるかというと、かなり厳しいと思われます。
である」という言葉があります。しかし、今日、適用すべき社会そ
将来的には、ある程度の人数が集まって暮らすグループリビングの
のものが変わってしまっているわけです。したがって、医学はもと
ような形になっていく可能性が高いように思います。自宅だけで受
より医療の在り方も変わらなければなりません。どのように変わる
け止めるのは現実的ではなく、介護老人保健施設や特別養護老
べきかというと、求められるのは「臓器別ではない全人的な医療」
人ホーム、グループホーム、ケア付き住宅等の居住型施設や住宅を
であり、
「生活を支える医療」ではないでしょうか。
拡充していく必要があるのではないでしょうか。
「生活を支える」という意味では、地域包括ケアも在宅医療も同
太田 同感です。笑顔で生きていて良かった、幸せだと思える生
じで、いずれも理念としては「住み慣れた居宅や地域で生活する」
2015 年 春・夏号
5
対談
超少子・超高齢・多死社会に
求められる在宅ケア
∼2025年を乗り切り、持続可能なケア体制とするために∼
島崎 看護師さんはどういう状態になったら医師につなぐ
か、しっかりとトレーニングを受けています。しかし介護職
は、熱を出して苦しんでいる利用者を見ると救急車を呼んで
ことを保障するということです。しかし、生活を支えているのは医
しまうことがあります。これは、介護職は看護師のような緊
療だけではありません。保健・医療・介護・福祉・就労、さらには
急時のトレーニングを十分に受けていないからです。
地域作りまでをも視野に入れた総合的な取り組みが不可欠です。
太田 だからこそ、看護師の職能が地域ケアのなかで非常
ですから、総合行政の一つとして医療を捉えていくことが、今後
に重要になってきます。「ケア」という言葉には「キュア
(治療)」
ますます重要になります。
の意味も包括されていて、例えば「intensive care unit(ICU)
」とい
太田 暮らしから見るという視点が大事ということですね。
うと、治療もケアも行います。そうすると、やはりケアの専門職は
島崎 暮らしから見ると、行政の在り方、国民や医療関係者の医
看護師になるでしょう。治療もケアもできますし、場合によっては
療の捉え方が全く異なります。例えば、よく在宅医療を外来の延長
寄り添うというように、看護師は多機能です。そして看護師は、介
で考える人がいますが、本質的にかなり違いますよね。
護職とのリエゾンになり得る職種です。
太田 生活という視点の有無でしょう。
医師というのはある意味、裁判官みたいなものですから、弁護
島崎 また、開業医が患者のいる場所へ出向いて行かなければ
士役になってくれる看護師が非常に重要です。そして看護師に、
いけませんし、生活を支えるのに必要なのは医療だけではありま
介護職と連携しようという意識があれば、より質の高いケアになり
せんので、当然、多職種連携が必須になります。従来の急性期
ます。ところが、現場では必ずしもそうではなく、看護師と介護職
医療とは全く性質が異なるという認識を共有し、頭を切り替えてい
が対等の立場で協働できない雰囲気があるために、介護職が引
かないと、「生活を支える医療」を実現するのは難しいでしょう。
け目を感じて委縮してしまうことがあるのです。ですから在宅医療
太田 医療はもともと生活のなかにありましたが、あるときから生
の場面では、看護師の職能をさらに生かして、看護師がもっと介
活と分離してしまい、病気あるいは臓器しか見なくなってしまいま
護職に力をつけさせて権限を委譲することによって、多くの問題
した。昔の例ですが、ナイチンゲールが行っていたのは、療養環
が解決できると思います。
境をどうするかという、まさに暮らしのなかの看護であり、看護の
島崎 「在宅医療」の語句には様々な英訳がありますが、海外で
基本です。その基本的な視点をないがしろにして臓器や細胞、
も通常は訪問看護師が中心で、医学的判断が必要な場合にだけ
分子を見て医学が進んだという錯覚に陥ってしまっていたのが、
医師が出てくるというのが一般的な形態だと思います。
昨今の医学、医療なのかもしれません。
太田 そうあるべきだと思います。
島崎 科学に対する幻想が強過ぎたのかもしれませんね。
島崎 地域包括ケアや在宅医療では、医療と介護のシームレスな
太田 科学的であるということに、人間は心を揺さぶられるのだ
連携が鍵となりますが、それが進まない理由の一つに「インター
と思います。
フェース・ロス」
(異なる組織・職種間で情報がうまく伝達しないこ
2025年問題を乗り切る主役は看護師
と)の発生による情報やサービスの脱漏があります。つまり職種が
違う、あるいは同じ職種でも働いている場所が違ったりすると、
島崎 科学的ということに関連して、医学もそうですが、自然科
受けてきた教育や責任が異なるので、情報の切り取り方や思考方
学論文はどれも同じスタイルですよね。ところが、法学の論文で
法が異なり、うまく会話が成り立ちません。そこで通訳が必要にな
は決まったスタイルはありません。そもそも何が目的なのかを吟味
るわけですが、看護師は患者の立場に立てるし、他の職能者の
したり、方法論自体が議論の対象になったりするので、最初は科
代弁者にもなり得るということで、ある意味、最もリエゾンの立場
学論文に違和感を覚えました。
に位置すると思います。
太田 学問ごとのバックグラウンドもあると思いますが、私たち医療
太田 そうですね。肩車型社会における在るべきケアの姿という
者は、そういった考え方が科学的な思考だと思ってきました。
か、2025年問題を乗り切る主役は看護師といい切っても良いでしょう。
島崎 それは多職種連携のときに大きな問題になります。それぞ
島崎 2060年には、現在の小規模な県の総人口よりも多い人口
