講義ノート - 名城大学

第20回「カルボニル基への求核付加反応 (1)」
有機化学Ⅱ 講義資料
第20回「カルボニル基への求核付加反応 (1)」
カルボニル基とは、炭素と酸素が二重結合で結ばれた官能基である。
カルボニル基の大きな特徴は、強く分極していることである。酸素は炭素よりも電気
陰性度が大きいため、電子を引きつけている。その結果、下のような分極が生じる。
!+
C
!–
O
この分極は、次のような共鳴式で表すことができる。
!+
C
!–
O
C
O
C
O
カルボニル基の炭素原子は「δ+」、つまり電子不足の状態にあるため、求核剤と反応
しやすい。今回から4回にわたって、カルボニル基と求核剤の反応について学ぶ。
1. カルボニル化合物には2つのタイプがある
カルボニル基を持つ化合物を総称してカルボニル化合物と呼ぶ。カルボニル化合物に
は大きく分けて2つのタイプがある。これらは、カルボニル基に電気陰性度の高い原子
が結合しているかどうかで区別される。
O
O
C
R
Z
タイプ1
C
R
R'
タイプ2
R, R': アルキル基または水素
Z: 酸素、窒素、ハロゲンなど
電気陰性度の高い原子
タイプ1の代表例はカルボン酸 carboxylic acid である (Z = OH)。タイプ1の化合物
は、カルボン酸の OH 基を Z で置き換えたものと考え、カルボン酸誘導体 carboxylic
acid derivatives と呼ぶ。カルボン酸誘導体には、エステル (Z = OR)、アミド (Z = NH2,
NHR, NR2)、ハロゲン化アシル (Z = ハロゲン)、酸無水物 (Z = OCOR) などがある。
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O
R
C
O
OH
カルボン酸
O
O
C
R
OR'
(R' ≠ H)
R
C
N
R''
R'
アミド
エステル
O
C
R
X
(X = F, Cl, Br, I)
R
ハロゲン化アシル
C
O
O
C
R'
酸無水物
注1:カルボニル基の両側に電気陰性度の高い原子が結合したものも、タイプ1と類似の反応性
を示す。これらは炭酸の誘導体で、有機合成で有用な化合物である。
タイプ2の化合物は、カルボニル基に炭素または水素が結合したものである。カルボ
ニル基に水素原子が1つ以上結合しているものをアルデヒドと呼び、カルボニル基の両
側に炭素原子が結合しているものをケトンと呼ぶ。
O
H
O
O
C
H
R
C
(R ≠ H)
R
H
C
(R, R' ≠ H)
R'
ケトン
アルデヒド
注2:高校化学で、ケトンのカルボニル基を「ケトン基」、アルデヒドの “CHO” 部分を「アル
デヒド基」と教えることがあるが、本格的な有機化学でこれらの名称を使うことはない。ケトン・
アルデヒドに関わらず C=O は「カルボニル基」と呼ぶ。また、“CHO” は「ホルミル基」と呼ぶ。
­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­
例題:以下のカルボニル化合物がアルデヒド・ケトン・カルボン酸誘導体のいずれであ
るかを判別し、それぞれ A, K, C の記号をつけなさい。
(2)
(1)
(3)
O
O
H
CH3
N
CH3
H
O
(4)
(5)
O
O
Cl
Cl
考え方:カルボニル基の炭素原子には2つの原子が結合しているので、それらが何であ
るかを調べる。 (1) カルボニル炭素に結合しているのはエチル基・メチル基で、どちら
も炭素原子で結合している。従って、これはケトンである。(2) フェニル基(ベンゼン
環から水素原子を取り除いたもの)と水素なので、これはアルデヒド。(3) 水素と窒素
が結合しているので、これはカルボン酸誘導体(アミド)である。(4) 炭素と塩素が結
合しているので、これもカルボン酸誘導体(ハロゲン化アシル)である。(5) 両方炭素
なので、これはケトンである。塩素原子があるが、カルボニル基に直接結合していない
ため、分類に影響しない。
答:(1) K, (2) A, (3) C, (4) C, (5) K。
­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­
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2. アルデヒドとケトンの命名法
今回と次回は、タイプ2のカルボニル化合物、つまりアルデヒドとケトンを取り扱う。
これらの化合物の命名法について、簡単に触れておく。
