講議資料 - 放射線遺伝学教室

生物学から見た放射線および電離放射線と物質との相互作用 2002年1月9日(III、IV)
電離放射線は、ごくわずかのエネルギーで生体を死
に至らしめる(図参照)。これは電離放射線が生体の
内部に侵入して、生命の根源であるDNAを効率良く切
断するからである。もちろんDNAは非常に小さい分子
であるので、切断するには電離放射線がもたらすごく
微量の電離エネルギーがあれば良い。電離放射線は、
われわれの五感で感じることができないため生体に思
い掛けない危険をもたらす場合があると同時に、古く
から医療の分野で診断と治療に頻繁に用いられてい
る。今回は、電離作用を引き起こす放射線の種類、物
質や水との相互作用を学び、生物作用(DNA切断)が
おこる原理を理解する。また、放射線の量/強さの単
位と防護のための単位を学ぶ。
1.放射線の種類 電離作用が生物学的作用の本質であるので、電離をする
ものだけを電離放射線としてここで扱う。紫外線は軌道
電子の励起までしか起こさないが、紫外線より高いエネ
ルギーをもつすべての電磁波は軌道電子を弾き飛ばし電
離作用を示す。また粒子線、α線(ヘリウムの原子
核)、β線(電子線)、中性子線はすべて電離放射線で
ある。X線は加速電子が原子に衝突する時に発生し(そ
の主要なものは制動x線と呼ばれる)、α、β、γ線は
不安定な原子核が安定になる時(崩壊に伴って)原子核
から直接放出される。
2.電離放射線と物質の相互作用
電離放射線は、物質内での直進性、透過性、引き起こす電離密度において各々異なった性質を示す。α線は電荷を持ち質量が大きいた
め、密に電離を引き起こしながら直進するが透過力は弱く、皮膚の表面でとまる。β線は電荷を持ち質量が小さいため、原子核や原子の
軌道電子と頻繁に相互作用しながらジグザグに進む。透過力は弱い。γ線は電磁波で電荷を持たないため、透過性は非常に高く直進す
る。原子核や原子の軌道電子と相互作用しながら、電離を引き起こし、徐々にエネルギーを失う。すべての荷電粒子、γ線、X線が、物
質中を通過中に失ったほとんどのエネルギーは、電子の電離や励起を引き起こしながら、最終的には熱エネルギーの形で物質に与えられ
る
3.電離放射線と水の相互作用
電離放射線は、生体内に多量に含まれる水と相互作用し、電離/励起を引き起こす。その結果、非常に反応性に富むラジカルとよばれる
分子が発生する。このラジカルは直接的または間接的にDNAを攻撃し、DNA鎖の修飾、切断を引き起こす。その中でも重要なものは、
DNA2本鎖が同時に障害される2重鎖切断とよばれるもので、これは1つでも未修復のまま残ると細胞は生存できない。しかしながら、
生体は日常的に発生するDNA損傷を完全になおせる修復系を持っており、少量の放射線(自然放射線など)を浴びても全く問題ない。自
身が持つ修復能以上の電離放射線を浴びた場合は、DNA損傷(特に2重鎖切断)を完全に修復できない。この場合、2重鎖切断を持った
細胞は、最終的に積極的に自殺するか(アポトーシス)、次の分裂時に異常を来して死亡する。一方、修復に伴いある頻度で修復の間違い
が生じる。これが遺伝情報としてそのままのこると、将来発癌や遺伝的障害の素因となる。
4.電離放射線の生物学的作用から見た強さ
電離放射線は、その種類により生体に重大な影響をもたらすものから、ほとんど影響を与えないものまである。この違いは、電離放射線
が引き起こす電離の密度によりもたらされる。電離密度をあらわす指標として、LETという値が用いられる。大きい電荷を持つ粒子ほど、
また同じ種類の粒子ならそのエネルギー(飛ぶ速度)が低いほど、周囲の電子と相互作用をおこす結果、密に電離をおこし、高いLET値を
示す。また一方、本来の生物学的な効果を指標として、同じ線量の異なる放射線の生物学的効果(強さ)を比較するものとして、RBEがあ
る。RBEはおおまかにLETに比例するが、正確には一致しない。
5.電離放射線に関する量と単位
電離放射線はその量をあらわす方法として、治療や診断の面から正確に測定するものと、また防護の立場から考えられたおおまかな測定
法がある。放射線の物理的強さは、その線源から出る放射線の数と一本の放射線が持つエネルギーの2つによって決定される。前者は、原
子核が単位時間内に崩壊する量の比例し、一秒間の崩壊数はベクレル(Bq)とよばれる。またエネルギーは、電磁波では振動数に比例
し、荷電粒子ではその飛ぶ速度に比例する。放射線が電離をおこすことを利用して、通過した空気中の電離量を測定したものが照射線量と
よばれるもので、レントゲン(R)であらわされる。いっぽう、物質に吸収された放射線のエネルギーを測定したものは、吸収線量とよば
れ、グレイ(Gy)という単位であらわされる。昔は、照射線量がよく用いられていたが、現在では被曝の効果がより正確な吸収線量に置き
