講義ノート第 1 回から第 10 回までの補足 2015/05/09 (講義は「アメリカ型資本主義」を資本主義の‘純粋型’として捉えようとしているの で、全ての類型の資本主義について深くは言及しない。以下は「イギリス型資本主義」を 念頭にまとめて見た。) 1.お金とは 商品の交換(支払い)等に用いる。成立に関しては、①商品説、②法制説等がある。 お金は本源的に資本として運用される機能を持っている。 「お金(貨幣)とは何か?」については古来議論があり、岩井克人『貨幣論』(ちくま学術 文庫)でも読まれると良い(最近では岩井のいう‘実態のない「単なるシンボル」説’が 有力である)。 2.資本とは ・お金(お金)を営利(利潤)目的に運用する場合→それに対するのは①支払い手段、②蓄 蔵手段等に用いる。 市場における交換は原則‘等価交換’だが、差異制に付け込んで、‘不等価交換’による 利潤獲得の契機を有する。ここにお金が資本に転化する潜在的可能性を秘める。なお、マ ルクスの場合「資本」とは貨幣に利潤を増殖させる為の運動概念で、ピケティのように不 動産+動産を含めたモノとしての資産とは考えていない。 3.資本の諸類型 ・高利貸し資本(金融資本) GーG’ [お金を貸して利子を得る] ・商業資本 GーWーG’ [商品を安く買って高く売り利益を得る] Pm ・産業資本 GーW ・・・P・・・W’ーG’ A [物を生産する積もりで原料+機械+労働力を買い、物を生産し付加価値の付いた商品を 売って利益をえる。資本主語いう場合の「資本」ほ基本的のこの産業資本である] [略記号解説] G=貨幣、W=商品、Pm=生産手段、A=労働力 ・・・は生産過程 ーは流通過程 W’は付加価値を含んだ商品、G’は増殖した貨幣 ’は利潤 4.資本主義(Capitalism)とは ドイツの経済学者 W.ゾンバルトが 1902 年の『近代資本主義(Der Moderne Kapitalismus)』 において用いたのが嚆矢とされる。A.スミスはそれを「商業社会」、K.マルクスは「市民 社会」あるいは「資本家社会」という具合に表現し、「資本主義」という用語は使用して いない。 必要充足ではなく、営利(資本の増殖)を目的とした経済社会である。 5.資本の原始的蓄積(あるいは本源的蓄積)⇒簡単に「原蓄」という 資本主義という経済システムが成立するにはその出発点となる「お金」が蓄積されている ことが前提となる。しかし物を生産するにはお金だけでは出来ない。人間の労働が必要で ある。ところが労働を「労働力」は常に存在している訳ではない。生きるための生産手段 から切り離された自由な「労働力」が歴史上新たに形成される必要がある。 この「お金」と「労働力」(無産労働者)が歴史上新たに蓄積されて来る過程を資本の原始 的蓄積という。 6.原蓄の2つの方法 ・暴力原蓄 「お金」は私拿捕など掠奪的方法により、「労働力」は囲い込み運動(エンクロージャー) などの暴力的方法による。 ・静かな原蓄 独立自営農民&独立手工業者等いわゆる「中産的生産者」層の両極分解(一方は資産を貯 め込んで資本家に、他方はそれを喪失し労働者になる、市場競争の中から自然発生的に出 てくる。 7.資本主義成立の二つの道(A) ・商業資本の産業資本への転化 遠隔地貿易等商業活動によって蓄積した資本を問屋制工業等を通じて産業資本に添加さ せ、資本主義が成立する道 ・「中産的生産者」層の両極分解 「静かな原蓄」の項でも述べたが、独立手工業→マニュファクチャと市場における自由競 争の中から出現する道 -1- 8.資本主義成立の二つの道(B)-「下からの道」と「上からの道」 ・「下からの道」:市場競争の中から自生的に成立するタイプを「アメリカ型」(イギリス はこのタイプ) ・「上からの道」:国家権力を動員しながら重工業を基軸に成立させるタイプが「プロシ ア型」(日本はこのタイプ) 9.近代資本主義とそれ以前の資本主義(前期的資本) 等価交換を前提とした合理的計算に基づいた資本主義が「近代」資本主義 前期的資本は、差異性=不等価交換に基づいた資本主義。 後者は賤民資本主義(パーリア資本主義という場合もある) 10.重商主義とは(保護主義政策の体系)) 富(Wealth)を金銀=貴金属と見なし、外国から貿易黒字の形で貯め込む。 重商主義政策とはそのための政策で、航海条例、輸入制限&輸出奨励政策等。 旧植民地体制(Old Colonial System)として体系化された。イギリス資本主義によるアメリ カ植民地、インド植民地はその典型。 11.絶対主義と市民革命 絶対王政は封建制の崩壊とブルジョアの台頭のバランスの上に成立した。政策も半ばブル ジョアよりであるが、体制を維持するために自由な活動の制限も行った。市民革命(ブル ジョア革命)はこうした折衷的体制を打倒し、ブルジョアが議会を掌握し自らの利害に沿 った政策を実施させるために不可欠であった。なお、イギリスの場合こうした市民革命(ピ ューリタン革命&名誉革命)は、ある意味信仰の自由を求めた宗教革命でもあった。こう しした市民革命は、フランス革命、ドイツ三月革命、アメリカ独立戦争、明治維新などに も見られる。 12.産業革命と資本主義の確立 ・マニュファクチャー(工場制手工業)によって近代資本主義は成立するが、この段階で は資本が労働力を完全に支配包摂することが出来なかった。労働手段において道具に代わ って機械が登場すると、労働者に技術を不要とすると同時に無制限に供給が可能になった。 ラダイツ運動(Luddite movement)はそれへの抵抗。