れ自分の方法論や自分のバックグラウンドに固執するので、他の人
が100歳以上となり、その子どもたちが 75歳前後になりますので、
の発想、ものの考え方が受け入れられないのです。
おそらく在宅医療や地域包括ケアのイメージも一変すると予想さ
太田 法学と医学の文化が異なるように、職種によって文化が異
れます。在宅医療・ケアにかかわる職能者には、ぜひ広い視野を
なるということですね。
持って取り組んでいって欲しいと思います。
6 Vol.11 No.1
から
QOLの観点から
栄養を考える 第
25回
高齢者が毎日の食事をおいしく食べられることは、QOLの基盤といえるのではないでしょうか。そのためには、
加齢に伴いよく見られる初期の嚥下障害を見逃さず、早い時期から予防に努めることが大切です。
今回は、
「藤島式嚥下体操」により、嚥下障害の予防や改善に高い効果を上げている浜松市リハビリテーション
病院の藤島一郎先生に、そのノウハウや食支援の在るべき姿についてお伺いしました。
監修:川越正平 先生(あおぞら診療所 院長)
軽度嚥下障害患者を対象
とした食支援と嚥下体操
浜松市リハビリテーション病院 病院長
藤島 一郎 先生
■ 嚥下障害患者への食支援
おいしさや配膳にも配慮が必要
ても軟らかくなりますし、調
理法によっておいしく、食べ
やすくすることで食欲が出る
私は医師として、嚥下障害患者を診る
という事例は、よく見られます。
なかで、
「食べたいけれど、嚥下機能に
同様に、まだ咀嚼や嚥下機能が保た
問題があるために食べられない」
という人
れている人に対して、刻み食やミキサー
を何とかしたいという視点から、食支援
食を提供することで、食欲を低下させて
基本的に、パサパサしたもの、口の中
の方法を考えています。
しまうケースもあります。
で食塊を作りにくくバラバラになりやすい
重要なことは嚥下機能に問題を抱えて
以上のことを踏まえて、高齢者の食支
もの、硬いものは食べにくいと覚えてお
いる人のなかでも、比較的軽度の嚥下
援を考える際のポイントは、一人ひとり
きましょう。
障害患者に対しては、まず「おいしい」
「食
の食の好みを把握し、その人に合わせ
逆に、パサパサしておらず、口の中で
べやすい」という2点を念頭に置き、その
ておいしく食べやすい食事を提供できて
食塊を作りやすく、軟らかさがあって滑
人が食べられない原因を探して問題点
いるかどうかを見直すことではないで
りやすく、変形しやすいものは食べやす
を改善していくことです。
しょうか。
い食品です。
例えば嚥下障害のある高齢者にとっ
私の父には嚥下障害がありましたが、
例えば、野菜やパンを噛まずに丸のみ
て、パサパサした食感は食べにくいとい
刺身が大好きでした。実は、刺身は嚥
しようとすることは、とても難しいこと
う傾向があります。こうした人へ硬い生
下機能に多少問題があっても、食べや
です。しかし、咀嚼して口の中で唾液と
野菜等を出したとしても、十分に食べら
すい食形態です。また、薄味よりも、や
混ぜ、食塊を作ることで、飲み込みやす
れずに残してしまうことになり、結果とし
や味付けを濃くした方が、味覚を刺激し
くなります。クッキーやビスケット等は、
て、食事摂取量が少なくなってしまいま
て食べやすいこともあります。
咀嚼しても口の中でまとまりにくいため、
す。このように、嚥下機能の問題以前に
食形態だけではなく、食器の並べ方
水分がないと飲み込みにくい食品です。
食事内容に課題があるケースは、決して
を変えるだけでも、食べる人の意識がそ
また、湿り気のある食品は、咀嚼する
少なくありません。
こに集中しやすくなり、食事量が増すこ
とまとまりやすいのですが、食品に含ま
また、高齢 者に対する先入観から、
ともあります。また、普段の食器から華
れる水分が分離してのどに流れ込んで
魚中心で軟らかい食感の料理を揃えたメ
やいだ雰囲気の器に変える、スプーンよ
しまうものはむせやすいので、注意が必
ニューを考えてしまいがちですが、肉が
りも箸で食べた方が食が進むといった
要です。
好きな高齢者もいますので、魚を出すこ
場合もあります。
こうした点から、嚥下機能に問題の
とでそういった方の食欲を低下させてし
栄養を摂るだけではなく、食の好み
ある人にとって食べやすい食品の代表
まうというケースもあります。硬くて食べ
や、食べる環境にまで視点を広げるこ
は、ゼリーや適度なとろみを付けた食品
づらいイメージのある肉は、煮込むとと
とが大切です。
であり、最近では、軽度の嚥下障害患
■軽度の嚥下障害患者に対する食支援
市販の介護食も活用して豊かな食事に
2015 年 春・夏号
7
軽度嚥下障害患者を対象とした
から 食支援と嚥下体操
QOLの観点から
栄養を考える 第
25回
者に向けて、舌で押しつぶすだけで飲
み込みやすい形になる介護食も普及して
❶ 食べる前の準備体操
きています。
A
鼻から
吸う。
ゆっくり
口から
吐く。
お腹が
膨らむ
ように。
お腹に
手を
当てて、
お腹がへこむように。
は、従来の刻み食やミキサー食に比べる
味わいにも配慮がなされていますので、
おいしさや食べやすさという点でおすす
めです。食欲低下を防いで豊かな食生
活を維持するためにも、これらの市販さ
B
深呼吸
なかでも摂食回復支援食
(あいーと®)
と、料理としての見た目が保たれており、
毎食前に1セット実施(1∼2分)
目的:頸部の緊張を取り、嚥下をスムーズにする。
C
首を倒す
D
E
肩を上げ下げする
首を回す
両手を上げ、
軽く背伸びをする
れている介護食も上手に活用すると良い
でしょう。
■藤島式嚥下体操で簡単にできる
むせにくい体作り
嚥下障害の予備軍や軽度の嚥下障害
F
G
頰を膨らませたりすぼめたり
で脳血管疾患や神経疾患、がん等の既
