権威主義と「私人の不利益」

【パラダイム】
権威主義と「私人の不利益」
北海道大学大学院教授
宮脇 淳
外務省、農林水産省問題をはじめとして国の行政機関の体質が強く問い直されている。こ
うした国家機関の揺らぎは、グローバル化から大きな影響を受けている。グローバル化とは、
世界中の社会的諸要素(政治・経済・文化等)の相互連結が強まると同時に、要素間の相互作
用が激化することであり、とくに80年代以降は金融資本主義とテクノロジーによるグローバ
ル化が急速に進んでいる。このグローバル化の流れの中で、既存の国を単位とした政策機能は、
一方で小さ過ぎると同時に、他方では大き過ぎる弊害が生じている。たとえば、金融や生産活
動といった市場、企業を軸とした領域だけでなく、環境問題、難民問題などは一国を単位とし
た政策では対応しきれない課題であり、より大きな単位での政策対応が求められている。一方
で、地域生活や福祉などコミュニティーと密着した政策に対しては、一国の単位は大きすぎて
機能不全を起こし始めているのが実態である。国家機関は、世界そして地域両面から厳しくそ
のあり方を問われているのである。
この問いかけに応えるには、まず従来の日本における国を中心としたガバナンスが如何なる
体質を持っていたかを整理する必要がある。そこで重要な示唆を与えてくれるのが、坂本義和
氏の編著「世界政治の構造変動」第1巻『世界秩序』(岩波書店)に示された論文である。こ
の中で、坂本氏はポスト冷戦後の政治構造を、資本主義・ナショナリズム・民主主義モデル、
資本主義・ナショナリズム・権威主義モデル、社会主義・ナショナリズム・権威主義モデルの
3タイプに分け、日本は第2の資本主義・ナショナリズム・権威主義モデルに属すると整理し
ている。ドイツやイタリアもこの第2モデルに属する。第2モデルの特色は、資本主義に立脚
するものの第1モデルのように国際化したリベラルな経済政策が展開されるのではなく、支配
エリートの利益に合致する限りにおいて国家主導の政策を展開する特性を有している。この特
性が、グローバル化の中で厳しく問いかけられ、支配エリートとされた官僚や一部政治家の利
益に合致する政策展開を支えてきた権威主義そのものが揺らいでいる。外務省問題は、とくに
外交という特殊分野における超権威主義を背景とした結果でもある。
ここで留意すべきは、以上の資本主義・ナショナリズム・権威主義モデルを助長した要因が、
国民の側にもあることである。国民の行政依存は、権威主義への依存を意味する。本来、私人
で克服すべき不利益も含め「私人の不利益」を「公共の不利益」に置き換え、
「公共の不利益」
だから行政が何とかすべきとする権威主義への責任転嫁を行ってきた。その結果、国が権威主
義に染まる一方、国民も行政の権威主義にクリームスキミング(良いとこ取り)する体質を強
めると共に、権威者への責任転嫁を行ってきたのである。
今、日本の行政改革を進めていくためには、国そして国民共に権威主義を軸とした責任転嫁
の構造を脱却しなければならない。そのためには、
「私人の不利益」は私人の努力で乗り越え
ることが原則であり、その原則を貫けない「公共の不利益」とすべきものは何かを再整理する
必要がある。この点は、地方分権にも当てはまる。地方の不利益を国の不利益として是正を求
めるだけでは、形骸化する国とそれを飲み込もうとするグローバル化の波の中で地域も翻弄さ
れる。地方が国の権威主義を支えた側面を持つことは否定できない。地方からの依存ではなく
発案で国の権威主義を脱皮させることが地方の自律をもたらす。
「PHP 政策研究レポート」
(Vol.5
1
No.60)2002 年 4 月