アルデヒドの系統的名称は、C=O を CH2 に置き換えた炭化水素を母体化合物として、
末尾の –e を –al (アール)に置き換えたものである。アルデヒドのカルボニル基は必
ず主鎖の末端にあるので、このカルボニル炭素の位置番号を1とする。従って、–al の
場所を表す位置番号はつけない。
HH
C
H
CH3CH2
CH3CH2
プロパン
propane
O
C
H
プロパナール
propanal
アルデヒドの命名法にはもう一つのやり方がある。それは、-CHO を除いた部分を母
体化合物として、末尾に –carbaldehyde(カルバルデヒド)をつけるものである。
O
H
H
シクロペンタンカルバルデヒド
cyclopentanecarbaldehyde
シクロペンタン
cyclopentane
また、アルデヒドの –CHO を-COOH に置き換えたカルボン酸が慣用名を持ってい
る場合は、その慣用名の末尾の–(o)ic acid(∼酸) を –aldehyde(∼アルデヒド)に置
き換えた名称が使われる。
CH3
O
C
OH
酢酸
acetic acid
CH3
O
C
O
H
アセトアルデヒド
acetaldehyde
OH
安息香酸
benzoic acid
O
H
ベンズアルデヒド
benzaldehyde
アルデヒドの命名規則は以上のように複雑なので、本講義では、これらの命名規則を
正確に記憶しておくことは要求しない。しかし、アルデヒドは重要な物質であるため、
文献等で名称が現れた時に正しい構造と結びつけられるように、これらの規則が存在す
ることは知っておこう。
ケトンの命名規則はアルデヒドよりは幾分簡単である。C=O を CH2 に置き換えた炭
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化水素を母体化合物として、末尾の –e を –one (オン)に変える。ケトンの場合は、
カルボニル基の位置を示す位置番号が必要である。
HH
C
CH3CH2
CH3
CH3CH2
ブタン
butane
O
C
CH3
2-ブタノン
2-butanone
注3:注意深い人は、
「1-ブタノンは『ブタナール』だから、
『ブタノン』は一種類しかない。だ
から位置番号は不要なのでは?」と考えるかも知れない。しかし、例えば「1-フェニル-1-ブタ
ノン」のように、他の置換基が入ると位置番号の指定が必須となる。一貫性を保つため、無置換
の 2-ブタノンでも位置番号をつけることになっている。
ケトンももう一つの命名規則がある。これは、カルボニル基に結合している2つの置
換基を並べて、最後に「ケトン」とつけるものである。対称ケトン、つまり2つの同じ
置換基が結合しているケトンの場合は、
「ジ∼ケトン」という名前になる。英語名では、
置換基の名称と “ketone” はそれぞれ別単語として、空白で区切る。
CH3CH2
O
C
O
C
CH3
エチルメチルケトン
ethyl methyl ketone
ジシクロヘキシルケトン
dicyclohexyl ketone
3. アルデヒド・ケトンへの求核付加反応
アルデヒド・ケトンと求核剤との反応について見て行こう。一般的な反応式は、下の
ようなものである。
O
C
HO Nu
+
Nu–
+
H+
C
Nu– = 求核剤 (nucleophile)
この反応をカルボニル基への求核付加反応と呼ぶ。求核剤としては、Grignard 試薬
などのように非常に強いものから、水やアルコールのように比較的弱いものまで、幅広
く適用できる。従って、この反応は極めて応用範囲が広い。
この反応をもう少し詳しく調べてみると、求核剤の強さによって、反応機構が3つの
場合に分かれることがわかってくる。主に異なる点は、プロトン(H+)がどのタイミング
で反応に関わるかである。
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(1) 極めて強い求核剤の場合(目安:HO–よりも強い求核剤)
Grignard 試薬、有機リチウム試薬、金属アセチリド、ヒドリド (H–)など、極めて強
い求核剤の場合は、反応中に H+が共存することができない(求核剤と H+が先に反応し
て、求核性を失ってしまうため)。このような場合は、まず求核剤がカルボニル炭素に
結合し、その反応がすべて終了してから後で H+を加えることで、付加反応を完結させ
る。従って、この反応は二段階の反応となる。
O
C
O R
+ " R–"
H+
C
HO R
C
(R–MgBr, R–Li)
O
C
O
+
O
C
C CR
C