ように強く吸って止め、
3つ数えて吐く
舌で左右の口角に触れる
2∼3回
繰り返す。
往症がない人には、藤島式嚥下体操を
H 息が喉に当たる
2∼3回
繰り返す。
おすすめしています。これはむせにくい
舌を
出したり
引いたり。
体作りを目的にしたもので、現場ですぐ
に活用してもらえる運動です。
まずはじめにご紹介するのは「食べる
前の準備体 操」
(図1❶)です。これは、
深呼吸から始め、首を回したり頰を膨
らませたりすぼめたりすることで 頸部
I
パパパ、ララララ、
カカカカと
ゆっくり
いう
にすることが目的で す。スポーツ前の
かかわる頸部や口、舌をリラックスさせ
深呼吸
鼻から
吸う。
ゆっくり
口から
吐く。
お腹に
手を
当てて、
お腹がへこむように。
お腹が
膨らむ
ように。
の緊 張をほぐし、嚥下機能をスムーズ
準 備運 動のようなイメージで、嚥 下に
J
図1 藤島式嚥下体操
てください。
行うことで、嚥下機能がスムーズになり
することで、喉につまったものを上手に
次にご紹介する「嚥下おでこ体操(ま
ます。
吐き出せるようになることを目的としてい
たは頭部拳上訓練)
」
(図1❷)
は、飲み
そのほか、
「発声訓練」
(図1❸)
や「ペッ
ます。
込むための筋肉を鍛える運動です。こ
トボトルブローイング」
(図1❹)
、
「アクティ
の体操は、座ったまま額に手を当てて
ブサイクル呼吸法」
(図1❺)
も併せて行
抵抗を加え、おへそをのぞき込むだけ
うと効果的です。
なので、誰でも簡単に、場所を選ばず
「アクティブサイクル呼吸法」は、慢性
藤島式嚥下体操は、1日最低 1 回、一
にできることが特長です。特に軽症の
呼吸器疾患の人が痰を出すために行う
連の体操動作を行うように指導します。
人には即時的な効果がありますので、
ものです。嚥下機能に問題のある人が、
それが 難しい場 合は、
「嚥下おでこ体
お茶を飲んで少しむせてしまったときな
むせたり食べ物をつまらせてしまったと
操」だけ、あるいは「ペットボトルブロー
どは、 その場で 1 回 5 秒、5セットほど
きに、強く息を吐き出したり、咳払いを
イング」だけでも良いので、食前に嚥下
8 Vol.11 No.1
■藤島式嚥下体操のポイント
日常的に行うことが大切
❶∼❺を毎日1セット実施(5∼10分)
❷ 嚥下おでこ体操(または頭部拳上訓練)
目的:嚥下筋力強化。
べることができる体を維持していくこと
を目的にしています。
頭部拳上訓練
私としては、この嚥下体操がラジオ体
仰臥位で肩を床に
付けたまま、頭だけを
つま先が見えるまで
できるだけ高く上げる。
操のように、広く皆さんに普及してくれる
ことを願っています。
■おいしく食べることを支える
嚥下おでこ体操
額に手を当てて抵抗を加え、
おへそをのぞきこむ。
食事場面の観察がケアの第一歩
臨床では高齢者の食事の様子等、実
❸ 発声訓練
目的:声門閉鎖の改善、
呼吸筋力強化訓練。
❹ ペットボトルブローイング
目的:嚥下改善、呼吸改善、
鼻咽腔閉鎖機能・口唇
閉鎖機能改善。
際の食事場面をしっかり観察することが
大切です。可能な限り食事場面に同席し
て、その人が実際にどのような食べ方を
しているのか、どういうものを食べ、ど
ういうものを残しているのかを観察しま
しょう。一気に大食いしている、同じも
カラオケでも
朗読でも良い。
なるべく
大きな声を出す。
のばかりを食べているなど、食べ方の癖
ペットボトルに
穴を開けて
ストローを指し、
ブクブクと吹く。
に注意を払うことで問題点が見えてくる
ものです。食支援は、まずここから始め
るべきだと考えています。観察から始
め、患 者・利用者や家 族と話をして、
❺ アクティブサイクル呼吸法
むせていたり、食べにくそうにしていても、
深呼吸
いつものことだと見過ごしがちです。そ
▲
▲
▲
▲
安静・呼吸
安静・呼吸
ハッフィング*
そのニーズを聞きましょう。
多くの場合、家族は患者や利用者が
▲
▲
安静・呼吸
咳
目的:咳嗽力強化、咽頭感覚改善。
*:ハッフィング ゆっくり深く息を吸っ
てハッハッと強く息を
吐き出す。
提供/藤島一郎先生
こで家族とは異なる第三者的な視点か
ら、医療や介護の専門職として食べる人
を観察すること、あるいは日常の様子や
食の好みを聞いてみることが重要です。
また、患者や利用者を観察する際には、
にかかわる筋肉や器官をリラックスさせ
いたところ、驚くほどの効果を上げてい
体重の増減にも注意を払ってください。
るために行ってもらうと良いでしょう。ま
ます。また、外来でも、この嚥下体操を
特に、体重の減少には十分に注意する
た、
「食前」
もしくは「10 時と15 時」
という
積極的に指導して習慣化してもらうこと
必要があります。
ように、時間を決めて行うこともポイント
で、多くの人に 2 ~3ヵ月で嚥下機能が
その上で、例えば 1回むせただけで、
の一つです。
改善するという効果を実感していただい
これを食べては駄目、あれも食べては駄
大切なのは、こうした簡単な体操を日
ています。
目と禁じてしまうのではなく、食形態を
常的に行うことで、飲み込みの動作に患
この嚥下体操は嚥下障害予備軍から
工夫したり、食べ方を変えてみたり、嚥
者・利用者、家族、ケア従事者を含む医
軽度嚥下障害患者を主な対象としていま
下体操をやってみるなどして、できるだ
療スタッフの意識を向けることです。
すが、日常的な習慣として行うことで、
け本人が食べたいもの、そしておいしい
これまで嚥下機能に問題を抱える数
嚥下機能や飲み込むための筋力の低下
と思うものを、楽しく食べていけるように
多くの人にこの嚥下体操を行っていただ
を予防し、いつまでも食事をおいしく食
支援していけると良いですね。
2015 年 春・夏号
9
読
者
が
行
く
!