産業革命のよる機械制大工業が出現 して資本主義は確立。 13.自由貿易(重商主義政策の否定) 絶対王政によって近代国民国家が成立し、国民経済の形成に向けて原蓄に励んだ時期は重 商主義という保護政策を採用した。その後産業革命によって資本主義が確立してくると保 護政策は必要となくなる。イギリスの場合 1840 年代から自由貿易に転じるが、ヨーロッ パがこぞって自由貿易に転じるのは 1860 年代からである。アメリカは逆に保護貿易に! 14.その他 1)、世界システム論と一国主本主義論 世界システム論とは、ローマ帝国など古代帝国が解体した後、15 世紀頃からヨーロッパ を中心に形成された「世界経済」の世界的な分業関係の形成によって、その「中核」に資 本主義システムが成立したとする。周辺は「中核」 (自由労働制)に従属する形で、 「辺境」 では再販農奴制、「半辺境」では 分益小作制が成立したとする。 それに対して一国資本主義論は、資本の原蓄が基本的に国内で行われ、資本主義は国内市 場=国民経済を足場に成立したとする。 「世界システム論」の代表はI.ウオラースティン、「一国主本主義論」の代表は、マル 経の学者ではM.ドッブとP.スィージー等、日本では大塚久雄。 2)、プロト工業化論と「局地的市場圏」 我が国では資本主義は都市を中心とした外国貿易(国外市場)ではなく、農村を中心とし た「局地的市場圏」を足場として成立したとする大塚の説が有力であったが、外国では支 持が少なかった。外国でもアメリカのメンデルス、フランスのデーヨン等によって大塚の 「局地的市場圏」に似たプロト工業化論が提起された。 これによれば、産業革命に繋がった工業は都市の比較的大規模に始まった工業ではなくて、 農村部を中心とする小さな工業(原基工業 Protindustry)が成長して始まったとする。 商業資本を足場とした都市の工業ではなく、農村を足場とした農村工業から産業革命は始 まったとする。イギリスの場合今日の工業都市マンチェスター、などは北部・北西部の農 村であった。 3)、陸地史観と海洋史観 陸地史観とは地中海&北海・バルト海を中心とした海上貿易の時代が終わり、イギリス、 フランスなど西ヨーロッパの内陸部を中心に新しい経済システム、資本主義が発展したと する。 これに対して海洋史観とは、14~15 世紀、中世末から近世初期に限らず、資本主義という 経済ステムは陸地ではなく海洋から誕生したとする。 -2- この問題は、原蓄論とも資本主義成立2つの道とも係わる。 川勝平太『文明の海洋史観』(中公叢書)及び同編『海と資本主義』(東洋経済新報社) 参 照 4)、大西洋システム 産業革命を推進する資金が、イギリス国内における蓄積ではなく、イギリス-アフリカ- 西インド諸島など大西洋を挟んだ三角貿易によって蓄積されたとする考え。この用語は池 本幸三氏辺りが最初に使い始めたように思うが、今では D.ランデスの『強国論(The Wealth and Poverty of Nations)』(三笠書房)でも使用されている。 このアイデアはトリニダードトバコの元大統領で E.ウィリアムズが提起した「ウィリア ム・テーゼ」辺りを起源とし、A.G.フランクの「従属理論」、ウオラースティンの「世界 システム論」などを経ることによって構想された。 北川稔のいう「商業革命論」も基本的にはこの「大西洋システム論」と同じである。 5)、 ジェントルマン資本主義 イギリス資本主義の特色を、産業革命に始まる工業化と製造業の発展を中心に理解するの ではなく、ジェントルマンと言われる地主・貴族層が担っていた農業資本主義の発展と、 彼らによるロンドンのシティを中心とする金融・サービス業が合体した「ジェントルマン 資本主義(Gentlemanly Capitalism)」に重きを置く考え方が有力になっている。ケイン& ホプキンス『ジェントルマン資本主義の帝国』(名大出版会)参照。 6)、「良い資本主義」と「悪い資本主義」 戦後歴史学は戦前レジームの反省から、日本社会を真の意味での「近代化」を目標にした。 政治面では民主主義、経済面では欧米資本主義の導入を意味した。 戦前の資本主義は封建制遺制(天皇制絶対主義)を残したまま国家権力を動員しながら、 「上から」の資本主義化を図った。これが日本の経済と社会を誤らせた元凶であるとした。 従って「悪い資本主義」。 これに対して欧米のそれは市民革命を経て市民社会と民主主義を足場とし、「下から」い わば自生的に成立発展したとする。これが「良い資本主義」。 「上から」の資本主義化の道を「プロシア型」といい、「下から」の 資本主義化の道を 「アメリカ型」という。 なおこの類型化は東大名誉教授&明治学院大名誉教授竹内啓先生の示唆による。 7)、「アメリカ型資本主義」を資本主義の典型(ある意味理想型)とする理由 戦後の日本は占領軍による民主化政策の下で復興した。経済面では先ず取り組んだのが農 地解放と財閥解体であり、これこそが戦前日本資本主義の元凶であるとされた。政治面で は旧帝国憲法の廃止と新憲法の導入によって人権を尊重した真の意味での民主主義社会の 導入が図られた。 講義の担当者(宮本)はこの世代である。アメリカ社会、アメリカ型資本主義が理想型と 刷り込まれた。勿論アメリカ社会にもアメリカ型資本主義にも問題は多々ある。が、未だ に信奉し続けている理由は講義の中でお話しします。 [第 1 回から第 10 回までの講義補足はここまで] -3-
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