C
CR
+
HO
C
O H
H–
H+
C
H+
C
CR
HO H
C
注4:Grignard 試薬の反応の巻き矢印は、R–Mg の共有結合の電子対が求核攻撃に使われると
考えて、下のように書いてもよい。有機リチウム化合物の場合も同様である。
O
C
+ R–MgBr
– MgBr+
O R
C
H+
HO R
C
この反応は、反応機構が二段階であるだけではなく、実験操作自体も二つの段階に分
かれる。求核剤と加える段階と、後で H+を加える段階である。これらは別々の反応で
あるため、巻き矢印を下のように書いてはならない。
誤り
O
C
+ "
R–"
H+
O
C
HO R
C
+ " R–"
H+
HO R
C
(R–MgBr, R–Li)
このように求核剤の付加と H+の付加の巻き矢印をまとめて1つの式に書くと、
「これ
らの結合生成が同時に起きている」という意味になってしまう。この反応では、求核剤
の付加と H+の付加は決して同時には起きないため、1つの式に両方の巻き矢印をまと
めて書いてはいけない。
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また、下のように、反応を示す矢印の上に求核剤と H+をまとめて書くのも誤りであ
る。この表記は、2つの反応剤(求核剤と H+)を同時に反応させることを意味してお
り、この反応を正確に記述していない。
誤り
R–MgBr
H+
O
C
HO R
C
この場合は、下のように書くのが正しい。スペースが限られていて矢印を1本にした
い場合は、右のように (1) (2) という番号をつけて表す。
正しい
正しい
O
C
H+
R–MgBr
HO R
(1) R–MgBr
(2) H+
O
C
C
HO R
C
これらの反応では、生成物はアルコールである。アルデヒド・ケトンと Grignard 試
薬の反応ではそれぞれ二級アルコール・三級アルコールが生成する。有機リチウム化合
物の場合も同様である。
R1
O
C
R–MgBr
H+
C
R1
H
二級アルコール
H
アルデヒド
R1
O
C
HO R
R–MgBr
H+
HO R
C
R1
R2
三級アルコール
R2
ケトン
アルデヒド・ケトンとヒドリドとの反応では、それぞれ一級アルコール・二級アルコ
ールが生成する。ヒドリド試薬として通常使われるのは、水素化ホウ素ナトリウム
NaBH4 である。
R1
O
C
NaBH4
H+
C
R1
H
一級アルコール
H
アルデヒド
R1
O
C
HO H
NaBH4
H+
R2
ケトン
HO H
C
R1
R2
二級アルコール
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注5:水素化ナトリウム NaH は、カルボニル基への求核付加反応には適さない。水素化ホウ素
ナトリウムが反応するのは、B–H 結合が関与しているため、反応機構が単純な H–の反応とは異
なっているためである。
(2) 中程度に強い求核剤の場合(目安:HO–よりは弱く H2O よりは強い)
アミン(R–NH2 など)、シアニド(NC–)など、中程度に強い求核剤の場合は、(1)の場
合とは異なり、反応中に H+を共存させておく必要がある。なぜかというと、H+が存在
しない場合、求核剤が付加して生成した中間体から、求核剤が脱離する逆反応が起きて
しまうためである。
O
C
O
+
C N
C
N
O
C
C
+
C N
(逆反応)
この「逆反応」は、(1)の「極めて強い求核剤」の場合は起こらない。強い求核剤は
強い塩基であり、従って悪い脱離基だからである。SN1/SN2 反応のところで学んだ「脱
離基の能力」がこの場合にも適用されることに注意しよう。
H+が共存していると、中間体のローンペアが H+と結合を作るため、シアニドを脱離
基として追い出す力が弱まり、付加体が安定に存在できるようになる。
O
C
+
O
C N
C
N
H+
HO
C
C
N
C
この反応の場合は、NC–の付加と H+の付加が同時に起きるか別々に起きるかは反応
式からだけでは特定できない。従って、巻き矢印を下のように書いても誤りではない。
O
C
+
C N
H+
HO
C
N
O
C
C
+
C N
H+
HO
C
N
C
ただし、NC–の付加と H+の付加が同時に起きるかどうかは「反応式からは特定でき
ない」だけであって、本当の反応機構は「同時に起きる」か「別々に(段階的に)起き
る」かどちらか一方である、ということには注意しておこう。
カルボニル基にシアニドと H+が付加して得られた化合物は、炭素原子に–OH 基と