施
設
訪
問
第
1回
自己選択・自己決定方式で、
生きる喜びを引き出す
夢のみずうみ村
夢
みずうみ村 山
山口デイサービスセンター
デイサ ビ
タ (山口県山口市)
相良美和子さん
今号から、読者が注目の施設を訪れてリポートをする新コーナーをスタートします。第1回
は、徹底した自己選択・自己決定方式の施設運営で知られる山口県山口市の通所介護事業所「夢
のみずうみ村 山口デイサービスセンター」です。要介護度の維持・改善が利用者の7割以上と
いう圧倒的な成果の高さが注目され、全国から見学者が訪れています。
今回の読者リポーターは、北九州市立総合療育センター地域支援室で小児のリハビリテー
ションに携わっている、理学療法士の相良美和子さんです。要介護度の改善の秘訣はどこに
あるのか、施設見学と施設理事長へのインタビューを通して、リポートをしていただきました。
企業に定年はあっても、人生に定年はない
一生、現役であり続けるための道場
藤原茂さん
藤原 茂 さん
夢のみずうみ村 代表/作業療法士
〈リポーター〉
相良 美和子 さん
北九州市立総合療育センター
地域支援室 理学療法士
必要以上に手出しをしない
引き算の介護で能力を引き出す
相良 まずは、施設を立ち上げた経緯についてお聞かせください。
相良 自己選択・自己決定方式とは、具体的にどのように行われ
藤原 手厚い介護がかえってその人の生活能力を奪うという矛盾
るのでしょうか。
を、目の当たりにしたことがきっかけでした。介護の現場では、
藤原 プログラムは200種類以上用意しています。
「陶芸教室」
「料
手早く、要領良く衣服を脱がせ、入浴を済ませることのできる人
理教室」
「プール」
「カジノ」
「カラオケ」
「新聞を読む」
「何もしない」
がプロとして称賛されがちです。しかし、実際には効率を求める
「ボーッとする」等と多種多様です。利用者は、朝9時過ぎに施設に
あまりに本人ができることにまで周りが手を出してしまっているの
来ると、その日の気分でやりたいメニューを選択し、それをホワイ
が現状です。そして、これが自立の妨げになっているのです。自
トボードに示します。何を選択するかは、あくまで本人次第です。
分のことは可能な限り自分自身でやり続けたいと思うのは、人間
施設で一般的に行われるような集団同時一斉方式は、ここには一
の本質です。リハビリテーション(以下、リハビリ)とは本来、その
切ありません。
ためにあるのであり、そういう本来の意味での自立
相良 プログラムの種類が多い割には、スタッフ
支援を提供できる施設を作りたいと考えたのです。
の人数が少ないという印象を受けました。どのよう
相良 法人の理念にも、そのことがよく表れてい
な人員体制を取られているのでしょうか。
ますね。
藤原 プログラムには大きく分けて教室と自由塾が
藤原 私たちは、人生の現役を目指して過ごしてい
あります。教室には必ず教える人が付きますが、そ
ただくことを理念に掲げています。
企業に定年はあっ
れは必ずしもスタッフである必要はなく、利用者の
ても、人生に定年はありません。ここは、いつまで
場合もあります。一方、自由塾に指導者はいません。
も現役であり続けようとする人のための、いわば道
ある意味、利用者の活躍に頼りながら、プログラム
場なのです。道場ということは、自ら求めてくる場
を運営しているのです。
所であって、預ける施設やレスパイトのための施設
夢のみずうみ村代表の藤原茂さん。
もう一つは、引き算の介護を実践していることも
ではありません。利用者の皆さんは自分の意志で通い、自分の意
大きいと思います。スタッフは、できないことは手伝いますが、で
志で思い思いに過ごしていただきます。それが、現役であり続ける
きると判断したら、一切手を出しません。結果的に、多くの人員を
ということなのです。
要することなく、介護保険の人員基準の範囲で運営できています。
もう一つの理念は、金子みすゞさんの詩の一節にある
「みんなち
また、人員配置については、職員の育成も見据えて“スター制度”
がって、みんないい」という言葉です。当施設は介護保険事業の
という独自の方法で行っています。スターとはリーダーのことで、
ほかに自立支援事業や就労支援事業にも取り組んでいますので、
その日のスタッフの業務分担を一手に引き受けます。非常に責任
利用者の年齢は小児から高齢者まで幅広く、病気や障害も様々で
のある仕事ですが、その役割をスタッフが1週間ごとに交代して行
す。だからこそ、
「人は違いがあってこそ素晴らしいんだ」
というメッ
うことにしています。新人でも半年間の見習い期間が終了すると、
セージを、この理念に込めています。
ベテランと同じようにスターの役割が巡ってきます。責任ある職務
10 Vol.10 No.1
Vol.11
をあえて多くのスタッフに任せることで、スタッフ全体のレベルの底
度は改善しているものの、家では施設でしていた通りには必ずしも
上げを図っています。
できないことが課題となっていました。どうして施設と家との間に
相良 施設内の環境も独特です。階段にはやや傾斜がついており、
ギャップが生まれるのでしょうか。そこには物理的な環境の違い
廊下には手すりがない代わりにタンスやソファー、テーブル等の物が
に加えて、見守りがないことへの不安、家族が過剰に介助してし
多く並んでいますね。これらは意図的に作っている環境なのでしょうか。
まうなどの問題が潜んでいます。このギャップを埋めるために始め
藤原 介護施設はバリアフリーにすることが一般的ですが、当施