換わりつつある。また、LETは電離密度と比例し、RBEは生物学的効果と比例する単位である。放射線防護の立場からは、飛んでくる種々
のエネルギーの異なる放射線別々に評価するのは不可能なので、吸収線量に線質計数(QF;γ線1、中性子10、α線20など)をかけ
て、その被曝の危険度を推定している。
放射線の分類II(発生の由来による)
1.放射線とは
①放射性元素の崩壊に伴って放出される粒子線または電磁波。アルファ線・べ-夕線・ガンマ線の三種
をいうが、それらと同じ程度のエネルギーをもつ粒子線・宇宙線も含める。アルファ線はヘリウム
の原子核、ベータ線は電子または陽電子から成る粒子線、ガンマ線は非常に波長が短い電磁波。い
ずれも気体を電離し、写真作用・蛍光作用を示す。1896年ベクレルにより、ウラン化合物から発見
された。②広義には種々の粒子線および電磁波の総称。(広辞苑一第五版一)
放射線の分類I(物理的性質)
電離能力
低エネルギー 電波 ー
電磁波 可視光線 ー
紫外線 ー
高エネルギー X線 +
γ線 +
粒子線 α線(ヘリウムの原子核) +
β線(電子線) +
中性子線 +
☞健康に影響を与える能力による分類
この点から見て注目すべきは放射線の電離
能力である。電離(英語の直訳で「イオン
化」ともいう)では、何らかの原因で原子
や分子から電子がはぎ取られ、陰陽一対の
イオンができる。陰イオンはばき取られた
電子1が他の原子や分子に結びついたもの
一であり、陽イオンは残った原子や分子で
ある。放射線が生物に影響を与える1番最
初のイベントは、生体をつくっている分子
を電離することで、あらゆる生物影響はそ
こから出発する。
1.電気的エネルギー(電子と原子の相互作用)によるもの(X線)
2.原子核の放射性崩壊によるもの(粒子(αβ)線、γ線)
1.加速電子線の物質への衝突によるもの(X線)
2.不安定な原子核からのα、β、γ線の発生
崩壊様式 放出 原子番号
放射線 質量数の変化
α崩壊 α線 Z→Zー2(a)
A→A−4
β崩壊
βー崩壊 β線 Z→Z+1(b、d)
X線管によるX線の発生原理
A→A
β+崩壊 β線 Z→Zー1(c)
A→A
電子捕獲 ー Z→Zー1(d)
(X線) A→A
電磁波(光子)の分類
非電離放射線
(電離作用なし)
*励起作用あり
電離放射線
(電離作用あり)
α線
β線
☞電離と励起および光の放出
☞X線とγ線の違い
X線
γ線
これよりエネルギー準位
が高いと電離する
原子核外由来
原子核内由来
γ線
質量数 226
原子番号 88
(陽子数)
Ra
Rn
222
86
γ線と物質の相互作用
2. 放射線と物質の相互作用
α線と物質の相互作用
1.
2.
直進
透過力強い
粗に電離をおこす
電荷0 質量なし
(2次電子)
3.
ジグザグ運動
透過力弱い
粗に電離をおこす
電荷1 質量小
電子の発生、移動に
伴い電離がおこる
直進
透過力極めて弱い
密に電離をおこす
電荷2 質量大
直進
透過力強い
密に電離をおこす
電荷0 質量中
β線と物質の相互作用
(加速電子と物質の相互作用a-dと同じ)
中性子線と物質の相互作用
3. 放射線と生物(水)の相互作用
放射線による水中でのラジカル生成
ラジカルによるDNAの損傷
放射線によるDNA障害が生体におよぼす影響
元通りに修復
健康
間違って修復
発癌
次世代への遺伝的影響
修復
DNA損傷
(2重鎖切断)
少量
修復不能
アポトーシス
(細胞の自殺)
多量
健康
組織の破壊
死亡
4. 放射線の生物学的作用から見た強さ
生物学的効果比(relative biological effect:RBE)
線エネルギー付与(linear energy transfer:LET)
電離放射線が生体にエネルギーを与えると電離と励起とが起こるが、それらはまったく任意に分
布するのではなく、個々の電離粒子の飛跡にそって分布する。その分布の仕方は放射線の種類によ
り異なる。たとえば、X線光子は速い電子一電荷が1つで質量も小さな粒子一を生じ、中性子は反跳
陽子一電荷は同じく1つだが量は電子の約2OOO倍もある粒子一を生じる。α粒子はそれ自体が2荷
の電荷を持ち質量が陽子の4倍で、電荷と質量の比は電子に対するより8000倍も異なる。その結
果、異なる粒子により生じる電離の空間分布も実にまちまちである。このことを図9-1に示すが、
その背景になっているのはヒト肝細胞の電子顕微鏡像で、白い点はコンピュータでシミュレートし
た電離点である。一番下の飛跡は診断用X線光子により生じる低エネルギー電子を表す。第一次の
電離は相当の距離をおいて起こっており、それゆえX線は粗に電離を起こすsparsely ionizingとい
われる。下から2番目に示す飛跡は、より粗に電離を起こすコバルト60-γ線光子による電離を表し