–CN 基が結合している。このような化合物をシアノヒドリン cyanohydrin と呼ぶ。
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O
C
+
C N
HO
H+
C
N
C
シアノヒドリン
cyanohydrin
カルボニル基とアミンの反応の場合は、中間体に H+が付加すると同時に N–H から
H+が脱離する。このため、N に少なくとも1個の水素原子が結合していることが必要
である。アミンは、N に何個の炭素原子が結合しているかによって一級アミン・二級ア
ミン・三級アミンの三種類に分類される。カルボニル基と反応できるのは、一級アミン
と二級アミンのみである。
R2
H
R1
N
R1
H
一級アミン
N
R2
H
二級アミン
R1
N
R3
三級アミン
アルデヒド・ケトンとアミンの付加生成物は、炭素原子に–OH 基と N が結合してい
る。このような化合物をヘミアミナール hemiaminal と呼ぶ。ただし、この反応はここ
で終わらず、続きがある。詳しくは次回に学ぶことにする。
O
C
–
H+
R1
O N R2
H
C
R2
+
R1
N
H
R1
HO N
R2
C
H+
R1
HO N R2
C
H
••• (つづく)
ヘミアミナール
hemiaminal
注6:ヘミアミナールを「カルビノールアミン」と呼んでいる本もあるが、古い呼び方なので使
うことは勧められない。
(3) 弱い求核剤の場合(水、アルコール)
求核剤が水またはアルコールの場合は、求核性が弱いため、カルボニル基への求核付
加反応を直接起こすことができない。この反応を進行させるためには、二つの方法があ
る。
一つは、強い酸を加えることによって、カルボニル基をプロトン化しておくことであ
る。プロトン化されたカルボニル基は、下のような共鳴構造を持っている。一番右の極
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限構造式からわかるように、これは「O のローンペアで安定化されたカルボカチオン」
と見なすこともできる。
O
C
H+
OH
OH
C
C
プロトン化されたカルボニル基は、炭素原子が強く正に分極しているため、弱い求核
剤とも反応することができる。例えば、水との反応は、以下のように進行する。
O
C
H+
OH
C
H2O
H
O
H
C
HO
– H+
HO OH
C
アルデヒド(ケトン)水和物
hydrate of aldehyde (ketone)
生成物は、炭素原子に–OH 基が2つ結合した化合物である。これを、アルデヒド(ま
たはケトン)の水和物 hydrate と呼ぶ。水和物は、水分子を失って元のカルボニル化合
物に戻りやすく、一部の例外を除いて単離することは難しい。
HO OH
C
H
H
HO OH
C
H
Cl3C
ホルムアルデヒド水和物
水溶液中では安定だが
単離はできない
トリクロロアセトアルデヒド水和物
例外的に安定、単離可能
アルコールとの反応も、水の場合とほぼ同じで、以下のように進行する。
O
C
H+
OH
C
R
R–OH HO O
H
C
– H+
HO OR
C
••• (つづく)
ヘミアセタール
hemiacetal
生成物は、炭素原子に–OH 基と–OR 基(アルコキシ基)が結合した化合物である。
これをヘミアセタール hemiacetal と呼ぶ。ヘミアミナールと同様、この反応もここで
終わりではなく、続きが存在する。これも次回に学ぶことにする。
カルボニル基に水・アルコールを求核付加させるもう一つの方法は、塩基触媒を加え
ることである。塩基触媒は、水・アルコールを共役塩基に変えることによって、求核性
を高める働きをしている。
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H OH
H OR
Base
Base
OH +
H Base
OR +
H Base
共役塩基
(求核性高い)
高い求核性を持つ HO– または RO– が、カルボニル基に求核攻撃し、生成した中間体
が H+を受け取ることによって、反応が進行する。生成物は酸触媒の場合と同じである。
反応機構は、(2)の場合と同じと考えてよい。
O
C
+
OH
O
C
+
OR
O OH
H+
HO OH
C
H+
HO OR
C
C
O OR
C
­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­
例題:カルボニル基への求核付加反応で以下の化合物が生成したとする。元のカルボニ