たのが、宅配ビリテーションです。老人保健事業推進費等補助金
設ではあえて多くのバリアを設けています。バリアアリーの環境で
を受けて、平成23年度よりモデル事業として実施してきましたが、こ
す。家具を随所に置いているのも、
「one step one goods」環境と
れまでの取り組みを通じて、デイサービスのスタッフが自宅を訪問する
いって、足を一歩進めるごとに必ず体を支えるものがある環境を、
意義は、非常に大きいと感じています。
意図的に作りだしています。
例えば、施設の入浴介助を通して自立して入浴ができるように
一方で、手すりは設けていません。手すりがあると握ってしまい
なった利用者が、今度は自宅でも入浴したいと希望されたので、
ますので、上肢の力に依存してしまい、かえって転倒のリスクが高
スタッフが訪問したケースがありました。なじみのスタッフが自宅
まるからです。あくまで二本足のバランスで移動を可能にすることを
の浴室で改めて入浴介助をしてみると、新たな課題が見えてきま
重視しています。また、タンス等の家具に寄りかかって歩く方法を
す。そこで、今度は再び施設で入浴する際に、自宅の浴室を想定
体得することも、自宅で過ごしやすくしていただくことにつながります。
しながら反復練習を実施するようになりました。こうして、実生活
相良 スタッフが利用者一人ひとりの能力をしっかりと把握するこ
に直結したリハビリを施設で行うことを可能にしていきました。
とも重要だと思いますが、そのための情報共有はどのように行っ
本人も、
「自宅でも入浴できるようになりたい」
という明確な目標が
ているのでしょうか。
できるので、リハビリへの意欲が向上します。これはまさに、人生
藤原 月4回の会議でスタッフ同士の情報交換、情報共有を行っ
の現役を目指すことをスローガンにしている当施設の根幹となり得
ています。しかし、それだけで利用者の状態を十分に把握するこ
る事業ですので、これからも力を注いでいきたいと考えています。
とはできません。そこで私たちは、ITを使った独自の評価法を新
相良 最後に、今後の課題と展望についてお聞かせください。
たに開発し、それをスタッフ間で共有しています。
藤原 日々感じている課題の一つが、家族のリハビリに対する理解
それは、3つの運動機能
(命を支える力、動きを支える力、周囲
が乏しい場合があることです。当施設では移動する能力を引き出
を感知する力)
と、5つの精神機能(生きようとする力、自分らしさ
すことに重点を置いていますが、
「転倒して骨折されては困るから」
を保つ力、わかる力、考える力、人とかかわる力)を、ICF(国際
という理由でそれを拒む家族が少なくないのです。行きたい場所
生活機能分類)
の評価項目に則って評価するものです。自己チェッ
に自力で行けることは人間の行動の原点です。リハビリはそのために
クリストで基本動作とADL、IADLをチェックし、さらに本人に目
あることを、私たちは専門職として伝えていかなければなりません。
標を選択してもらうことで、推薦メニューが自動的に表示されます。
ところが肝心のセラピストも、このリハビリの原点を理解してい
もちろん、それを実際に行うかどうかは本人次第ですが、利用者
ないと感じることが多くあります。リハビリは生活能力を取り戻す
の状態を把握して、その能力や目的にあったプログラムをパソコン
ための手段に過ぎないのですが、それを目的と取り違え、生活期
上で導き出せるシステムを使っています。
になっても急性期と同じような機能訓練を延々と続けているので
リハビリは目的ではなく、あくまで
生活能力を獲得するための手段
相良 厚生労働省のモデル事業として展開されてきた、
「宅配ビリ
す。いわゆる“リハビリ漬け”
といわれる状態です。
今、デイサービスの質の低下は深刻だと考えています。私たちは、
夢のみずうみ村のフランチャイズ展開を進めていますが、それは質
の低下に歯止めをかけて、利用者が主体性を持って生きるための
テーション」
についてお聞かせください。
支援をもっとスタンダードにしていかなければならないという、切な
藤原 これは
「宅配」と
「リハビリテーション」を合わせた造語です。
る思いからです。
当施設のリハビリで得た効果を様々な形のお土産として自宅に持
私たちの仕事は、
「どんなに不便な状態にあっても、生活に支
ち帰っていただくことをコンセプトにしています。例えば陶芸教室
障がない状態を作っていく」ことに尽きます。その結果として、利
で作った茶碗、料理教室で身に付けた片麻痺の人でも安全な調
用者が本当に生きる喜びを感じているかどうか、私たちは改めて、
理方法、手作りのパン等、いろいろなものを持ち帰っていただき
自らに問い直す必要があるのではないでしょうか。
ます。そして最も大切なのは、ここで獲得した能力を持ち帰り、
家でも生かしていただくことです。施設で得た能力を、施設の外
でも生かして欲しいと考えています。
そもそも、施設でのリハビリの成果が在宅で生かされていない
ことは、以前から指摘されてきたことです。当施設でも、要介護
《施 設 デ ー タ》
●住 所:山口県山口市中尾木乃787-1
●理 事 長:藤原茂
●スタッフ概要:介護支援専門員2名、介護福祉士8名、社会福祉士2名、
社会福祉主事2名、看護師および准看護師4名、ケアワーカー6名、
あん摩マッサージ指圧師1名、作業療法士3名、言語聴覚士1名
●利 用 者 概 要:約350名/月
年年
春・春号
夏号
2015
2014
11
読
者
が
行
く
!