ている。ある1つの粒子をとれば、そのエネルギーが上がるほど、電離密度は粗になる。下から3番
目の飛跡は、原子炉からの核分裂中性子によると思われる陽子を表すが、電離が柱のように密に起
こっており、それゆえこの放射線は密に電離を起こすdensely ionizingといわれる。最も上に示す
飛跡は放射線治療に用いられる高エネルギー中性子により生じる10MeV陽子のものである。
線エネルギー付与LinearEnergyTransfer(LET)とはZirkleにより提唱
されたもので、飛跡の単位長さあたりに付与されるエネルギーのことで
ある。通常、密度1の物質1ミクロンあたり何キロ・エレクトロン・ボル
ト(KeV/μm)かで表す。体内における荷電粒子のLinear Energy
Transfer(L) とはdE/dLの商で、ここでdEとは特定のエネルギーを持っ
た荷電粒子がdLの距離を通過する時、体に与える平均エネルギーであ
る。したがって次式で表される。
L=dE/dL
これは光子、粒子を含む種々の放射線の質を示すのに簡単かつナイーブ
な方法として用いることができる。通常使用されている放射線の典型的
なLETを表9-1に示している。気のつくことは、ある種の荷電粒子では
エネルギーが高いほど、LETが低く、したがって、その生物学的効果も
低くなることである。たとえば、γ線もX線も第二次送電子を生じるが
ゆえに、1.1MeVコバルトー60γ線は250kVX線よりLETが低く生物学
的効果も10%低い。同じように150MeV陽子は一10MeV陽子よりLET
が低く、それゆえ生物学的効果も少ない。
10MeV陽子線
核
0.5MeV陽子線
1MeV電子線
5keV電子線
RBEとLETとの関係
RBEをLETに対しプロットしたものが図9-6である。LETが増すにつれ
RBEは最初は徐々に、LETが10KeV/μm以上になると急速に大きくな
る。そして10-100KeV/μmでLETが大きくなるにつれRBEは急速に大
きくなり、100KeV/μmでほぼ最高となり、それ以上になるとRBEは逆
に小さくなってくる。
粒子の電荷が大きいほど
また同じ粒子ならエネルギーが低い(速度が遅い)ほど
密に電離をおこしやすい(生物学的効果が大きい)
至適LET値
生物学的効果を生じるのに、なぜ約100KeV/μmのLETを持つ放射線が至適なのかは興味ある問
題である。この密度で電離が起こると各電離と電離との間の平均距離がDNA二重鎖(20Aすなわち、
2nm)の直径とほぼ一致する。この密度で電離を起こす放射線は第1の荷電粒子が通ることで二重鎖
切断をもっとも起こしやすい。二重鎖切断は生物学的効果の基礎である。これを図9-7に示すが、粗
に電離を起こすX線では単一の飛跡により二重鎖切断の起こる確率は低く、一般的にいって1つ以上
の飛跡が必要である。その結果、X線の生物学的効果は低い。その反対に(たとえば200KeV/μmの
LETを持っ)より密に電離を起こす放射線は容易に二重鎖切断を生じるが、反面、電離があまりにも
接しすぎているためエネルギーの"浪費"となる。RBEは等しい生物学的効果を生じる線量の比なの
で、あまりにも密に電離を起こす放射線は、至適LETの放射線より逆に低くなる。あまりにも電離
が密な放射線は飛跡あたりでは効果が強いが、線量あたりでみると低くなる。したがって、二重鎮
切断が生物学的効果の基本であるために、なぜRBEが至適値を持つかが理解できる。この至適LETを
持っ放射線としては2、3百キロ・エレクトロン・ボルトの中性子線とか低エネルギーの陽子線、α粒
子線があげられる。
5.放射線に関する量と単位
物理的な単位
放射線防護のための単位
測定器でカウントする数
(count per min: c.p.m.)
吸収
粒子(α、β線)
光子(γ、X線)
+
熱
ー
放射性物質
X線管
線の数
一秒間にでる本数(∝cpm) 照射線量(R)
ある一定量の空気
線の太さ
を電離する放射線量
エネルギー(eV)
(C/kg)
通過
熱
+
一部吸収
ー
+ 熱
ー
吸収
吸収線量(Gy)
物質の中でエネルギー(熱、
電離)に変化した放射線量
(J/kg)
放射能が高い 一秒間に崩壊する原子の数(Bq)の値(c.p.m.に比例)が大きい
放射能のエネルギーが強い 粒子の飛ぶ速度が速い(荷電粒子)
波長が短い(光子)
☞1ev(電子ボルト)
電子が1ボルトの電位差によって獲得するエネルギー
シーベルト(Sv)は放射線防護の目的で医療現場や原発で頻用されている。
☞崩壊図の例
我々は、年間自然放射線を 1mSv 浴びている。
胸部間接撮影 0.05mSv
胃透視 0.6mSv
胸部CT 6mSv
6. 放射線の医療への応用
診断用レントゲン10keV-300KeV
癌治療用x線発生装置10Mev-