ル化合物と求核剤の組み合わせを答えなさい。
(b)
(a)
HO
CN
H
OH
(d)
(c)
OH
H
(e) HO OH
OH
F3C
(f)
CF3
O
OH
考え方:求核剤は–OH 基と同じ炭素原子に結合する。通常は複数の可能性が考えられ
るが、最も求核性の弱いもの(塩基性の弱いもの)を答えるのが適切である。弱い求核
剤ほど取り扱いが易しく、コストも低いことが多いためである。
下の図では、–OH 基と同じ炭素原子に結合している置換基を丸で囲んである。実線
で示したものが求核剤として適切である。理由はすぐあとに説明する。
(b)
(a)
HO
CN
(c)
H
OH
(d)
OH
H
OH
(e)
HO OH
F3C
CF3
(f)
O
H
OH
(a), (e), (f) では求核性(塩基性)に大きな違いがあるため、最も求核性の低いものを
選ぶことは容易である。(c) はどれを選んでも同じである。(b) では、ヒドリドとアルキ
ル基は大差ないので、どちらを選んでもよい。(d) が難しい。ヒドリドを求核剤として
考える場合は問題ないが、アルキル基の方を求核剤にするためには、以下の化合物を用
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意する必要がある。
BrMg
H
O
この化合物を作るためには、次の反応を行うことになる。
Br
H
+ Mg
O
金属マグネシウムがカルボニル基を無視して臭化アルキル部分と反応してくれればよ
いが、カルボニル基は電子不足の炭素を持っているため、電子豊富な金属マグネシウム
と反応して副生成物を与える可能性がある。一般に、分子内に求核攻撃を受けやすい官
能基がある場合は、Grignard 試薬や有機リチウム化合物を作ることは困難である。従
って、(d)では Grignard 試薬の反応は避けて、ヒドリドの求核攻撃を利用するのがよい。
答:
–CN
(a)
(b)
H+
(c)
O
O
F3C
(d)
(1) CH3MgBr
(2) H+
H2O
CF3
O
OH
HO OH
F3C
CF3
H
H
OH
HO CN
O
(e)
O
(1) NaBH4
(2) H+
(f)
(1) NaBH4
(2) H+
H
OH
H
OH
O
H+
H
HO
O
または
(1) CH3MgBr
(2) H+
O
OH
(e)の反応物(ヘキサフルオロアセトン)は非常に求核付加を受けやすいため、水の付
加ではあるが酸触媒は不要である。(f)は分子内反応になることに注意。
­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­
5. まとめ
δ
δ­
・ カルボニル基は C +­O の分極を持っており、電子不足の炭素が求核剤と反応する。
・ カルボニル化合物には2つのタイプがある。1つはカルボニル炭素に電気陰性度の
高い原子が結合しているもので、これはカルボン酸の誘導体である。もう1つはカル
ボニル炭素に結合しているのが水素原子または炭素原子であるもので、水素原子が1
つ以上結合しているものをアルデヒド、カルボニル基の両側が炭素原子と結合してい
るものをケトンと呼ぶ。
・ アルデヒドとケトンはカルボニル基への求核付加反応を受ける。
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・ 極めて強い求核剤である Grignard 試薬・有機リチウム試薬・金属アセチリド・ヒド
リド試薬(水素化ホウ素ナトリウムなど)は、アルデヒド・ケトンと反応してアルコ
ールを生成する。この反応は、求核剤がカルボニル基に直接結合し、その後 H+が付
加する二段階の反応である。
・ 中程度に強い求核剤であるシアニド (–CN)やアミンは、アルデヒド・ケトンと反応
してそれぞれシアノヒドリンやヘミアミナールを生成する。ヘミアミナールの反応に
は後続反応があり、それは次回に学ぶ。この反応では、求核剤と H+が同じ反応系内
でカルボニル基に付加する。
・ 弱い求核剤である水やアルコールは、酸または塩基触媒の存在下で、アルデヒド・
ケトンと反応してそれぞれ水和物やヘミアセタールを生成する。ヘミアセタールの反
応には後続反応があり、それは次回に学ぶ。酸触媒反応の場合は、カルボニル基がプ
ロトン化を受けることで求核攻撃を受けやすくなる。塩基触媒の場合は、求核剤の共
役塩基が生成して、それが強い求核剤として働く。
– 12 –
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