施
設
訪
問
第
1回
人の意欲を大いに刺激する
《リポーター》
相良美和子さん
はずです。ユニークな仕掛け
北九州市立総合療育センター地域支援室
理学療法士
としては、施設内のあちこち
にクイズが貼り出されていて、
正解すると施設内のみ有効
どこまでも本人を尊重する姿勢が、
自発的な行動を引き出す
な仮想通貨
「ユーメ」が貯ま
るというものでした。壁のあ
ちらこちらに貼られているため、
「ユーメ」
を得るには、施設
内を動き回らなければなりません。また、血圧測定をすると
「ユーメ」がもらえるなど、健康意識を高めたり、施設内で
生活能力を引き出す仕掛けが随所に
の自発的な行動を引き出すこれらの仕掛けが、リハビリへ
今回の施設見学では、夢のみずうみ村の利用者の南 清
の意欲を引き出し、要介護度の改善という具体的な成果
人さんが水先案内人となって、施設を案内してくださいまし
に結びついているのではないかと思います。
た。要介護度の改善を可能にする秘訣はどこにあるのかを
知りたくて見学させていただきましたが、まず目を引いたの
手すりのない長い廊下。廊下の片側には机やソファー、
タンス等が並んでいる。これらの家具を伝って歩く人、
もう一方の壁に寄りかかりながら歩く人と、それぞれ
の身体機能に合わせて移動をする。料理教室等のプロ
グラムを選択すると、必然的に長い廊下を歩きながら
移動することになる。
タンス街道。ロッカー代わりに、利用者ごとにタンス
の引き出しが割り当てられている。高い引き出し、低
い引き出しを開け閉めするのもリハビリの一環。
人生を楽しむことにつながるような支援を
は、建物内の様々
支援というのは、足し算をすれば切りがありません。安
な仕掛けです。
全を考えると、つい本人にできることでも手を出したくなっ
例えば、プログラ
てしまうものです。それを、あえて本人に実践させることが
ムに参加するには、
できるのは、スタッフに、リスクを背負う覚悟があるからで
その場所まで移動
はないでしょうか。
する必要があります
藤原代表からは、最近は機能訓練が目的化しているよう
が、途中に坂道や階
だとの指摘もありました。小児を専門とする私たちの施設
段が設けられていて、
でも、そのことを非常に問題視していることから、
「家庭生
そこを通らなければ
活を想定し、そのなかで生かせるような支援を行うこと」を
目的の場所にたど
理念に掲げています。ただし、成人と小児では少し違いが
り着けない 構造に
あります。成人の場合は、本人がどう生きたいかに重点を
なっています。随所
置きますが、小児の場合は、家族がその子を抱えてどんな
に置かれている家具
人生を送っていきたいのか、ということが重要になってきま
にも統一性はなく、
す。夢のみずうみ村でのリハビリは、生きることを楽しむこ
椅子やテーブルは、
とに軸足が置かれていました。同じように私たちも、家族
高さも形状もバラバ
がお子さんとの時間を少しでも幸福に過ごせるような支援
ラです。利用者がそ
の在り方を、これからも模索していく必要がありそうです。
れぞれ 異なる環 境
一人ひとりに違
で暮らしていること
う 暮 らし が あり、
を考えて、あえてバリエーションを持たせているようです。
家庭ごとに文化が
スタッフの人数が少なく見えたのも、一つの仕掛けとい
あります。何よりも、
えそうです。というのも、ここではスタッフがあまり前面に
その人を尊重する
出てこないという印象を受けました。あくまで利用者の自
という確固たる信
主性を尊重するためです。スタッフには、
念があるからこそ、
基本的には見守りに徹し、必要なときだ
必要以上の支援をしないとい
けサッと手を差し伸べるという“引き算の
う姿勢を貫けるのでしょう。
介護”
が徹底されていました。だからこそ、
まずは、相手をありのままに
スタッフが少ないという印象を持ったのだ
受け入れて、そこから、その
と思います。
人が人生を謳歌するために必
さらには、利用者のモチベーションを高
要な支援とは何かを考えてい
めるための仕掛けも、工夫に満ちて用意さ
れていました。教室で指導を任されたり、
施設の案内役を任されるのも、利用者本
12 施設内にある温水プール。床が平らでは
ない場所があるなど、リハビリのための
工夫が凝らされている。
Vol.11 No.1
くことで、リハビリの本来の
見学風景。施設を案内してくれた利用者の南清人さん(写真上:中央/
写真下:左)
は、施設内の隅々までを知り尽くす。案内人役は5年に及ぶ
ベテランで、笑いも交えて解説してくれる。
目的に近づいていけるのかも
しれません。
在
こ
宅
ぼ
れ
話
川越 正平 先生
あおぞら診療所 院長
〈第❶回〉
第❹回
救急隊からの「一本の電話」
それは、救急隊からかかってきた「一本の電話」から始
調症を患っていることを知らされた。
まった。
腎前性腎不全や認知症は間違いない状況だったが、
「呼びかけに応答がない」という救急隊からの要請を
それ以上の詳細はわからずじまいだった。1日500mLの
受けて出動したものの、現地に到着してみると、当の本
輸液を継続するなかで、乏尿の改善が見られ、一時は
人が「入院は死んでも嫌だ」
と言い張っている。2 時間に
栄養剤のみならず、茶碗に半分程度の粥を口にするよう
わたり搬送への同意を促すも納得しない。息子が一緒に
になった。笑顔も見られ、息子はとても喜んだ。その後、
説得を試みたが強く拒否され、どうにも埒が明かないと
浮腫の出現が見られたが、クレアチニンは2.5mg/dL以下
の相談だった。面食らいつつも、十分に役割を果たした
には改善せず、もともと慢性腎臓病が存在していたのだ
労をねぎらい、救急隊には引き上げてもらった。
ろう。その後、再び経口摂取が難しくなり、意識の混濁、
往診したところ、一見して極度のるいそう状態にあっ
下血等のエピソードも重なり、最終的に在宅看取りに至っ
た。95歳 男性、 推定で身長150cm、 体 重30kg(推定
たが、穏やかな最期だった。
BMI13. 3)
。舌口腔の乾燥著しく、残歯や残根の周囲に
この間に、
「心配なのでどうしても入院させてほしい」と
は著しい歯周病を認めた。62歳の息子と二人暮らし。聞け
いう県外在住の娘からの要請、その夫からの「救急車を
ば、2年前に妻が死去してから、食生活が不規則になった
呼んではいけないとは何事か」
という苦情まがいの電話な
様子。スーパーで息子が購入してきたパンやお総菜を食べ
ど、ありきたりの展開をもいなしつつ、本人の尊厳を重視す
る生活を送っていた(蛋白質や脂質の摂取は少量にとど
る対応を心掛けた。当院で地域医療研修を行っていた
まっていた可能性が高い)
。その後、さらに摂取量が少な
研修医には、
「医師としての価値観を揺さぶられる忘れが
くなり、最近は1日に1~2回、数口ずつ口にするだけになっ
たい経験になった」
と言わしめた。我々にとっても、人の生
ていたらしい。このまま放置すると、原因によらず命にかか
き様を尊重しつつ、回復可能性を吟味し、生活の質改善
わる危険性が高い旨を説明すると、
「死ぬようなことがあっ
や苦痛の緩和を目指し、家族の物語を紡ぐ、そんな介入に
ては困る」と息子はおろおろするばかり。どうにか採血と
こそ在宅の本質があると改めて振り返る機会となった。
皮下輸液のみ納得してもらい、いったん辞去した。
「何度も生き返る父から、生きる勇気をもらいました」とい
採血の結果は、尿素窒素106mg/dL、クレアチニン
う看取り後の息子の言葉に、我々の苦労も癒やされた。
4.0 mg/dL、カリウム7. 2 mEq/Lと、すべて基準値を超え
きっかけとなった電話を思い立った救急隊員に感謝し
る数字であった。全経過24日間に、都合 3回の血液検査、
たい。なぜ救急隊が往診要請を思いついたのかという
皮下輸液の継続、ビタミンB 1の補充、経腸栄養剤の経口
野暮な解説は誌面の都合から控えさせていただくが、
摂取推奨、エコー評価、口腔ケア、排泄ケア等の介入
地域包括ケアという抽象的な政策用語をかみ砕く、地域
を行った。後日、同居している息子から、自身が統合失
を耕す活動が今、求められている。
2015 年 春・夏号
13
フ ォ ー ラ ム
在宅療養高齢者の栄養管理のポイント
∼Oral Nutritional Supplementsの有用性を考える∼
………………………………………… 近畿中央病院第一外科 部長
飯島 正平 先生
●●●●●●
国立長寿医療研究センターが2012年に行った日本初の大規模調査
「在宅療養患者の摂食状況・栄養状態の把握に関する調査研究」に
おいて、在宅療養高齢者の約8割に低栄養または低栄養のおそれが
あるという現状が明らかになりました。こうした高齢者への簡便な栄
養補給方法として、Oral Nutritional Supplements(ONS)が
あり、近年、その有用性について注目が高まっています。そこで日
本静脈経腸栄養学会理事の飯島正平先生に、在宅療養高齢者の低
栄養や脱水を疑うポイント、その対応として注目されるONSの有用
性について、解説をいただきました。
低栄養を発見するための
体重測定や採血のポイント
高齢者の低栄養を早期に発見するためには、継続的に体重
を測定することが重要です。しかし普通の家庭には、寝たきり
の頻度でも良いでしょう。こうした頻度で長期的に栄養状態を確
そこで、もし高齢者がショートステイや訪問入浴介護等のサー
認し、患者の栄養状態の変動を早期に捉えることが大切です。
ビスを利用している場合は、その機会に体重を記録することを
おすすめします。特に入浴サービスの際は、褥瘡や浮腫等の身
体所見についても観察する良い機会です。
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高齢者の体重を簡単に測定できる器具がありません。
摂取エネルギー量の把握と
その過不足を判断することが重要
さらに可能であれば、栄養状態の指標の一つとなる上腕周
患者に必要な1日のエネルギー量は、体重当たりで計算する
囲長も測定できると良いでしょう。上腕周囲長測定による栄養
ことが一般的です。最近では、性別、年齢、身長の因子を加
状態の評価は血液検査に比較すると精度は劣りますが、採血
味することで、より信頼性のある数字となるHarris-Benedictの
する必要がないため患者への負担が少なく、在宅でも比較的簡
式を利用する施設が増えています。ただしこの計算式では、在
単にできる評価方法です。なお、体重測定と同様に、上腕周
宅療養高齢者にとって、かなり多めのエネルギー量が算出され
囲長の測定も継続して行うことが大切です。また、可能な限り
ることがあります。大切なのは、こうした教科書的な試算による
同じ人が継続して測定することで、測定時の誤差が減り、再現
数値は絶対的ではなく、あくまで目安であるということです。在
性が安定することも覚えておきましょう。
宅の現場において重要なのは、一人ひとりの摂取エネルギー量
血液検査による栄養状態の評価で気を付けて欲しいのは、
の把握と過不足を判断することであり、必要に応じて栄養評価
それがどのような状態で採血された血液データなのかという点
をし、判断を繰り返すことなのです。
です。発熱時に血液検査をするケースがよくありますが、このよ
在宅療養高齢者については、まず栄養状態を把握すること
うな体調不良時の数値は栄養指標として使うことができません。
から始めましょう。摂取エネルギー量については、細かい数字
なぜなら、発熱しているということは何らかの炎症があるという
を追いかける必要はありません。下二桁の数字は気にせず、約
ことですので、一般的に栄養状態の指標として着目されるアル
1,300kcal等と大まかな値を把握できれば十分です。その上で、
ブミン等は栄養指標とはならないからです。つまり、患者が安
継続的に栄養状態の推移を見ながら、
「少し摂取エネルギー量
定した状態のときに、計画的・経時的に測定した血液検査の
が少なくなってきたかな」
ということがわかれば、当分の間は摂
データで栄養状態を評価することが大切なのです。
取エネルギー量を約2割増やしましょう。その後に改めて栄養
では、どれくらいの頻度で継続的に検査をすれば良いかとい
状態の評価を繰り返すことで、在宅でも比較的容易に栄養管
うと、時々熱が出る、体重の変動が激しい、食事摂取量にむらが
理ができるのではないでしょうか。
ある、拒食傾向があるというように栄養状態に変動がありそう
ポイントは、在宅療養高齢者がどれだけの栄養を摂取している
な患者では、毎月採血をして栄養状態を評価しても構いません。
のかを適切に把握することです。実際には、食事摂取量にむらの
逆に、栄養状態が比較的安定している患者であれば、半年に1度
ある高齢者は少なくありません。そのような場合、1日の食事量だ
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在宅療養高齢者の栄養管理のポイント
けで適切な栄養評価をすることはできません。
患者の状態や気分によって、食欲の有無は変動
するものだからです。できれば1週間程度の期間
で考えて、1日平均の摂取エネルギー量を把握す
るようにしましょう。1週間にわたる評価が難しい
のであれば、3~4日の平均でも構いません。
水分の必要摂取量についても、体重をもと
に計算します。一般的に65歳以上の高齢者の
場合、最低限25mL/kg/日の水分が必要なこ
とを覚えておきましょう。例えば体重40kgの人
であれば、1日1Lです。
在宅で患者の水分摂取の状態を評価する方
(1)体重も栄養状態も長期的に確認し、変動を早期に見つけること!
・ショートステイや入浴サービスを利用して継続的に体重を測定しましょう。
・在宅で簡便にできる上腕周囲長の測定は定期的に行いましょう。
・誤差を減らすために、測定は可能な限り同じ人が行いましょう。
・血液検査は、状態が安定しているときの数値を指標にしましょう。
(例えば、変動がありそうなら毎月、安定していれば半年ごとの頻度)
(2)栄養状態を把握し、栄養評価と判断を繰り返すこと!
・1日の摂取エネルギー量は、1週間程度の期間の平均で把握しましょう。
・1日に必要な水分量は、25mL/kg/日を最低限の目安としましょう。
・手の甲の皮膚をつまみ、皮膚がすぐに戻らない場合は脱水を疑いましょう。
・脈拍が早い、尿量が減少した場合も脱水を疑いましょう。
(3)ONSを有効活用するポイント!
・経腸栄養剤を飲むことを習慣にしてもらいましょう。
・ONSを継続できるように、嗜好に合わせて経腸栄養剤の味を選択しましょう。
・ONS導入1ヵ月後に血液検査をして、以前の検査値と比較しながら栄養状態
を評価しましょう。
法の一つに、皮膚状態の観察があります。水
分量の多い赤ちゃんは、手の甲の皮膚をつまんでも、すぐに元
コーンスープ味等も出ていますので、患者の好みを考えて選択
すると良いでしょう。
しかし、経腸栄養剤の選択において、味を優先して選ぶと
これが脱水状態のサインです。また脈拍が普段よりも速くなっ
患者にとって必要な栄養組成が偏ってしまう場合があります。
ていたり、尿量が減っていることも脱水状態の兆候です。
パッケージに表示されている組成を必ず確認しておきましょう。
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の状態に戻ります。しかし脱水状態の人は、手の甲の皮膚をつ
まむと、つまみ上げた皮膚がしばらくそのままの状態となります。
ONSを取り入れて
栄養状態悪化のタイミングを逃さない
特に蛋白質は過剰に摂取すると腎臓に障害を起こすことがあり
ますので、摂り過ぎには注意してください。
在宅の現場で問題となるのは、患者が栄養不足になってから
欧 州臨床栄養 代謝 学会(ESPEN)
の定 義によれば、Oral
経腸栄養剤をすすめても、実際にはなかなか飲んでくれないこ
Nutritional Supplements
(ONS)
は、
「通常の食事に加え、特別
とでしょう。特に高齢者は、
習慣にない飲食物を体調が悪くなっ
に医学的な目的のある食物の付加的な経口摂取」とされていま
てから突然すすめたとしても、まず飲んではくれません。そのた
す。国内でも、少しずつONSに対する認知が広がってきています。
め、ONSの必要がありそうな患者に対しては、あらかじめ飲む
在宅におけるONSの一番のメリットは、患者が食べられなく
ことを習慣にしてもらい、普段から経腸栄養剤の味に慣れてお
なったときに、比較的効率よく栄養を摂取できる経腸栄養剤を、
いてもらうことが大切です。
あらかじめ決めておけるということでしょう。栄養が不足している
経腸栄養剤を付加した食事を導入した場合は、1ヵ月後に血
場合、これまでは「とにかく食べてください」
というような曖昧な指
液検査をして、それ以前の検査結果と比較しながら患者の栄
示や対応になりがちでしたが、ONSの考えにより、薬を投与する
養状態を評価することも忘れてはなりません。
ようなイメージで、経腸栄養剤によって補おうということになります。
在宅で療養生活を送っている高齢者は、栄養状態の悪化を
実際に患者に飲んでもらう際の注意点としては、事前に患者
防ぐタイミングを逸してしまうと、元の状態に戻すためには大変
の嗜好を把握しておくことが肝心です。お酒好きの人に甘い味
な努力が必要です。転ばぬ先の杖として、ONSのような栄養療
のものをすすめても、なかなか飲んでもらえません。最近では
法を上手に取り入れていただければと思います。
Run&Up̶ランナップ̶
地域に暮らす人たちの健やかな暮らしを守るために、日々颯爽と街をゆく──。
そんな訪問看護師のみなさんのさわやかなイメージを言葉にしました。
表紙のことば
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表紙「月を見上げて」
太陽が沈んだあと、
みんなを見守るのはお月さまの仕事です。
ふと気づくと、まっしろなアザラシがにっこり。
「一緒に遊ぼうよ」
と、
お月さまに笑いかけました。
◎Run&Upの表紙には、
知的障害者施設を運営する社会福祉法人共生社
の「あじさいアート」
を使用しています。
〈あじさいアートのお問い合わせ先〉
社会福祉法人共生社 あじさい学園 TEL.0280-48-0431
E-mail : [email protected]
社会福祉法人共生社ホームページ
http: //www.kyoseisha.or.jp/
●「Run &Up」情報サイトのご案内
「Run&Up」バックナンバーを、近日ウェブサイトに公開予定です。
在宅ケアに関する情報が満載です。ぜひご覧ください。
(敬称略/五十音順)
●編集顧問
太田 秀樹 医療法人アスムス 理事長
川越 正平 あおぞら診療所 院長
●編集アドバイザー
佐々木静枝 社会福祉法人世田谷区社会福祉事業団 看護師特別参与
●編集委員
乙坂 佳代 一般社団法人横浜市港北区医師会 港北区医師会ケアマネジメントステーション 管理者
角田 直枝 茨城県立中央病院・茨城県地域がんセンター 看護局長
白井由里子 八幡医師会訪問看護ステーション 管理者
当間 麻子 一般社団法人在宅医療推進会 代表理事
Run&Up編集部
(FAX:03-3835-3040)
まで、ご意見、ご質問をお待ちしています。
2015 年 春・夏号
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